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140.それは、予測不可な常識

 洞窟の広間へ戻る。ログアウト直前、多少ワタワタとしていたから、エルシーラに「?」という表情をされたが、特に追及されなかったのでそのままごまかした。

 その後は先程までのように、エルシーラ先導で最下層へ向かう。

 改めて見てみれば、時々足を止めて迎撃しているモンスターに亜種や希少種がよく混じっている。一番沢山でてくるケイブアントですら、甲殻の縁に虹色の線があったり、一回り大きかったりと違いがある。前を進む二人が、簡単な除雪進行をしているような感じでサクサク進むので気付かなかった。


 そうこうしている間に、いつしか最下層への階段へたどり着いた。

 クインネル以降は道中特に目ぼしい敵には会わず、とりあえず希少種や亜種の素材だけは回収して進行してきた。

 階段口の前でエルシーラがこちらを見ながら確認をする。


「それでは皆さん、これより最下層へ向かいます。よろしいですか?」


 その言葉に迷いなく全員頷く。上層より中層、中層より最下層と順番に敵は強くなる。その強さの基準は、単純な力や体型の強化だけでなく、状態異常をはじめとした特殊な攻撃も付与される。

 毒や眠りも怖いが、特に注意したいのま麻痺だ。麻痺状態が全身に及ぶと、アイテムの使用ができないという非常に危うい事態に落ちかねない。

 ましてこれから向かう先にいるのは、尻尾の先に麻痺毒を含ませた針をもつネイビーアンタレス。警戒しても、しすぎとは思わないだろう。

 それらを十分理解して、俺達は最下層へと足を進ませた。




 そこは、うっすらと空気が淀んでおり、足元の地面は浅い沼地のようになっていた。

 実際地面には視認できる水たまりやぬかるみがあり、進行は問題ないが全力疾走をすると足を取られるかも、というぐらいの足場ではあった。


 そして、この階層からメイン雑魚モンスターが変化する。ここまでは蟻を模したモンスターが、幾種類かおりまざって登場したが、ボスにあわせて(さそり)型モンスターがメインになる。蟻型モンスターも生息はしているが、水場が多いこのエリアでは居場所が少なく、あまり活動しているところを見ない……という設定だ。

 そんな事を考えていると、通路奥からガサガサと音が聞こえる。あきらかに今まで聞いていた音とは違うので、こえが蠍型モンスター──トラブスコルピだろう。

 これも数匹で群れを成すタイプのモンスターで、対応としてはケイブアントとあまりかわらない。多少強いのと、弱いが毒や麻痺の効果をもつ針がついている。軽い眩暈くらいだろうが、注意すべきだ。


「……来ます。おそらくはトラブスコルピです」

「了解。さっきまでと同じで平気か?」

「大丈夫です。無論油断もしてませんけど」

「ならお願いする。ミズキもな」

「うん」


 そう返事をすると、二人は少し先行するように前へ出る。丁度むこうから来たトラブスコルピを迎え撃つ。まあ、特に危なげなく対処している。多少外殻が硬いようだが、先程のクインネルに比べると問題ないレベルのようだ。


「ねえカズキ」

「なんだ?」


 手持無沙汰なのが不満なのか、ゆきが話しかけてきた。自分もアレに参加したいとでも言うと思ったら、どうやらそうではないらしい。


「トラブスコルピって名前、開発スタッフとかで考えるの?」

「あー……まあ、基本的にはデザイナーさんが絵込みで考えることが多いな。そうじゃない場合は『蠍型モンスター』とかついてるから、そこから皆で考えたりとか」

「アレは?」


 視線の先で、さっくりと討伐されていくトラブスコルピを見ながら聞く。あれはたしか……


「スタッフ会議で決めたかな。まあ、ボス以外の名前ってのは結構適当に決めてるぞ。たまにデザイナーさんがすごく入れ込んで描いたヤツには名前が既にあったりするけど」

「ふーん。それじゃあの“スコルピ”ってのは」

「普通にスコーピオンの音をもじって付けただけだな。トラブってのはトラブル。『(わずら)わしい』って意味でのトラブルからだ」

「聞いてしまえばまんまだねぇ。まあ、ボスのアンタレスはさすがに分かりやすいけど」

「さそり座の恒星だからな」


 さそり座という言葉から、なんとなく星空の星座郡を連想する。そうなると色々調べた経緯もあり、星々にまつわる神話も思い浮かんでくる。神話というと……そうだな、なんとなくフローリアの顔が浮かぶ。


「ん? カズキ、今だれか女の事考えてたでしょ?」

「は!? な、なんだよ急に」


 ふと思考を中断させたのは、何故か正解をついたゆきの声。別に隠すようなことではないが、急なことでおもわず狼狽してしまう。


「素直に言えば手打ちで許してあげる。誰の事を考えてたの?」

「いやいや、そういう事じゃないから。星座から神話を連想して、それでフローリアの事が頭に浮かんだだけだよ」

「あ、フローリア様か。うん、ならいいか」


 俺の弁明で、即座い荒げた声を収めるゆき。そんな意図はなくとも、うっかり思い浮かべると少しばかり危険な感じがするなあ。

 そんな会話をしている間にも、前方の戦闘は速やかに終了した。素材回収のための解体は俺が魔法でやっているので、終わったら行くようにしている。


「お疲れ様。今回はどうだった?」

「はい。やはり一匹亜種がまじっていました。ゆき殿の運引き具合はすさまじいですね」

「そうだよなぁ。となると、やっぱアレかな……」


 ぶやきながらいつも通り【解体魔法(アナライズ)】をかける。一部素材に色や質が異なる甲殻があり、それをエルシーラ回収して手渡してきた。なるほど、たしかに亜種の素材だ。それをストレージにしまっていると、ミズキが先ほどの俺の言葉を聞いてきた。


「お兄ちゃん。アレってなに?」

「ああ、アレっていうのはな、このフロア……というか、洞窟のボスであるネイビーアンタレルだ。もしかしたらだが、ゆきの幸運……いやもう強運といってもいいだろう。それに影響されたら、そっちも希少種──レアモンスターのラピスアンタレスになるんじゃないかって話だ」

「へー……そっちもレアモンスターがいるんだ」

「おう。そっちもなかなか強いモンスターだぞ」


 スタッフがこだわったからな、という発言はエルシーラさんがいたので飲み込んでおいた。こちらの素材も色々と有用だから、出てきたら嬉しいんだけどな。


「んー……でもどうかな。確かLoUのボスエンカウント率が乗ってた非公式サイトだと、クインネルよりも出現率低いんだよね?」

「よく知ってるなぁ。その通りだけど、アレってどうやって特定してるんだよ。クライアントをいくら解析しても、その辺りの情報は収集できないだろ?」

「私もそこまでは知らないけど……たぶん、本当に地道な報告累積だと思う。……それか調査BOT」

「……うげぇ。ひっさびさにイヤな単語耳にしたぞ」


 さすがにこっちの世界にBOTなんて存在しない。というか、こっちにBOTがいたら逆に興味ある。

 まあ、幸いにもLoUではBOTっぽい通信データを解析する仕組みを用意して、できるだけ排除するようにはしてたけど……まあ、最盛期にはやっぱり居たんだよな。これは認めるしかない。

 ただ、寂しい事にサービス終了が報じられるととたんにBOTが消える潔さ! ちょっとばかり方向性はおかしいけど、悲しくなったなぁ……。


「まあ、そっちの話はともかく。私自身、LoUでも何度かここには来たけど、レアのラピスアンタレスには会ったことないから。さすがに無理だと思うよ」

「……お前、そういう発言でフラグが立つんじゃないか説を実践してるだろ」

「あはは、まあそれもある」


 ゆきは笑顔のキメ顔でそう言った。うざかわいい。




 その後、危なげなく奥へ進んだ。基本的には進行によるエンカウントをこなし、たまに後方から出現するモンスターを倒していく。これにより、なんともあっけなく最奥の広場にまで横着した。


「速いなぁ。でもまあ、さっきのに比べるとね」

「そうですね」


 ミズキの言葉にエルシーラが同意する。まあ確かにそうだけど、ここからは気をひきしめていくか。

 マップ画面で確認するに、一つ大きなマーカーがある。まだこちらを認識してないので黄色いままだが、俺達が中に踏み込めば即赤く明滅しはじめるだろう。


「それじゃあ中にいるネイビーアンタレス討伐を開始する。気を抜かないように」

「「「はい!」」」


 全員の声が一致する。さあ、突撃だ。

 ボスが待っていることが分かっているので、前衛の俺とミズキ、後裔にゆきとエルシーラ。全員が前衛可能だが、後裔も十分可能なのは二人になるからな。


 広間に侵入した瞬間、前方にいる大きな蠍──ネイビーアンタレスが、両手の鋏と尻尾を震わせて、多々だかと構える。こちらを敵対認識したという威嚇合図だ。

 その名の通りネイビー=濃紺な青い甲殻をまとった大きな蠍が、どっしりと構えて迎えた。

 さあ、一気に片付けてしまおう──そう、思った時だった。


 地面から振動が来た。

 一瞬血の気が引いた。まさか地震!? こんな洞窟の中で!?

 だが、そんな心配はすぐに消え失せた。

 なんせ──


「お兄ちゃん、なんか地面から出てきた!」


 隣にいたミズキが、その高い視力にて前方の地面から何かが這い出てきたのをとらえた。

 一体何が……と思う間に、沼地に似つかわしくない湯気をふきだしながら、地面より出現したものそれは──


「──ラピスアンタレス」


 ネイビーより明るい青は、ラピスラズリと呼ばれる瑠璃色に似た青。その外殻に覆われた、一回り大きな蠍のモンスター。

 それが、通常種のネイビーアンタレスと一緒に出現した。

 驚きながらも、ある意味納得もいった。


「これはゲームじゃないんだったな。なら、一緒に出てきてもなんの不思議もないわけだ」


 なるほど。この世界はまだまだ予測不可能だ。

 でもとりあえずは、目の間にいる二対のアンタレスを討伐するのが先決か。



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