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17.それは、僥倖な邂逅

『人生とは後悔する為に過ごすものである。』


 以前そんな言葉を聞いた覚えがある。なるほど確かに。後悔というものは、しないで済めば良いとは思うがそこに進化も成長もない。俺は自分自身がそこまで優秀だとは到底思えないので、失敗し後悔することは必要なことだと思っている。

 ……だが。

 さすがにけっこうな失敗を、こうも短いスパンで連続させるとちょっとへこむ。


「見たことの無い物ばかり……ここが神の国……」


 俺がへこんでる原因が、室内をそれはもう興味津々で眺めている。彼女はLoUのグランティル王国の第一王女フローリア様だ。

 まあ要するに、以前のミズキと同じようにこっち(リアル)の世界に出て来てしまったのだ。

 恐らくは俺がログアウトするときに、こっそり裾か何かをつかんでいたのだろう。それに気付かずに戻ってきてしまったので、当然以前のように一緒にこちらに来てしまったのだ。


「それにGM.カズキ様、いつのまにお召し物を……。もしや、それがこちらでの服なのですか?」

「あ、えっと。そうですね、こちらでの普段着です」


 つい普通に応えてしまった。うーん、まあしょうがないか。とりあえず適当なごまかしをして、ミズキ同様にさっさと戻ることにしよう。

 そう思った時、目の前のPCに繋げてある外付けHDDのアクセスランプが点灯した。


「ん? ……あ、しまった。次のログアウト後にバックアップを開始するように設定してあったんだった……」


 PC画面では起動していたLoUは既に閉じており、かわりにバックアップソフトが起動して、既に開始されていた。

 バックアップの最中にインすることも可能だが、それをするとバックアップしたデータ内部で差異が生じて、場合によっては意味を成さないデータになってしまう可能性もある。

 こうなってしまうと、余裕を持ってみて数時間はインできない。


 ちょっとまて。イン、できない? だって今ここには……。


「GM.カズキ様? どうかなされましたか?」

「あ、いいえ。なんでもないです」


 まずいまずいまずい。前回のミズキの時より何倍もまずい。これでは今すぐにインしてフローリア様を送り帰すことが出来ない。

 それはもう確定事項だ。ならばこれからどうするかを、まずは考えないとまずい。

 ちらりとフローリア様を見る。とりあえずは……。


「えっと、フローリア様」

「はい、なんでしょうか」

「今からこの世界の事をお聞かせします。まずはそれから」

「わかりました」




 まず話したのはこちらの世界の事。といっても、向こうがゲームの世界で……等という話はあまりに荒唐無稽であるし、何よりそういった文化のないフローリア様に正しく伝わるとも思えなかった。なのでこの世界特有な知識が必要な部分はぼやかし、二つが異なる世界であることを重点に伝えた。

 また、こちらの世界ではGMの力を使うことは出来ないことも伝えた。これに関しては彼女の性格を鑑みて、大丈夫だろうと判断したからだ。

 そして、俺は一番重要な用件を伝えた。

 まずこちら側の都合……つまりバックアップの都合であるが、それのためあと数時間は向こうに戻れないと伝えた。これを言ってしまうと、どんな顔をするのか心配だったのだが、特に表情を帰る事無く「はい、そうですか」という感じで終わってしまった。

 そして、それに付随しての提案をした。それは──



“丸一日こちらで過ごす”



 現在の時刻は夜の9時12分。バックアップ処理が開始された時刻は、ログを見ると8時34分となっている。これはログアウトを感知して、その5分後に開始するように組んであったので、LoUからログアウトしたのは8時29分となる。

 そして多少の誤差はあるが、向こうの時間もできるだけ近いようにしているため、向こうでログアウトした時間もおそらくは8時台であったと思う。

 こちらで最速でインしても、時計の針は0時を回った後だろう。ならばいっそ一日こちらで過ごし、時間感覚を保った状態で戻ってもらうのがベストだという考えに到った。


 ただ、そうなると一日ずっとLoUでのドレス姿なのもどうかと思うので、差しさわりないラフな服装に着替えてもらうことにした。

 下着類はさすがに用意できないが、Tシャツとジーパンのごく一般的な服装だ。靴下は未使用無地の白ソックスがあったので、それを履いてもらった。ああ、当然着替えの最中は部屋の外で待ってたよ。

 ドア向こうから着替え終わったとの声を聞いて部屋に戻ると、そこには普通の服でさえもまぶしく見えるフローリア様がいた。中身違うとこんなに変わるか。


 ふと見るとドレスは綺麗にベッドの上に伸ばしておいてあった。戻るときは、またこちらに着替えてもらわないといけないからね。

 ……フローリア様がこの服できたってことは、NPCが来る時身に着けてるものはこっちに持ってこれるってこと? 逆にNPCが帰るときに持たせたら、持ち込めるのか……? でもなんか不具合おきそうで怖いな。試したい気もするが、自分だけだと出来ないってのが残念だ。


 さて。

 いよいよ、ここから一層気を配らないといけない。

 なんせここ、俺が借りてる賃貸を中を案内して説明するからだ。いやだってねえ……丸一日いるなら、あるだろ? その、生理現象とか。

 幸いににも俺の借りてる賃貸は、部屋が2部屋ある。キッチンリビングを入れたら3部屋だけど、寝ることができる部屋という観点では2部屋だ。


 そんなワケで、少々気恥かしい部分もあったが色々と説明した。フローリア様も最初は色々戸惑っていたが、途中からはとにかく珍しいものばかりで体全体から楽しんでいる雰囲気をかもし出していた。

 一通り説明してまわったところで、少し気が抜けたのか空腹を感じた。何か軽く用意しようか。でもフローリア様はどうするのかな。


「あの、フローリア様」

「……GM.カズキ様。少しよろしいでしょうか?」

「え? はい」


 食事をどうするか聞こうとしたのだが、何か話しがあるようだ。


「その、ですね……もしよければ、こちらにいる間はその……」

「はい。なんでしょうか」

「その……私のことは、様付けでなく普通に呼んでもらえますか?」

「えっ!? な、何故ですか?」


 なんですと? いわゆる『敬称略』ってヤツか? 俺個人としては問題ないけど、いいのか?


「なんといいますか……こちらで、このような服装をしていますと」


 そう言ってTシャツの袖を手で握るようにして、両手をよこに広げる。……かわいい。


「私は王女ではなく、ただの女の子……とでも言いますか、その……」

「私はかまいませんが……」

「本当ですか!?」

「ええ、それでフローリア様が……と。フローリアが良いのであれば……」

「はい! お願いします、GM.カズキ様」

「あ」


 そういえば、俺も丁寧に“様”付けされてたんだっけ。ぶっちゃけ、こっちの方が違和感でかいんだよなあ。ならばこっちも。


「それならフローリア……に、お願いが。こちらも同様にお願いします。あと、そうですね……出来れば、普通に『カズキ』と呼んでください」

「は、はい。えっと……カ、カズキさ……カズキ」

「……なんか、照れますね……」

「はい……」


 名前をそのまま呼んでみて、もうひとつ提案することにした。


「あの、フローリア。もしよかったらだけど、その……もう少し砕けた言葉で話してもいいかな? その、私は普段はもっとこう……なんというか……」

「ええ、いいですよ」

「そうですか。……いや、そうか。うん、ありがとう。じゃあ俺も普段通りにするから、もしフローリアも無理してるところがあれば、やめていいから」

「わかりました。でも、言葉遣いに関しては普段からこうですので……。お気遣い感謝します」


 そう言って、ドレスでもないのにカーテシーをするフローリア。なんだろう、普通なら少しマヌケにみえるはずなのに、すごく絵になっている。

 それに少し気をとられ見惚れていると、俺のお腹が鳴る音が聞こえた。……恥かしい。


「えっと、少しおなか減ったから遅いけど夕食にします。えっと、フローリアはどうする? そんなに大したものは出せないけど」

「こちらの世界の食べ物、でしょうか?」

「あー……、向こうには無かったかもしれないな。じゃあ少しだけ用意しようか?」

「はいっ、ご迷惑でなければお願いします」


 じゃあどうしようか。一人暮らしの夕食で、あまり時間をかけずに……なんて選択肢せまいぞ。流石にここでインスタントは、ちょっとなあという気がする。……あ、そうだ。

 思いついて冷凍庫の方を除いてみる。うん、あるな。

 メインの準備をしながら、スープ用にケトルで湯をわかす。流石にスープはインスタントでもいいか。ご飯の方も……うん、あるな。サラダも買ってきたばかりのが野菜室に入ってる。

 手早く用意して、ささっとテーブルの上にならべていく。フローリアはそんなに食べないかもしれないので、スープ以外は少なめにしてある。


「よし、これで……準備完了」

「……こんな短時間で料理を……」


 テーブルの上に並ぶ料理をじっと見るフローリア。当然彼女が普段食すものとは色々違う。サラダやライスはあるだろうが、このコンソメスープと同等なものがLoUにあったかどうか。後は──


「カズキ。これは……?」

「これはハンバーグですよ。牛と豚の合い挽きハンバーグです」

「ハンバーグ……」


 あれ、LoUにはハンバーグは無かったのか。肉とかはミンチ加工して使用する習慣は、まだ定着してない世界だったかな。ステーキとかにして食べてばかりだったか。


「冷めないうちに食べたほうが美味しいよ。んじゃ、いただきます」

「……いただきます」


 無意識にいただきますって言ったけど、LoUのそのあたりの習慣ってやっぱり製作側のものがそのまま入り込んでるのかな。

 ちなみにこのハンバーグ。商品名に『肉屋が作ったハンバーグ』みたいな、ベタだけど美味しそうな名前が付いてる冷凍食品だ。何個か入ってるのを買って冷蔵庫にストックしてる、俺のお気に入りの品。

 フライパンで照り焼き&デミグラソースで、炙り焼きをするのが俺の好きな焼き方だ。


「……美味しい……美味しいですっ」

「はは、ありがと」


 よほど美味しかったのか、夢中でハンバーグを食べるフローリア。他にもサラダの新鮮さにおどろきながら、スープの不思議な味に驚いたり。気付けば向かいの席の皿は、全て空になっていた。


「とっても美味しかったです。ありがとうございますカズキ」


 美味しいものを食べると笑顔になる。これは万国共通だが、世界が変わっても同じようだ。少し遅れて俺も自分の食事を済ませた。

 食後の後片付けも終え、少しだけのんびりとした時間が流れる。


「カズキ。その、一つお願いがあるのですが……」

「何ですか? 俺で出来ることなら言ってください」

「その、丸一日こちらにいるのでしたら……」


 少し言おうか迷っていたフローリアだが、意を決して俺の方を見て懇願する。



「明日、是非ともこの世界を案内しては下さいませんかっ!?」



 それはもう、溢れんばかりの必死さで頼み込んできた。もしこれを断れる無粋な野郎がいたら、教えて欲しいもんだね。

 ……ああ、そうだよ。当然了承したにきまってるだろ。


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