表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/397

133.それは、数字で測れない思い付き

 俺の目の前で繰り広げられる、ハイレベルな高速戦闘。

 速さならばミズキが一枚も二枚も上手。ただ、この領域の差というものは、僅かな紙一重が幾重にも感じられる絶望の壁ともなりえる。

 そんなとてつもないハンデを、ゆきの積み重ねてきた技量が並び、追い抜かん勢いで反撃を可能にしている。空気の揺れ、自身の呼吸、相手の視線、その他諸々……それらを正確に判断し、先読みをこえた先読み──予知の領域に触れるほどの、先々手の動きを可能にしている。


 二人の試合が始まった当初、この冒険者ギルド施設である闘技場は、いろんな種類の歓声喝采が飛び交っていた。

 ──だが、今は誰の声も聞こえない。聞こえてくるのは、二人が時折ぶつけ合う刃を落とした、訓練用の武器の打撃音。それ以外は立ち回りで起きる風音、大地や壁を蹴る音、そして……わずかな息。

 二人も徐々に息が上がってきているが、相手に気取られるほど油断した呼吸はしない。気を抜いた瞬間は、そのまま自分の負けになる事が分かっているからだ。


 何度目かの打ち合い。切り刻む軌跡が綺麗に交差する。綺麗すぎて、お互いの攻撃ダメージの最大発生部位がぶつかり合う。それ故に、必然のようにお互いの武器が損壊した。二人分の想定外な超過負荷により、訓練用のただ頑丈なだけのハズの武器が、自壊してしまったのだ。

 だが、その破損した武器を構えたまま、二人はその場を動かない。というか、動けない。なので俺が声をかける。


「どうする? これで終わるか? それとも……」

「続けるよ」

「続けます」


 両者の意志を確認しようと思ったが、当然のように返ってきたのは『続行』だった。とはいえあんな半壊した武器では、かえって通常の武器よりも危険だ。


「わかった。でも、武器は交換すること。仕切り直しだ」

「うん」

「わかった」


 二人の声が闘技場に響く。その瞬間、まるで全身の力が抜けたような、溜息とも安堵ともつかない吐息があちこちからあふれた。脱力したかのように、周囲には座り込んでいる人も大勢いる。


「……凄い、としか言葉が出ない。とくにかく、凄いとしか……」


 自身の常識を遥かに逸脱した戦闘を見て、ただただ純粋に唸るジンライさん。そんな俺達の方へゆきが歩いてくる。何か聞きたいことでもあるのか?


「どうかした?」

「この試合、今ここで武器種を替えてもいいですか?」

「武器の種類を? いいけど、何にするんだ?」


 先程まで使っていたのは短剣。それはゆきにとって、使い慣れた武器の一つであり、この場において有効に使えるものだったハズだ。

 だが、ゆきは幾つかある訓練用武器から一振りの武器を手に取る。


「これよ」

「…………刀、か」


 ゆきが手にしたのは一振りの日本刀。おそらくは、ここにいるジンライさんがいる為に用意されたであろう訓練用武器だ。とはいえ、クラス的に忍者のゆきにとって、刀というのは少しばかり扱い慣れてないのではと思う。史実の忍者はその限りではないかもしれないが、LoUではクラス分けを明確にするため忍者の得意とする武器は、短剣や苦無など小回りがきく手数武器が主だった。

 そんな疑問が俺の顔にでてたのだろう。にこりとわらってゆきは言った。


「実は私、2ndキャラが侍だったのよ」




 刀を腰に携え、悠々と闘技場の中央へ戻るゆき。俺はその姿を、少しばかり呆気にとられて見ていた。隣で話を聞いていたジンライさんは「セカンドキャラ?」と、意味がわからないと漏らしていいた。

 ただ、これから試合再開をするという二人を見ながら、俺は自分の考えを今一度整理した。


「……これは、分からなくなったかもしれないな」

「へ? 分からなくってのは、勝負の行方がですか?」


 俺の呟きにジンライさんが聞いてくる。そう、俺は先程ジンライさんに言ったのだ。勝つのは──ミズキだと。

 ゆきの技術はすごいし、これまでの経験+MMO慣れとでもいうのだろう、状況判断力も卓越している。それでも、純粋な速度を放つミズキにはかなわないと思っていた。

 ミズキが放つその一瞬は、いわば“(せん)(せん)”。相手よりも先に繰り出しておきながら、その速度は捉える事かなわずという存在。これでは俗にいう“()(せん)”では、その影を掴むことすら叶わないだろう。

 事実、昼間のジンライさんとの攻防では、抜刀を発動する間もなくミズキが切り伏せている。ミズキのあの速度に勝つには、さらにその先へ進まねばならないのだが……それは不可能だ。


 そんな状況にあって、ゆきは刀を手にした。

 それを見て一瞬『まさか……』と思ったが、そんなハズないと俺は自分を戒めた。……だが、その直後のゆきの言葉で俺の最初の予想は完全に消え去った。


『実は私、2ndキャラが侍だったのよ』


 ──面白い。本当に面白い。

 ゆきは元LoUの廃人プレイヤー。ならば、自分が扱ってきたサブキャラの特徴も熟知しているだろう。そしてなにより、この世界で十数年生きている間、LoU関係の物事を考えなかったハズがない。この世界に触れて生きてきた年数でいえば、俺よりも何倍何十倍も先輩のLoUプレイヤーなんだ。

 期待して、いいんだよな?


「両者構えて」


 思わず手汗が出るほど拳をにぎりしめる。カゼミツさんが両手をあげ、二人が武器を構える。


「始めッ!」


 試合開始の合図。先程と同じようにカゼミツさんが、全力で後方へ飛び退く。

 だが、今回動いたのは彼だけじゃなかった。


 ミズキの重心が下がる。視線は前を、相手を見たまま、動かない。そして──消えた。

 それが一瞬。俺がかろうじて見えた速度。おそらく今ここで試合を見ている大半の人間には、まだミズキが動いたことに気付いてないだろう。

 対するゆきは、刀を腰にかまえ抜刀の構えのまま。そう、構えのままだ。


 ──交差は一瞬。


 その一瞬があまりにも自然で、ただ通り過ぎただけにも感じるほど。

 人が(まばた)きを数回できるほどの時間で、抜刀の構えをとるゆきの横をミズキが通り過ぎた。

 ……決着だ。


 後方に通り抜けたミズキは、ゆっくりと振り返り、満面の笑みを浮かべて…………倒れた。


「──ゆきの勝ちだ」


 ポツリと呟いた俺の声は、決して大きくはないが、闘技場にいる誰しもの耳に届いた。あわててカゼミツがミズキの元へ行く。そして気絶して意識がないミズキを確認した後、高々とゆきの方へ手を向ける。


「勝負あり! 勝者、ゆき殿!」


 響く勝者宣言。しばしの間声がひびき、一瞬の間の後、壁や天井をゆるがすほどの大歓声が鳴り響いた。それは隣の冒険者ギルドはおろか、屋外にさえも響き渡るほどの爆歓声だった。




「お疲れ様二人とも」

「ありがとうカズキ。それにしてもミズキちゃんは、大丈夫かな」


 全身を強く殴打し、その不慣れな衝撃でミズキは気絶してしまった。

 特別外傷などはないが、刀による殴打でのイリーガルダメージで、いまだ意識を刈り取られてままだ。といっても、今は俺の膝に頭をのせてすやすや寝ている。ダメージが抜け、体力が回復すればすぐにでも起きるだろう。


「しかし……まさかゆきが、刀を使えるとは思わなかった」

「そう? 忍者なら普通に使えるでしょ?」

「そうだな。でも『手に取って扱える』のと『自在に使いこなす』では、結果に大きな差がでるぞ」


 ゆきの場合は当然後者だった。それも、かなりの域で使いこなしていた。そうでなければ、今のこの結果は導き出せない。


「カズキ殿、ゆき殿。先程のは一体……。私には抜刀したようにさえ見えなかったのですが」


 ジンライさんが疑問を口にし、それに同調してカゼミツさんも頷く。


「あれはですね……うーん、なんて説明したらいいかな」

「いえ、何か事情があるのでしたら、無理に聞きだそうとは思いませんので」

「すみません。事情というよりも、こちらが上手く説明できないというだけです」


 先程のゆきがやったこと。この世界の人間には理解できないが、俺達LoUプレイヤーにとっては至極当たり前の出来事。


 ゆきは“LoUの侍のスキル”を使用した。


 使ったスキルは相手の攻撃を受け、その力で返すという『斬り返し』というスキル。だがプレイヤーからは『当身(あてみ)斬り』という通称で呼ばれていたが、実は結構微妙な扱いをされていた。というのもこのスキル、強力な反面制限も多く、なにより活躍の場が対人戦──いわゆるPVPくらいでしか使いどころがなかった。

 そのため、通常のプレイヤーが扱う侍キャラにとって、“死にスキル”と呼ばれるものであり、一部のPVPマニアの間でしか認知されないレベルのものだった。

 ゆきの2ndキャラは、別にPVP特化キャラではないが、色々と遊ぶために死にスキルとよばれたこれも習得し、ゆき本人も通常フィールドで時々披露できるほどには使いこなしていたらしい。


 今回のミズキとの試合、ゆきは最初はこのスキルを使うつもりはなかったとの事。まあ、武器も短剣だったし、なにより発動条件の一つである刀を装備していなかった。

 だが実際にミズキと相対してみて、その速度が思いのほか凄いことに焦ったと言う。予め、ミズキは俺に勝ったことがないという雑談をしたとき、どんな感じでミズキを抑え込んでいるのかを口にしたが、それを参考にしてようやくという所だったらしい。

 しかしミズキの速度に、段々と工夫と制度が増してきたと感じた時、互いの武器が壊れて一旦中断となった。その瞬間に、ゆきは「やってみる」と決断した。

 ミズキが繰り出す“(せん)(せん)”。これに打ち勝つためにとった手段は、“()()(せん)”。後手後手にまわった後、終わった時には先手をとっているという規格外の手法だった。

 刀を装備し、パッシブスキルとして待機したゆきに、ミズキが踏み出した瞬間、そこで決着した。


「……しかし、ミズキちゃん強いよぉ。こんな対人戦特化スキルで、ようやくなんだもん。いったいどんな愛情をそそぎこんでるのよ」


 いまだ寝ているミズキを見て、なかば呆れたような声でぼやくゆき。対人戦としては非常強力なので、消費MPがごっそりな上、リキャストが半日ほどかかるというのも死にスキル呼ばわりされる原因だ。今回の勝負はゆきの勝ちだ。おそらく次はもう見切られるだろうけど。

 そして……勝負は負けたけど本当によく頑張った。


「お疲れミズキ。やっぱりお前は自慢の妹だ」


 そっと顔にかかった髪をはらって、頭を労いで撫でてやる。試合で疲れたのか、横になっているミズキの頬が少しだけ赤くなっていたけど、俺は気付くことはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ