183.そして、地に映える幸せ二つ
ご神木の古代エルフより、自身より生まれた祝福の苗木を貰い受けた。ソレは今現在、やわらかな光の球状になって俺の両掌の上にふわっと浮いている。とりあえず俺が持っているという扱いらしく、歩いてもちゃんと一緒に移動してくれる。
少しばかり通常のアイテムとは勝手が違うので、このままストレージに入れず持っていくことにした。なのであまり寄り道もせず、さっさとヤマト領へ戻ることに。
【ワープポータル】での転移は少しばかり不安だったが、問題なく移動で来て一安心。さて、それじゃあどこに植樹しようかなぁ……と思考しはじめたのだが。
「ここがカズキ様が治めることとなるヤマト領……いい大地ですね……」
案の定というか、やっぱりというか、マリナーサさんが同行してきていた。フットワーク軽いね。
まあ、元々ご神木のために里から出て人間の街に来てたくらいだし、思い立ったら即行動って性格なのかもしれない。
でもよくよく考えたら、今回は同行してくれたのはありがたい。この苗木を植える為のアドバイスをしてもらえると思うし。なのでエルフからの意見として、どんな所に植えたらいいのかを聞いてみた。
「そうですね……この辺りの地は皆祝福を受けているようですので、どこに植えても問題はないと思います。なので、後はその樹をご神木のような象徴とするかなど、この地に住まう人々との関係性できめましょう。たとえば……」
きょろきょろと周囲をみわたすマリナーサ。まだ整地した地面と一部の仮設宿しかないが、エルフである彼女はおそらく精霊などを見ているのだろう。
「街の中心というのも一つの手ではありますが、この地は東に広大な森林、西に源の川が流れています。なのでそれらと街のを結ぶ位置に植えるのがよいかと思います」
「なるほど。しかしそうなると……んー……どちらがいいかな」
森林側はおそらくシルフなどの風精霊が居て、川側はウンディネなど水精霊がいるだろう。どちらもこの地に大切な恵みをもとらす存在だし、仲良くしたい相手でもある。
どうしたものかと思っていたどの時。
「…………ん?」
両手ですくうように持っていた苗木──正確には光の球体が、少しだけ強い光を放つ。何々? まだ場所を決めてないよっ? 内心焦っていたが、どうしようもないので見守っていると──光は二つの光へと分裂した。
「こ、これは……?」
「なるほど。祝福の苗木自身がそう判断したのですね。二つに分かれこのヤマト領を挟むようにして見守っていきたいと」
分かれた光をみて言うマリナーサの言葉に、二つの光は呼応するようにポワポワ~と光る。
どうしようか迷っていたが、結果予想もつかない方向に好転した。神木の苗木に領地を挟んでもらえるなんて、随分とありがたいじゃないですかい。
「よし、じゃあ早速植えよう」
そういってまずは領地の東側へ。領地自体はコの字を片付くった用水路で囲まれているが、植樹はその外側だ。領地と森林の間に植えることにする。といってももちろん祝福大地範囲内だ。べつに領地の内部だけばっさりと祝福されているわけじゃないから。
さて、この光をどうすれば苗木というか、植えることのできる物体になるのか。そう思いながらもなんとなく片手をのばして光の一つを地面に向ける。
すると今まで落ちる気配すらなかった光が、すーっと掌を滑り落ちて大地に触れる。そのまま地面の中に潜っていく……と見えたが、半分ほど埋まったところで光が、球状から細い柱へと変化した。
「これが、祝福の苗木……」
「とても暖かく、優しい光を感じます……」
植たばかりだというのに、既に俺の腰の高さほどある祝福の樹を見て、フローリアが手を組んで目を閉じた。聖女であるフローリアのその行動は、どれほどにこの樹が神聖であるかを表しているともいえる。
他の皆も無意識に手をあわせたり、目を閉じてる。
──パン、パン
何の音かと思ってそっちを見ると、ゆきが手を合わせていた。……ああ、そうか。神木からの苗木だから、二礼二拍手一礼したんだ。んー、それもいいかもしれんな。
ゆきが顔を上げるのをまって、いまゆきがした行為の説明をする。彩和では神様や、神が祭ってある所をそうやってお参りするのだと。そしてこのヤマト領でも、二つの祝福の樹にはそうやってお参りするようにしたいと思う。
そう言って、もう一度ゆきの二礼二拍手一礼をしてもらう。横で俺が説明をして、皆に覚えてもらった。そして今度は全員でもう一度お参りをする。うん、なんかいい感じかな。後々、両方の樹の傍にお参りの作法をかいた立て看板でも出しておこう。
続けて今度は川の方へ。皆でぞろぞろと歩いているが、それをしながら思い付いたことが。
「領地の中央に、東西まっすぐ伸びた広い道が欲しいな。歩行者用の道で、片方の樹にお参りをした人が、そのまま真っ直ぐ反対に迎える導線だ」
「いいですね。それではそこは散歩道でもあり、人々の交流の場のようにしましょう」
「あれだね! 王都の中央通りみたいに、噴水や屋台の並ぶそんな場所!」
俺の意見にフローリアとミズキが賛成してくれる。それをきっかけに他の人たちも、この領地をよくするための案を出してくれた。無論全てを叶えることはできないが、より良い方向へ向かう努力は惜しまないようにしたいと感じた。
「……こっちの場所は、この辺りがいいかな」
森林側に植えた樹から、川の方へまっすぐ進んできた。場所は領地の西端と川の中間あたりか。位置としてはここで良いと思うが、一応確認をしたいのでヤオを呼ぶ。
「ヤオ。この辺りの大地に樹があっても大丈夫な土壌かな? 栄養とか、強度とか」
「そうじゃな…………うむ、問題ないじゃろ。元々祝福された時点で、よほど問題ないかぎりは大丈夫じゃぞ。まあこの辺りはそうじゃなくても良い場所のようじゃがな」
地面につけた手を離しながらヤオが言う。ならば問題ないだろう。
先程と同じ様に光をそっと植えたい場所の地面へ降ろす。光の玉は半分ほど沈み込んで、先程と同じように光の柱となって、そのまま樹になった。
距離が領地の端から端まで離れているので直接比較できないが、なんとなく先程植えた樹と完全なシンメトリに感じた。そうなるとアレだな、領地端からそれぞれの樹に向かってお参りする際、その場所とか外観とかも全部意識してあげたほうがいいだろう。
腰ほどの高さの樹に、皆でお参りをする。先程覚えてもらった二礼二拍手一礼を早速行う。んー……俺が日本人でそういう風習が好きなせいかしらんけど、なんかすごい清々しい気分。
「……なんかカズキ、嬉しそうだね」
「ああ。俺って案外神社とか寺って好きなんだよ」
「その内、祝福の樹の前に鳥居とか作りそう」
「ほほぉ……それもいいか」
「わっ、本気にした」
ついつい日本文化会話が楽しくてゆきとわいわいと話てしまう。こっちの世界で日本話をすると、どうしてもこうなってしまうんだよ。
ひとまず祝福の苗木……ちょっとしたサプライズもあって二苗になったけど、それを無事に植樹完了。この地自体が祝福されているし、何よりこの辺りには守護者のバフォメットもいる。後でこの樹の事も話しておこう。まあ、多分言わなくても気付くだろうけどね。
そんな感じで清々しくも和んでいた所へ、何か別の方から誰かが話している声がきこえてきた。
どうやら施工業者たちのようだ。声も別に荒げているとかじゃなく、ごく普通の日常会話をしているだけのようだが。
声の方を見てみると、二台ほどの馬車が領地入口付近にとまっており、そこで何かを話している様子。トラブルっぽくはないけど、まあこれも領主の仕事といえるか。
「どうかされましたか?」
近づいていって声を駆ける。馬車の御者であろう人物も、近づいてきた俺達に気付いてこっちを見る。
「いえ。王都からミスファへ向かおうとしましたら、ここが整地されておりましたので。なんでも新たに中継街としての領地が出来ると。そのような噂はありましたが、思ったよりも着工が早く驚きました」
「今はまだ本当に整地しただけなので何もありませんが、今後はまず中継街としての機能を整え、その後少しずつ拡張していく予定ですよ」
御者に対してちょっとした説明をする。それを聞いて「便利になりますな」と漏らしたあと、ふと俺の方を見て聞いてきた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「ああ、これは申し訳ない。この度この新領地を治める者です。名前と爵位に関しては、正式に王都からの通達でご確認下さい」
「おお、領主様ですか。どうぞ、今後ともお見知りおきを」
御者が馬車から降りて改めて挨拶をした。領主だからそれ相応の地位と判断しての行動だろう。
そうなる事も考えて、とりあえず今は名乗るのを控えた。今の俺は爵位が無い。正式に領地を治めるための手続きをした際には、何かしらの爵位を受けるはずだけど今は苗字と名前のみ。名字がある分、この大陸では普通の平民とは違うんだろうけどね。
さて挨拶も終わったな……と思っていると、顔をあげた業者の視線が俺を通り越して後ろに向いていた。どうしたのかなと思ったが、すぐにその答えは判明する。
「フ、フ、フローリア聖王女様!」
俺の後ろにいたフローリアに気付き、直立不動となる。まさかこんな場所に王女がいるなんて思わないだろうし。
「気遣いは不用ですよ。今は知人が治める新領地の視察に同行しているだけですから」
「は、はい! ……つまり、こちらの領主様は王女様の親しい知人と……」
改めてこちらを見る御者の目は、先程よりも大きく見開かれている。あー、やっぱり王家との繋がりがあると一歩二歩引いてみられるのかな。
そのまま、恐縮した態度を引きずって馬車は立ち去った。ただ立ち去るまで、何度も何度も頭をさげられたので照れくさいやらめんどくさいやら。領地を国にしたら、俺単体でもこんな扱いになるのか?
ぼーっとそんな考えを巡らせていると、後ろから腰をぽんぽんと叩かれた。フローリアだ。
「カズキ。早くこういう対応にも慣れて頂かないといけませんわね、うふふ」
にこりと笑うその笑顔、とにかく楽しげな感情にあふれていた。
俺には見えないけど、きっとこの祝福の大地に集う精霊たちも楽しげに舞っているんだろうな。
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