18.それは、異文化エンカウント
ファンタジー世界のお姫様のイメージって色々あると思うんだ。
わがままだったり、おしとやかだったり。でもさ、やっぱりそこは年相応な女の子ってのが、一番しっくりくると思うんだよね。たとえば……。
「カズキ、カズキ! これは何ですか? ケーキですか!?」
ここはデパートの一階、洋菓子エリアにあるケーキ屋。ガラスケースを指差して瞳をキラキラさせながら聞いてくるのは、なぜかリアル世界にやってきてしまった異世界の聖王女フローリアだった。
昨晩は食事の後、シャワーの使い方を説明して汗を流してもらった後はあまり夜更かしもせずに就眠した。色々と話したい様子だったが、それは明日……つまり今日にしようと説得した。
ちなみに寝た場所なのだが、別々にしようと思ったがどうにもフローリアが不安そうにして、結局同じ部屋となった。まあ、知らない場所だから無理もないが、自分の部屋に女の子が寝てるというのは、ちょっと不思議な感覚だった。
そんな彼女をデパートへ連れてきた。この世界を見たい、と言われたが流石に一日では限度がある。ならば色々なものを見せるに最適なのは……と考えここという結論に到った。
「凄いですね。どれも綺麗に飾られていて、それでこれが全て菓子だなんて」
「この辺りにあるお店は、どれも有名な菓子を扱うお店ばかりですからね」
ここのデパートは一回に菓子店が多く入っている。和菓子洋菓子問わず、10以上の店があり女性なら子供や奥様のみならず、おば様方までもが楽しそうにしている。
今フローリアが見ている店もその一つ。スタンダードなショートケーキ以外にも、クッキーやゼリーなどの土産に最適な商品も豊富な店だ。
「もし食べたいなら、後で買って帰りましょうか?」
「いいのですか? あ、でも……」
一瞬喜びを見せるも、きっと迷惑をかけるなどと気にしているのだろう。実際これくらいなんでもないし、元々何かスイーツでも買って帰るつもりだったので問題ないのだが。
「いいですよ。最初から何か買って帰るつもりだったから」
「そうですか……。それでは、後でお願いします」
嬉しそうに笑顔を向けるフローリア。その笑顔を見て、俺だけじゃなくまわりで見ていた主婦たちも息を漏らす。
……そうなんだよな。服装を多少“普通”にしても、その飛びぬけた容姿はそのままなのだから。隠し切れないカリスマというか、そういったものが溢れてしまっているのか、ずいぶんと人目を惹いている。
まあ、後でまた来るし、デパートの一階は人が多いから一度別フロアへ行こう。そう考えた俺はフローリアの手をとって、エスカレーターへ向かった。
「あっ……」
「とりあえず場所を移動しよう」
「は、はいっ」
思わず手をとって引いてしまったが、変に拒絶されることもなかったのでそのまま歩く。まあ、少し恥かしいと思わないこともないけど、ここで彼女から目を離すのは怖すぎるからな。
次に来たのはブティックだ。無論メンズではなくレディースで、フローリアのために来た。
今来ているTシャツにジーパン、そしてパーカーというのは目立ちにくくするためとはいえ、やはり女の子がする服装としては少々華が無い。せっかくこっちの世界にきたのなら、せめて何か向こうでは着れない服を着てみて欲しいとも思うわけだ。
店員に『海外のお得意様のお嬢様』という説明をして、彼女に見合う服を見繕って欲しいと頼んだ。店員もフローリアを見て、何か刺激をうけたのか大喜びで受けてくれた。フローリア位の容姿だと、店員もテンションが上がるのだろう。
何着か選びその度に試着を見せられたが、どれもこれも非常に似合っていた。そんなハズないのだが、まるで服の方がフローリアに寄っていってるような、それほど合った服ばかりだった。
結局俺が選ぶことはできそうになかったので、フローリア自身に選んでもらった。そこで悩むかなと思ったのだが、案外すんなりと一着選んだのは少し驚いた。まあ、変に悩むより気持ちが良いものだが。
選んだのは白を基調にし、うっすらを刺繍模様の施されたワンピース。何故それを選んだのか聞いたところ、
「その……この白色のイメージが、どこかその、似ていて……えっと……」
なぜか少し言葉につまるような返事をされた。よくわからないけど、この白色が何か好きな物のイメージに沿っていたのだろうか。
何にせよ、物凄く喜んでもらえた。……これを持たせてLoUに帰っても大丈夫かな?
「うふふ、かわいいですね~」
次にやってきたのはペットショップ。LoUでは動物園や水族館は無論だが、ペットという概念がない。正確なことを言えば“完全に未実装”という状況だ。
フローリアのような、仕様は固まっていてデータも用意されたが未実装になった、ではなく草案として打ち合わせはされたが、何か形が残ることなく終わってしまったのだ。
もし実装されていたら、愛玩動物的なかわいいモンスターをテイミングしてペットにするという仕様が実現していた可能性もあった。捕まえられるのは、うさぎのような小動物系が主だと思うが、ひょっとしたら人型モンスターとかもあったのかもしれない。
「フローリアは、何か動物を飼ったことはないの?」
「そうですね……私が騎乗する専用馬はおりますが、それ以外には……あっ」
「ん? 何か心当たりでもあった?」
「あ、いえ、そうではなくて……。私の専用馬ですが、改めて思い返しますとその馬も、見事に真っ白な毛並みだったと思いまして」
「ああ、なるほど。フローリアは白が好きなんだね」
いかにも聖女っぽいなと思い、うんうんと心の中で頷く。だがフローリアはチラリと俺を見て、なぜか少しばかり膨れたあと残念そうに息を吐いた。……なんだろうね。
しかしペットか……構想自体はあったんだよなぁ。なら無理やりな改造とかではなく、パッチで仕様追加する方式でやってみたらどうだろうか。そうなると、可能そうなら今後も考えて仕様と形式をまとめて、一度ドキュメントを整理しなおしておくべきか。後は累積パッチ用に、漏れのない資料を用意しておかないとな。……なんか、サービス終了前とやってることが変わらないかも。
「はぁ……可愛いなぁ……」
動物たちを、それは愛おしそうに眺めるフローリア。そんな彼女を見ていると、ペット機能の実装くらいならやってみてもいいかなと思えてきた。
ペット用に何か白い動物も、専用に実装してみようか。そんな事まで考えてしまった。
「そろそろ昼食を取ろうかと思うんだが」
「はい。カズキの言葉に従いますよ」
ペットショップを見た後、デパート内を二人でいろいろ見て回った。本屋に行った時は「何ですかこの色鮮やかな本の数々は!」と驚いていた。確かにLoU世界の書物って、あたりまえだけど地味なんだよな。表紙に写真をつかってるわけでもないし、色鮮やかな印刷技術も普及してない。多分一番色鮮やかなのは魔力を帯びた魔導書とかじゃないだろうか。
まあ、そんなこんなで結構歩き回った結果、それなりにおなかも空き時間も経過した。ランチタイムからすこし時間をずらしたので、デパートのレストランエリアも程よく空いていた。
「何か食べたいものとか、ある?」
「そうですね……」
念のためフローリアに聞いてみた。多分「おまかせします」という返事が返って来るとおもっていたが、実際は料理写真入りの店舗案内板をじっくり見ている。個人的には、こうやってちゃんと考えてくれるのはすごく好感が持てる。
じっくりと写真とにらめっこをしながら悩むフローリアだったが、ある店の写真を見て眉をひそめた。
「これは……生の魚ですか?」
「え? ああ、寿司か」
「スシ?」
……そういえばグランティル王国って、結構内地にある国だった。付近に川はあるけれど、海はないから魚というと川や湖の魚が主という設定だったと思う。海産物は主に干物や塩漬けとかだったか。
そうなるとここはまあ決定か。小説とかの異世界モノでも、寿司ってのは定番だからね。たぶんそれって、海外の人がはじめて寿司を食べた時の反応を参考にしたんだろうね。
「よし、じゃあそこの寿司屋……回転寿司に入ろうか」
「……生の魚ですか?」
「うん。言いたいことはなんとなくわかるよ。でもまあ、ここは俺を信じて」
「わかりました。では、お供させていただきますっ」
握りこぶしを胸の前でそろえて、妙な気合を入れるフローリア。これが漫画なら「ふんすっ」って擬音が付いてるくらいの勢いだ。
店内に入り二名と告げると、すぐにレーン沿いに並ぶテーブルに案内された。一つが四人がけでファミレスのように区切られているので丁度いい感じだ。
ただ幸運だったのは、店内がほどよく満員気味だったことだ。回転寿司は人が少ないと、稼動レーンを減らしたり注文しての握りが増えるからね。最近は終始注文する店も多いけど、回ってる寿司はやっぱり面白いから好きだ。
「これはどうすればよろしいのでしょうか?」
「ここに流れている寿司から、自分が食べたいものを選んで取ればいいんだよ。あ、皿を取ってね」
「わかりました。えっと……これは、どうでしょうか?」
フローリアが指差すのは、新鮮な赤みの握り。まだ昼食時でもあるためか、握ったばかりの新鮮な寿司なので問題ない。
「マグロの赤身だね。いいよ、俺もそれを一皿取ろうかな」
「わかりました。……ほっ、取れました」
ささっと手を伸ばして皿を掴み、すぐさま両手で支えて目の前に置くフローリア。それを見て俺も一緒に流れていた赤みを一皿つかんで取る。
「フローリアって箸使える?」
「はい、大丈夫ですよ」
うーん、さすが半ご都合ファンタジーだ。自分達でつくった影響か、所々日本文化がまじりこんでるんだよな。だいたい、あっちで米を炊いたものを“ライス”じゃなく“ごはん”って呼ぶ辺り、完全に製作側の思い入れだよな。
「じゃあ魚の寿司なら、食べる前にこれかけてみるといいよ」
「……なんですかこれは」
手渡したのはテーブルの上にあった醤油。フタがプッシュタイプの差し口になっており、押すと少量の醤油が出る仕組みだ。小皿に醤油を入れて浸すよりも手軽だろうと思って。
「醤油っていう調味料だよ。お寿司にはこれをつけると美味しいからね」
「ショウユ……では」
醤油を渡して、ビンの使い方を教える。言われたとおりに赤みに数滴たらして、それを箸で口に運ぶ。おお、本当に箸をちゃんと使えるんだ。
生の魚をたべるという行為に緊張しながら、意を決して食べる。ゆっくりと咀嚼するフローリアの表情が段々と笑顔に変わっていく。そして飲み込んで……こちらを見る。
「カズキっ、これ美味しいです。生の魚って、こんなに美味しいのですか?」
「生魚が全部美味しいわけじゃないよ。でも、この店に出てるのは全部美味しいよ」
「はあぁぁぁ……そうなんですね……」
恍惚の表情で呟くが、それもほんの僅かなこと。すぐに思い出したように、皿にもうひとつある赤みに端を伸ばして食べる。再び満面の笑顔を浮かべる。
それヵらは色々な寿司を興味津々で体験するフローリアと、それの世話をすることに必死になる俺という構図になった。ただ、この回転寿司で回っている寿司に関しては、わさびは自分で付けるタイプだったのでよかった。さすがにわさびは無理なんじゃないかと思う。
結果、マグロの赤身とトロ、サーモン、ホタテ、甘エビ、穴子などを食べた。定番といえば定番だが、ここで妙な冒険をする必要はないだろうしね。最後に玉子を食べて終わり。これは俺のこだわりだったんだが、フローリアもふわっとした卵焼きはお気に召したようだ。
食事も終わり、会計をすませ外に出る。その間もフローリアはずっと流れる寿司を見ていた。どうやら気に入ったようだ。……後日お城の中に、流れるレーンとか出来てたりしないだろうな。
その後もデパート内店舗を見て回り、気付けばもう夕方という時刻だった。
なので当初の予定通り、一階の洋菓子エリアで幾つかケーキを買って帰宅した。
こうしてフローリアの異世界デパート初体験は幕を閉じた。




