188.それは、重い決断の意志を持てと
木陰で休む馬たちを見て、俺もそれに習って木陰で休むことにした。水辺の木陰というのは妙に気持ちがよく、その影響で体に蓄積された疲れが表面化してくるほどに気も力も抜けてしまう。
ポケーっと湖を眺めていると、脇の方から楽しげな笑いと話し声が聞こえてくる。何してんのかなーという感じにそっちを見ると、ミレーヌたちが召喚獣を呼び出して遊んでいた。ホルケだけじゃなく、ルーナやダイアナも呼び出していた。まあ折角こんないい場所にきたんだ、呼んであげたくもなるよな。
みればフローリアの肩にはアルテミスがのっている。ミズキは……いた。水辺でしゃがんで目をつむっている。アレはおそらくペトペンをもぐらせて湖の中を見ているんだろう。
そんな和やかな風景をみていると、俺の視線に気付いたゆきがこっちへ来た。途中、主人の移動に気付いたルーナがついてこようとしたが、ゆきが何かを言うと尻尾をふって姉ペガサスのダイアナの隣にもどっていった。ふむ、仲良きことは美しきかな。
「カズキー。ちゃんと休んで……るみたいだね」
「おう。おかげさまでなー。ここ、いい所だよなぁ」
「本当にねー」
俺の隣に腰を下ろすゆき。しっかりと大きな葉をつけた樹の木陰なので、まだまだ全然日陰はのこっている。
「……水辺のペガサスって絵になるなあ」
「フローリア様も同じこと言ってたよ。あと、プリマヴェーラもここに連れてきたいって」
「プリマヴェーラ……ああ、フローリアの愛馬か。あの真っ白で賢い」
「うん。きっとルーナたちとも仲良くなれると思うんだよね」
そんな他愛も無い話をのんびりとしていると、ふいにゆきが何か思い出したような声をあげた。
「そうそう。ミレーヌ様がフェンリルにつけた『ホルケ』って名前だけど、あれってアイヌ語で『狼』って意味なんだよ」
「……え? いやでも、さすがに偶然だよな?」
「だと思う。でも、すごい偶然だなぁって」
偶然だとは思う。だが、その偶然が“理由ある偶然”なのかは今の俺に調べる術はない。
「……というか、ゆきってアイヌ語とかわかるの?」
「わかるって言っても、ごく少しだけね。いちおうあっちの地方だと、学校でアイヌ文化とか歴史とかも学ぶから」
「なるほどな。……もう少ししたら休憩終わりだな。俺、今度は後ろの馬車に乗るから」
「りょうか~い」
この後召集がかかるまで、俺たちは木陰でこんびり湖を眺めていた。
休憩を終えて出発した馬車の2号車、後ろの方に今度は俺は乗っている。
こちらは御者がユリナさんで、ミレーヌとエレリナというミスフェア公爵家の主従コンビと、マリナーサとエルシーラというエルフコンビが乗車している。
そして、1号車のヤオのように周辺広範囲を警戒するため、ホルケを呼び出してもらっている。そのホルケだが……
「さすが神獣ですね。ふわふわです……」
「この綺麗な銀色……肌触り……」
マリナーサとエルシーラに、神獣ということでいたく崇められていた。そこへミレーヌからの『ふわふわで気持ちいいんですよ』の声にひと撫でした瞬間、その決め細やかな完成度に心を打ちぬかれて、いまやただのもふもふさん×2になってしまっていた。
ホルケが神獣という存在のため、精霊などよりもさらに上位の存在だと感じたらしい。エルフ族にとってホルケの毛をなでる好意は、気持ちよいというだけでなく敬愛を示すことも含まれてるとか。
そんな感じで二人がホルケとじゃれているので、丁度いいかと俺はミレーヌとエレリナに先ほど1号車できまったことを話した。そう、現実での旅行の話だ。
「──というわけで、あっちの方でも温泉宿への旅行をすることになった」
「いいですねっ、楽しみです!」
「はい。今から楽しみにしております」
ミレーヌだけじゃなく、エレリナも心なしか声がはずんでいるようだ。
そんな楽しい旅行予定の話をしていた時。
「!!」
「どうしたのホルケ?」
ふとエルフコンビにじゃれつかれていたホルケが、ばっと体を起こして馬車前方を強く睨む。それとタイミングを同じにして、俺の頭にヤオの声がとんできた。
『主様よ、この先でなにやら待ち伏せしておる痴れ者共がおるようじゃ』
『こちらもホルケが何かを感じたらしい。盗賊とかの類か?』
『おそらくそうじゃろうな。わしやその狼神がいるのじゃから、魔物が襲ってくるようなことはないじゃろう。なら人間の盗賊とかの類じゃろうな』
『わかった。ヤオはエリカさんに話して一度馬車を止めてくれ』
『心得たのじゃ』
ヤオに念話で伝えたので、今度はこっちの馬車も止める。俺は急いで御者席へ通じるドアをあけてユリナさんの所へいった。
「どうしたのカズキくん。あ、話し相手にきてくれたの?」
「その予定もありましたが……まず一度馬車を止めてください。前方に盗賊が待ち伏せています」
「ええっ!?」
事情を説明してすぐに止まってもらう。1号車も同じタイミングで止まってくれたので、ヤオがエリカさんに言ってくれたのだろう。
さあ、どうしようかなぁと思っていると、1号車の馬車を飛び越えてヤオが目の前にやってきた。
「それで主様よ。どうするつもりじゃ?」
「……どうしようか.こういう場合はやはり経験もしくは、それ相応の話を知ってる人に聞くか」
「──という訳で、旅路で盗賊に襲われた場合の対応が知りたいんだけど」
「それで私の意見、ですか」
1号車に戻り、そこで手短に状況を説明する。こうした場合の盗賊などについての対応だ。
フローリアともなれば王女という立場ゆえ、盗賊などに襲われるというケースも稀有なことではないだろうという事で。
「それで、フローリアはどうしたらいいと思う?」
「待ち伏せているのが盗賊だったら、という事ですか?」
改めて確認してくるフローリアへ俺は頷く。それを見たフローリアは、少しばかり声のトーンを落として言った。
「即刻立ち去るように言い渡します。それでもはむかうのであれば、武力行使となります」
「……捕まえて、連れて行くということですか?」
「可能ならば。ですがこのような旅路では、捕まえた盗賊との同行を嫌う傾向にあります。その場合は、その場で始末することも考えないといけません」
フローリアの言葉に、今更ながら愕然とする。
そう──ここは日本じゃない。生死が身近に存在する場所なんだ。
幸いにも俺や仲間が死ぬようなことは、万が一にもないと思う。……でも、こういう場合他の人たちは死んでしまう可能性もあるわけだ。
この場合は……俺か? 俺が……するのか?
ほんのわずかな時間だが、同じことを何度も何度も頭のなかで問い返していた。でも答えは出ない。
そんな俺を見て、フローリアが重い口をひらく。
「……出来る限りそうならないように交渉しましょう。でも──」
じっと俺を見るフローリア。そこには、普段いつも見る優しい王女としてではなく、大切な物を背負って決断する“王”としての姿があった。
「──でも、いざという時は──覚悟を決めてください」
重々しい言葉が俺につきささる。
これが他人の上に立ち、その人を導く者のすべき心構えなのだ。
現実世界の……日本にいるだけじゃ、触れることの無かった思いの形だ。
「………………わかりました」
その意味をかみ締めて返事をする。
自分でも驚くほどに、重くて、弱々しくて、低い返事だった。
「──いくよ、カズキ」
ふとかけられた声に顔をあげると、馬車を出ようとしているゆきがいた。俺とヤオだけでいいんじゃないのか?
そんな疑問が顔に出たのだろう、ゆきが少し視線をずらして言った。
「私は……あるから」
「……それって」
「うん。そういう事だよ」
そう返事をして先に馬車を出てしまった。
「──行こう、主様」
「……ああ」
ヤオに言われ、手を引かれて馬車を降りる。その時俺は、どんな顔をしていたのだろうか──。




