表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/397

13.それは、刹那を見切る刹那

後半にテクニカルタームが何度か出てきます。

ある程度砕いて書いたつもりですが、分かりにくかったらごめんなさい。

 冒険者ギルドから少し離れた場所にある闘技場。そこにミズキと、対戦者のハリスたちがいる。

 ミズキは静かに目を伏せじっとしているが、その表情は明らかに憤怒に染まっている。

 一方相手側連中は、先程までの緊張した表情から解除され、ニヤついた笑みをうかべたりしながらミズキや俺を睨んでいた。

 そんな状況に置かれた俺は、この場に相応しいセリフを口にする。


「どうしてこうなった」


 いや本当に。あの流れなら対戦するのはどう考えて俺だと思うんだけど、いかんせん向こうさん以上にミズキの怒りが収まらなかったようだ。

 一方、対戦相手がミズキになったら、途端にいやらしい笑みを浮かべて舐るような視線を送る始末。当然ミズキもそれには気付いていると思うが、それ以上に怒りが羞恥を超えているのだろう。


「そうそう、聞いたよ。君、あの男の妹なんだってね」

「…………だから?」

「いや、何でもないよ。ただ……自分で戦わず妹を差し出すような、そんな腰抜けの兄を持って大変だなと思ってねぇ」


 ハリスの挑発する言葉と取り巻きの嘲笑に、一瞬ミズキの怒りの気配が噴出する。なんであの男は自分でフラグをたてちゃうんだろうかね。この世界がそういう方向でバランスとってるのかな。


「でもまあ、流石に少し頭にきたから……少しばかり怪我しても許してね」


 そう言って卑しく笑うハリス。それに乗じて下卑た笑みを浮かべる取り巻き。だが、当然そんなつまらない挑発にのるミズキではない。……俺をバカにされると瞬間怒髪天だけどね。

 相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべる男共に、ミズキが口を開く。いつもより低い声で。


「安心して下さい。そんな心配は無用ですから」

「……なんだと?」


 ミズキの言葉を聞き、ふざけるなと返すハリスたちと違い、俺は「おいおい」と心の中でツッコミを入れる。どうやらミズキは“事故”ということで、全員を一瞬で始末してしまおうと思っているのだろう。別にあの男たちに義理も何もないが、こんなつまらない事でミズキに人を殺めて欲しくないな。


「ミズキ! 相手は弱すぎるから存分に手加減して戦え!」

「はい、お兄ちゃん!」

「お、おいカズキ……」


 俺からの思いっきり手加減しろとの指示に、元気良く返事するミズキと、慌てるグランツ。そして……当然ながらそういわれて頭にくる人物もいる。


「……ふざけやがって。ほんの少し前に冒険者登録した新人のクセに……わかった。もう手加減してやらねえからな!」


 ハリスの叫びを最後に、双方がにらみ合う。その様子をみて、グランツが開始の合図を出す。


「では、始め!」




 ──結果。いうまでもなく、ミズキの圧勝だった。

 どのくらい圧勝だったかというと、一度も剣を鞘から抜かずに叩き伏せた、と言えばその状況は理解できると思う。


 開始と同時にいきなりハリスが突っ込んできた。こういう場合、まずは戦力分析として部下=取り巻きをけしかけるのがセオリーだと思うが、新人冒険者と見くびっていたのだろう。他人に美味しいところを持っていかれる前に自分が、という短絡的な思考による衝動的行動かな。

 当然ミズキ相手に正面からの正攻法で勝てるわけがない。まあ、ミズキ相手なら邪法でも奇襲でも無理だろうけど。

 ミズキという人物を侮っていた事、それと開始前のやり取りで冷静さを欠いていたという二点。これによりバカ正直に真正面から攻撃をしたハリスは、己の一撃目を振り切る前にその意識を飛ばす結果となった。ミズキにとってはあまりにも愚鈍な剣筋……否、筋と呼ぶにもおこがましい剣の遅延動作を交わし、素手状態の左手で頬を叩く。それにより、自分が叩かれた事を意識するより早く脳髄を揺さぶられて一瞬めまいを起こすハリス。それと同時に、無防備な横っ腹を鞘に収めた愛剣で殴り吹き飛ばした。

 その場にいる者で、その一瞬を正確に見れたのはカズキのみ。他の者にはハリスが剣を振り下ろしている最中、いきなり横に吹き飛ばされたようにしか見えなかっただろう。

 その様子を見て、一瞬たじろいだ取り巻き共だが、一斉に飛び掛って取り囲めば……という流れになった。とはいえ、ミズキにから見ればそれは全くもって“一斉に”ではなかった。自分に対し、のろのろと順番に繰り出される攻撃を、余裕を持って一人ずつ片付けるだけの作業。こちらも、傍目には一斉にかかってきた相手を一瞬で叩き伏せたように見えただろう。

 結果、勝敗を口に出すのも馬鹿馬鹿しいほどの圧勝だった。


 ちなみにこの勝負は、ギルドでの言い争いを傍観していた冒険者達が大勢観戦していた。その大半は、既にミズキが普通の新人ではない事を聞き及んでいたが、ここまでとは思っていなかったようで、勝敗が決しても誰も声を出せなかった。

 そんな中、カズキに肩を叩かれたグランツがようやく気を取り戻したように勝敗宣言をする。それにより周囲のギャラリーからも爆発的な歓声がミズキに飛び交った。それに対して、笑顔で手を振りながらカズキの元へ戻ってくるミズキ。


「お兄ちゃん、やったよ!」

「おう、お疲れ様」


 笑顔でやってきたミズキを労って、優しく撫でてやる。どこか、すごくそうして欲しそうだったから。まるで愛犬が、『褒めて褒めて』とせがんでいるような感じだろうか。

 だが、横でそれを微笑ましくみていたグランツが、ポツリと口にした言葉で事態が急転する。


「しかしまあ、思った以上にあっさり終わってしまったな。せっかく闘技場を借りたのに、ほとんど時間を無駄にしてしまう事になるとは……」

「まあ、全員一度に相手したってのもあるが、相手が弱すぎたんだよ」

「一応あいつら、全員Dランク冒険者なんだがな……」


 そう言って息を吐くグランツだが、よそ者のDランク冒険者よりも自ギルド所属のミズキという超有望株の方を圧倒的に贔屓しているのは隠せないのだろう。終始笑顔のままだ。だからだろう、ミズキのこんな言葉にも耳を傾けてしまったのか。


「それならお願いがあります。お兄ちゃんと……お兄ちゃんと、模擬戦をさせて下さい」




 ミズキの言葉を聞いたグランツは、最終的に俺の判断にゆだねた。いくらミズキの願いでも流石に……と思ったが、どうしてもと懇願され、最後には俺も了承した。

 まさかの流れにギャラリーたちも湧いた。今しがた実力の片鱗を見せたミズキが、俺と模擬戦をするというのは色々と興味が惹かれるのだろう。中にはもしかして……と思っている者もいるかも。


「それじゃあ、両者準備はいいか?」


 引き続き模擬戦を取り仕切るグランツの声が響く。ちなみに先ほどの一行は、大半が気絶したままだがとっとと場外においてきた。


「はい。いつでも大丈夫です」


 そう応えて構えるミズキ。そこに先ほどまでの笑顔はなく、今から始まる事への真剣さを表した表情だけが見える。


「俺もだ。始めてくれ」

「……よし。では、始めッ!」


 グランツが腕を振り下ろし、勝負開始の号令を上げる。闘技場が不自然に静かな静寂に包まれる。先ほどの勝負から、一瞬の攻防で決まる可能性を考慮して皆集中しているのだろう。


「いくよ、お兄ちゃん!」


 元気よく、でも力強い意志を込めてミズキが叫ぶ。だからこそ、俺はあえて言い返す。挑発するように、高らかに。


「ミズキ、本気で来い! そして俺は……絶対に本気を出さない!」


 俺の発言に静観していたギャラリーがザワついた。先ほどあれだけの戦闘を見せたミズキ相手に、本気を出さないと宣言した俺に対してだ。懐疑的だったり驚愕だったり、いろんな色の目線を感じる。

 ただし、ミズキから感じる視線には何の変わりもない。俺が言うまでもなく、本気を出さないだろうと思っていたのだろう。


「行きますッ!」


 気合とともにミズキが俺の懐に入ろうと間合いをつめる。俗に言う“縮地”と呼ばれる技法だが、実際のところコレはLoUのプログラムで登録されたスキルの一種だ。本来の縮地は、仙術と呼ばれるもので文字通り本当に地面を縮めて距離を詰めることだが、それは無論空想上での出来事。一般的な格闘においては、対戦相手の呼吸のタイミングや瞬きの瞬間に動作することで、自身の接近動作を悟らせない手法をそう呼ぶことが多い。

 ミズキが使う縮地は一般格闘的なものだった。こちらの瞬きと呼吸の流れを見て、一番動体視力が鈍る瞬間に踏み込むと。タイミングはバッチリだ。俺でなければこれで懐に入られて終わりだろう。

 だが、俺自身がそのタイミングを知らないわけがない。そしてこの縮地は、どうしても切り離せない弱点がある。それは……。


「ッ!?」


 俺に対して一気に間合いをつめようとしたミズキが、急遽足を止め慌てて後方へ離れる。他者から見たら、ミズキがほとんど動いてないと感じるほど刹那の攻防だ。

 種明かしはこうだ。完璧なタイミングで縮地により間合いをつめようとしたミズキの、その導線上に俺が割り込んだのだ。縮地という技法は、発動した瞬間に終点も決めて行動する。その速度はまさに刹那だが、その行動を逆から同時に行えば導線でかならず衝突する。

 この反撃手法は、技量の高いミズキだからこそある意味有効だった。もし相手がミズキじゃなければ、縮地を発動した瞬間割り込んだ俺に吹き飛ばされるハメになっただろう。


(しかしミズキの能力は凄いな。刹那の行動に割り込んだ、刹那の刹那を見切って回避するか)


 ミズキがここまで高性能な理由に、実は心当たりはあった。

 LoUでのマイホームに設定できる家族キャラの行動ルーチン。それをマルチタスクで管理しているからだ。普通であれば、基本60フレーム……1秒間に60回の描画を行うというのが、ゲーム動作の基本だ。ゲームの描画……つまり表示というのは、ずっと表示されているわけではない。60フレーム描画と言われた場合、1秒間の間に60回、画面を一旦まっさらにしてその後に表示する物体を全て書き込むのだ。1フレーム目と2フレーム目で全く同じものが表示されていても、それは厳密に言えば別々に書き込まれた絵という事になる。

 プログラムにおいて描画が60フレームであれば、単純に安定させるには挙動制御するプログラムも60フレームでまわせるように製作するのが基本であり好ましい。とはいえ、全ての命令が60フレームに収まるかといえばそうでもない。主に記録メディアのアクセス、PCで言うならHDDや記録ディスク間でのやりとりなんかがソレに該当する。そういった物理的に60フレームに収まらない処理に関しては、主軸となるプログラムの流れとは別の処理、タスクと呼ばれる別処理を平行して行うようになっている。

 流れとしては、本処理がHDDからファイルを読み込みたいと命令を出す。命令を出すだけなら十分60フレームに収まるので本処理の負荷はほぼ考えなくていい。そして、それを受け取った別処理が時間の掛かる処理をこなしていくのだ。その間本処理では、別処理が終わると帰ってくる合図を毎フレーム監視して待機していればいい。よくデータのローディング画面でミニゲームやTIPSが流れる処理を見るが、これは合図待ちをしている本処理が余力を使って、プレイヤーが退屈しないようにとの配慮がなされているのだ。


 話をミズキの能力速度に戻そう。

 つまり本来ミズキが縮地を発動した場合、次の行動にあたる“妨害があったので回避”という行動をとるまでには、最低1フレームの時間が必要になるハズだった。だが、俺がなんとなくで組み込んだ行動ルーチンが別タスクになっており、更にタスク内部では60フレーム描画の同期管理をしていないため、負担の軽微な処理なら1フレームで複数回の動作思考が可能になっているのだ。

 実はこれ、他のモンスターにも採用してない、ある意味特別な処理だったりする。だからこそ、特別な立ち居地にあるミズキのみが有する唯一無二のユニーク能力とも言える。


「来ないのか? 普段ならそっちから寄ってきてくれるのに」

「そ、それは今関係ないでしょっ」


 攻めあぐねているミズキをほぐしてやろうと声を掛けたが、顔を赤くして怒られてしまった。でもまあ、これで気持ちはほぐれたんじゃないかな。

 ならば折角だ、もう少し模擬戦(バトル)を楽しもうじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ