121.それは、安穏とした空気の中で
少し騒いでしまったため、本来気遣うべきフローリアが起きてしまった。……反省。
本人は全然気にしたそぶりは無いが、まだまだ未成熟な年頃、自覚できない疲労がおおいに蓄積されているだろう。
「しかたないな……」
立ち上がった俺はキッチンの方へ行こうとして……足がとまる。弱々しくだが、裾を握る手の重みを感じてしまい立ち止まざるを得ない状況だ。
「えっと、どうした?」
「……カズキ、どこいくの?」
心配そうにたずねるフローリア。どこって聞かれても、となりの部屋だけど。
「ちょっと隣の部屋、キッチンにいくだけだよ。すぐもどってくるから。……ね?」
「…………はい」
そういって大人しく手を離す。やはり疲れがあるのか、普段よりも弱い感じがするなと思いながらもキッチンへ。冷蔵庫の中には常備栄養ドリンクがいれてあるが、その中でも比較的軽い感じのやつを手にとる。ゆきの言葉じゃないけど、少しくらいの栄養ドリンクなら十分な薬だろう。
栄養ドリンクをもって自室へ戻る。俺が部屋を出るときフローリアは、ベッドの端に腰掛けていたのだが、今はベッドの中央にちょこんとすわっている。戻ってきた俺をみてほっとした表情を浮かべた。
「これ、飲んでみて」
「これは……ポーションですか?」
手渡された栄養ドリンクをしげしげと見るフローリア。なるほど、向こうには栄養ドリンクなんてないから、そう思うのも無理ないことか。
「それは栄養ドリンクと言って、こっちの世界ではどこにでもある飲み物だよ。疲れている時なんかに元気になるために飲んだりするものさ」
「そうなんですか……」
説明が大雑把かなとも思ったが、どの栄養素が何に作用して……とか言っても、たぶん理解できないだろうし。まあ、大筋であってるならいいやってとこだ。
とりあえず飲んでみてと奨めるも、手におさまったビンをしげしげと眺めるばかりでなかなか飲もうとしない。どうしたんだろうと思っていると、
「あの、これはどうやって飲めば……」
「え? ……ああ、そうか」
俺達が普段何気なくあけているピンやペットボトルの蓋。あたりまえだけど、ねじの要領でひねって開けるのだが、あの世界にはまだそんな技術が浸透していない。こっちの世界で何かを飲んだりするときも、今迄は俺がコップに注いだりしていたっけ。
俺はフローリアの手をとって、片手でビンをおさえてもう片手で蓋をつまむ。
「いいか? これを、こうねじって……と」
「わぁ……なにか、面白いですね」
何でも無いような事だが、フローリアにとっては新鮮だったのだろう。不思議なものを見るような目をして、外したあとのキャップやビン口の溝をみくらべている。
そして何故かキャップをもどして、逆にひねった。当然キャップが閉まって、もとの形にもどる。
「カズキ、瓶の蓋がまたしまりました! しかもすごくしっかりと」
「よく構造を理解したな。それはそうやって開閉する仕組みの蓋だよ」
ひとしきり感心したのち、もう一度蓋をあける。そして今度は飲み口に鼻を寄せて、くんくんと匂いをかぐ。
「なんでしょう。不思議な香りがします」
「まあ、とりあえず飲んでみて」
少しくらい躊躇するかなぁと思ったが、すんなりと口をつけ瓶をかたむける。一口こくんとのみ、少し目を見開いた後はのこりもこきゅこきゅと飲み干した。……なんか餌付けしてるみたいで可愛い。
飲み終ったあと、栄養ドリンクのビンを手放すのが少し惜しそうにしていたが、別に珍しいものじゃないからと説得して回収。まあ、基本これはゴミだもんね。
栄養ドリンクを飲むと目が覚めるようにも思えるが、今のフローリアの疲労度ならばそうはならないだろう。なので少しだけ様子見をして、すぐに寝てもらうことにする。そう考えてちょっと雑談をしていたのだが……
「カズキ、何か身体が少し熱く感じるのですが……」
「栄養ドリンクの影響かな? それじゃあ今日はもう休もう」
「……あの、先ほどの薬ですが……」
「薬……。まあ、違わないこともないけど」
まあ知らない人にとっては栄養ドリンクも薬みたいなもんなのだろうか。しかし、それで何故顔を赤らめてこっちを見るのだフローリア。
「………………媚薬ですか?」
「さっさと寝なさい」
「あうっ」
軽く頭をはたいてベッドに寝かせる。本当はいつも使わせてる部屋で寝かせようとおもったのだが、今日はこっちの、俺のベッドで寝たいと言われた。一瞬迷ったが、今日はフローリアにかまってやろうと思ったので特別に認めた。
……しかし、これでまたフローリアに構うと、ミレーヌとエレリナさんをこちらに招待した時間にまた差ができてしまうな。ちゃんと時間をとってあげないとダメだな。
ともかく今はまずフローリアだ。そう思ってベッドで横になっている彼女を見ると、すでに優しい呼吸音をたてながら、しっかりと熟睡しているのだった。
せっかく戻ってきたのだからと、俺はネットにつながるPCで調べものをする……つもりだった。
だが、これもまあお約束だろう。寝ているはずのフローリアが、おれの手をしっかりつかんで離さないのだ。一度無理に離そうとしたが、すごい力で抵抗された。それでもと思い僅かに外れた瞬間、それはもうものすごく悲しい表情を浮かべられた。それを見て思わず力が抜けた瞬間、再び手をからめとられたのだが、その時のフローリアの表情ったら、まぁ幸せそうに。……これ、絶対起きてるだろ。起きてないなら色々凄すぎるぞ。
仕方ないので調べものは、近くにあったタブレットですることに。手を伸ばして取り、少しばかり検索してみる。
今回気になったのは、やはり先程のダークエルフという種族についてだ。
調べてみた結果色々とわかった。まず俺が“ダーク”という単語に感じている方向が間違いだったようだ。どうしても“ダーク=悪”という思考だったが、あのダークエルフが示すダークは善悪とかではなく、明暗をしめす方向の言葉らしい。本人も洞窟などの場所に住むと言ってたように、そういった暗がりなどの地域で生息するエルフ種だということか。
また、別の資料ではこっちの世界ので認識で、昔はダークエルフとドワーフは同一視されていたとか。それがいつのまにか色々な派生があり、今のように“悪いエルフ=ダークエルフ”みたいに思われているらしい。
となると、LoUにはなかったエルフなど亜人の世界感を構築したのは、俺達開発スタッフではなく向こうの世界そのものってことか。世界に意思があるのかしらないが、少なくとも開発時のミーティングで出来上がった設定ではない。
そういえば流れで聞いた感じ、ドワーフとかもいるっぽいな。
ならば人間と共存できそうな亜人ってのが、あの世界には沢山いるのかもしれない。
亜人の実装は全然行われてなかったから、もし出会えたらそれは完全に俺の知識外だ。……うん、俺は今楽しくて期待しているな。
こうしてしばらく調べものをしていた。片手をずっとフローリアにとられていたが、その温もりが妙に穏やかに感じ、いつの間にか俺は眠気を催していた。
フローリアと違って、まだ眠くなるのは早いと思うんだけど。……ああ、ベッド脇に座りながら片腕をもちあげてる姿勢で、血流が鈍って眠気を呼んだかな?
そんなことを考えている俺の手から、ぽろりとタブレットが落ちた。それに気付くか気付かないかというぐらいのタイミングで、俺はゆっくりと目をとじでベッドの上に頭を乗せた。
……おやすみなさい。




