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167.そして、揺るぎなく圧倒する

 空に(そび)える(あかつき)の城……そんなフレーズが浮かぶほどの圧倒感が顕現した。

 赤い胴に赤い翼、その圧倒的な雰囲気をもつ竜──いや、(たつ)に近しい存在。

 最初はあまりにも広いと感じたこの空間も、今となってはなんとも絵になる光景ではないか。

 俺達は皆、一様に目の前の光景に言葉がでない。


 とはいえその心中は、少しばかり違っている。俺とゆきは『やっぱりきたかぁ』という、半ば呆れ混じりな感想だ。現実(あっちの)世界で大人気になったカードバトルゲーム。その中に、このオシリスの名前を冠した絶大な人気のカードがあった。それがこの絵の竜だ。向こうでの認知度合において、オシリスという名前はエジプトの王ではなく、真っ赤な竜だとイメージしている人も多いのだ。


 フローリアやミレーヌ、そしてミズキとエレリナはただ純粋に驚きに言葉を失っていた。広い空間とはいえ、密室に近い屋内においてかように巨大な存在が出現する事態にまず驚愕。そして、その存在がこれほどに強大な力を溢れさせているとなれば、本能的にすくんでしまうのも無理ないことだ。


 そんな中、唯一他者とは違う反応を見せているものがいた。

 呆れるでもなく、驚き打ち震えるでもなく。その者は、愉悦にも似た笑みを浮かべ、眼前に立ちふさがる巨大な竜を見ていた。頬尻があがり、細い三日月型に開いた口からは楽しそうな声が漏れる。


「くくく……ははは……あはははっ!!」


 そしてついにこらえきれないという感じで狂喜の叫びが笑みと共に溢れた。


「まさか斯様な場所で、このような存在(モノ)に出会うとはな! なんたる僥倖! なんたる愉悦!」


 喜びの笑顔を浮かべたヤオは、心底楽しそうに俺に言う。


「主様よ! いよいよわしの出番じゃろ! なっ? なっ!?」


 楽しそうな声と反比例して、その体からは圧倒的な攻撃臭が立ち込めている。ヤオは今はまだ人間サイズではあるが、既にその身から立ち上る気迫は他者を圧倒していた。それ故に、竜となったオシリスも目の前にいる小さい存在から目をそらさずにいた。

 まあ、こうなってはひっこみもつくまい。元々そうしようかという腹積もりもあったのだ。


「分かった。ヤオが本気でやるなら心配はないと思うけど……気を付けてな」

「無論じゃ! あはははッ! ミズキ、フローリア、ミレーヌ! 交代じゃ!」


 ヤオの力のこもった呼びかけに、オシリスから受ける無言のプレッシャーから解かれ、ようやっとという感じでこちらに戻ってくる三人。その三人と入れ替えに前にでていくヤオ。


「お兄ちゃん、その……」

「よくやった。今の皆が出来るのはここまでだ。ここからは……」


 何の差支えもない様子ですたすたとオシリスの方へ歩いて行くヤオ。その、小さくも果てし無く頼りになる背中を見ながら俺は呟いた。


「ここからは、人外狂演の時間だ」


 皆の視線がヤオを見る。


「さあ、ここからはわしが──」


 力が爆発する。強大な魔力余波の風が吹き抜け、そこには。


「──ここからは、我が相手じゃ」


 八頭八尾の大蛇、ヤマタノオロチがその姿を現した。

 巨大な空間でありながらも、その中に聳える二つの巨大な影。強大な竜と大蛇の相対だ。

 この世界に来て色々と見たが、今目の前にある光景はぶっちぎりでファンタジー爆発だった。これを見て心揺さぶられないヤツは、この世界に来る意味ないぞ! なんて思ったり。


「なんか……どっかの怪獣映画でも見てるみたい」


 隣にきたゆきがポツリと呟いた。おそらくは有名な特撮映画などが脳裏をよぎっているのだろう。


「そうだな。でもこれは現実だ。この世界の──現実だ」


 そう言いながらも圧倒的奇跡を目の前にし、俺の心は最高に昂っていた。




 仕掛けたのはほぼ同時だった。お互いの攻撃が届く範囲、というものを理解しているのだろう。

 ヤオの頭のいくつかが、鎌首をもたげた姿勢から振り下ろすように噛みつきを試みる。だがオシリスの尻尾一閃で、それらの接近はあえなく弾き返された。

 飛び込もうとした蛇の頭を竜の尻尾がはたいただけ。なのに、その衝撃は計り知れない余波を生んだ。ただ立って見ているだけのこちらに、不用意な力の余剰がおしよせてきた。


「っ!? ミレーヌ様!」

「大丈夫です、ホルケの結界が守ってくれました」


 今回あらかじめホルケを付き従えていたのが幸いし、今の余波に皆が巻き込まれることはなかった。急な出来事だったので、呼び出していなければ手遅れになったかもしれない。


「ホルケ、ミレーヌと皆を頼む」


 俺の言葉に軽く吠えて返事をする。『無論』とも『言わずもがな』ともとれたが、今はホルケ──フェンリルの傍にいてくれるのが一番ありがたい。

 こちらの心配はないと、俺は改めてヤオを見る。

 既に数回打ち合っているようだ。まだ様子をみるために、軽い撃ち込みと防御を互いに繰り出しているだけのようだが。

 だが、そんなヤオが楽しそうにしながらも、少しばかり疑問を心に浮かべていた。別に表情が見えているわけじゃない。なんせ今のヤオは大きな蛇なのだから、表情なんてわからない。念話で言葉が届くのと同じように、心に直接“楽しい”という感情が伝わってくるのだ。


『ヤオ、どうかしたのか?』

『おお主様か。ぬしから話しかけてくるとは珍しいのぉ、いかがいたしたか』


 かりにも戦闘中だが、そんなことはまったく気にせず返答してきた。まだお互い本気の勝負がはじまっていないのか、それともそれほどに余裕があるのか。


『何か疑問を抱いていたようだからな』

『ふむ、それなんじゃが……どうやら主様と主従契約した影響かのぉ。この姿で振るう力がこれまでとは比較にならんほど強化されておるのじゃ』

『えっ……』

『我の見立てによるとだな……』


 ヤオは色々と説明をしながら、オシリスとの攻防を見せてくれた。それは激しいの一言につきるが、見る者からして見れば、信じられないほどの力の差がある手合せでしかなかった。それに最初に気付いたのは、やはり戦闘においては一目有るエレリナだった。


「カズキ様、この勝負ですが……」

「ん? 流石エレリナだ。うん、その通りだよ」

「え? 何がその通りなの?」


 俺の言葉にゆきが疑問を浮かべる。他の皆も同じ様子だ。


「ええっとだな……。あ、丁度いい。あれを見て」


 そう言って皆の視線をヤオとオシリスへ向ける。丁度そのタイミングで両者が思いっきり尻尾をぶつかりあわせて、その衝撃がこちらへ余剰魔力として吹き飛んでくる。尻尾を交差した両者は、そのまま反動でもとの体勢へ戻っていた。


「あれを見て何か気付かなかった?」


 ゆきとミズキに聞く。さすがに近接戦闘についてでは、フローリアやミレーヌは知らないだろう。

 聞かれたゆきはうーんとうめいているが、ミズキは何かに気付いたようだ。


「今、ヤオちゃんもオシリスもほぼ同じ強さの攻撃を繰り出して相殺してた」

「うん、そうだな」

「でも……そう。同じ威力の攻撃だったのに、それを繰り出した状況が全然違ってた」

「正解だ。要するに、ヤオは今八つある尻尾の内一つでしか攻撃を出してなかったうえ、なんの加重もかけずにただぶん回すように繰り出した。しかし、オシリスは自身から伸びる尻尾を、自重を乗せた反動で打ち出した。……もう、わかったか?」


 そう説明すると、ゆきもようやく合点がいったという顔をする。フローリアとミレーヌは、まだなんとなくわかってないので、それをゆきが説明する。


「つまりね、ヤオちゃんの攻撃は……これ」


 そう言って棒立ちの状態から、右手を前に突き出すだけのジャブにも満たないパンチを見せる。


「対するオシリスのやった攻撃が……ふんっ! ……こっち」


 今度は腰を落として、右肩を前へ突き出しながら思いっきりストレートパンチを繰り出す。単なるシャドーボクシングのストレートなのに、周囲の空気を巻き込むほどの威力を見せる。


「とまあ、要するにヤオちゃんが片手間で放つ攻撃が、オシリスが全身使って行う攻撃と同格ってことらしいんだよね」


 そう言いながらもあきれるゆき。説明を聞いて理解したフローリアとミレーヌも、驚き半分呆れ半分の表情を隠せない。


「ヤオちゃんて、元々そんなに強かった? なんか前に彩和で見た時より強化されてる気がするけど」

「それなんだけどな……どうやら俺と主従契約したせいで、その力が爆発的に強化されてるらしい」


 そう言いながらながめる視線の先で、ヤオがいよいよ本格的に動き出した。


「そろそろ新しくみなぎってきた力にも慣れてきたようじゃ。さて、我の一撃に耐えてみせよ?」


 今までは尻尾や副頭で攻撃していたヤオが、大きく前進してきた。それだけで圧倒的な威圧感があり、同じく巨大なオシリスと肉薄する。

 無論オシリスも単純に接近を許してはいないつもりだったが、先程までの尻尾や爪、翼による攻撃ではまったくヤオはひるまず、気付けば懐すぐに近寄られていた。


「まあまあじゃったぞ。無論我の足元にすら遠く及ばなかったがのぉ」


 ニヤリと笑う感情が念話の要領で伝わってきた。力は圧倒的な差があったが、本来のすがたで暴れることができたのが非常に嬉しかったようだ。


「それでは、さようなら……じゃっ!!」

「!!!!」


 作られた存在のオシリスが驚愕に目を見開いて戦慄した。

 瞬間、ヤオの尻尾すべてがオシリスの下から上でと突き上げられる。

 その威力は天変地異の如しで、地面が下から上へ降る(・・・・・・・)ような衝撃。

 打ち上げられたオシリスは、その巨躯をまったくかんじさせないほどよどみなく打ち上げられて……天井にぶつかり……落下した。

 天井と地上、二回ほどとてつもない地揺れが起き、その収まりと共にオシリスが動かなくなった。


「よしっ! 今度は天井にぶつけることができたぞ!」


 ……ああ。さっきミノタウロスでやろうとして失敗してた事、まだこだわってたのか。

 いつしか人の姿に戻り、皆に出迎えられて笑顔を返すヤオを見て、俺も思わず苦笑を漏らしてしまった。

 何はともあれ、これでピラミッドダンジョン踏破は完遂だ。



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