137.そして、忍ばず派手にぶっ放し
力強く討伐を宣言したものの、心情としては『どうしようかな~』と軽く悩んでいた。
というのも、単純に倒すだけならば簡単な手段あるのだが、それだと折角のレアなモンスター素材がダメになってしまうからだ。
これがLoUであれば、まず足止めに前衛キャラを向かわせ、そこへ特大の魔法をぶち込めばいい。体表が特殊な殻で覆われているとはいえ、ゲーム設定上ある程度のダメージは通るし、何よりプレイヤーキャラ同士の攻撃はPVPのような場面でもないかぎりと通らない仕様だ。通常フィールドでのプレイヤーへの攻撃は禁止されてるからね。
でもこの世界は違う。魔法をつかえば、その範囲内にいるものには等しく効果が発動する。攻撃魔法をうてば味方にもダメージがはいり、回復魔法をつかえば一部アンデッド系をのぞいたモンスターも回復してしまう。
そんな訳で足止めして魔法連発は却下。もっとも、今ここで大魔法を使える者はいないし、居ても洞窟崩壊の恐れがあるからどっちにしろ使用不可だ。
また、素材をダメにしてしまうという理由でトラップの連発も却下。ファイヤートラップとフリーブトラップを2~3回ならまだしも、十回以上の連続使用ならクインネルの体表の特性が特殊合金に近似している設定のため、過度の金属疲労を呼び起こして崩壊させることが可能だ。この方法は逆にLoUでは手間になる戦法だが、こっちの世界では……というか、俺達が“ただ倒すだけ”なら一番有効だろう。
ただし、当然体表の殻はボロボロとなり、素材使用することは絶望的になるのだが。
ざっと洞窟広場内を見渡す。地面も壁も特別なにかあるようには見えない。天井は……こちらもさほど変わった様子はない。しいて言えばこの辺りは地下水路でも通っているのか、にじみ出た水がはやしたのか天井には苔が多く付着している。洞窟の天井に光苔があるのはよくあることだが、水辺に群生する普通の苔が多いとはめずらしい。
……使えるかも。
「ゆき、頼みがある」
「何? なにか作戦?」
隣で様子をみていたゆきが、よしきたっと言わんばかりに笑みをこぼす。これは是非ともゆきに、というかゆきじゃないと出来ないかもしれない事だからな。
「やってほしいのは──」
俺が作戦を伝えると、予想通り「そんなことできるの?」という顔を向ける。おそらく大丈夫だと告げると、頷いて準備を開始する。
クインネルを見ると、まだミズキとエルシーラが戦っている。だが、ダメージが通っているようには見えず、単純に消耗しながらの足止めになっているようだ。
そちらに向かっていき、そして伸ばしてきたクインネルの前足をはじく。
「エルシーラ、風の防壁のような魔法はつかえるか?」
「『シルフの風壁の守り』でいいかしら?」
「俺はそれを知らないのだが、あの冒険者達を防御することは可能か?」
「この洞窟が崩れるほどの衝撃じゃないのであれば」
「上等だ。その役目をお願いしたい」
「……わかったわ」
俺の言葉を受け、この場から離脱し離れて様子を伺っている冒険者の方へ。そして、何か話したと思ったら風の防壁のようなものが発生した。あれが先ほど言ってた『シルフの風壁の守り』というものだろう。見た感じでは、これから行うことの影響は遮断してくれそうだ。
「カズキ! いいよ!」
ゆきの合図がきた。なので俺も行動を開始する。
「ミズキ! 俺が合図したら全力で離脱しろ! いいなっ!」
「うん、わかった!」
クインネルを延々足止めしていたミズキに指示をだす。といっても、もうすこしだけふんばってくれという単純な内容だったが。
「よし、ミズキ! そいつをこっちへ誘導してきてくれ!」
天井を見渡して、一番苔が群生している場所の下へクインネルを誘導する。十分なヘイトをもったミズキがそこへ移動するだけで簡単に誘導完了だ。
……クインネルがこちらの意図した地点に到達した。
「ミズキッ、こいつをぶんなぐって地面にたたきつける!」
「わかった! はああああッ!!」
ミズキは足を蹴り上げた後、かかと落としのような体制で振り下ろした。タイミングを同じくして、おれは上から思いっきり叩き落とすように拳をあてる。そこそこの振動を伴って、クインネルが地面にうずくまる。少しひやっとしたが、洞窟が崩れることはなさそうだ。
「ゆきッ!」
「了解だよ!」
俺の呼ぶ声に返事が帰ってくる。その声は……天井からだ。そこに上下さかさまに張り付いたゆきが、とても楽しそうに笑みうかべる。天井に張り付いてさかさまになるというのは、物語の忍者にとっては定番のポーズだ。ゆきもそういった知識があるので、戦場で披露したかったのだろう。
「ミズキ、離脱!」
「了解!」
一瞬にしてミズキが離脱する。それにクインネルが一瞬反応したのかピクリと体を震わす。だが叩き伏せたダメージがあるのか、ミズキを追いかけることはできないでいる。
離脱したミズキを確認したゆきは、ここで最近お世話になっているアイテム……トラップを取り出す。
取り出したのはファイヤートラップ。実際のところコレを少しあてても、クインネルにはあまり効果がないのはわかっている。
なので──
「いくよっ、【ファイヤートラップ】!」
その手にあるトラップを、ゆきは自分の足元にたたきつけた。
天井に立っている自分の足元──天井へ。
その瞬間、天井に一瞬で炎の絨毯が発生し……直後に膨大な蒸気がクインネルを襲った。俺とミズキは既に離脱しており、ゆきには使い捨ての防御護符をわたしてある。
とてつもない湯気の放流が発生しており、視界が遮られてしまって見えない。そんな中から、続けてゆきの声が聞こえて来た。
「【フリーズトラップ】ッ!!」
──瞬間。
空気を揺るがすような、まるで音波のような響が洞窟内に反響した。それと同時に、発声器官などもっていないはずのクインネルから、悲痛な叫びにも似た音が声のような音色で聞こえて来た。
爆心地のような場へ向かうと、息を切らせながらもしっかりとトラップを発動させたゆきが、こちらを見る。ぐっと親指を立てて口をひらいた。
「任務完了」
にやっと笑うゆき。きっとこれも『いつか言ってみたかったセリフ』ってヤツなんだろう。うん、かっこいいじゃないか。
しばし抵抗しようとしていたクインネルだが、凍結した体を動かすことができず、そのまま大人しくなってしまう。
マップに表示されいているマーカーが、明滅する赤から灰色へ変化した。
──無事、討伐完了だ。
「お疲れ様ゆき」
「うん、ありがとう。……ふーいきかえるぅ」
ストレージから出した厚手の布をかけてやり、温かい飲み物を手渡す。フリーズトラップからの冷却効果は発動者であるゆきには無いが、その影響で発生した冷却空間までは無視できない。よって、ゆきはトラップ発動からクインネルが死亡するまで維持していた時間、ずっと寒々しい空間に晒されていたのだ。
今回の要として、一番働いたのは間違いなくゆきだった。これくらいの待遇は安いものだ。
クインネルの死骸の方は【解体魔法】をかけておいた。先にきていた冒険者だけじゃなく、エルシーラも驚いていた。まあ、これは便利すぎるチート魔法だもんな。
それによってできたクインネルの素材について、向こうでエルシーラを中心に話し合いが行われていた。冒険者たちは自分たちは何もしてないので受け取れないといっていたが、こちらが討伐でみせた手段や先ほどの【解体魔法】などを口外しないで欲しい、という条件で幾つか譲与した。ちゃんと心構えのある冒険者らしく、それがなくても口外しないと言ってくれたが、まあ先に見つけたのがそちらだということで、結果わずかだが受け取ってもらえた。
分配が終わると、冒険者たちは何度も礼を言って去っていった。クインネルからの素材であれば、わずかでもかなりの額になる。きっと意気揚々と洞窟から出て行ったのだろう。
さて、それではこちらはというと。
「カズキ殿、ゆき殿。もしよかったら、先ほどの戦い……何をしていたのか教えてもらえぬか?」
「あ、私も知りたい! ゆきちゃんはいったい何をしたの?」
二人の知識に、先ほどの戦いを理解する情報が不足しているようだ。まあ、休憩がてら話すのも丁度いいだろう。
「さっきのはだな……」




