180.それは、遥かなる高みを希し名
姦しくも華やかな三人の美少女の後を、思案顔でついて歩く俺。
そこだけ切り取ってみるとちょっとした事案モノにも見えるが、時折誰かしらこちらを向いて話をふってくるので、関係者ではあると認識はされてるらしい。
ゲームや漫画とかだと、こういう場面ではナンパ目的の男とかが声をかけてくるのがセオリーだが、実際にはそんなことそうそうない。というか、どうやらフローリアからは「無粋な声掛けはご遠慮願います」オーラが、ヤオからは「話しかけるでないぞ」オーラが出てるらしい。
駅前通りをすぎ、ミズキたちも何度か訪れたデパートに到着。とはいえ日本のデパートというものは、日々新しい要素を追い求める先進の店舗。一日でも変化が出てくるのに、たまにしかこない彼女達にとっては毎回が全て新鮮。
「さて……どうしようか? 偶には女子ばっかで行動してみてもいいが」
「へ? お兄ちゃん一緒じゃないの?」
俺の言葉に驚く様子のミズキ。フローリアたちもちょっとした疑問顔をしている。
「その……なんだ。女の子ばかりだと、見て回る場所がアレだろ? 服とかその……な? そういうのって男だと所在なくてちょっとな。でも今ならヤオがいるから、どこに居ても用があれば声も届くし」
「そうでしたか。んー……カズキと一緒も楽しそうですが、これはこれで面白そうですね」
そういってフローリアは笑顔を見せる。こういう場所での女の子の奔放さは半端ないので、それに付き合っていると気が休まらないってのもあるんだけど。
ただ、やっぱりフローリアは気を使てくれたのだろう。少し一人にするので、じっくりと自分が治めることになる領地の名前を考えて欲しい、と。
結果、今回はフローリア達三人は俺とは別に自由行動ということになった。一応こちらの世界で、別れて行動する時を想定して予備のサイフはフローリアに渡してある。中にはちょっとした金額があるが、ミズキもヤオも一緒にいる状況で、どうまちがってもスリ被害にはあわないだろうし。
ミズキはいつもの感じだと寂しそうにするかな、と思ったのだが。
「ふむ。わしはこの地はまだ不慣れじゃ。ちゃんと案内せえよ」
「わかりました、師匠っ」
嬉しそうに返事をするミズキ。その雰囲気から、そのうち「押忍!」とか語尾につくんじゃないかとハラハラしたりもするけど。
「ではカズキ、行ってきますね」
「ああ、ゆっくり楽しむといいよ」
ひらひらと優雅に手を振り、フローリアたちは人ごみの中へと消えて行った。その様子をしばし眺めた後、改めて自分の事を考える。
とりあえずは……本屋にでもいくか。
デパートの本屋へ来た。ここの本屋はデパートにありながらも、結構な広さがあり種類も豊富。これ以上を求めるならば、ビルが丸々書店になっている所にでも行くのがいいだろうというレベル。
昔と違って紙媒体での書籍というのはかなり減少したが、それでもやはり“本”と言えば紙だろうという認識は未だ消えない。
のんびりと本屋を散策する。普段はコミックや小説の新刊コーナーを最初に見て、その後同ジャンルの巡回ルートを流して終わり……というのが定番だった。
だが今回は、領地政策の一貫として名前を考える義務がある。なのでとりあえず地名ということで、旅行案内やガイド本のあるコーナーへ足を向けてみた。
とりあえず国、ということなので海外旅行ガイド本の表紙をざっと流し見する。だがまあ、飛び込んでくる文字列はよく聞く観光地ばかりだ。そりゃそうだ、そういうコーナーなんだから。
せっかくなのでと国内旅行の本も見てみる。だがまあ、目につくのはよく耳にする国内旅行地だ。北海道、沖縄、京都等々。うーん……領地『北海道』って、なんか違う気がするな。
せっかく本屋なのでと、違う観点での書籍調査をすることに。
そもそも「国をつくる」っていう段階の話が、どうなんだろうかと改めて疑問に思った。当初話が出た時点では、俺にとってはLoUの──ゲームの延長という前提であり、領地だ国だというのをもっと気楽に考えていた。
だが、実際にその世界に触れ過ごしていると、自分が普段目にしてない部分がゲームとはまったく番うことに気付いた。ゲームであれば“何も動作してない”という場面であっても、実際には色んな人が日々を過ごしている。そんな当たり前が、あの世界では“当たり前”に起きているのだ。だからこそ、この領地はきちんとやりたい。その手初めてが命名なのだ。
(しかし……中々いい名前が出てこないな)
溜息交じりに心の中で愚痴を漏らす。──すると、
『何が出てこないのじゃ?』
「っ!?」
いきなり聞こえたヤオの声に、思わずビクッとなる。驚いて声を出さなかったのはなにより幸いだ。
『驚いたぞ、聞こえてたのか?』
『うむ。先程いきなり名前が出てこないとかいう声が聞こえたのじゃが、どうかしたのか』
どうやら思考を言葉で考えてしまったため、それがヤオに届いてしまったようだ。単純に今みたいに考えるだけなら問題ないが、それを言語化して文章として思考すると、それが念話としての段階に達して伝わってしまうらしい。
『いや、なんでもない。うっかり言葉に出てしまっただけだ』
『そうか。……聖女の嬢ちゃんから何かあったのかと聞かれたがどうするか?』
『いや何もないよ。気にしないで楽しんできてと伝えてくれ』
『了解じゃ、では後々に』
そう言うとヤオの声は聞こえなくなった。おそらくまた文章で思考したら届くのだろうが、無粋なことはしたくない。
のんびりと書籍めぐりをしていると、先程までいた地理や政治などのコーナーから、いつしか歴史や民話の書籍コーナーに来ていた。
「そういえば広忠の……松平の家系って尾張三河だっけ」
歴史年表的な本をとりだし、そこに記載される戦国の群雄割拠な土地の移り変わりを見る。長らく続く地もあれば、いつしか取り込まれたり消え去った地名も多い。これは現代に認知されている分でこれなのだ、きっともっと多くの地名が人知れず消え去ってしまったのだろう。
そう思うと、自分のすべきことの大きさを改めて実感する。領地をつくり、国をつくり、その地に住まう人のためにも本当の意味で歴史に名前を残せる国にしなくてはと。
──大分気持ちは前向きになれた。後はきちんと意思表示できる領地名だ。
本を棚にもどしてざっと背表紙をゆっくりと流す。その中に一つ目をひきつけたものが。
日本の神話、だ。
手にとりざっと目次から目的のページへ跳ぶ。ひらいた箇所にある文字は──“古事記 須佐之男命”。
あらかた知っている話だが、改めて記事を読んでみる。人、物の怪、刀、形をかえて今につたわる日本の英雄神話だ。だが、今俺達と仲良くしているのはスサノオノミコトではない。討ち取られたとされるヤマタノオロチだ。
歴史や言い伝えがどうだろうと、未来を決めるのは自分なんだなとしみじみ感じた。
そんな実感をもってページをめくる。他にもいろんな有名神話や逸話が記載されていた。
そんな中で、一つのページで俺の指がとまった。
俺の目にとまった文字。ありきたりだけど、有名すぎてベタではあるけど、やはりこれが一番しっくりくる。そんな名前の文字が。
──よし、決めた。
決意ついでに、その本をレジへと持っていくことにした。
「お兄ちゃーん!」
「おう」
デパート中央の吹き抜け噴水広場で、空きほど購入した本を眺めながら三人が戻ってくるのをまっていた。本の購入後、ヤオに念話を送った。といっても待ち合わせ場所だけ伝え、あとは暇つぶしを持参したのですきなだけ見て回ってきていいぞと言っておいた。普通ならそれでも気をつかいそうだが、フローリアは随分利口なので、あえて俺の言葉にのってゆっくりと回ってきたようだ。
「お待たせしましたカズキ…………」
「おう……って、どうした?」
じっと見つめるフローリアを不思議に思い聞いてみる。しかし、
「いいえ。どうやら決まったようですね?」
……やはり気付かれていた。まあ、フローリアには気付かれると思ったけどな。
「お兄ちゃん。決まったって……あ」
「ふむ。主様の治める領地の名前じゃな。なんという名じゃ?」
ミズキとヤオもこちらを見る。
そんな三人に俺は、先程勝った本のページを開き、そしてその文字を指さしながら言った。
「──大和だ。ヤマト領、そして──大和国だ」
俺の言葉を聞いて、三人とも静かにうなずいてくれた。
これが俺の領地──“ヤマト領”としての最初の記録であった。
領地名のカタカナ表記と漢字表記の意味は次回で。といっても大した理由でもありませんが。




