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138.それは、知識の活用なりけり

 先ほどの事を説明しようと思ったが、その前に確認したほうがいいなと思う事が。


「その前に聞きたいんだが、皆は蟻ってどこで呼吸しているか知ってるか?」

「アりって……さっきのモンスターのこと?」

「ああ、そうだ」

「やっぱり口じゃないの?」


 ミズキの言葉にエルシーラも同意する。やはりそんな認識か。


「ゆきはどうだ?」

「んー……なんか昔、理科かなんかで聞いたような……でも忘れた」

「なるほど。じゃあそれも含めての説明だな」


 まあ、女の子に昆虫知識を求めるのもどうかってモンだよな。学生時代ならテスト勉強用に覚えたりすることはあるかもしれが、いつまでも記憶に留めておきたいものでもないだろう。


「まずはそうだな……順番に説明するか。ゆきが天井に展開した【ファイヤートラップ】による、天井にあった水分の一斉水蒸気化から」

「天井の水分って……あそこ、そんなに水あったの?」

「うん。足元に結構深い苔が生えてたからね。おそらく地中から十分な水が湧き出してたからだね」


 地面ならともかく、天井にある水というのは最終的には落ちたり流れてくものだ。それなのにあれだけしっかりと苔があったということは、あの場所には常時一定以上の水があることを表す。ならばその水を、利用してやろうという考えに到った。

 水を気化するという話で、ゆきが何か気付いたのは聞いてきた。


「つまりカズキは、天井にある水を気化して体積を……何倍だっけ? 千倍?」

「約1700倍」

「そうそれ! それにして、その圧力でクインネルを倒そうとしたってこと?」

「いや、違う。というか、あの硬い殻に覆われた相手を空気圧殺なんてしようと思ったら、先に洞窟がくずれるぞ」

「あ、そうか」


 まあ実際のところ、実験器具とかで気化させたわけでもないし、地下という特殊な状況に水以外の要素の焼却などから、あの場での空気圧は体積1700倍による影響にはほど遠い圧しか発生してないんだけどな。


「あの蒸気発生の狙いは、ずばり“熱い水蒸気”をクインネルに浴びせることだ」

「カズキ殿。“熱い”という部分に何か意味があるのだろうか?」


 疑問に思ったのか、エルシーラが聞いてくる。ミズキはじっとこちらの話を聞いているようだ。おそらくはステータス的に高いので、今している会話も理解しているのだろう。


「意味はある。……そうだな、ここで最初に聞いた蟻の呼吸方について説明をしよう。蟻、というか甲殻モンスター……いわゆる“虫”だな。こいつらの呼吸するための器官は、頭にある口じゃない。体の側面などにある穴、いわゆる“気門”と呼ばれる部分がそうだ」

「あー……なんか聞いたことあるかも」


 俺の話を聞いて、ゆきが聞き覚えがあると呟いた。ひょっとしたら気門ではなく、動物や魚の側面にある別の器官のことかもしれないが、まあ今回は人間との差異があることを認識してくれればいい。


「それでまあ、高温の水蒸気をぶつけることにより、クインネルの体表を濡らすことが目的だったわけだ。ただ、ここで濡らすのに水よりもより高温の湯であるほうが都合がよかった。……このクインネルの素材の殻をよく見てくれ」


 甲殻素材を三人の方へ差し出すと、何だろうという感じでじっくりと見る。ふと何かに気付いたミズキがそっと手を伸ばして触れる。


「あ……なんか表面に、小さな毛が生えてない?」

「正解。これによってただの水だと表面に触れる前にはじかれてしまう。だが熱いお湯だった場合、この体毛が熱により押し負けて水分が殻にまで到達する。そして、甲殻の表面にある気門──呼吸のための穴には、空気に含まれるゴミなどを除去するため、フィルターの役割を持たせた体毛が多く生えている。この穴にしっかりと水を流し込むには、より高温に熱してなければならなかった」

「それで、可能な限り熱い水蒸気に……」

「ああ。幸いにも、穴の周囲に付着した水蒸気は、逃れようとするクインネルの微動により、気体から液体である湯へもどされて、穴の内側に集まってくれた。そうなったら後は……」


 俺の視線がゆきを見る。それにつられミズキとエルシーラもゆきの方へ視線をうつす。


「付着した湯以外に、漂っている蒸気を水にしてより体表を濡らすのと、空気の通り口……気門か。気門にある水を凍らせて完全に呼吸口をふさいだわけね」

「そうだ。そうやって呼吸手段を奪い、なおかつ足をとめて自力復帰できないよう拘束した。後は時間が経過するのを待てばそれで終了だ」


 おおまかな説明を終えると、不思議なものを見るような感じでエルシーラが俺を見てきた。


「カズキ殿は色々な事を知っているのだな。もしや知識の探究を生業とする賢者であったか?」

「そんなわけない。ただの冒険者だよ。今回はたまたま知ってる事が、幾つか噛み合っただけだ」

「でもまあ、よく覚えてたよね。男子はやっぱり昆虫とか好きなの?」

「別に好きってほどじゃないけど……まあ昆虫記とかはよく読んでたけど」

「……ファーブルとか?」

「おう」


 俺の返事に、ゆきはなるほどねぇと納得した。まあ、こっちの世界にはファーブルだシートンだという書物はなさそうだけど。


「しかしこの素材はすごいな……」

「なんか不思議だよね。軽いのに凄い硬い」


 綺麗に分解されてよごれもない素材になったクインネルの殻を、エルシーラとミズキが眺めながら感心している。俺とゆきもあらためて手にしてみるが、特殊な金属のような不思議な素材だった。


「これならば、ドワーフ達に頼めばかなり有用な武具になるだろう。軽くて強いとは理想だな」

「そうだな。まあ、ハンマーみたいな重量打撃武器より、高速戦闘武器に向いてるか」

「ああ。それにこれだけの強度で軽いのであれば、防具としてもかなりの信頼性が高いものになる」


 元々洞窟等で生活しているダークエルフだからなのか、エルシーラたち種族はドワーフとも交流が深いようだ。ならばこの素材はそちらにまかせたほうが確実か。


「もしよかったらこの素材、エルシーラ伝いでドワーフに依頼できないか? 無論それについての依頼料も出させてもらう」

「……いいのか? 今になってこんな事を言うのもなんだが、私がこれらをそのまま持ち去ってしまうとは思わないのか?」

「ここにいる俺もミズキもゆきも、エルシーラがそんな事しないって分かってるよ」

「そうか。なら、その期待に……いや、期待以上の成果で応えよう。ただ……」


 エルシーラが少しばかり困り顔で、綺麗に分解したやまもりの素材を見る。


「いかんせん量が多い。悪いが後で、一度私達の村まで来てもらえないだろうか?」

「ああ、別に構わな……」

「ダークエルフの村!?」

「行く行くっ!」


 俺の言葉が言い終わらないうちに、ミズキとゆきが乗り出して賛同する。まあ、俺も行ってみたいとは思ってるけど、この二人は本当に素直だな。


「ありがとう。……それでどうしようか? 予定外だがこれほどの素材を入手してしまったが、まずは洞窟から運び出すことから考えないと」

「ああ、それなら」


 そう言って俺は、目の前にあるクインネルの素材を全てストレージに収納する。UIを操作してアイテムを確認すると『グランドアント・クインネルの硬甲殻』とか、それらしいアイテムが増えていた。


「なっ!? いまのは空間収納の魔法か何かですか?」

「まあ、そんなもんかな。だから沢山出ても全部運べるよ」

「そ、そうですか。なんというか、カズキ殿はその……」

「わかるよ。お兄ちゃんって非常識だよね」

「そうそう。あとデリカシーもないよね」

「うんうん。もっと乙女心わかれって感じする」

「ちょっと間違えると女の敵だよねぇ」

「だからエルシーラさん、気を付けてね」

「……ああ、わかった。えっと、カズキ殿には気を付ければいいのだな?」

「なんでだよっ」


 さらっとひどい風評被害にあった。なんかミズキとゆきが一緒だと、ちょっと手におえない感がある。

 ……それにしても、今回のクインネルといい、砂漠での魔輝石入手といい、本来何度も挑戦してやっと出るかどうかのレアが出過ぎな気がする。

 まあ、ありがたいことではあるが、何か理由でもあるのかな……。



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