152.それは、顕現せし神話の幻
目の前で大きくそそり立つヤマタノオロチは、まさに山の如しといわんばかりの迫力。その大きさは、いわゆるLoUでのボスの中でも最大クラスじゃないだろうか。
こちらがGMキャラになっているため、ステータス的には公式チートなうえ色々と無茶な機能までついている。以前デーモンロードの強力な一撃さえも完全に無効にしていた。
だがなんだろうか。意思をもった相手と相対すると、何か違う事がおきるんじゃないかという不安と期待がわきおこる。
「いざ、あらためて勝負じゃカズキ!」
「来いっ!」
決して大きくはないが、地面を揺るがすようなヤオの声に、俺も負けずに返事をする。そうだ、色々考えてもしかたない。今は勝負中、勝つか、負けるか。それだけだ。
天羽々斬を両手でしっかりと構えて前を見る。ヤマタノオロチ──ヤオはその巨体に似合わないすばやい動きで、一気にこちらへと突進してきた。まるで山がぶつかってくるような錯覚さえ覚える不思議な状況。
その迫力に押され、思わず横へ回避してしまう。すごい速度で脇を走り抜ける……と思ったが、ヤオもそれを想定していのか、尻尾の一つが高々と抱え上げられていた。その尻尾は、回避をした俺の行き先に寸分たがわぬたたき落とされた。
正直侮っていた。
GMならば、相手の攻撃がこちらに接触した瞬間移動数値を0にして、完全に停止させられるから。相手がどんな存在だろうと、俺に触れた瞬間それで攻撃は無くなってしまう。
だから──
「うおっ!! な、なんだ!?」
攻撃を止めたはずの俺の体と意識が、思いっきり地面にねじ込まれるような、そんな感覚をうけた。
こっちの世界にくるようになって、GMキャラでいる時に初めて受けた衝撃だ。
すぐさま上を見上げると、俺が先ほどまでいた付近でヤオの尻尾が停止していた。おそらく俺に接触した瞬間、移動エレルギーを0にされてあの座標に固定されたのだろう。
だが、今俺は先ほどの位置よりも低い位置に立っている。周囲を見渡すと、地面がまるでクレーターかなにかのようにおもいきりえぐれていた。
「ふむ、なんぞ不思議な感触がしたのう。よもやあれをあっさりと止めるとは」
感心したようなヤオの声が聞こえるが、俺は初めてみる光景にまだ驚いていた。たしかにヤオの攻撃がGMに備わった機能で無効化した。だがそれは『俺に触れた分だけ』しか無効化してないのだ。つまり尻尾を打ち付ける際に発生した衝撃の、俺にかかる部分は打ち消したが、俺にかからなかった部分はそのまま周囲へ効果を及ぼしたのだ。
要するに雨の日に傘をさすと、自分は濡れないけど当然周囲は濡れる。それと同じだ。振り下ろされる尻尾には、直接ぶつかることで生じるダメージだけじゃなく、振り下ろす過程で既に発生しているダメージソースが存在するということか。
なんか、少々やっかいだな。その場合でも俺にはダメージは入らないが、足場は当然わるくなる。先ほどの場合も“地面が沈下する”という現象は俺に対しての攻撃=ダメージソースではないので、打ち消されることはなかったのだろう。
「思った以上にびっくりした。なのでもう様子見とかせず、一気に勝負をつけたせてもらう」
「面白い。この我の全力に購えるのであれな、それを示してみよ!」
ヤオが大きく振りかぶるように、体を震わせながら立つ。先ほどから声を発している一際大きな頭を中心に、七つの頭がこちらを見る。そして体の反対には、波打つように大きくもしなやかなうねりを見せる八本の尻尾。
先ほどと同じように尻尾が──いや、尻尾だけじゃなく頭も鎌首をもたげた状態から、地面をえぐり喰らうように一気に降下してきた。一度に落ちてこない。頭と尻尾が、それぞれ違うリズムでこちらの進行先をふさぐように下ろされる。
それをなんとか回避する。一見上手に回避しているが、あまりにも綺麗に回避できすぎている。まるで回避されるのを期待するかのような、度量試しでもしているかのような。
こういう場合の予感は当たる。悪いことを考えると、それが往々にして当たることが多い。
そんなよそ事が一瞬脳裏を横切ったタイミングで、頭と尻尾のセット攻撃が終わる。
──否、終わってない。
頭が八つあるように尻尾も八つある。それぞれの頭と尻尾が対になって攻撃しているのだから、一定回数こなれば終了なのは自明の理。だが、ヤオの一番大きな頭は攻撃をしないでしゃべっている。つまり、
「これが本命だろ!」
最後のセット攻撃を回避した後、おもいっきりヤオに向かって叫ぶ。その表情はよくわかったなという愉快そうな表情をしており、その表情を覆い隠すように最後の尻尾が振り下ろされた。
八つの尻尾の中でも、特別太いその尻尾。それが思い切り振り下ろされてくる。体制的に回避は難しい。だが、俺は今回最初から回避するつもりはなかった。
ふりおろされる尻尾にむけて、天羽々斬を構えて……跳んだ。
狙うは尻尾の一番先。そこに──
渾身の力で振りぬく。まるではじめからそこに収まっていたかのように、なんの抵抗もなく、何の不自然さもなく刃が通っていく。そんな天羽々斬から、聞きなれない軋みが伝わる。雑音が伝わる。
そして……あっけなく、折れた。
「ぐぉぉ……よもや、その尻尾を先端とはいえ切り落とすとはな。だが、それでもう主の獲物は使い物にならぬぞ。先ほどまで感じたあの不可思議な力も、既に消えうせているようじゃな」
「ああ、そうだな。今ので俺が使ってた天羽々斬は砕けちまった」
これで確信した。
LoUアイテムの天羽々斬が砕けたという事実。そんな訳ない、という事が起きた。
ならば。
「だからこっからがいよいよ最終幕だ! 神話にもなかった場面を演じてやるぞ!」
そう言って切り落とした尻尾の先端部位のところへいく。その中々に立派な尻尾に、俺は手を伸ばす。切断面に触れると、なぜか不自然に手が吸い込まれるように中へ入った。
「やはりそうか。この世界を造った存在は、随分と神話が好きなようだな」
「……? 何を言っているのだ?」
俺の言葉にヤオが疑問を漏らす。それに対して俺は、言葉ではなく行動で、“物”で返事をする。
「こういう……ことだああああああッ!!」
尻尾の切断面に入れていた手を、おもいっきり抜いて振りかぶる。
その手には──一振りの剣があった。まるで矛を長くしたような、日本刀とも西洋刀とも違うその剣から、さきほどの天羽々斬とはまた違う力が溢れていた。
ゆっくりと構える。それだけでヤオの動きがぎこちなくなり、振るえ、怯える。
「な、なんじゃその剣は。先ほど刀よりも、より強大な力の内包を感じるぞ」
「まあ、そうだろうな。日本の神剣っていえばこれが一番メジャーだろ」
そういいながら一振り、二振り。はじめてにぎるその剣なのい、ずいぶんとしっかりと手になじむ。
「……それは一体、何じゃ……?」
自身の尻尾から出てきた衝撃と相まって、ヤオはすっかりと雰囲気に飲み込まれていた。
その目が捕らえるのは、先ほど姿を見せたばかりの一振りの剣。だが、今はそれをもつカズキにまるで勝てる気がしない。いや、勝とうと思ってはいけないとさえ感じた。
そんなヤオの様子をみて、微笑みながら返事をする。
「これか? これはな……天叢雲剣だ」
そう言って高々とかかげるカズキ。その瞬間──勝負は静かに決した。




