170.それは、思いがけない特技だった
メールで質問を投げたその3時間ほど後に返答がきた。思ったよりも速かったのは、あらかじめ相談する旨を伝えておいたからというのと、丁度お手すきだったらしい。
返答内容をざっと見てみる。一応これは“ゲーム世界でもリアルな設計をしたいので参考意見を聞きたい”という名目で質問してある。
返ってきた内容にざっと目を通してみるのだが。
「ボーリング調査か……」
「……ぼーりんぐ?」
無意識に呟いた言葉に、フローリアが反応する。聞いたこと無い単語だろうな。
ここにもしゆきがいれば「玉でピンを倒すアレじゃないぞ」という、ベタネタも展開しただろうけど。
「ボーリング調査ってのは、簡単に言えば地面の中の状態を調べることだよ。領地として使うにあたり、建物を建てたりするのに適しているか調べたりね」
「そんな事をしないといけないんですね。もし、そのぼーりんぐ調査というのを怠った場合は……」
「運が良ければ何もない。でも、運が悪いと地盤沈下……地面が陥没したりして、道や建物なんかが沈んだりして大変なことになるからね」
フローリアに説明しながら、この件をどうしようかと考える。
他にも川の近くという土地柄、もしかしたら地盤中に水脈が張り巡らされてるかもしれない。それらも当然不安要素になるので、どうにかしておく必要がある。
出来る限りデータ書き換えという手段は使わないようにしたかったのだが、こればっかりは本当の意味で地盤固めなので仕方ないか。そんな思考を巡らしていると、
「主様よ、さっきから何を悩んでおるのじゃ?」
「ん? いや、領地の地盤に関してちょっとな……」
向こうの世界でのそういった事を何か知らないかと思い、三人にも聞いてみるがあまりそういう知識はもってないようだ。だが、話を聞いたヤオがある提案をしてきた。
「ならばわしが地面の下の様子を主様に教えればよいのか?」
「え? そんなことわかるの?」
「当然じゃ。地面に対して魔力で見通せば、そこに水や岩があればすぐ感知できる。それになんじゃったか、地面が不安定だと家が建てれないんじゃったか? ならわしがあの領地全域を固めてやってもよい」
「ヤオが……そうか!」
初めてヤオと戦った時を思い出した。GMだから自分へのダメージはすべて無効化したが、周囲への圧力は殺せずそのまま地面へ伝わった。結果おもいっきり地面が沈下し、地面に立っていた俺も体勢を崩すという状況になった。あれだけの力があるなら、地面を思いっきり固められる。
「お願いできるか? でもヤオも見たと思うが結構広いぞ?」
「大丈夫じゃ。でも少し手間じゃから、何か褒美があったりすると嬉しいのぉ」
期待を込めた目をむけてくる。まあ、これは取引というよりも、完全な後合意のデキレースだよな。
「わかったよ。今度ゆっくりとこっちで何か美味しいものをおごってやる」
「よし、約束じゃ!」
やったと拳をあげて喜ぶヤオを、ミズキとフローリアが羨ましそうに見る。まあ、これで二人にも何かってすると、堂々巡りでまたヤオに+αをしないといけないんで、我慢してくれ。
「ではどうするのじゃ? もうこれで向こうへ帰るのか?」
「いや。向こうへは行くが、地質調査と場合によっては地固めをするが、終わったらこっちに戻る。まだこちらで推し進める作業はあるからな」
そう伝えて俺達はログインした。
戻ってきた場所は領地予定地。まずは地面の下の様子をある程度把握しないといけないので、領地の中央付近にやってきた。
「そういえば、王都とミスフェアを繋ぐこの道は、ある程度の地盤強化してるのかな」
領地の真ん中を貫く道は、以前よりある道ではあるが、国交手段としてずっと使用されている信頼性のある地面でもある。
「ふむ、どうじゃろうな……」
ヤオが手を道に沿える。そして、
「ふむ。どうやらこの道に沿って石などが埋まっているようじゃな。馬や馬車が通り抜けるくらいの強度はずっと繋がっているようじゃぞ」
「へー……そんなことまでわかるんだ……」
そばで様子をみていたミズキが驚いているが、俺も十分驚いている。なるほど、これなら地面の中を掘り返したりしなくても知ることができるってわけだ。
「ヤオ、ついでに地面深くまで様子を見てもらってもいいか? あきらかに地盤が緩そう土の箇所だったり、水脈とかあったら教えてくれ」
「了解じゃ。それじゃあいくかの……」
両手をついて目を閉じるヤオ。そのまま微動だにしなくなるが、おそらくは地面下の様子をさぐってくれているのだろう。さて、どれくらい時間がかかるのか……と思ったのだが。
「……終わったぞ。特に弱そうなところはなさそうじゃな」
「えっ、もう終わったのか」
「これくらいならばな。元々わしら蛇は地面に穴くらい掘るからのぉ、もし自分で掘った場合あまりに脆いと崩れやすくなるが、そういった脆い土はこのあたりにはなさそうじゃ。川の近くじゃが水脈もない」
どうやら土地としてはかなり優秀なようだ。
とはいえ、実際に家などを建造するのであれば、もう少し地盤を固めておく必要はある。
「ヤオ、それじゃあ地盤固めをお願いできるか?」
「まかせよ。それで、どうすればいいか。この領地全体をするのかや?」
「そうだな……よし。まずはこの道を中心に幅5メートル……メートルってわかるか?」
「大丈夫じゃ。主様の所の基準じゃな」
「そうだ。その5メートル幅くらいで軽く地固めをして欲しい。道に関してはそれだけで、その後両側の土地を一気にお願いする」
「わかったのじゃー!」
言うが早いか、ヤオは猛スピードで道沿いに走っていった。領地の南側の道部分から順番に地固めしていくつもりなのだろう。
「もう少ししたらヤオが来る。邪魔になるといけないから、少し道から離れよう」
ミズキとフローリアに声をかけて少し離れた場所へ。そして少し待つと、軽い地響きと共に本来のヤマタノオロチの姿になったヤオが道を踏み固めながらやってきた。
胴体でのプレスに魔力をこめているのか、ただ普通に蛇行して対以下しているようだが微妙な振動と圧により、通り過ぎた後は少し踏み固められている。ローラーかなんかが通ったみたいだ。
目の前を通過するとき、念話がヤオからとんできた。
『主様よ、こんな感じで良いのか?』
『ああバッチリだ、これで頼む』
快い返答に気をよくしたヤオは、そのまますいすいと進みあっという間に道部分の地固めを終えた。
道に関しての地盤作業はこれで終わりだ。後々、領地を街として整備していくなかで、道路を舗装したりするとは思うが、当分はこのままで十分。
戻ってきたヤオは、まだヤマタノオロチ姿なのでそのまま次の作業を依頼する。
『次は道の両側の地固めを頼む。こっちはまだ全くの手つかずで、おまけに後々建物を上に乗せるからしっかりと固めてくれ』
『了解じゃ。少し魔力余波が飛ぶと思うから、主様たちは領地から外へ出ておいてくれ』
『お、おう』
ヤオにそう言われたので、ミズキとフローリアに説明して領地外へ。
退避したことを念話で伝えると、はじめるぞと返答が。そしてまず半分の領地がうっすらと光始める。おそらくヤオが地面に魔力を乗せているのだろう。さて、どうするのかと見ていると……
「……えっ!?」
あの八岐大蛇と表記される巨体が、思いっきりジャンプして……落下した。そんなことすれば当然衝撃は相当なもの……と思いきや、俺達がいる場所は軽い振動を感じる程度。
だが、まるで地面結界ともいうべき領地範囲は、一度の衝撃で均一に地盤が沈下している。ただ沈下しているのではなく、踏み固められているようだった。
『これは地面を押す力を魔力で分散しているのか?』
『その通りじゃ。こうすれば全部同じだけ力が加わるじゃろ?』
『確かに……いやー、ヤオって頭良かったんだな』
『なんじゃとぉ? こう見えても何百年という年を重ねておるのじゃぞ』
雑談をしながらも丁寧な仕事をこなしてくれるヤオ。そのうち一度振動が止まり、今度は反対側の地面への地固めが始まった。
それにしても、あまり気にしなかったが、やはり年齢とかは何百歳ってところなんだろうか。随分と可愛らしい所もあるもんだなヤオは。
『主様よ、照れるではないか』
……聞かれてた。こっちが恥ずかしい。




