186.それは、まさかの北国はしご
とりあえず目的がスレイス共和国だというのは判明した。そんでもって、ギルド受付嬢の二人が同行した理由と利便性も理解。
ならば、とりあえずは普通に旅行を楽しむか。この旅行で何を見るべきかを考え、ついでに現実でも予定している旅行の参考にでもなれば。……現実世界の旅行か。
「ちょっといいか? こっちの旅行は行先とか、皆に任せる形にしたけど……あっちの旅行は俺が計画するってことでいいんだよな?」
車内会話は、御者側の会話窓をあけないかぎり外へは漏れない。そしてこちら1号車にはエルフ姉妹もいないので、ごく普通に現実世界側の用件も話せるのはありがたい。
「……そうですね。あちらでも私達が内緒で……というが出来たら良いのですが、無理ですから」
「だね。家の周りやデパートなら大分わかってきたけど、旅行となると……ゆきちゃんくらい?」
「んー……どうかな? さすがに私も正確にはこっち側だから、旅行の計画までは……」
「というわけですので、カズキに一任することになりますね」
「まあ、そうなるとは思ったけど」
目ぼしい旅行パンフレットをみつくろって、そこから選ばせろとか言い出したらどうしようかと思ったけど。といより、ゆき以外は旅行パンフレットを見るという概念もないのかも。
「温泉旅行か……」
「主様よ、あちらで有名な温泉地とかの心当たりはないのか?」
ああ、そうか。直接ではないがヤオも主従契約の影響や、彩和での文化系で温泉云々の知識はそこそこあるのかもしれん。とりあえず思い付く場所をあげてみるか……
「箱根、草津、有馬、熱海、登別──」
「っ!」
「……ん? ゆき?」
何の気なしに有名な温泉地を羅列してみる。その中の一つを口にした時、ゆきが過剰に反応した。
「ゆきちゃん、どうかした?」
「……もしかして、ゆきさん。こちらに来る前に住んでいた場所だった……とか?」
「あー……まあ、近いかな。登別って、北海道──こっちでいう彩和の北にある地なんだけど、そこに住んでたんだよ」
「ほぉ、なんという所じゃ?」
思わぬ事実判明だ。ゆき……確か生前の名前は菅野雪音だったか。なんか今も昔も北国っぽいイメージの名前だと思ったが、本当に北国の人だったのか。
「言ってもカズキ以外にはわかんないと思うよ。えっとね、小樽ってトコ」
「……当たり前ですが、聞いたことありませんわね」
残念そうにつぶやくフローリアと違い、俺は「おおお」と思わず声をあげそうになる。別に俺が北海道とか小樽とかに何かあるわけじゃない。でも異世界で自分の国の話題が出ると、なんか気分が高揚するっていうか……そう、海外で日本の話をされた時みたいな感覚だ。
「お父さんが小樽出身で、学生時代にお母さんと出会って。それで結婚後は小樽で住んでたってわけ」
「ふんふん。あれ、それじゃあお母さんは違う所の人なの?」
「うん。お母さんは──ああ、そうか……」
楽しくも懐かしげに話していたゆきの言葉が途切れる。なんだろうと思ってみるも、何かに気付いて少し驚いているようだ。
「お母さんは愛知県の三河出身。こっちでいう彩和の──私達が住んでいる所だね」
そういって腑に落ちたという感じで笑うゆき。この世界では、色々な意思が力を持って導く性質がある。もしかしたら、ゆきが女だから母親の故郷である彩和の地に転生させたのかもしれない。もしも男だったらこっちの北海道とか蝦夷とか、そういう場所に転生してたのかも。
「カズキにお願いがあります」
「私も! お兄ちゃん、私も!」
「主様よ。わしからも一つ提案があるのじゃが」
一斉にこちらを見て三者三様に口を開くも、その内容はどれもが同じだとわかった。
「……そうだな」
俺がそう言うと三人とも笑顔で頷く。そして視線をゆきに向けて。
「“先の事を言えば鬼が笑う”とも言われるが……次の旅行先は決まった」
「え? ま、まさか……」
結構な不安顔で聞き返すゆき。だが、当然遠慮なんかしない。
「次の旅行──現実での行先は、登別温泉に決定しましたー」
「あああ、やっぱりぃー!」
俺の言葉にゆきが叫ぶ。どこか顔が赤いのはアレだ、自分の故郷を皆が観光に来るという事への羞恥からだろう。
「うう、なんだろう。そこはかとなく恥ずかしい気がする……」
「まあそう言うなって。俺はもう慣れたぞ」
そう。あっちへ行くたびに俺の家は、豪快に家探しが行われるほどに。
何度か彼女達を連れてきた後、おもいっきり掃除をして不用な物とか一斉に片付けた。でも、どこからともなく見つけて欲しくないものまえ掘り出したりしてくる。
以前なんか、その、いわゆる“薄い本”を見つけられた時なんかは、ゆきあたりは面白がってたけどフローリアなんかは顔を真っ赤にして説教をされた。ミレーヌが手にしようとした瞬間、あわててミズキが跡形もなく粉砕してくれたけど。……ぐすん。
まあ、それはともかく。
「一番の目的は登別温泉と宿。だが、もう一つ重要な目的もあるぞ。というかたった今出来た」
「……なんとなく想像つくよ」
「それはだな……」
ニヤリと笑う俺。自分ながらなんて癒しんだろうって思わず自分に呆れるほど。
「小樽に行って、ゆきのお墓参りにいこう!」
「えええええー!? い、いじめだよぉおおお」
軽く半泣きのゆき。他の皆も「え?」みたいな顔をしてる。まあ、普通考えるとそうかもしれんが。
「いじめじゃないぞ。──ゆき」
「……何」
ちょいとふてくされたように目を合わせず返事をする。本当に不愉快なら返事もしない所だ。だから本人もわかってるんだろう。
「けじめ、つけに行こう」
「………………うん」
俺の言葉にしばらく考え、そして静かにうなずいた。
吹っ切れたとは言うが時々寂しそうな顔をしている時がある。そんな時は大抵転生前の話が絡んでいることが多い。
だからこそ、手荒だがきちんと事実を向き合って進まないといけないのだ。
それに──
「知ってるか? 自分のお墓にお参りする夢を見ると、それは人生の転機なんだぞ。より良い人生に進むためにも、ちゃんとお墓参りしてこないと」
「でも、それって夢の話だよね?」
「ああ。でも夢じゃなく現実でやるんだったら、もっとご利益あるだろ? 違うか?」
俺の言葉に一瞬虚を突かれたような顔を浮かべるも、ゆっくりとミズキ、フローリア、ヤオと順番に見私、壁越しに後方の2号車馬車を見つめる。
「ううん、違わない。……そうだね。きっと──」
目を閉じてそっと、でも力強く言葉にする。
“きっと、今度はまっすぐ進める──”




