151.それは、仮初めの本気だった
俺と勝負? なんで?
すごく楽しそうな笑顔のヤオを見るかぎり、生殺を与える勝負というわけではないようだが。
「えーっと、その勝負の理由は……何かな?」
ちょいとばかり考えてみたが、結局答えが見つからなかったので聞いてみる。強そうに見えたからとか、そんな事を言うのかと思っていたが、返ってきた言葉は思いの他理由があった。
「先程も言うたが……お主、普通の人間ではないじゃろ。それに……何か、お主からは不思議な力を感じるぞ。まるで油断していると寝首をかかれるような、そんな危険な気配じゃ」
そういって楽しそうな笑みを浮かべる。あ、やっぱり“強い相手と戦いたい”系なのか。
「じゃがお主もわしも、無駄な殺生は好まぬようだしの。ならば真正面から力をぶつけて勝負をするのが一番じゃと思ったわけじゃ」
「……なるほど。中々に、理由と脳筋具合が合いまってる感じだな。いいぞ、勝負を受けよう」
「そうこなくてはなっ!」
嬉しそうな顔をして、思いっきり万歳をするヤオ。そのスペックは未知ながらも、本体がヤマタノオロチであるというならば人型であっても警戒すべき相手だろう。
ともかく、こうして俺はヤオと勝負──まあ、感覚としては試合をすることになった。
少し移動して、山の裾の開けた場所へ出る。結構な平地があり、多少暴れても問題なさそうだ。
「この地には人払いと、周囲からは見えないよう結界を張ってある。その中でならいくら暴れても、余所から見られる心配はないぞ」
「そうか。細かい気遣いには感謝する」
「なに気にするな。わしも無闇に騒がれるのは好きではないのでな」
そういってヤオは両手で腰にさげた鞭をとる。左右に一巻ずつの2つの鞭だ。
だからという訳ではないが、俺も武器を両手にそれぞれ握る。以前使った村正の刀と脇差だ。右手に刀、左手に脇差の二刀流。
「ほぉ……面白い刀をもっておるな。さしずめ、妖刀の類か」
「わかるのか。さすがにヤマタノオロチだな」
伝承のように持ち主が呪われるという効果はないが、“村正”という名前から発生する事象は、時に予想しない影響力を及ぼしているのだろう。ひょっとしたら、天羽々斬を元としたかもしれないヤオも、似通った存在としてシンパシーを感じたのかもしれないが。
村正を両手に構えてヤオに対峙する。ミズキとゆきは、ギリギリ結界の内側という距離まで離れてもらっている。正直どのくらいの戦闘余波がでるかわからないから。
「よし、いつでもこい!」
「そうか! ならばさっそく行かせてもらうぞ!」
俺の言葉にヤオが全力が向かってくる。
こちらの懐めがけて一気に駆け寄りながら、両手の鞭を構える。柄を持ちスウッと音もなく振りかぶるようにすると、その動きに連動するように鞭の穂先が……八本!? 左右それぞれが四岐になっており、それぞれの穂先が微妙に高さや速度を変えながらせまってきた。
「くっ……! これはっ……!」
高速で武器を奮うミズキの速度並の攻撃が、波状となっていっきに攻めてきた。はっきり言ってものすごくキツイ。飛来する鞭の先を、幾つかは躱して幾つかは刀で捌く。ヘタに鞭を切ろうとすると、その瞬間を隙とみなして別の鞭にうたれてしまう。武器に絡まれるなんてのは言語道断だ。
最初の攻撃をうけて、それを捌ききって距離をとる。とはいえヤオの動きを考えると、とてもじゃないが時間稼ぎにはならない。一瞬仕切り直しができるだけだ。
「逃げる時間なぞ与えはせぬぞ!」
若干体勢を整える時間の後、すぐにヤオの第二波がやってきた。今度は先程と違い、8つの鞭先が完全にシンクロして俺を攻撃してきた。先程の一回目で、こちらの反撃手段を見た上で、次は全てを同時に与えてみる手段に切り替えたのだろう。
だから、すぐに頭を切り替えた。
攻撃が俺に伸び、ヤオの鞭が前方──一番離れた瞬間、俺は前へ全力で飛び込んだ。あれだけのリーチがある武器が、前方へ大きく伸びてしまった一瞬を狙う。
周囲の流れる風景がモノクロに見える。俺の視野感覚が、色を認識するまえに網膜に映る情報を切り替えているせいか。
一瞬で懐わずか先までとびこめる。こんな簡単に……? という疑問が浮かぶと同時に、ヤオがにやりとわらう。
『甘いぞ』
そう聞こえた気がした。つぎの瞬間。
「ぐおおおおおおおおッ!?」
全身を前方下方から、叩きつけて突き抜けるような衝撃が来た。目の前のヤオが身体をそらすようにした次の瞬間、その足元から衝撃の波状がぶつかってきた。
何かあるかもと警戒しながらも、チャンスかもと飛び込んでいたので回避ができず、ガードでやりすごすのが精一杯だった。
そのまま後方へ大きくはじきとばされて、多少地面をころがりながら着地。
「いったい何が……」
「言ったであろう。我はヤマタノオロチだと」
俺のつぶやきが聞こえたのか、ヤオがこちらを見て不敵に笑う。
前方に立つヤオは、先程と同じように威風堂々とした立ち姿で……いや、すこしだけちがう。先程まで足に履いていた黒レザーのロングブーツがなくなっている。
その変わり足首にまかれたソレが、ヤオの周囲を取り囲むように這っている。
「……両足に、鞭……?」
初めて見る光景に純粋な驚きの声が漏れる。あのロングブーツに見えていたのは、足に装着している鞭をまきつけたものだったのだ。
「そうじゃ。これは鞭じゃ」
そう言って軽く片足を前に出すと、それに呼び起こされるように地面を這っていた鞭が躍る様に跳ねた。ほんのわずかな動きで、手にしている鞭のように細かく動かせるのだろう。
「そうか。手にした鞭は頭、足の方は尻尾というわけか」
「正解じゃ。ヤマタノオロチは、八つの頭と八つの尻尾をもっておる。それ故に……」
ざっとこちらに向かってくるヤオを見るも、相手の手数に一瞬躊躇してにげおくれる。せまってくる鞭を見て思わず前方へ回避するが、それはヤオの狙い通りだった。足から伸びる鞭は、地面から少し浮いた辺りをまるで梵字結界でも貼るかの様に漂っていた。
勢いあまってそこへ飛び込んでしまう。そうなったら後はもう、鞭に捉えられて終わり。
──そう。終わり……の、ハズだった。
「……む? なんじゃこの手ごたえは」
ヤオの強さは予想外だった。その特殊な戦い方に驚いたというのもあるが、いかんせんきちんと戦略をもって戦ってきたことで虚を突かれた。言葉をつかい会話をする時点で、本能だけでなく作戦を使うものだと判断しておかなかった俺のミスだ。
だから、その強さに敬意を表して俺も本当の全力でいく。
「ヤオは強いな。俺の予想をはるかにこえていた。だから……」
「お主……そうか。カズキよ、それがお主の本気の姿というわけじゃな!」
白く輝く鎧を纏い、纏わりつこうとする鞭をまるで気にせず全て無効にして立つ。
「そうだ。ヤオを強者と認め、GM.カズキが本気の勝負と致す!」
GMのパッシブシキルで完全に無効化している鞭の攻撃。それをあえて、手にした刀で払い切り落とす。手にする刀は無論──天羽々斬。
「なっ! なんだ、その刀はっ……何かとても嫌な思念を纏っておる……」
天羽々斬から感じた力に、終始強気で押していたヤオの覇気がとまる。伝承や逸話を知っているとは思えないが、その身が“ヤマタノオロチ”であるならば“天羽々斬”とは相容れぬものなのだろう。
「面白い、面白いぞ。わしの心を揺さぶるその刀、そして圧倒的な力をもつ者、カズキよ。ならば……」
ヤオの手足の鞭がするすると収まる。手の鞭は腰に戻り、足はロングブーツに。
そのヤオがぶるぶると震え、そして──
「ならば我も全力を示す。そなたの力、この我に──ヤマタノオロチにとくと見せてみよ」
巨大な、本当に巨大な八頭八尾の大蛇、八岐大蛇がその姿を現した。




