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16.それは、二度目のうっかりで

「GM.カズキ様、それは……?」

「このクッキーですか? これはフローリア様の紅茶のお供にどうかと思いまして」

「まあ! よろしいのですか?」


 フローリア様自ら淹れてくれた茶の礼として、茶請けの菓子を提供することを思いついた。幸いにもこっちのGMキャラであれば、膨大な収納の中にはイベント運用アイテムが山ほどあった。おまけにフローリア様のように、未実装でありながら仕様や概念が十分な要素は、大方組み込まれているような感じだ。

 ここに出したクッキーの場合は、ホワイトデーイベントアイテムとして用意されたもので、実装もされていた。ただ、アソートとして実装されるのは次回のホワイトデー予定だったので、結果としては未実装扱いになってしまっていた。

 それがよもや、こんな場所で日の目をみる事になるとは。予想だにしてなかったな。


「どうぞフローリア様。紅茶に合うと思いますよ」

「では……いただきます……」


 そう言うととフローリア様は平箱の中で小分けされたクッキーを一枚手にとる。幾種類かある中でも、まずは一番シンプルな円形無地のクッキーだ。それを、年相応に小さな白い指でちょこんと摘み口へ運ぶ。

 さほど大きいクッキーではないが、一口でという事もせず軽く噛んでみるとサクッと軽い音を立て、三分の一ほどがフローリア様の口の中に消えた。


「……! 美味しい……」


 程よい食感と、口の中に広がる感じに驚きを顕にする。こちらのLoUでは、基本的にスイーツ系アイテムがあまりない。あるとすれば、このように運営が用意するイベント用が多い。ちなみに季節モノという事なので、賞味期限を設けたことがある。だがユーザーから大反発を受けてしまい、それ以降賞味期限要素は廃止した。

 というのも限定アイテムだからと、HPとMPの回復に、一定時間ステータスが上昇するような効果まであったのだ。そのためプレイヤーは、後々の為にせっせと集めまくるのがブームになり、予想と違う形でイベントは大盛況の内に幕を閉じたのだった。

 そんな文字通りのドーピングアイテムは主にレイドボス攻略などで活用されて、それもまたにぎわったので、こっちとしては嬉しかったものだ。まあ、あまり盛り上がりすぎると、その後が大変になるのでホドホドにしないといけないんだけど。


「まだまだありますので、好きなだけどうぞ。早期に傷む物でもありませんので、後で幾つかお譲りしますよ」

「本当ですか? ありがとうございますっ」


 感謝の言葉と眩しい笑みを向けられ、そこに年相応な雰囲気を感じた。立場など色々あるが、やはり14歳という年齢ゆえ無理をしている傾向も強いのだろう。

 二つ目のクッキーを手にとり、笑みを零すフローリア様を見ていたのだが、その視線に気付かれた。ふと此方を見て俺が見ていることに気付くが、ニコリと微笑み責めるような目は一切しない。


「……どうかなさいましたか?」

「あ、いやその……」


 年相応な表情を見せるフローリア様を、ついつい見すぎてしまった。正直なところ、あまり褒められたことではなかったと反省。だが、下手にごまかすのも失礼だなと思い素直に謝ることにしや。


「申し訳ありません。フローリア様の喜ぶ笑顔に、つい目が向いてしまいました……」

「そ、そうですか」


 正直に吐露してみたが、別段責める様子もない。こういう所が、聖王女と呼ばれる部分なのかも。

 ……同じくらいの年齢なのに、(ミズキ)とは大違いだ。


「…………」

「ん?」


 ふと気付くと、今度は逆にフローリア様が見てる。なんだろう? どこか外見におかしなところでもあっただろうか。


「どうかされましたか?」

「……GM.カズキ様。今、どなたかの事をお考えになっていましたか?」

「え?」


 あれ、なんだ。フローリア様がちょっと怒ってる? そんな事ない……と思いたいのだが、どうにもそんな雰囲気だ。別に今はミズキのことくらいしか……って、ソレなのか?


「えっと……先程はですね、私の妹の事を少しばかり……」

「妹様ですかっ!?」


 うわぉ、食いついた。無論、物理的にかぶりついたとかじゃなく、話題に飛びついたってことだよ。


「妹様がいらっしゃるのですか? やはり同じようにGM様で、神の国の方なのでしょうか?」

「ええ、フローリア様と同じ年の頃で…………神の国?」


 何か聞きなれない単語が聞こえた。思わず聞き返したけど、これって文脈から察するに俺の国というか、世界の事を指してるんだろうな。


「はい。私はGM様を“神の御遣い”と思っておりました。違うのでしょうか?」

「えーっとですね……」


 どうしようか。違うといえば、違うんだよな。もしここが完全にLoUならば、御遣いどころか神そのものだと言ってもいいのだけれど。でもまあ、無関係ではないとは思う。


「フローリア聖王女」

「え……は、はいっ」


 少しばかり呼び方を変えてフローリア様を呼ぶ。それに対し何かを感じたフローリア様も、改まった態度で姿勢を正す。


「私は“神の御使い”ではありません」

「え……」

「私は……言ってしまえば“神”そのものです」

「なっ……!?」


 まさかの神です発言に驚き、二の句が告げないフローリア様。まあ、神には違いないだろうけど、あんまりにも信仰されるのはイヤなので少し補足して下げておこう。


「と言っても私は、この世界限定の“神”ですけどね」

「この……世界……?」

「はい。私の世界での認識では、世界はここだけでなく無数に存在します」

「無数の世界……」


 想定外の事だったのか、連続で驚いてしまうフローリア様。他世界という発想自体が、この世界の人達には稀薄なのかもしれない。俺だってリアル世界でのファンタジー物に触れてなければ、今自分がいる世界以外に意識を向けることもなかっただろう。


「ではGM.カズキ様や妹様は、この世界を創造された神であると……」

「あ、えっとですね。妹は違います、この世界の人間ですよ」

「えっ!? ど、どっ、どういう事ですかっ!?」


 また先ほどとは異なる困惑を見せるフローリア様。なんか段々、年頃の女の子成分が溢れてきてる気がする。実際14歳って、学生なら中二あたりだもんなぁ。

 それはさておき。つい(ミズキ)の事を言ってしまったが、どうしようか。ここは他言無用ということで、納めてみるか。


「……今から話す事なんですが、秘密にしていただけますか?」

「はい。GM様のお言葉であれば、その通りに致します」


 しっかりとこちらの目を見て断言する。こういうやり取りをすると、とても14歳と思えなかったりするんだよな。


「……私は、普段はこの国の人間として生活しています。その時も別の人間ではなく、今の私の意識があります。妹というのは、この世界の私の妹です」

「そうなのですか。この世界の人間であるGM.カズキ様がいらっしゃる……そして、その妹様も……」

「人間の時の私は“カズキ”という名前です。これは私達の世界の、本当の私の名前の一部です」

「カズキ様……カズキ様……」


 俺の名前を反芻するフローリア様。うん、なんかちょっと照れくさいね。


「もしどこかで見かけて、何か不思議な物を感じてもあまり騒ぎ立てないようにして頂けたら幸いです」

「……わかりました。心に留めておきます。えっと、それで……」

「はい?」

「妹様は、どのような方なのでしょうか……?」


 ああ、今度はそっちが気になってきたか。ミズキに関しては、それこそこっちの世界の人間だからなあ。仲良くしてくれたらありがたいけど、王女様とただの一市民だからどうかな。


「妹の名前はミズキ。本当にただの一般人で、平民の冒険者です」

「そうなんですね。是非ともお会いしたいです」

「まあ、身分の違いもありますし、何かの機会に……という事で」

「はい、楽しみにしております」


 少し違うがGMの妹、という事に興味を惹かれたのだろうか。もしくは、フローリア様自身プライベートで近い年代の友人が少ないとか。……王女だからなあ。公爵の親族あたりに年頃の子でもいなければ、接点なんてほぼ皆無かもしれないな。




 その後は、色々と当たり障りのない話をした。そして何気なく口をつけた紅茶の冷め具合から、思いのほか時間が経過していることを感じさせられた。


「さて……そろそろ、退室しようかと思います」

「そうですか。残念ですが、とても楽しかったです」


 挨拶をして、さあ戻ろうかと思った時……ふとある考えに至った。

 それは普通であれば少しばかり礼儀をわきまえないことかもしれないが、フローリア様であれば許可してくれるかもと思ったこと。

 なにより、この世界でおそらくGMについて一番理解のある人物であるということ。


「フローリア様。一つお願いをよろしいでしょうか?」

「お願いですか? 私に出来ることでしたら」

「失礼かとは思いますが……この世界に来る時、この部屋へ出ることを許可願えませんか?」

「この部屋……ですか?」


 不思議そうな顔をするフローリア様。あからさまな嫌悪の表情ではなくてよかった。


「はい。私はこの世界に来た直後は、姿が見える状態でやってきます。その為、考えなしに道端などに出ますと、いきなり現れたように見えて騒ぎになるとも限りません。なので、私が安全に出てこられる場所があればと思いまして……」

「いいですよ」

「フローリア様には失礼なことか……え?」

「はい、大丈夫ですよ」


 あっさりと了承された。受け入れてもらえるとは思ったが、こうもあっさりとは。この辺りが本当に聖女なんだろうな。


「ありがとうございます。それでは……失礼します」


 お礼を述べて部屋の隅に行く。そこで壁の方を向いて、メニューを出す。そして慣れた手つきで[ログアウト]を選択する。


 だが、俺は忘れていた。

 フローリア様は確かに聖女だ。でも、年頃の好奇心いっぱいの女の子でもある。

 そんな子に対し油断していると、色々トラブルに巻き込まれるという事も。

 だから──






 見慣れた部屋。

 見慣れた景色。

 見慣れた愛用のPC。


 ……そして。


「ここは神の国、でしょうか……?」


 見慣れない人物が。

 俺の隣で、好奇の表情を隠せずに辺りを見回す人物……先ほどまで会話をしていた相手──フローリア聖王女だった。


 また、やってしまった……。


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