143.そして、暗闇妖精の集落へ
討伐した二体のアンタレスを解体し、素材をストレージに格納する。この素材も後々エルシーラへ渡して、ドワーフの手による武具へと加工してもらう予定だ。LoUの世界では、ドロップアイテムはまだしも素材からの武具生成はなかったので、どういったものになるのか楽しみでもある。
「しかしエルシーラさんは、科学知識があるんですか? 先程の雷を作り出したのは見事でした」
「え? 科学知識、ですか?」
感心した俺の言葉をうけて、エルシーラさんが「?」という表情を浮かべる。
おや。どうやら先ほどの雷を生成したのは、そういう知識があってやったわけではないのか。
「はい。先程の雷は、風と水──というか氷ですね。それらを使って発生させてましたよね」
「ええ、そうですが……。その、私達ダークエルフは、精霊の力を借りてあの雷を起こしたのは理解しておりますが、正直言いましてなぜ風と氷で雷になるのかは分かっていないのです」
「えっ! そうなんですか?」
なんてこった。現象を起こす方法は知ってるが、その現象が起きる理由は知らないのか。それって大丈夫なのかな。言われたとおりの用法要領を守れば事故は無い、という考えなのかも。
「先程の雷を呼ぶ手順は、私達一族が代々教えられた手法を精霊と相談し、練り上げてきたものです。なので“そういう事が起きる”としか私達も理解していません」
「そうかー……。でもまあ、変なアレンジをしないで使うならそれでもいいのか」
そんなもんかと思っていると、話を聞いていたゆきが口を挟んできた。
「カズキはさっきの現象、なんで雷が起きたかわかるの?」
「まあ、ある程度は。要するに、普通に空の雲で雷が発生する原理をさっきの竜巻内で再現してただけだからな」
「なんか化学の話っぽいね。学生時代を思い出しそう」
「まったくだ」
「カズキ殿、もしよければその雷が発生する理由というのを、教えてはもらえないだろうか?」
軽く苦笑いをうかべる俺とゆきにエルシーラが願い出てくる。
「んー……どうだろう。それを理解するための前提知識が、たぶん広まってないと思うんだよね。だから機会があれば話してもいいけど、あまりよくわからないと思うよ」
「そうですか。残念です」
「ねぇ、お兄ちゃん、ゆきちゃん」
残念だと言うエルシーラの次は、ミズキが声をかけてくる。
「それって、むこうの世界での知識ってこと?」
「そういうことだ。この世界でもある程度理解できる人はいるかもしれないが、正しく理解できる人はほとんどいないんじゃないかな」
「そうなんだ」
それで納得したのかミズキは話を聞きたいとは言ってこなかった。まあ、ミズキは基本的に魔法を使えないので、そっち方面への興味が稀薄だというのもあるが。
「それじゃあ戻ろうか。洞窟を出たら川まで戻り、その後はダークエルフの集落に……ですかね?」
「はい。それではまた先導しますので」
そう言って歩き出すエルシーラに続いていく俺達。せっかくなので、帰り道はこのままずっとGMでいることにした。だが、幸か不幸か往路で散々ボスを倒してしまったので、目ぼしい相手はまったくでないまま俺達は入口まで戻ってきてしまった。
砂漠洞窟の探索は、こんな感じで終了した。
洞窟を出たところで、何時間かぶりの陽射しを感じた。単純にLoUで潜ってるだけでは、絶対に味わうことの出来ない感覚だ。
砂漠とはいえ洞窟内では涼しい感じだったが、ここにくると途端に暑さを実感する。特にわずか進み出ただけで寒暖差がはげしいので、早々に喉うるおしたくなり水を飲む。
「まずは川沿いにまでいきましょう。そこまで行けば大分空気も違います」
「わかりました」
エルシーラの言葉に頷く俺達は、さっさと川へと向かう。ちなみに今回の探索で、出会ったパーティーはあの1パーティーだけだった。ゲームならばまだしも、実際問題こんな場所へ来るのは、それに見合う素材を必要に駆られて求める人くらいなのだろう。俺もゆきも、LoUのように適度にマップ移動してさっさと潜れる……くらいの軽い感覚だった。こんだけ手間だと、ちょっと足も遠のくな。
黙々と進み続け、ようやく川沿いにたどり着いた。その頃には周囲の空気も、乾燥一択ではなく川沿いの草花の匂いが混じった生気を感じる風になっていた。
「ふー……やっぱ川沿いは気持ちがいいな」
「そうだね。……マイナスイオンとか出てるのかな?」
「また色んな意味で面倒な話題を……」
ゆきの発言に思わず苦笑する。まあ、こっちの世界だと川沿いには、シルフやらウンディーネやらがいるとか考えた方が正解なのかもしれんけど。……いるのかな?
「エルシーラはどんな精霊と契約というか、面識があるんだ?」
「私ですか? そうですね、シルフとノームはやはり種族柄よく顔を会わせることがあります」
やはりシルフか。しかし……ノームとは。こっちのダークエルフが洞窟とかに住まうからか。
「ノームって、たしか土の精霊だっけ?」
「はい。でも私がよく会うのはノーミードですね」
「ノーミード?」
「女性型のノームです。かわいいですよ」
そういってニコリとわらうエルシーラ。ふむ、風と土か。洞窟での様子から水のウンディーネとの面識がないわけでもなさそうだが、風や土のほうが優先度が高いのだろうな。
「それじゃあマリナーサたちハイエルフだと、ノームではなくウンディーネになるのかな」
「ですね。とはいえ、やはり森の妖精というべき種族ですから、ノームとの繋がりもありますよ」
まま草木が育むには、その3要素は不可欠だからな。……しかし、そうなると火の精霊であるサラマンダーはどうなんだろうか。気になって聞いてみたところ、
「サラマンダーですか? 私達ダークエルフも少しは繋がりがありますが、やはりドワーフですね。火を使った加工処理技術に関しては、ドワーフは他の追随を許しませんから。それに、ドワーフが好むお酒の類も、火が扱えるかどうかで随分と幅が広がるようですしね」
そう言いながらも、少し目を輝かせるエルシーラ。……飲める人──いや、飲めるエルフなのかな。
「となると、エルシーラさんはあまり火系の魔法というか、そういったものは得意ではない?」
「そうなりますね。あ、でも全然使えないわけじゃないですよ」
そう言って腰に携えた袋の中に手をいれ、何かを取り出した。その手のひらには小さな水晶のようなものがのっており、中に赤いものが炎のようにゆらめいていた。
「これは炎の精霊の力を借りたいときに、それを呼び出すための触媒です。精霊本体ではなく、精霊の力を少し借りるだけですので、これを使ってサラマンダーと話すとかはできませんけどね」
雑談をしながら川沿いを歩いて行くと、ふと脇の川へ流れ込む支流に出くわす。それにそって曲がっていくエルシーラ。その先に水が流れ出す洞窟が見えた。
「皆さん、あそこが私達の集落の入り口です」
支流の先が洞窟の中へと続いている。この奥がダークエルフの集落らしい。なるほど、洞窟の中だがきちんと水源があるんだな。
「たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ」
そうエルシーラに促され、俺達は洞窟の中へと入っていった。




