190.そして、また前へ進む志
盗賊団の引き渡しは、フローリアに動いてもらったこともありつつがなく終わった。一度王城へ【ワープポータル】を開けて、まずはフローリアと一緒に行って事情説明。そこで人数分の手枷を持って戻り、盗賊たちにはめて順番にポータルに入れて転移をした。スキを見て逃げ出そうとする輩がいるかもと警戒していたが、転移魔法であるポータルを見た瞬間にそんな気持ちは霧散したのか、皆おとなしく従った。
今回の旅では基本的に普通の旅行者と同じ水準での移動が目的だ。なので先程のアクシデントに関しては特別だが、夜になったからとポータルで寝床に戻るような事はしない。普通に道のわきに馬車を止めての野宿だ。
馬車2台は並べて置き、馬たちは近くの木陰で休ませる。そちらにはホルケも一緒にいてもらうことにした。普通の召喚獣なら、こんな長時間呼び出せないらしいが、色々とカスタムオーダーメイド仕様なのでミレーヌの魔力消費負担もほぼ皆無に近い。
晩御飯に関しては非常に満足だった。エレリナを中心に、ユリナさんとエリカさんで料理をしてくれた。エレリナの料理の腕前はもう知っていたが、ユリナさんたちもかなり上手なのはおどろいた。
食事を終えてしばらくは皆で歓談をしていたが、徐々に夜も深くなってきた辺りでお開きとなった。
そして今、俺は一人で見張りをしている。
ヤオやホルケもいるので、魔物は寄ってこないし、昼間に捉えた盗賊団の話ではここらに他の盗賊はいないとの事。
俺が最初の見張りを言い出すと、皆が色々と気遣って休むように言ってくれた。とくにエレリナとゆきは、職業柄そういった役目に従事することも多く、自分たちが朝まで見張るとさえ言い出してきた。
だが少しずるいとは思ったが、
『一人で少し考えたいことがある。大丈夫、明日にはいつもの俺に戻るから』
そう言って無理矢理意見を通した。
……なんだけど。やっぱり気持ちがいまいちスッキリしない。考えがまとまらないまま、ぼんやりと気持ちが口から漏れ出る。
「そもそも“覚悟”って、何だろうなぁ……」
「思うがままに、という事じゃないのでしょうか?」
「えっ!?」
返ってくるはずのない返事に、俺は驚いて顔を向ける。そこには夜の闇にまぎれて、忍装束に身をつつんだエレリナ──いや、狩野ゆらがいた。
「ゆら──さん」
「ふふ、もう“さん”は不用ですよ」
「あ、いや。エレリナなら慣れたけど、そっちの姿と名前だと改めて畏まってしまうというか……」
年上であるエレリナに対しては、もう呼び捨ても慣れたのだが、いかんせんゆらの名前での呼び捨てはまだ慣れなくて気恥ずかしい。
少しばかり焦る俺の元へきて、すっと隣に座る。こうしてエレリナと並んで座ることなどよくあるのだが、何故か今は妙に落ち着かない。
「あー……うん。それで、ゆら──さんはどうして、その」
「ゆら、です。今更私に他人行儀は寂しいですよ」
「ご、ごめん、えっと……」
軽くパニックになってる俺を、くすくすと上品な仕草で笑う。彼女の性格からして、この笑い方は最上級に笑っているのだろう。それが恥ずかしいのにちょっと嬉しいとか思ったりして。……いや別に俺はマゾじゃないよ?
「……それで、ゆ、ゆらはどうしてここに?」
「ちゃんと呼んでくれましたね。些細なことですが、それも小さな“覚悟”ですよ」
「あっ……」
笑みを漏らしながら優しい声でそう言ってきた。思わず漏らした呟きを、何気ない事で応えてくれた。
「そうか、そう……だな、うん。えっとそれなら、さっきの──」
「『思うがままに』という言葉の意味ですか?」
「……うん」
俺の質問をゆらが引き継いで口にしてくれた。最初にゆらが返した答えは『思うがままに』という言葉だった。それの意味も聞いてみたいと思ってしまった。
「その、思うがままにってのは、我儘を押し通すとか……なんか、そういう意味だと思うんだ。いわゆる“覚悟”って言葉とはその、違うような気がして」
「んー……そうですね……」
俺の言葉に少し視線をあげて考え込むゆら。つられてあげる視線の先には、気鋭な星空が広がっていて思わず吸い込まれるような気持ちが湧く。そんな俺にゆらの返事が聞こえた来た。
「結局のところ、何かを成したいという思いというのは、そこにたどり着きたいという気持ち──我儘な思いですよね。その我儘を押し通したい、得たい、守りたい……そういった心の形が“覚悟”なのではないのでしょうか」
思わずゆらを見るが、まだ彼女は星空を見上げたままだ。そしてそのまま言葉を繋ぐ。
「覚悟といっても色々あります。押し通す覚悟、諦める覚悟、進む覚悟、決める覚悟。その範囲も意味も千差万別ですが、どんな覚悟にも一つだけ……そう、一つだけ共通するものがあります」
そう言ってこちらにゆっくりと顔を向けてくる。そんな彼女を見て、なんとなく俺はわかったような気がした。
「……決めるのは、自分自身」
「正解です」
ふふっと笑みをこぼすゆら。
もらった答えは簡単で、単純なものだった。だけど今の俺には必要な決意だった。
これまでの出来事だって、程度の差は大小あるが自分で決めて進んで来たことばかりだ。これからだって、迷うことは必ずあるが、それと同じ数だけ絶対に決断を……覚悟を決める時がくる。
今更何を迷うことがあるか。俺は彼女達の為に、将来の領地の為に、そして国の為にと。いいさ、なんだったら自分の国だけじゃない、この世界ひっくるめて面倒みてやるさ。それくらいの覚悟をもってこれからは進んでやる。
ひとつ、大きく息を吐き出す。今まで肺につっかかっていたモヤモヤを、全て吐き出すような感じで大きく深呼吸。そしてとなりにいるゆらを見る。……うん、本当にできた女だ。
「ありがとう、ゆら──エレリナ。そして、これからもよろしくな」
「ええ、もちろんですわ。大切な──旦那様」
そのままそっと寄り添って、ずっと静かに星空を二人で眺めていた。次に声を発したのは、しばらくたって見張り交代にゆきがやってきた時だった。
翌日、天候にもめぐまれて清々しい朝となった。
朝食はストレージから取り出した焼き立てタイミングのパン、新鮮野菜のサラダ、あとは俺のこだわりで目玉焼き等々という感じだ。
「ここで卵を落として、黄身を崩さずに焼きまして……」
「ああ、目玉焼きだね。うん、綺麗な形をしてるな」
「目玉焼きと呼ぶのですね。それでカズキは、黄身はしっかり火を通したほうがいい?」
「え? ああ、半熟にできるってこと? なら半熟がいいな」
「わかったわ。では水を少しいれたあと、少し蓋をして蒸し焼きます」
「へーこれで半熟になるんだ。エレリナって物知りだね」
「ふふ、そうでもないわよ。でもありがとうカズキ」
目玉焼きを半熟にしてくれるというので、楽しく会話をしながら料理を見ていた。だが、ふと背後の視線に気付いてうしろに目を向ける。そこには……
「なんでしょう……この二人のイチャつきっぷりは」
「昨日までの二人と、なんかこう距離感というか、親密感というか……」
「はっ! そういえば昨晩の見張りの交代時も、なんか二人でいい雰囲気つくってた!」
「な……なんですかそれは! そ、その話ぜひ詳しく効かせて下さい!」
ジト目半目でこっちを見る未来の嫁達だった。うん、なんかこう視線が痛い。
だが、そんな様子おかまいなしにヤオはエレリナに笑顔で催促をする。
「わしもっ、わしも卵は半熟がいい! あと目玉は二つにしてくれ!」
「はーい、わかりました」
笑顔で返事をしてヤオの頭を撫でるエレリナ。それが気持ちよかったからなのか、献立リクエストが受理されたからなのか、とても嬉しそうに笑顔マシマシになるヤオ。
そんな様子を見ていたギルド受付嬢姉妹や、エルフコンビからは「なんか親子みたい」「お似合い夫婦と愛娘って感じ」などという会話がきこえてきた。
それを聞いたフローリア、ミレーヌ、ミズキ、ゆきはあわてて朝食を作ろうと駆けだしたのだった。
……今日もいい天気。旅日和だね。




