14.それは、大好きな憧れ
今回もテクニカルタームが少しばかり。
油断無く武器を構えながらミズキは、一旦深呼吸をして気持ちの無駄な昂ぶりを抑える。
開始早々の縮地による奇襲で何かしらの作戦につなげたかったのかもしれないが、俺の反応は予以上だったのだろう。次に繋がる動きをすぐにみせなかった。
「ミズキ、さっきのでもう終わりか? まだ一合もしてないぞ」
「わ、わかってるわよ!」
軽く挑発をしてみると、案の定律儀に怒鳴り返してくる。……やはりそうか。
そうしてにらみ合っていると、再びミズキが此方に仕掛けようとやってきた。ただし先ほどのように縮地ではなう、純粋に前方ダッシュだ。うん、いい速さだ。
「ハァッ!」
そのまますぐ前まで接近しての斬撃を繰り出してくる。その動きも速く、よほど強力なモンスターでもないかぎり一刀の元きり伏せることも可能だろう。
ましてミズキのステータスは色々あって異常だ。純粋な速度の数値だけみれば、カズキよりも上だ。無論GM.カズキには及ばないけど。
ミズキが油断なく振った剣。それは間違いなく、最速で最短で真っ直ぐに俺に届く。
だから──
「なッ!?」
次の瞬間、心底驚きの視線を向ける先に……振り貫けずに止められた自分の剣があった。その剣は俺の二本の指に挟まれていた。要するに指で挟む形の、真剣白羽鳥をやったわけだ。
「次はどうする?」
「くっ……」
一瞬捉えられた剣を見た後、視線をこちらに向ける。押さえられた剣が、予想以上に強くつかまっているのを見て別の行動を模索したのだろう。
僅かに膝をまげ腰を落としたミズキは、そのままつかまったナイフの高さに軸があるような動きで蹴り上げをした。いい動きではあったが、後ろに半身後退して回避する。その際、特別にナイフは手放してやったけどね。
だが、今度は目の前を掠めるように蹴り上げられた足首を捕まえる。
「えっ!? きゃあああああっ!!」
そのままミズキ自身の回転エネルギーを別ベクトルに方向転換してぶん投げる。方角としては、俺の後ろへ素直に投げてやった。
振り返ると、転がりながらも受身をとったミズキが立ち上がる姿が見えた。さすがに猫のような緊急回避能力は持ってないようだ。……今度スキルとかで三半規管の前庭を強化する能力とかつけてみると面白いかも。でもあんまり無茶な追加は怖いかな。
しかし、ここまでで分かったことがある。確認したかったことも十分確証を持てた。
それならまあ、とりあえず今日はこれで終わろうか。
「ミズキ」
「な、なによっ?」
「行くぞ」
俺はそう言った瞬間、ミズキの目の前に出現する。ミズキが使ったのが本物の縮地なら、俺が今使ったのは理想の縮地。その正体は、目視可能範囲で自由に座標移動=瞬間移動できる【ムーブ】だ。
これの優れた所は、特殊な結界内でなければ目視可能な座標のどこへでも移動できること。要するに、ガラスなどの透けた壁がある場合も、向こう側が見えていれば問題なく発動できる。つまり移動進路上にある障害物を無視できるのだ。
「ッ! まさかッ……」
前触れ無く目の前に現れた俺に、ミズキの驚愕の瞳が揺れる。そしてそのまま右手をミズキの眼前に伸ばして、指をパチンと打ち鳴らす。その行動により無意識に音に反応して、本能的行動で腕を交差して防御姿勢をとってしまう。
「はい、これでお終い」
そう言って俺は、ミズキの背後から頭に優しくチョップ。軽い、トンッという音が聞こえるようなソフトタッチの手刀だ。
完全に俺の姿を見失って、無防備に背後から攻撃を受けたミズキは、呆然と立ち尽くす。
「そこまでっ!」
その様子を見ていたグランツの声で、俺とミズキの模擬戦は終了した。
模擬戦の後、最初の目的であったミズキに絡んできた男達、そうそうハリスだ。ハリス達の謝罪を受けて一先ず終息となった。その際、今後は一切俺達に関わらないとの約束事も取り付けた。これはグランツのギルマス権限により厳守すべきとなり、ここグランティルのみならず他国においてもギルド協会を通じて適応することになるそうだ。
さすがにそこまでになると、未練多らしく睨むような態度すら危ういと思ったのか、最後まで視線を合わせることなく言葉少なに逃げるように立ち去った。ひょっとしたら明日にはもう、この国から出ていってしまうかも。
……で、問題は妹だ。
俺に本気を出させるのは無理だとしても、せめて良い所を見せようと思っていたらしい。だが、終わってみればただの一合も交わす事無く、終始手玉にとられて終わってしまった。
その事に関して、わずかな尊敬と、圧倒的な悔しさを隠さずにぶつけてくるのだ。
「色々聞きたいんだけど! お兄ちゃん、聞いてる!?」
結局延々と色々聞いてくるので、仕方なく「話なら家に帰ってからな」という事に。おかげで帰宅早々、一層まとわり付いてくる始末だ。ホント、なんというかじゃれつく猫みたいだ。
「わかったよ。それじゃあ何を聞きたいんだ?」
とりあえず自室に戻り、一息つきたい……が、いつまでも引き伸ばすわけにもいかない。なのでしかたなく、ミズキにとってはようやくの質問タイムだ。
「えっとえっと、色々聞きたいけど……そうだ! まずこれを確認しておきたかったんだけど……」
「何だ?」
「お兄ちゃんって、私の動き……全部見えてたの?」
なるほど、まず何より気になるのはソレか。確かにミズキ自身も、自分の速さは自慢だと思っていただろう。だから自分の攻撃をすべて見切ったことで、俺にはその速さでも通用しないのか気になるわけか。
まあミズキ相手に隠すこともないだろう。
「結論から言うと、全部は見えなかったが、全部分かった、かな」
「えっと、それってどういう意味?」
うん、そうだよね。俺も自分で言っておきながら、ちょっと分かりにくいかなって思った。
「つまりだな……ミズキの純粋な移動や攻撃の速度は非常に速く、単純に俺の動体視力で追いきれないほどなんだ。その上、今はその剣……」
俺の指差すのは、ミズキの腰に下げた剣。ミズキの名刀『お兄ちゃん大好き』だ。あえて名前を呼ばなかった俺の優しさを褒めてくれ。
「それを所持していれば、抜いてない状態でも基礎能力が上昇する。そんな状態のミズキを完璧に追うことは、今の俺ではまず無理だ」
そう、あくまでも今のである。こちらもなにかしらの魔法を使う、もしくはGM.カズキであるなら十分追いきれる。まあ、それは今言うつもりはないけど。
「それじゃあ、なんで?」
「だから言っただろ、分かった、と。ミズキの動きはとにかく速い。だが……それだけだ」
「…………」
「相手が本能だけで行動するモンスターならそれでいい。だが、相手が思考する生き物……特に今回のような対人戦となると話が別だ」
ミズキの動きの長所でもあり短所でもある部分、それは。
「つまりお前の動きは、基本に忠実すぎるんだ」
「ええっと、それはつまり……」
「だから見えなくても分かるんだよ。お前が剣を構えて振るその“型”があまりにも枠にはまり過ぎている。剣の構え方、足の踏み込み方、移動の仕方、それら全てが基本に忠実だ。忠実すぎるから先が分かる、分かるから対処も出来る、だから避けるし返される」
要するに今のミズキの動きは、このLoUで剣を振るNPCが行う戦闘技能そのままなのだ。良く言えば素直な剣、悪く言えばワンパターンな剣ということ。そこには駆け引ききも何もない、ただ振って切るだけの行動しか含まれない斬撃だ。
「まあ、だからこそ今後もっと強くなれる可能性は大きいんだけどな」
「本当!?」
自分の弱点を聞かされ意気消沈したミズキだが、俺の言葉でとたんに目を輝かせる。
「そりゃそうだ。あれだけ基本がしっかりしてるなら、そこに新たな要素を加えればいい。戦う上で必要なこと、それは『戦術』だ」
「戦術……」
ミズキ自身も戦術という言葉は理解していただろうが、面と向かって言われたことはあまり無かったかもしれない。俺の言葉に対し何度も「戦術……」と繰り返し呟いているのを見て、もう少しだけ助け舟を出してもいいかなと思ったりする。
「まあ、今のランクで受けられるクエスト辺りじゃ戦術なんてもんは必要ないさ。でも、もっとランクが昇格したり、何かの大会とかで対人戦をするなら、やっぱり戦術は必要になる」
「……そうなんだ。えっと、どうしたら……?」
「んー……それじゃあ一つだけ。自分の攻撃を、自分でちゃんと見ること」
「自分の攻撃を、自分で見る……」
俺の言葉を反芻するが、いまいち理解できないようだ。うん、もうちょっとだけ説明しようか。
「自分の攻撃で相手を倒す。これは結果だが、そこに繋げるための過程が大切なんだ。もしミズキの剣技と打ち合える者がいる場合、只単に力押しするだけじゃ勝てなくなる。そのために、自分の攻撃──剣を見て考えるんだ。相手にとって、自分の攻撃がどう見えていて、それをどう対処してくるのか。もし相手がどんな攻撃をしてくるのかわかれば、ミズキもそれを避けて反撃したりするだろ?」
「うん」
「なら相手も同じだ。ミズキの剣を見て相手が反撃してくる。だけどミズキはその反撃を予想したら、予め次の攻撃の準備もするんじゃないか? これは簡単な例だけど、こういう駆け引きがミズキには足りなかった」
「戦術……駆け引き……」
俺の言った内容は、戦術とか呼べないほどの単純なことだ。でも思考基本がNPC段階のミズキにとって、応用的な知識を重ねていくためにはまずこれくらいが妥当だろう。もし本当にミズキに才があるのなら、きっと自分で見つけ重ねていくだろうから。
「……お兄ちゃん」
「なんだ?」
「私、もっと強くなれるかな? 今より、もっと」
じっとこちらを見るミズキの目は、すでに敗者のそれではない。目標を見つけ、それを追いかける挑戦者の目だ。ならば俺の返事は決まっている。
「ああ、もちろんだ」
「本当?」
「あたりまえだろ。お前、自分が誰の妹だと思ってるんだ?」
あえて聞いてみる。きっと答えは決まってる。でも、それを聞いてみたいなって、俺が少し思ってしまったんだよ。そんな俺の願いどおり、ミズキの口から出た言葉は、
「そんなの決まってるじゃない。お兄ちゃんの妹だよ!」
迷いがなく、どこまでも真っ直ぐだった。
今後も本作での色々な理屈部分は、プログラム的な観点からの描写が入っていくと思います。
極端に専門的にはしないように心がけますが、分かりにくい場合はご了承下さい。