159.そして、なんとなく探索が始まる
ピラミッド入り口前で待機していた冒険者達は、入り口付近を徘徊していたエンシェントマミー討伐の報を受け、これでしばらく安全だと意気込み乗り込んでいった。LoUでは次ポップまで30分だったけど、こっちもそんなものなのだろう。
百貨店の開店時のような混雑が過ぎ、すぐに入り口も通常運転状態。そうなってから俺達は改めてピラミッドへ入っていった。
最初の曲がり角へ差し掛かったとき、なんとなくゆきがどこか上ずったような声で話を切り出す。
「さっきのフローリア様とミレーヌ様のアレ………その、昨日現実世界で見たアレ、だよね?」
「はいっ! あの少女が悪を倒すのに使った魔法を参考に致しました!」
「どうでしたか? 私としては上手にできたと思うのですが」
フローリアとミレーヌが、どこか自慢げにしている。いわゆるテレビヒーローの必殺技をマネしちゃう男の子と同じなんだが、違うのは『本当に技が出ちゃう』という所だろうか。まあ、その段階ですでにごっこじゃなくなるんだけど。
にしても、あれは何だったのだろう。少なくともLoUにはあんな魔法はなかった。というか、アレは魔法だったのか?
「えっと、フローリア、ミレーヌ。さっきのアレは一体……?」
「あれはですね、あちらのテレビで見たものを真似してみたのです」
「二人の少女が手をとりあって、魔力を打ち出していたのを参考にしました」
……なんてものを真似したのやら。というか……
「魔力を打ち出した?」
「はい。私とミレーヌの聖属性の魔力をこう……」
言いながらフローリアが両掌を自分の前で広げ、その上に光り輝く球体を出現させる。おそらくは聖属性の魔力の塊だろう。あれ? でもフローリアはともかく、ミレーヌは以前の影響で魔法は仕えないんじゃなかったのか? 少し躊躇いもあったが聞いてみたところ、
「私も魔力はあるので、こうやって実体化させることは出来るみたいなんです」
そう言って同じように聖属性の球体をつくる。
「それで……」
ミレーヌの意図をくんでフローリアが手を差し伸べて繋ぐ。すると、二人の掌におぼろげにあった光の球が、くっきりとした輪郭をもって見えるようになった。
「なぜか私達が手を繋ぐと、それぞれの相乗効果なのか魔力結合が安定するんです」
「それでこうやって……」
二人がすっと手を前にかざし、
「「ホーリー・オーラ・ウェーブ」」
そう唱えると光の玉はすっと飛んでいき、通路の先にいた普通のマミーにあたり討伐した。
「えっと、そのホーリーなんたらと言うのは……何?」
「これは二人で考えました」
「単純に、動作をあわせるための言葉です」
「あ、そうなんだ……」
要するに技の名前とかは何でもいいと。『いち、にの、さん!』と同じってことか。それをファイヤーボール──火の玉と同じ要領で聖なる玉を打ち出してるのか。凄い……のかな?
いやまあ、多分対アンデッドとしてはものすごいんだろうけど……何故だろう、褒めたら負けな気がしてしまう。
「ま、まあ。ともかく進もうか」
俺の心情を察してくれたゆきが声をかけ、とりあえず奥へ進むこととなった。
「しかし、なんとも辛気臭いところじゃの」
「しょうがないよ。だってピラミッドって、古代エジプトの王様のお墓だもん」
どこか異様な空気が籠っているピラミッドの内部ゆえ、慣れないヤオは少しばかり顔をしかめる。まあ、好奇心の塊みたいなヤツだから、屋外の方が好きなんだろうきっと。
そんなヤオのぼやきにゆきが理由を述べる。って、その知識は現実の方だろ。
「ゆき、エジプトとはなんですか?」
「あ、そうか。むこうの世界にある砂漠の国の名前だよ。こっちはレジストなんだよね。ついピラミッド=古代エジプトって連想しちゃった」
こっちにエジプトってのは無いから、わかるのは俺とゆきくらいだろう。そう思っていたのだが、
「エジプトというと、エジプト神話で語られているあのエジプトですよね」
フローリアが話にのってきた。フローリアって星座に関する神話とかだけじゃなく、いろんな神話が好きなの? 驚いて聞いてみると、
「いえ、エジプト神話でも夜空の星になぞらえたお話がありますよ。たとえば……そうですね、今回討伐予定となっているモンスターのオシリス。これは古代の神をモチーフにしたモンスターだとお聞きしましたが、そのオシリスはギリシャ神話のオリオンに該当します。他にもイシスはおおいぬ座のシリウスと」
その辺りも生前の祖母より聞いていた話らしい。本当に星座とか神話とか、そういったものが好きなようだ。これは一度プラネタリウムとかにも連れて行ったら面白いかも。いや、装置の構造自体を把握して、いっそプラネタリウムみたいな部屋を作ってみるのもいいか。こっちの世界でも星空を眺める習慣くらいあるだろう。
フローリアを中心に、いろんな星や神話の話を聞きながら通路を歩く。先行していった駆け出し冒険者たちが奮起してくれたおかげか、結局2階への階段に到着するまでほとんどモンスターに出会わなかった。
階段部屋前の広間で、何人かの冒険者が休憩をとっていた。とりあえず2階にいくと、ここ1階よりは強いモンスターも出てくるので、それ用に対策や準備をしているのだろう。まあ、中にはその2階すらまだ危ういので、ここからピラミッド入口まで戻るという1階往復をする人もいるようだが。
階段入る前に一応確認。
「こんにちは。俺達2階より先にいくんで、先に階段進むとしばらくは2階のモンスターをかたっぱしから殲滅しちゃうけど、どうする? 先に行く?」
「いや、気にしなくていいよ。俺達はもう少し休んでからいくから、そっちが通り過ぎて次の波が来た辺りで進むよ」
「そうか。んじゃお先にいかせてもらうよ」
「おう。気を付けてな」
軽くてを振り、了承を得て階段へ向かう。今の俺達の面子では、どんなに手を抜いても2階のモンスターは楽々突破だからな。生身での戦闘という観点ならミレーヌは問題ありそうだが、その実内包している聖魔力を表面化させれば、下級アンデットの方から近づいてこないだろうし。まあ、もし本当に危険がせまったらその瞬間ホルケが出てきて圧倒するだろうけど。
さてピラミッドダンジョン2階だ。
といっても少しばかり強いモンスターが増えているだけで、さほど1階と変わらないといっていい。
強さに特化したモンスターも少ないので、俺達は自由気ままに通路を進んでいく。1階とは異なり、そこそこの数モンスターが立ちふさがるが、全て一刀一打のもと叩き伏せている。
「まあ、こんなだからLoUでもアプデの予定があったんだよな。せっかく用意したピラミッドが、初心者聖職者のレベル上げ場にしかなってなかったから」
「そうだねー。でも、できたら私がLoUしてる時にアプデしてほしかったなー」
「そればっかりは、なんとも俺一人じゃなぁ……」
2階最奥の3階への階段がある部屋までの道のりは、俺とゆきが知っている。というわけで先導をかねて、おれたちが道を確保しながら先頭を歩く。
自然、会話内容もLoUにちなんだ内容になったりしがちだ。
「そういえばゆきって、GM武器の天羽々斬とか知ってたよな。それっとドコ情報? まさか自分でクライアントのデータ解析したとか?」
「ううん、普通に攻略本だよ。MMOだから攻略というよりデータブック?」
「あー……そっちかー……」
ゆきの声を聞いて、俺は一つ過去のポカを思い出した。
攻略本にのっているデータ。あれってゲーム製作会社がまとめたデータとかを、ほぼそのまま掲載してるだけなんだよな。だから誤字や数値ミスも、基本的にそのまま掲載されてしまう。
そんでもって、そのデータは基本的に広報担当者から出版社の編集へ送られるのだが、広報へデータを提出しているのはゲームの実作業者のプログラマやディレクターだ。その資料は、最初に製作した段階のままだったりすることもあり、製作中に調整された値が反映されてないことも頻繁にある。
あと、LoUの場合はGMが装備する特殊な武器として、天羽々斬のデータが存在していた。だがそんな事情は、プログラマ以外にはわかりゃしない。武器データ資料としてそのまま渡されて本に掲載。気付いたときには、ユーザーから「どこで手に入るんだ?」と噂になってしまった。
結局公式イベントで、GMキャラが天羽々斬を振るって皆に『これはGM用の武器』と認知してもらって、ようやくその件は下火となった。
攻略本の校正なんて、もうやりたくねぇなあ……などと思ったりしたもんだ。
「おっ。どうやら少しばかり強そうな気配を感じるぞ」
ヤオの楽しそうな声を聞いて、顔をあげてみるといつのまにか2階最奥広間そばに来ていた。
「さてと。この広間の奥にいるエリア守護ボスのホルス。こいつは少しばかり強いぞ」
「よしっ! やっと出番ってわけだね」
俺の言葉にミズキが軽く腕をひねってほぐし始める。いや、お前がそこまで本気出す相手じゃないと思うぞ、さすがに。
「ホルスはいわば、上の階へ進む資格があるか見極める門番みたいなもんだ。その先からがいよいよ本番だ。よし、行こう」
さてさて、ようやくピラミッド探索がそれっぽくなってきたか。




