173.それは、もっと先へ進めと
ヤオとミズキの試合は、師弟関係になるという妙な展開で幕を閉じた。
さっそく先程の試合についての事をミズキが聞きたがったが、とりあえず当初予定していた試合は終わってしまったため、冒険者ギルドの闘技場から出ることにした。未公開という制限付きで利用しているため、あまり長時間仕様するのも悪いからな。
となると、どこか別の場所へ行かないとな。何か話をするだけならいいが、さっきの試合の話をするならどうせ実践も行うんだろう。なら最低限、動き回れるような場所とかじゃないとダメか。
王城の討議所を借りるか? それとも何処か手頃な場所を……そう考えていると。
「あっ! いたいた、カズキー! ミズキちゃーん! ヤオちゃーん!」
「……あれ、ゆきだ」
「ホントだ。なんで王都にいるの?」
彩和にいるはずのゆきが手をふりながら駆け寄ってきた。確かに一度彩和に送ったはずなんだが。
不思議そうな顔をしていると、ゆきが呆れたような視線を向けてきた。
「何言ってるの。以前過去アカウントとマイルーム機能の結合で、私は任意に王都に来れるようにしてくれたでしょ?」
「あー……そういば、そんなことしたかも」
そうだった。ゆきのLoU時代のアカウント痕跡と、今は使用されてないマイルーム機能を関連付けしなおして、結果ゆき自身はマイルーム帰還=王都への転送が可能になったんだっけ。
「でも驚いたよ。私もさっき思い出して『マイルームに行きたいなぁ』って考えたら、なんか眼前の空間に確認のダイアログが出てくるんだもん。私はすっかりこっちの人間だから、こんな未来っぽい機能ついてると驚くって」
そういって少し照れくさそうに笑う。きっと初めてダイアログが目の前に出た時、驚いて周囲の注目を集めるとかしでかしたんだろう。
「それで、今からどこか行くの?」
「ああ。実は……」
先程までの出来事をかいつまんで説明した。
ミズキがヤオと試合をするも、その圧倒的な差に驚き、そして流れで師弟となったと。簡単に言えばそうなるが、何故そんな流れになったのか俺もいまだにわからん。
それでもって、せっかくなので指導も兼ねて先ほどの試合の事をヤオがミズキに話すことになったのだが、組手など可能な手頃な場所を探しているところだと。
「それなら彩和の仮野が使ってる道場とか使う?」
「おっ、そんな便利な所があるのか?」
「うん。家にも併設してあるけど、大食堂の近くにある道場は狩野が管理する大きな道場だよ」
「なるほど……言われてみれば、狩野の家系ならそういう施設もあるか」
俺とゆきの会話を聞きながら、すぐ後ろをついてきてる二人に聞いてみる。
「ゆきの提案で彩和の仮野が所有する道場があるんだけど、そこへ行ってみるか?」
「うん、行ってみたい。ゆきちゃん、いいかな?」
「もちろん。私から言い出したことだし、問題ないよ」
「ヤオは……彩和だし、異論はないか」
「うむ」
そんな訳で俺達は、彩和へと移動した。
「おっと、そうかこっちはすっかり夜か」
時差が10時間ほどあるため、王都で昼なら当然こっちは夜だな。
「さっきまで彩和にいたなら、ゆきちゃんは眠くないの?」
「うん。最初から王都へ遊びに行くつもりだったから、十分昼寝したしね。……まあ、忍者っていう体質的に何日か徹夜しても平気なんだけどね」
それなら昼寝いらねえだろ、とツッコミたいのはこらえて。
「それじゃあこっちだよ」
そう言って普段入っていく大食堂とは違う方へ歩き出すゆき。そういや、何か建物があるのは知ってたけど見に行ったことはなかったな。
歩いて行くと建物の正面玄関につく。ぱっと見では見張りなどが居ないように見えるが、ずっと監視をしている感覚というのは感じる。おそらくはここにいる全員が気付いてるくらいのレベルで。
ゆきに案内されて、道場の中でも一番広い間へと案内された。広間の半分……いや、5分の3が板の間で、残りが畳敷きになっている。いわゆる武道場ってヤツだな。
「うむ。心地の良い間じゃな。では始めるとするかの」
「はい! よろしくお願いします、師匠!」
板の間の中央に歩いて行く二人を見ながら、俺とゆきは畳の縁に並んで腰掛ける。
「ミズキちゃん、すっかり師匠呼びしてるんだ」
「ああ。なんかノリがいいのか、二人の波長があうのか、すっかり意気投合しててな」
そんな二人を見ていると、何か話したと思ったら少し離れて構える。それは先程、王都の冒険者ギルドの闘技場で見せていた空気と同じだった。
そして、まるで再現するかのようにミズキが高速でうごき……これまたなぞるように回避を再現するヤオ。高速が光速ともいうべきミズキの攻撃を、寸分たがわず完璧に回避していた。
「さっきもあんな感じでミズキの攻撃を避けてたんだ。あの速度の攻撃を初見で避けるってのは、なかなかたいしたもんだと思ってな」
「…………そうだね。……でも」
「でも?」
「でも、納得の光景だよ。今のミズキちゃんじゃ、ヤオちゃんには触れる事するらできないだろうね」
何かを感じ取ったのか、ゆきがそう告げる。
「ゆきは何かわかったのか? ヤオは単純に経験不足って言ってたけど」
「……そうだね。うん、まさにその通りだよ」
そう言ってゆきは視線をミズキとヤオからはずしこちらに向ける。
「以前レジストへ行った時、私とミズキちゃんでやった試合覚えてるかな?」
「覚えてるぞ。……何だ、まさかあれもミズキの経験不足でお前が勝ったとでも言うのか?」
「そうだね。全部ではないけど、勝てた理由の一番の部分はそれかな。……ほら、ヤオちゃんがその理由を言うみたいだよ」
視線をミズキたちに向けると、軽く肩で息をしているミズキにヤオが話しているところだった。
「ミズキよ、主は目で物を見過ぎているのじゃ。どうに主は高い運動神経をいかすために、目で見た情報をもとに自分の動きを決めているふしがある。それ故に“見る”という動作に、行動のすべてが偏っておるのじゃ」
「“見る”ことがいけないと……?」
「そこまでは言わん。だが、主はあまりにも見ることに頼ることでそこに自分の行動が乗ってしまっておるのじゃ。ハッキリ言うぞ。主が行動しようと見たり考えたりした瞬間、そこに意思の形が形成されてしまうのじゃ。並の人間では感じ取れんが、熟練した戦士やわしのような存在には、簡単に気取られるぞ」
驚いてゆきを見ると、無言で肯かれた。マジですか。
「主の身体移動速度は速い。だが、目でみて考えてから行動へ移すまではズブの素人じゃ。それゆえ、考えて導きだした結果を自分自身が理解して動き出す前に、相手に読まれて阻害されたらそれで終いじゃ」
「……つまり師匠は、私の行動の常に先へ先へと?」
「そうなるの。主が馬鹿正直に次の手を示してくれてたようなもんじゃから」
ヤオの話で得心がいった。つまりヤオは攻撃をしてくるミズキではなく、攻撃をした後のミズキを先に感じ取っていたのだ。
なんとなくわかった。そしてヤオの言う経験不足って言葉の意味も。
だが、ミズキだけはまだ解決の糸口がわからないようだ。絞り出すようにヤオに聞く。
「それなら、それなら私はどうすればいいのですか?」
「うむ。そこでわしが主に言いたいことはな──」
腕を組み、じっとミズキを見据えたヤオが堂々と言い放つ。
「──考えるな、感じろ」
どこかで聞いたことある言葉を。
「えっ……アレって、その……アレだよな?」
「ですね。あの有名なカンフー映画の」
「だな。でもまあ、確かにそうか。『考えるな、感じろ』……か」
目でみて考えて行動するのじゃなく、幾千幾万という経験からの戦闘を身につけろ、という意味か。
……でもまさか、ミズキが、うちの妹が将来「アチョー!」とか「ホワタァー!」とか叫んで戦ったりしないだろうな。さすがにそれはちょっと勘弁してくれ。
理由はそこまで大したことではありませんでしたが、何の説明もなく次話に行くのかと思われてしまいそうだったので前回あとがきを記述しました。




