122.そして、交易街を再出発
軽い仮眠のつもりが数時間ほど寝てしまった。起きたら何故だかフローリアがベッドにいなかった。どこいったんだろう、まさか外に出たりしてないよな? などと心配をしていたら、
「あぁっ! なんで起きてるんですか!?」
ドアをあけて入ってきたフローリアに理不尽な怒られ方をした。なんでも、つい先程までじーっと俺の寝顔を見ていたのだが、ちょっとだけ席をはずして(理由は言わなかったが、どうやらお花摘みらしい)その間に俺が起きてしまったとか。
「起きた瞬間目があって、思わず二人は……っていう展開になるはずでしたのに!」
「ならねーよ」
とは言ったものの、あの吸い込まれそうなオッドアイに至近距離で見つめられたら、ちょっとばかり揺れたかも……とは思ってしまう。
「仕方ないですわね。お互い合意で、というの次回ということで。おはようございます、カズキ」
「ああ、おはようフローリア。……って、今何か言わなかったか?」
「あちらの世界はまだ夜中でしたが、こちらは清々しい朝ですわね」
そらとぼけをして外を眺める。たしかに雲のない綺麗な青空だ。
よくよくフローリアを見ると、少し頬が紅くなっている。よかった、本人にも恥ずかしいという自覚はあったんだ。まあ、ここはもう触れないで流しておくのが吉か。
「……それで、体調はどう? まだ疲れがあったりとかする?」
「いいえっ! この上ないほど万全です! あの栄養ドリンクというものは凄いですね」
マントでも着ていたら、ぶぁさっ! と音を鳴らしてはためかせてるくらいのドヤ顔してるぞ、この聖女。普段摂取しない系の栄養が補充されて、妙にハイになってるのかな。
「そうか。ならばもう戻ってもいいとは思うけど、どうする?」
「……戻りましょう。折角こちらに来たのに、という気持ちが無いといえば嘘になりますが、ゆきさんがあちらに居るので、私ばかりこちらでというのも申し訳ない気がしてます」
「わかった。それじゃあとっとと戻るか」
「……という訳で、少しだけ休んで戻ってきました」
フローリアからの報告を聞いたゆきは「もう少しゆっくりしてきてもいいのに」と言ったが、「それなら今度はゆきさんも一緒ですよ」と言われ、その話題はそこでおしまいとなった。
もどってきた俺達……俺とフローリアは二重の意味で戻ってきたのだが、俺達はご神木での事、エルシーラは黒い霧となったゴブリンの事を話した。
このエルフの里には長とか代表者はいないので、俺達が前に座り集まったエルフ達に話を聞かせた。その中で、聖女であるフローリアがご神木に纏わりついていた黒い霧を浄化した事で、彼女に対しての明確な好感度が上がったように感じる。
とはいえ問題が解決したわけではない。ご神木に纏わりついていた黒い霧と、同じく黒い霧になったゴブリンの関係性が無いと思う者はいないだろう。何の根拠もないが、俺も関係あるんじゃないのかって思っている。
「これで、ひとまずは大丈夫なのか?」
「そう……だといいのですけどね。そうだ、古代エルフに一度報告に戻らねば。深淵の森だけじゃなく里全体の精霊と意識を共有しているから、おおよその事は知っていると思うけど、きちんと報告に戻らないといけませんから」
そう言ってマリナーサが立ち上がる。そういえば、そんな約束してたっけ。
「俺達も一緒に行った方がいいのか?」
「そうしてくれるのは有り難いのだが、そちらの聖女フローリアは急な呼び立をしてしまったのではないか? 現状、当面は安心だと思うので、今日はこれで戻って頂いてもかまわないと思う。後日、こちらから挨拶に伺わせて頂きたい」
「わかりました。では城の兵士たちに、ハイエルフのマリナーサ様が来られる旨を伝えておきます」
ではお暇しようかと、俺達も立ち上がり帰る準備をする。それを見てエルシーラが声をかけてきた。
「では私も今日はこのまま戻ろう。なので途中まで一緒してもよいか?」
「ああ、かまわないぞ」
「ありがとう、では行こう。マリナーサまたな」
「ええ。次はゆっくりしていってね」
エルフ達と何度かの挨拶をした後、エルシーラと共に俺達は最初き道を戻る。道を戻りながら彼女を見て、何の気なしに疑問を投げかけてみた。
「エルシーラは今日は何をしに来てたんだ?」
「私? 私は普段からよくここに遊びに来てるのよ。だから今日も特に目的もなく遊びにきただけ。そうしたら何かヘンなのがいて、しかも結界が少し様子おかしいじゃない。何かあったのかと思ってね」
「マリナーサとは仲がいいのか?」
「ええ。生まれた頃が同じくらいだからというのもあるけど、お互い気楽に話せる相手というのが大きいわね。基本的にハイエルフはあまり外に出たがらないけど、マリナーサはよく私達の村にまで遊びに来てくれるのよ」
そう言って笑顔を浮かべる。最初はハイエルフとダークエルフが仲良くしていることが不思議だったが、この世界ではそんな関係性は皆無なんだと実感した。
こうして和やかに話しているうちに、いつしかエルフの里への入り口にまで戻ってきた。目の前に外界との隔たりである結界があるらしい。
入ってきたときと同じ様に、少々の違和感を感じながら結界を通過する。そしてエルシーラ先導で森をぬけると、目の前はメルンボス交易街だった。
「どうやら無事着いたわね。それじゃあ私は少し森の周りを見に行くから、ここでおわかれね」
「どうもありがとうございました」
「ありがとうございました」
エルシーラとはここでお別れ。フローリアとゆきが声をかける。
「それじゃあな。もしよかったら今度そっちの村も見てみたいものだな」
「ふふ、歓迎するよ。私も人間の国に遊びに行きたいものだ」
「ならばエルシーラさんの事も、城の元たちに通達しておきますわ。いつでもグランティル王城へいらして下さい」
歓迎します、と約束をして俺達はエルシーラと別れた。さあ、後は……
俺の視線をうけてフローリアが軽い溜息をつく。
「しかたありませんわね。今日はこれで私も戻ることにします」
「うん、わかった。またね」
「じゃあフローリア、気を付けてな。といっても城の庭だけど」
そう言って俺はポータルを開く。行先は王城の中庭だ。ポータルを開くともう一度手をふって、笑顔を向けてからフローリアは転送された。
「んー……なんか、ちょっと中継街に来ただけで、随分な寄り道になっちゃったね」
「そうだな。あの一連の黒い霧についても、何の情報も得られなかったし」
「あんな敵いなかったよね?」
「ああ。実装予定どころか、企画会議でも出てこなかった。とはいえ、エルフだダークエルフだってのも、LoUではなかった要素だしな。グランティル周辺から離れて行くと、だんだん知らない事が増えてくる」
実際の所それがあたりまえなのだが、やはり最初は完全にLoUと同じだと思っていた部分が大きかったから、いよいよ普通の冒険者知識でとなると気構えてしまう。
まあ、あまり悩んでも仕方ない。とりあえず今日はもう宿に……宿に…………宿?
「ああっ!」
「ど、どうしたのカズキ」
「まだここに来てから宿とってないぞ」
「ああ、そういえば……久しく普通に宿をとったりしてないから、忘れてたわね」
「それもあるし、冒険者ギルドで早々にマリナーサと会ったからな」
さてどうするか。別にいつも通り宿をとらなくてもよかったのだが、実は少しだけ宿の様子を見てみたいという気もしていたのだ。
というのも、この『中継街』としての機能があるここなら、後々俺が治めることになる領地に立てる宿に、役立つ知識を色々得られるのではないかと思ったのだ。だからあえて今回は宿を取ろうとしたのだが、結果このようになってしまった。既に夜中を大分まわってしまったし、今から宿を取ってもあまり参考になるとは思えない。
「しかたない。ちょっと早いけど、これから出発するか」
「それが無難かもね。それじゃまたあの子を呼んで~」
そう言ってスレイプニルの呼出しを、いまかいまかと目を輝かせてまつゆき。ルーナとも仲がいいし、馬型と総じて相性がいいのかもしれない。
スレイプニルを召喚すると、わっと喜び頬ずりをする。スレイプニルもゆきの事を気に入っているのか、嬉しそうに頬ずり返しをしている。
「そういえば、この子は名前つけてないんだよね」
「まあな。まあでも正式に名前付けはできないけど、あだ名でよぶとかならいいぞ」
「やった! うーんそうだなぁ、スレイプニルだから、ス……ス……スプー」
「却下だ」
一瞬脳裏に浮かんだのは妙な形をした物体。これが何なのかを追求するのは、いけない事だと俺の中の警笛がけたたましく鳴った。
結局、そのままスレイプニルで通すこととなった。




