136.そして、討伐の時間だ
砂漠洞窟の第一階層を、危なげなく進んでいく。先頭のエルシーラ、二番手のミズキ、この二人が視界にモンスターをとらえたと思った次には、さっくりと倒してしまい後ろ二人の俺とゆきは暇だった。
もともと、この第一階層のモンスターは対して強くもなく、蟻型モンスターの特性を勉強するくらいしか、冒険者にとっての意味はなかった。あとはまあ、狭い洞窟などでの戦い方の練習とか。
それに洞窟内での鉱石目当ての場合も、この階層では目ぼしいものはほとんどない。一般的な鉄鉱石のような素材は入手できるが、下の階層へいけばもっと良質な素材が手に入る。それにわざわざ砂漠くんだりまでやってきた冒険者が、そんな重いだけのありふれた鉱石で満足するわけもない。自然、この階層は下へ向かうために通過するのが主役割となっていた。
「カズキ殿、この階層は普通に通過でよいのだったな?」
「ああ。最低でも中階層じゃないと、敵も素材もたいしたものが出てこないからな」
「わかった。ならそこが下へ繋がる階層口だ」
そういって示したところには、下へと続く階段通路があった。ここまで歩いてきて、どうやらこの砂漠洞窟はLoUで実装されていたものと同じマップらしい。多少生息しているモンスターの行動などにより、冒険者が落として行ったものや、モンスターたちの死骸などで違っているようにも見えたりはするが。
ともかく、この階層には特に留まる理由もない。そう判断して俺達は、下の階層へ進むことにした。
洞窟の中階層。全三階層の丁度真ん中になる。しかし、たった階層一つ分の差だが、ここに出てくるモンスターの強さは格段に上がる。ただ、それによる見返りも多くなる。洞窟から入手できる鉱石は希少性の高いものが増え、討伐したモンスターの素材も有用な物が増える。むしろ腕に覚えのある冒険者たちにとっては、この階層からが本番なのだ。
この階層に入って、ざっと周囲を見渡したあと地面をじっと眺めたエルシーラは、
「やはり少し前に、別のパーティーがこの洞窟に入ってきてますね」
「そうなのか?」
「はい。上の階層は、私達と同じように道なり最短で進んできたのでしょう。左程強いモンスターもいませんで、適当に追い払いながらの進行だったのかと。ですが、この階層からは地面に戦闘の痕跡があります。魔物の残骸も、価値のなさそうな武器はそのまま捨て置きされてます」
言われてみると確かにそうだ。上の階層では見なかったモンスターの死骸などが、あちらこちらに散らばっている。よくよく見れば、エルシーラの指摘通り利用価値の低いものなどばかりだ。
LoUであれば拾わなかったドロップなどは、時間で消滅してしまうのだがここはそうではない。なので前のパーティーが残したものが、そのまま落ちているのだろう。
その辺りのことを考えていると、ミズキが疑問をもった。
「うーん……でもそれなら、なんで上の階層には前のパーティーの戦闘した跡がなかったの? さっきの話の感じだと、倒したモンスターの死骸とかがまるまる残っているっぽいんだけど」
「それはアレでしょ? 蟻型モンスターの特性というか」
LoUをやっていただけあって、モンスターの習性みたいなものをよく知っているのか、ゆきが答える。
「倒した直後は当然そこに死骸はあるよ。でもパーティーが立ち去った後、別の蟻型モンスターが来て、その死骸やらなにやらをごっそり巣に持ち帰ってるんだよね」
「そうだろうな。蟻型の……特にここにケイブアントは、洞窟内の異物を収拾して巣に持ち帰る習性がある。それが仲間の死骸であっても例外ではない」
「なるほど……あ! それじゃあ、洞窟内でじっと座ってたりすれば、巣に運んでくれたりする?」
「そんな訳ないだろ。普通に襲ってくるぞ」
「あ、そうか。巣に乗り込む手間が省けたりしないかなーって思ったんだけど」
そんな手間の省き方あるわけないだろ。間抜けな話をしていると、それまでの会話を聞いていたエルシーラがくくっと小さい笑いを漏らした。
「いや、すまない。なんとも愉快な発想をするものだと思って」
「気にしてないぞ。うちの妹はちょっとアレなんだ」
「そうそう。ミズキちゃんは強いけどアレだから」
「アレって!? アレって何ぃ!?」
ぎゃいぎゃいと騒ぐミズキに、あまり洞窟内でさわぐなと注意しようとした時。
「っ!? 少し静かに!!」
「あ、ごめっ……ととッ……」
エルシーラの鋭い声がして、ミズキが謝ろうとして続けて口をつぐむ。だが、エルシーラは別段ミズキを叱咤したわけではなさそうだった。通路の先の闇をじっと見ている。それに気付いて俺達も耳をすますが、洞窟特有の風や水の音しか聞こえない。だが、基本ステータスが高くおまけに上昇効果を得ているミズキは、何かを聞きとったのだろう。
「何か遠くで……これは戦闘音かな? 前のパーティーかな」
「そうか。うーん、そうなると獲物とかかぶってるから、後から来た俺達は遠慮すべきなのか?」
こういったダンジョン内で、タゲの取り合いはマナー違反だ。それはゲームに限らず、この世界でも同様だろう。とりあえず一度話してお互いの歩み寄りを模索してみるか。そう思っていたのだが、エルシーラの表情は硬いままだ。
「……これは……もしかして、苦戦していませんか? 強化種もしくは魔物のリーダーと遭遇戦になっているとか……」
「そういえばこの階層は、グレイアントが普通に徘徊しているハズだな。階層のどこで出くわしても不思議じゃない。ここにだって出没するくらいだからな」
「となると、想定外の遭遇戦に?」
「かもしれない。でも、この階層にくる手際を考えると、最初っからグレイアントも目的に入ってるくらいのパーティーなんじゃないのか?」
「……とりあえず、私は聞こえてくる声に極度の焦燥感がふくまれていることです。いかがしますか?」
エルシーラがこちらを見る。自分は俺達に同行しているので、進退決断を言える立場にないということなのだろう。
「わかった。とりあえずその場まで急行しよう。何かまずそうな状況なら、その場で指示をするから武器を準備しておいてくれ。あと、状態異常攻撃をしてくる可能性も高い。解除手段もだ」
「うん」
「わかった」
「行こう。エルシーラ、全力で場所まで走ってくれ。俺達は遅れずに付いて行ける」
「了解した。行きますっ」
さっと身をひるがえして洞窟の奥へかけて行くエルシーラ。元々洞窟での生活をしているため、こういった場所での行動には慣れているのだろう。俺は肉眼と、視界に表示されているマップで彼女を確認しながら付いて行く。その俺を見ながら、ミズキとゆきも追走してくる。
途中脇道といくつか交わり、何度か曲がったところで攻撃音や声が、反響うすく耳に届いた。目的地までまよわずに来れたのは、エルシーラのダークエルフがもつ特性のおかげだろう。彼女がいなかったら途中で反響する音に惑わされ、こんなにまっすぐ来ることはできなかっただろう。
走りながらLoUでのマップを思い出すと、たしかにこの先にある程度の広間がある。そこでおそらくはグレイアントと遭遇したのだろう。しかし、そこならば広さも十分。そこまで苦戦するようなことあるだろうか──そう思いながら、広場に入った。
「いた! カズキ殿っ!」
「ああ! って、あれは!?」
傷ついた冒険者パーティーの向こう、そこにいたのは予想通りのグレイアント……ではなかった。通常より二回りほどでかいグレイアントよりも、さらに何倍も大きいうえ背中に虹色の半透明な羽を携えた、おおきな白い羽蟻のモンスターだった。
「え? 何あれ!」
「カズキ、あれって……」
「ああ、間違いない。蟻系モンスター最上位のしかもレア版。グランドアント・クインネルだ」
ケイブアントやフレイアントを統率する、いわゆる女王蟻の更にレア版だ。通常はグランドアント・クイーンという名で、羽が虹色ではなく白くなっている。大きさももう少しだけ小さいが、それでもグライアントに比べるとはるかに大きい。
「クインネル相手だと難易度はけた違いだ! 俺が正面から行く、ミズキとエルシーラは左右から攻撃してくれ! ゆきはまずあっちの冒険者を! 回復アイテムはもってるな?」
「大丈夫、出発前にカズキから受け取ったのがストレージにたんまりだよ」
「よし、行くぞ!」
「「「はい!」」」
ともかくあのクインネルの攻撃を止めて、冒険者たちを退避させないといけない。
ただ、相手がクインネルだというのが非常に厄介だ。さすがに甲殻種の女王だけあって、その体表を覆う殻は下手をすれば騎士が持つ盾より固い。
それならばつなぎ目を狙うのが定石だと聞くが、このモンスターの場合はそのつなぎ目が落とし穴だ。そこは強力なゴム質にもにた繊維の塊であり、剣などが突き刺さろうものなら逆に絡んで抜けなくなってしまう。むしろ体表を攻撃した武器がすべり、関節部で武器を拘束されるという事態になるほうが多いほどであり、無下に関節はねらえない。なので──
「とりあえず、ふっとべぇぇええ!」
思いっきり助走をつけて頭部に蹴りをいれる。とはいえ、このモンスターの脳や心臓はそこにはないので、多少のけぞりながら一旦動きを止める程度だ。
だが、それで十分。その間にゆきが手際よく冒険者たちに説明をして下がらせる。そのまま怪我人には回復ポーションをあたえて、その場で待機させる。
俺が作ったわずかな隙で、ミズキとエルシーラが横から回り込んで攻撃をする。まずは冒険者たちからこちらへヘイト移動するための攻撃なので、狙いよりも手数重視でやってもらった。
「……っ! 本当に固い……」
久々に愛剣を抜いて切りかかるも、表面にかすかな傷がつく程度にしか効果がなくうめくミズキ。通常の剣ならば、逆に武器が折れてしまうかもしれないが、あの剣ならその心配はない。多少刃こぼれしても、すぐに自動回復するはずだ。
……だといえ、これは少々手間だなぁ。
あの体表の殻をもぶち抜く魔法をつかったら、当然だが洞窟は完全崩壊だ。
クインネル自体がレア版ということで、各パラメータは無論属性耐性なども非常に高い。場合によっては、ここの最奥にいるネイビーアンタレスよりよほど厄介だ。
といっても、それは俺以外の人間にとっての話。このモンスターの特徴も性質も知ってるから、どうすれば倒せるのかも熟知している。
そんなワケで、俺が待っているのは……
「カズキ!」
「おう、どうだった?」
ゆきが駆け寄ってきた声をかけてきた。そう、俺が待っていたものは、
「OKだって。というか倒してくれって言われた」
「了解だ」
先に戦っていた冒険者からの討伐許可だ。とりあえず緊急でタゲは移動したが、討伐しても問題ないかという確認をとっていた。
そんな悠長な……と思うかもしれないが、MMOで危ないと思い手助けしたら横殴りだと言われることも多いのだよ。そうなると、ついついこうやって確認を取りたくなるものだ。
とまあそんな訳で、これで問題なくクインネルを討伐できる。
うん、こうじゃないとね。楽しくなってきた。
「さあ、討伐の時間だ!」




