15.それは、二度目の必然という
ミズキと模擬戦をしたその夜。ちょっと疲れたと伝え早めに寝ることにした……というのは、表向きの話である。一度ログアウトして軽くリアル側で色々確認等した後、改めて今度はGM.カズキでインをする。
GM.カズキで入り直した先は、カズキのマイホームの自室。インした直後は姿が見えるのがデフォルトなので、ログアウト位置を考えておかないとちょっとした騒ぎになってしまう。
今カズキは自室で寝ていることになっており、部屋のドアは鍵もかけてあるから安心だ。
GM能力の一つである当たり判定無効化を発動して居間へ行く。なんとなく覗いただけだが、ミズキが居た。あの剣を鞘に入れたまま手にもってじーっと眺めているのだが、何故か時折ニコニコしたりしている。
まあ、喜んでくれてるんだから嬉しい事だ。そう思って少し見ていたのだが。
「! 誰かいるの?」
「!?」
いきなりミズキが叫びながら周囲を見渡した。おいおい、まさかこっちの気配を察知したのか?
そういやミズキの剣には、全能力を大きく向上させる効果が付与してあったな。それのせいで、感覚などが鋭くなってるのか? フローリア様に続いてミズキまでもがチート破り?
そんな風に若干冷や汗状態だったのだが。
「あら見つかちゃった。お兄ちゃんから貰った剣を見てニコニコしてたの、ジャマしてごめんね」
「ちょ、ちが、う~……お母さん!」
居間の外から聞こえた母さんの声と遠ざかる足音。そして、それを追いかけて出て行くミズキ。
なんだ、そういうことか。びっくりした……。
とりあえず勘違いにほっとして、俺はそのまま壁を通過して家の外に出る。
外に出てみると、もうすっかり夜なのだが全然視界に困らない明るさだ。
といっても、別に街灯が沢山あるとか、家から漏れる灯りでとか、そういう事ではない。ゲームのフィールドにおける“夜”の色彩具合のためだ。
MMOに限らずダンジョン探索ゲームの場合、意図的に照明道具を用意しないといけないようなケースを除き、ダンジョンフィールドで視界に困ることはない。本当なら暗闇のはずが、何故か壁全体が青白い系統の色になり、いかにも暗い場所ですという雰囲気をかもし出していたりする。それが、まさに今目の前に広がっているという感じなのだろう。
ともかく、これならば安心して夜道も歩ける。治安の方も大丈夫だよね。もし何かあったら王国の警備兵士とかが駆けつけてくれるだろう。
……というか、俺がGMだったな。まあ、少々の諍いはこの国の人たちで収めてもらわんとね。
マイホームを出て、そのまま大きな道まで来た。ここは王国の中央を通っている王国中央道。名前の通りグランティル王国を左右に分断する大きな道で、国の外壁にある大正門からお城まで一直線に伸びている。
そのため、この道の両脇には昼夜問わず屋台が並び、昼は主婦が魚肉や野菜を求めたり、菓子や雑貨などを売り、夜は主に飲み屋系の屋台が並ぶ。
基本的に屋台は登録方式で、およそ一ヶ月単位で入れ替えがあるが、ほとんどの屋台は延々と継続出店をしている。そのため、屋台とはいえ店自体は道にならべた状態で置きっぱなしであり、昼間は昼組が夜屋台の見張りをして、夜はその逆で夜組が昼屋台の見張りをしている。
そんな持ちつ持たれつの屋台運営は、国からの管理補助と、冒険者ギルドと商業ギルド両方の支援があり長年大きな問題もなく続いている……という設定。
確かに両脇の屋台の稼動状況が、昼夜で逆になっているような気がする。
これもLoUの首都であるグランティル王国の、フィールド形状と実データを作成する上で決められた内容だ。
(あ、そういえば……)
姿を消した状態で、のんびりと左右の屋台を見ながら歩いていた時、以前屋台内容を裏設定として書いていた担当者との雑談を思い出した。
それを確認したいと思い、目的の屋台があった方面へ言ってみる。たしかこの辺りで……あれかな?
屋台の台の上に鉄板で囲った箱が幾つかあり、その中から湯気が立ち上っている。中を覗くと、美味しそうなだし汁につかった色々な具が沈んでいた。
そう、この屋台はおでん……ではなく、実はポトフなのだ。
設定担当者が裏設定で『屋台といえばおでんだけど、世界観にあわないよね。じゃあ、おでんじゃなくてポトフにしちゃえ』と言って決めたのだ。あの時は、裏設定だしまあ軽いジョークだからと流したが、いざ目の前にあると少し微妙な気持ちだ。
……他にこんな風に勢いで決めた仕様とか、ないよね? ちょっと思い出したくないな。
その後も、屋台を見ながら中央道を進んでいく。その途中、大正門と城の正門の丁度中間にある、噴水広場を通り過ぎる。噴水広場は中央道と垂直に交わる横断道があり、その中央に噴水があるのだ。噴水を中心にすえた、十字路ロータリーみたいなものだと思えば分かりやすい。
そこの噴水は、同時に子供達の水遊び場でもあり、噴水公園としての役割も兼ねている。そのため周囲にある屋台は、両脇の屋台にくらべデザートや玩具、あと王国土産屋など特色あるものが揃っている。
噴水は水中にネオンがあり、夜でも綺麗に光っている。たしか設定では、輝魔石というもので出来ているんだっけ。性質は、昼間に太陽光をエネルギー変換して、夜になるとそれを消費して光る……とかいう設定だったかな。
あ、今は夜だから暗くて一瞬気付かなかったけど、ソフトクリームの屋台もあるな。
のんびりと屋台を見ながら歩いてきて、たどり着いたのはこの国の城門前。そこも広場になっており、多くの馬車が乗りつけることも可能になっている。
今は特になにか催しがあるわけでもなく、普通に閉じられた城門の前に警備兵が目を光らせているだけだ。通常は城門よこの壁にある、通用口から警備兵が出入りするくらいだな。
(まあ、別に何か悪いことするわけじゃないし、行こう)
そう心の中で呟いて、繊細な細工模様の入った城門を通り抜ける。
王城敷地への無断侵入など、普通であれば問答無用で厳重な処罰対象だと思うが、GMだという事を考えるとその辺りどうなんだろうか。
リアルでのGMは処罰を科す側だったが、この世界ではおそらく違うだろう。でもフローリア様はきちんとこちらを“GM”と認識して会話をしていた。しかも、第一王女という身分でありながらも、同等かそれ以上の立場の者に対するような態度だった気がする。
もう一度フローリア様に会えたら、それとなく聞き出してみたいかな。
そんな事を思いながら、城の外回廊を散策する。夜とはいえ、場内へ入れる箇所には必ず二人以上の見張り兵が常駐している。
この人達って、ゲームのLoUの城フィールドでそれとなく配置されてたから、実際にこの世界でも警備しているのかな? まあ、そうじゃなくても普通は警備するのかもしれないけど。
なんとなくリアル側と此方側での違いを考察しながら歩いていくと、中庭花壇にたどり着いた。
夜の為、多くの花は閉じているのに、その花壇は静けさの中でも華やかな雰囲気を纏っていた。
そんな花壇に少し感傷的になっていた時だった。
「…………ッ」
小さな声で、こちらに呼びかけるような息遣いの気配を感じた。
何だろうと思う気持ちと、もしかしてと思う気持ち。それぞれ半々を抱えて周りを見渡す。だがこの周囲に人は見当たらない。
「……サマッ」
また聞こえた。しかも、今度はもう少し大きな声だったので、方角も少しばかり感じた。もう少し、上の方からか?
そう思って城の方を少し見上げてみる。
「GMサマッ」
ハッキリと俺の方を見て呼びかけてくる声。この城……というか、姿を消してる俺をしっかり見ながら呼びかける人物なんて、一人しか心当たりが無い。グランティル王国の聖王女であるフローリア様だ。
案の定、中庭を見下ろせる二階のバルコニーより、此方へ向かって笑顔でそっと呼びかけていた。しかしよく見つけられたものだと感心すると同時に、このままずっと呼びかけている姿を城内の人に見られたら、フローリア様が何もない所に話しかけているように見られかねない。俺は慌てて宙に浮かび、そっちフローリア様の横に降り立った。
「こんばんは、GM.カズキ様。またお逢いできて大変嬉しく思います」
「こんばんは、フローリア様。こちらこそ、再びお会いできて光栄です」
お互い礼儀に則っての挨拶を交わし、そして笑顔を浮かべる。とはいえ、この場で会話をするのは色々とリスクが高すぎる。それに気付いたフローリア様が、自室でのお話を提案してきた。
一瞬女性の部屋に入ることに気後れしそうになったが、そもそも初めて会った場所がそうだったなと思い、気を取り直してその提案を受けることに。
「改めて。こんばんは、GM.カズキ様」
「こんばんは、フローリア様」
フローリア様の部屋へ案内され、ようやく落ち着く。途中従者や侍女とも会ったが、当然その時は俺は姿を消している。そのため特別な目を持つフローリア様にしか見えていない。
フローリア様は自室へ戻り、そして一人になりたいとしばらく侍女も下がらせた。十分な時間がすぎ、完全に人払いが済んだタイミングで、不可視状態を解除して姿を現す。ちなみに周囲から人がいなくなったかどうかは、普通にGM機能で周囲を確認したので間違いはない。
この部屋へ来たのは、この世界では2回目だ。とはいっても1回目はいきなりここに出てしまい、慌てて退散したようなものなのでほとんど何も見なかったに等しい。
今改めてみると、やはり高貴な方の部屋だなと感じると主に、年頃の女性らしいというか細やかでどこか可愛らしさを感じる内装だと思った。
「GM.カズキ様。本日はいかがなされたのでしょうか? は!? もしや私に逢いに……」
「いえいえ。今日は王国の中央道沿いに、城までを見廻っていただけです」
「そうでしたか。私に逢いにきてくれたのではないのですね、ちょっと残念です」
ニコリと微笑むフローリア様。その笑顔は只々純粋に笑顔を輝かせる。設計仕様的に、この笑顔には裏も悪意もないと知っているので、よけいに眩しく感じてしまう。
「本日はこの後、何かご予定はありますか?」
今度はその表情に、何かを期待するような色を重ねてきた。そういえば初めて会った時は本当にすぐ立ち去ってしまったからな。
「いいえ。この後は特に急ぎの用事はありません」
「そうですか! では、よろしければ少しお時間を頂いても構いませんか? 是非ともお話をお聞かせください!」
俺の返答を受け、よし押し通せ! とでもいわんばかりの気迫が、上品な立ち居振る舞いの中に垣間見えた。どうやら色々と話を聞きたいようだ。俺としても少し確認したいこともあったし、丁度いいのかも。
「私も是非ともお話をしたいと思っておりました。ありがたくお誘いをお受け致します」
了承の返事にフローリア様は、喜びと安堵の表情を浮かべた。色々と聞きたいけど、まずは“GM”という存在を知っていた事を踏まえ、どこまで理解しているか、もしくはどう認識をしているか、を確認するべきだと感じた。
でもまあ、まずは……。
「どうぞ。侍女も下げてしまったので、私が淹れたものですが」
「光栄です、いただきます」
フローリア様自ら入れてくれた紅茶でも頂こう。




