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164.それは、心ある名前となり

 空から見下ろすようにしていたイシスは、自分の方へ飛翔してくる二者に気付いた。そして、その二者共に翼を有した馬に騎乗しているのを見て、その警戒を数段上げた。

 地理的に近い場所とはいえ、エジプト神話のイシスと、ギリシア神話のペガサスに邂逅機会はない。史実でもそうなら、この世界であればなおさらだ。

 ペガサス達のおかげで、同じ高さまでやってきた狩野姉妹。だが、相手も始祖の魔女と呼ばれる存在なだけあり、魔力の結界ともいうべき範囲への侵入は躊躇いを生む。


「……お姉ちゃん」

「ええ。正直底の知れない魔力量ね……」


 上空で対峙している二人とは別に、地上で見守る者達もいた。


「もの凄い魔力を感じます。おそらくは私よりもずっと……」

「フローリア姉さまよりも? それって、この世界の誰よりもってことでは?」


 フローリアの呟きに驚くミレーヌ。というか、フローリアってそんなに魔力保有量が多いの?


「いいえ。あくまで()より多いということですよ。本気のカズキ様やヤオさんの方が、私よりもはるかに多いのですから」

「ふむ、そうじゃな。アレも空なぞ飛ばず地上におれば、わしが即勝敗を決してやったものを」

「……ともかく。ゆきとゆらに任せてみるしかなさそうだ」


 そう言って俺達は、いままさに火蓋を切らんとする二人を見上げた。




 先に動いたのは狩野姉妹だった。

 先手で仕留めれるのであればという希望と、不明な相手の情報を得るための探りを兼ねた行為。

 ペガサスに騎乗しているおかげで、地上で馬に騎乗している時と同等かそれ以上の軌道で接敵する。瞬く間に懐に飛び込み、あわよくばそのまま討伐……というのが普段の二人だった。

 だが、もう少しで攻撃有効圏内へ侵入かと思った瞬間、とてつもなく嫌な気配を感じて二人とも全力で後方へ跳躍した。

 次の瞬間、予定なら二人が進んできたと思われる場所に、視覚可能な風の塊が吹き抜けた。何かの物質ではなく、あまりにも高密度に圧縮された空気塊が、レンズのように周囲の光を屈折させながら吹き抜けたのだ。

 馬鹿げている。その威力は、あまりにも冗談が過ぎる。そして二人も、それを理解できる強者だった。

 弱者であれば理解できず、そのまま死ぬ。

 強者であれば理解できるが、やはりそのまま死ぬ。

 その様子を見ていたカズキも、さすがに分が悪いと判断を下す。流石に相手が悪いと。今戦っているのは伝説になった存在なのだ。

 さすがに二人を下がらせ、自分のGMキャラで迎えよう……そう思ったのだが。


「主様よ。まだ手助けするには早すぎるぞ」


 ヤオの言葉に驚く。ミズキたちもてっきり俺が動くと思ったので、それを遮るヤオの発言に目を見開いた。


「あの姉妹はまだ何かあるようじゃぞ。……ほれ」


 その声に思わず空の二人を見上げる。ゆらはストレージより、先程振るって見せた刀『正宗』を取りだし構える。そこまではいい。驚いたのは次、ゆきだ。ゆきもストレージより何か刀を取り出した。当たり前だが、ここからは何を手にしているのかわからない。

 一体何がどうなって……そう疑問を浮かべる俺に答えてくれたのはミレーヌだった。


「あれは『則宗(のりむね)』という刀だそうです。エレリナに『正宗』を託す時、一緒にゆきさんにもと広忠が託したのです」

「則宗……ということは、菊一文字則宗か……」


 刀の中でも少し不思議な逸話がある則宗。世間一般の知識として“新撰組一番隊隊長である沖田総司が愛用していた”とされている。だが残念なことに、これはとある作家の書いた伝記によるもので、実際に沖田総司が使用していた刀ではない。

 だが、どうやらこの世界では誤った事象でも強い力は形を変えて宿るようだ。もともと名刀であった則宗ではあったが、新撰組が使用したという付与が関与しているのか、その刀を構えた瞬間からゆきの周囲の空気が一変した。


「……まいったな。名刀のバーゲンセールじゃないか」

「ばーげんせーる?」


 現実(もともと)に実在はしていても、見たこと無い国宝レベルの刀を連続で見せられ、さすがに呆れたように声が漏れてしまった。そんな俺の聞きなれない単語をフローリアが聞き返す。


「バーゲンセールってのは、デパートとかが売れ行き不良の品や、新しく入れ替えることにより処分対象になりそうな品を、通常よりも格安で大量に売りさばくことだよ。たとえば……そうだな。冬がすぎてこれから温かい季節になる、なんて場合もう冬服の需要は下がるだろ? そうなると厚手の服は売れ行きが悪くなり、在庫が大量にあふれるわけだ。だからそうなる前に、まだ需要を見越して早前に大々的に売り出したいなと考えるわけ。そうやって行われるのがバーゲンセールってわけ」

「なるほど。つまり今度あちらへ行ったとき、そのバーゲンセールへ連れて行ってもらえるのですね」

「え? あ、いや。そういう話じゃなくて」

「お兄ちゃん! 私こっちで普段でも着れる軽い運動着衣が欲しい!」

「私はカズキさんに選んでもらえたら……」

「そうですね! 皆さんカズキに選んで頂きましょう!」

「あ、あのね。そうじゃなくて……」


 なにやら真面目な話をしていたはずが、うっかりもらした愚痴から大幅に脱線してしまった。ためいきを突きながら上空を見上げる。そこにはこちらのゆるみきった空気とは対照に、お互いの領域をせめぎあうようなにらみ合いとなっていた。




 今度はイシスが動いた。二人が携えた刀から、本来持つ刀としての力以上の因果律を感じて行動か。

 特にゆきの持つ『則宗』は、この世界では明治維新を迎えてない。だから本当であれば“新撰組”による原因補正は存在しないはずだったが、手にした人物ゆきは前世の知識でその事を強く認知していたため矛盾が起きた。タイムパラドックスによる因果律の捻じれだ。

 それにより『則宗』は、この世界において“最高の名刀”と称される『正宗』と、相並ぶほどの存在となっていた。

 先程と同様に見えないはずの見えるものが二人に迫る。非常識なほど魔力をこめられた空気塊。先程はそれを回避したのだが、今度はその場を動かずに──斬り……霧散した。切った瞬間、そこに集まった空気が霧散してその事実すら消え去った。

 そのあまりにもあっけない様子に、それを行った当人のゆきも驚いた。新撰組最強最速と言われた沖田総司の歴史補正、ともいうべき上乗せが起こした結果だった。


 二人が名刀と呼ばれる二振りを手にし、振るわれたイシスの力を正面から消しとばす。

 目には目を、歯には歯を、非常識には非常識を──だ。

 だが、これで勝ったわけではない。イシスとは異なる手段を使い、ようやく同じ舞台に立ったという所である。


 それに、これによってイシスが本当の意味で本気となった。先程までの攻撃などは、イシス本来の魔法ではない。無駄にある魔力を暴力的に駆使しただけの産物だ。

 そのイシスが二人を見据えて自分の魔力を大きく放出する。それは一瞬で広がり、この周囲と大空を覆うように展開された。いわばイシスの魔力結界だろうか。

 そんな自身の魔力を帯びた空間で、イシスが二人を見て──


「オ前タチ……名前ハ何ト言ウ……」


 ここに来てイシスがしゃべった。意思があるのか? それとも何か……。


「狩野ゆら、です」

「狩野ゆき、よ」


 驚く二人だが、名を聞かれたとあり素直に答える。


「カリノユラ……カリノユキ……」

「「!!!」」


 じっくりと二人の名前を口にした。そして、


「……止マレ」

「「!??」」


 瞬間、二人の動きが止められる。幸いペガサスに騎乗していたので、向けられた攻撃は回避したのだが何か束縛されたかのように動けない様子を見せている。


「……主様、それに皆よ。今から名前を呼ぶのを禁止する」

「どういう……まさか?」

「おそらくじゃがな。あのイシスとやらは、相手の名前を知ることで行動を束縛できるようじゃ」

「そうか。さっきの名前を聞く行動は、意思というよりも手段行使のために」


 驚いてる俺を見ながら、フローリアが少し顔を青ざめて口をひらく。


「……思い出しました。イシスは幾つかの神話の中で、父であるラーの力を奪い最強始祖の魔女となったとされる逸話があります。その方法ですが、イシスは相手の真名……名前を知ることで支配権利を得るとなっておりました」

「そういうことか……」

「ごめんなさい。私がもっと早く思い出せていれば……」


 今にも泣きそうなフローリアをみて、そっと抱き寄せてあげる。一瞬驚くも、またすぐ顔を伏せて悲しそうな目をむけてくる。


「大丈夫だよ。それこそ、あの二人なら負けない」


 そう言って俺はミレーヌを見る。その視線をうけて何かに気付いたミレーヌは、大きく息を吸い込んで叫んだ。


「エレリナァァァアアアアアッ!!」

「!!」


 瞬間、ゆらの──否、エレリナの体が軽くなる。あそこにいる人物、狩野ゆらの真名はたしかに“狩野ゆら”だ。だが、ミレーヌにとっては“エレリナ”である。強い心で呼びかけ、それに心から応えた瞬間、その時は彼女の名前は、真名はエレリナなのだ。


「はあっ!」


 素早く懐にもぐりこみ正宗を一閃。だが、直前まで束縛されていたせいか、イシスの魔力防壁を突き抜けるにはいたらなかった。

 接敵して残念そうな顔を浮かべる……はずもない。なぜなら──


「背中が孤独過ぎよ」

「!?」


 不意にかけられた声に、イシスが音もなく絶叫する。名前に関係しない言葉はしゃべれないのだろうか。だがもう、イシスにそれは関係なかった。無防備な背中をばっさりと斬られる。そこははからずとも、刀の名前として言い伝えられている“一文字”に斬られていた。

 声なき談末と共に地表へ落下していくイシス。

 その背後から刀を振るったのは狩野ゆき。だが今の彼女の心は、


「……色々思い出して、ちょっと涙出ちゃった。恥ずかしいなぁ」


 そう言ってさらに高い空を見上げる一人の女性、旧本名──菅野雪音(かんのゆきね)だった。



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