147.それは、明日への輝かしい道へと
「さあ、どこへ行きましょうかカズキ!」
元気よく拳つきあげんばかりの力強さで聞いてくるのは、昨日のぐったりした様子をみじんも感じさせないフローリアだ。一晩寝てすっかり元気になったようだ、若いっていいね。
さて、本日の予定なのだが……結局、動物園へ皆で行くことになった。
動物園というと、以前ミズキを連れて行ったことがあったのだが、それを聞いた他の人達が一様に声をそろえて自分も行きたいと言ったのだ。そうなるとミズキはまた行くことになってしまうなぁと申し訳なくおもったのだが、
「また動物園行くの!? やった!」
と、もろ手を挙げての大賛成だったので、すんなりと決定してしまった。
基本的に皆動物が大好きなようで、自分の召喚獣は皆とても愛着をもってるし、ミズキやフローリアは暇をみつけては王都の憩い広場へ足を運んでいる。ミレーヌなんかは、その事を羨ましがってるし。
そんな訳でミズキには二回目、他はゆき以外には初めての動物園観光ということになった。
電車を使って動物へ行く。以前ミズキを連れて行った時は、この世界とあっちの世界の関係や、俺のことを色々とかくしていたので気をつかった。だが今はかなり話して理解してもらったので、皆にも道中楽しんでもらっての移動となった。
動物編に到着する。付属の水族館なども入れるチケットを購入。その水族館で、ミズキはペンギンに出会ったんだよな。
「わぁ……動物園久しぶり~。ホント何年ぶりだろう」
「あっちじゃ無かったから、最低でも17年以上ってことになるのか?」
「そうなるかな。なんか久しぶりすぎてすごく新鮮」
楽しそうに言うゆきだが、それ以外の子たちもやはり目を輝かせていた。
「なにか知らない動物がすごく沢山います」
「そうですね。みんなのんびりしてて、とても安らいだ雰囲気です」
少し興奮気味にきょろきょろするミレーヌの隣には、いつものようにエレリナがいるが、こちらもどこか楽しげな雰囲気が抑えられない表情をしている。
「ミズキ、ミズキ! えっと、ええっと……」
「おちつきなよフローリア。って、私もわくわくしてるんだけど」
なかよく腕をくんで、ふたりであーだこーだと言いながら、どこから見ようかと迷っているフローリアとミズキ。さすがに一回きたことがあるくらいじゃ、慣れた感じにはならないか。
「とりあえず、ゆっくり順番に見よう。今日はゆっくりと楽しもう」
「「「「「はいっ」」」」」
全員の声が綺麗に揃う。うん、俺ものんびり楽しもうか。
最初に見て回ったのは、いわゆる肉食動物とよばれている動物。ライオンやトラといった、動物の中でも強さの象徴のような者達だ。
「あれは強そうな雰囲気ですね。王者の風格のようなものを感じます」
ライオンを見ながらフローリアが言う。よかったなライオンよ、本物の王女様が認めてくれたぞ。
ちなみにここの動物園は、露骨に檻に動物が入っているように見えないよう、色々と工夫がほどこされている。ライオンやトラがいる広場は通路より低い位置にあり、途中は深い溝があり動物がこちらへやってこれないようになっていたりする。他の動物も、その性質などを利用してできるだけ閉じ込めている様な感じを出さない動物園になっている。
だから面白いのはフラミンゴのところだった。フラミングは臆病なので、簡単に乗り越えられる細い柵があるだけなのに、こわがってそれすら乗り越えようとしてこない。見る分にはほぼ障害物なしで、直視できるという環境だったりする。
その後、ゾウやキリンといった大きな動物を見たミレーヌが「乗りたいなぁ」と言うと、エレリナが係員にかけあってこようとしたので引き止めたり、立ち上がって激しく組み合うカンガルーを見て、なぜか触発されて組合をしそうになるミズキとゆきをとめたり、ちょっと普通じゃない動物観光をして周った。
その後今度は水族館へ行き、ミズキは再びであったペンギンたちに目をキラキラ輝かせていた。他の皆も、よちよちと歩くペンギンに表情はゆるみ、イルカなどのショーでも最前列でしぶきに濡れながら大はしゃぎをした。
そんな感じで、軽い息抜きとしてやってきた動物園だが、帰る頃にはすっかりと楽しみ疲れだった。
帰りの電車は幸いすいていたので、全員が座っていたのだが、どうやらミレーヌが疲れたらしく俺の左側に軽くもたれかかってきてた。その向こうのエレリナさんがあわてて起こそうとしたが、せっかくなのでそれを止めてそのまま寝かせておいた。
「カズキ、今日はいろいろ楽しかったです」
俺の右側に座ったフローリアがそう礼を述べた。楽しめたならなにより。
「そうならよかった。フローリアには、なんか領地の事で色々やってもらってるみたいだし。こんなことで少しでも気が楽になるならいいんだけど」
「とても楽しかったです。それに、領地の方も別に苦ではありません。多かれ少なかれ問題はあるとは思いますが、それも含めてカズキの役に立てているのなら」
そう笑顔を浮かべるフローリア。こんな小さい子が、国を民を背負ってがんばってるんだよな。元々の基盤にあるのがLoUなのかもしれないけど、もう血の通った人としていきてるんだもんな。
膝にのせていた手に、フローリアの手がかさなる。小さく、とても華奢な、でも何故か力強さを感じてしまう手。女の子に手をのせられたなんて、いつもなら恥ずかしく思うはずなのに、なぜか掌を返して広げそっと指をからめて握り返した。
そっと視線を送りあい、絡めあう。ただそれだけだが、なぜか心地よい空気を感じた。
結局、電車を降りるまでずっとそのままでいた。
「それじゃあ家に帰ろうか」
電車を降りて、駅をでたところでそう皆に言う。要するにこれは『これで休日は終わりだよ』という事を、少し遠回しに伝えているのだ。皆ちゃんと理解してくているようで、素直に頷いてくれた。
「よし、じゃあ──」
「ではカズキさん、はいっ」
「へ?」
帰ろう──と続けようとする俺に、ミレーヌが両手を広げてこちらを見る。まるでなにかを催促するかのように、だ。
「えっと、何かな?」
ミレーヌの行動が理解できず困惑していると、純粋な笑顔をニコリとこちらに向けた。
「フローリア姉さまとは電車の中でずっと手を繋いでいました。今度は私がお願いしてもいいですか?」
「え、えっと……」
今回の休暇というかこのお出かけの目的は、国政会議に連日出席して疲労が蓄積してるであろうフローリアたちに休んでもらうためのものだった。それに関しては二人にしっかりと、リフレッシュ的な休息をとってもらえたとは思っている。
だが、先程電車の中でフローリアとしていた手繋ぎ……いわゆる恋人繋ぎというのを、ミレーヌもお願いしたいということか。
どうしようかと困っていると、意外にもフローリアから声をかけられる。
「カズキ、私からもお願いします。ミレーヌも日々とても重圧のある役目をこなし、カズキや私達のためにと行動しておりますので」
「……そうか。うんいいよ、おいでミレーヌ」
そっと手を差し伸べる。それを見てミレーヌは──
「はいっ!」
素早く俺の後ろにまわりこんで背中に飛びついてきた。
「え!? な、何!?」
「ちょ、ミレーヌ!」
「いったい何を……」
思わずミレーヌがおちないようにと手を後ろに回して支える。が、当然ながらミレーヌ以外はみんな驚いている。そんな俺達にミレーヌは、
「私とカズキでは身長差がありすぎて恋人繋はできません。なので家に帰るまでおんぶをお願いします」
「ええ~……」
驚き、呆れ、諦め、そんな感情がいりまじって出た俺の溜息声。他の人達も似たような感じか。
だが、すでに俺の背中をがっしりとキープして、もう降りないもん! という感じのミレーヌへかける言葉を、俺は持ち合わせてはいなかった。
「……わかったよ。家に帰るまでな」
「はい!」
元気な返事を返すミレーヌ。今の返事、今日イチだな。
そんな俺にエレリナさんが、さすがに少し申し訳ないと声をかけてくる。
「すみませんカズキ様、お願いできますか?」
「大丈夫ですよ。ミレーヌは軽いですから」
そんな俺の言葉にミレーヌは、少しムッとする。その顔を俺の耳元に近づけて、
「レディに重いというのも失礼ですけど、軽いというのもある意味失礼ですわよ」
そう言って──頬にキスをされた。
「「「「!!」」」」
周りの皆がそれを見て、思わず息を呑む。俺は不意打ちに反応できず、無表情で歩き出した。
その頬か少し赤いのは……まあ、そういう事なんだろう。だって恥ずかしいじゃん?




