120.そして、改められる認識を
マリナーサを呼びに来たエルフが先導するように先に行き、それを俺達が追いかける。
俺は無論、マリナーサとゆきも遅れずについてきている。ちなみにフローリアだが、ゆきの召喚獣であるペガサスのルーナに乗って併走している。元々彼女は愛馬であるアルテミスによく騎乗しているので、白い馬での騎乗姿はとてもしっくりなじんでいる。
前を行くエルフの行先は、どうやら俺達が入ってきた方向ではなさそうだ。最初道を引き返した時、てっきり俺達が入ってきたことが原因で余計な者を呼び寄せたのかと、内心ドキドキしていたのだ。
しばし追走していくうちに、前方に何かが見えた。まだよく見えないが大きさは人と同じくらい。アレが侵入者なのか?
そのまま近づいていくと、向こうもこちらに気付く。それとほぼ同時に、ようやく視認できるほどにまで近づいた。
「あれは……ダークエルフ?」
確認も兼ねて俺はマリナーサに聞いてみる。
「はい、そうです。彼女は……」
肯定し、返答をしている最中。
「マリナーサ!」
「エルシーラ!」
名前を呼ばれたマリナーサが、そのダークエルフに向かって叫ぶ。おや? ということは、あのダークエルフは知り合いなのか? ……ハイエルフとダークエルフが?
俺はフローリアとゆきを見るも、フローリアは「?」という顔をしている。しかし、ゆきは俺と同じ様な疑問をもったようだ。
俺とゆきが不思議そうに見る視線の先で、マリナーサがダークエルフ──おそらく名前をエルシーラというであろう人物と話をはじめた。
「エルシーラ、どうしてこんな所に?」
「少し前にここの結界外周に、妙な綻びがあってそこからゴブリンが侵入するのが見えて……」
「ゴブリンだと! それで、そのゴブリンは!?」
結界内にゴブリンが侵入したと聞き、血相をかえるマリナーサ。出会ってから今のが、一番激しい感情を見せた瞬間かもしれない。
「落ち着けマリナーサ。結論からいうと、もうそのゴブリンはいない」
「そ、そうか。エルシーラが討伐してくれたのだな、感謝する」
「まあ、そうなのだが……」
エルシーラは少し言葉を濁す。どうやら二人は旧知の仲のようだが、ここで討伐云々を明確に言えない理由が不明だ。
「どうかしたのか?」
「そのゴブリンだが、結界の綻びをくぐり中に入った瞬間、全身を黒い霧で覆われて……」
「黒い霧──」
目を見開いて驚くマリナーサ。そして俺達も同じ様に驚いていた。見たわけではないが、そのゴブリンを覆った黒い霧とやらは、多分先程神木に纏わりついていたものの同類だろう。
「何か不思議な力でもあるかと警戒したが、ただ黒い霧に覆われただけにも思えたので、魔力付与がついている細剣で攻撃をしてみたのだ。すると、触れた瞬間に霧散してしまった。おそらくは討伐できたのだろう、そう思っている」
「そうなのか。実はだな……」
そういってマリナーサは、現在にいたる事の顛末を話した。そして俺達を紹介をし、今後どうするべきか話し合おうということになった。
現状では、とりあえず結界が十分復旧したので、まずは一度戻って里の皆に報告だ。
「じゃあ俺達も一緒に戻って……ん?」
フローリアとゆきに声をかけようと振り返ると、ルーナの上に座っているフローリアが軽くうつらうつらしていた。無理もない、先程【状態回復】をかけて多少の疲労を除去していたようだが、本人はまだ14歳の女の子だ。それに昼間は、王族貴族と共に国政会議に出ていたらしい。そりゃ疲れてもしかたない。
「フローリア様はこのままルーナに乗っててもらっていいかな?」
「そうしてくれると助かる。たのむぞルーナ」
そっとたてがみと首を撫でてやると、嬉しそうに鼻を鳴らして返事をしてくれた。ペガサスにそっともたれて眠る少女……絵になるな。スクショとっとこ。なんとなくその光景を撮影したら、となりのゆきからもスクショ撮影のシャッター音が聞こえた。そっちを見ると指輪をかかげて、やはり撮影をしていた。思わず二人で苦笑いをしてしまった。後でフローリアにもあげよう。……ちょっと怒られそうだけど。
先程ご神木のところへ伝令に来てくれたエルフは、先に里へ戻り事態の解決収集を報告にいった。なので俺達は別段あせることなく、色々と話をしながら里へ向かう。
その中で、エルシーラと呼ばれていたダークエルフについても説明をされた。
「エルシーラと私は親友なんだ。お互いエルフという種族ではあるが、実際にはまったく別の種族といってもいいのだけれどな」
「私はエルシーラ、ダークエルフ族長の娘だ。マリナーサたちは一族の中に上下関係はないが、私達ダークエルフは一族を束ねる代表などがいて、それで統率されている」
マリナーサの親友だといったエルシーラは、さっぱりとした性格で俺達にも分け隔てなく接してくる。こちらも自己紹介をしたが、フローリアは既に熟睡の入り口状態なので、俺から彼女の事を説明した。立場とそして、急な呼出しで疲労がピークになってしまっていることも。
お互いの自己紹介をおえ、雑談をしていくうちに大分うちとけてきたように思う。なので、当初疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「あの、ちょっといいかな?」
「何かしら?」
「俺達が色々な書物などで得た知識では、エルフとダークエルフって仲が悪いって聞いていたんだが……違うのか?」
「え?」
「は?」
俺の質問にゆきは、そうそうという感じで肯いたが、逆に当の本人であるマリナーサとエルシーラは思いっきり疑問符を浮かべていた。
「その、間違っていたらすまない。俺達が聞いたことあるのは、ダークエルフってのはエルフと同じ種族でありながらも、敵対する種族だって聞いていたので……」
俺の言葉を聞いてしばしぽかーんとしていたが、すぐに二人は笑い出す。
「もう! そんなワケないでしょ。私達親友だもんね」
「そうね。それにダークエルフって、見た目とかはエルフに近いし名前もそうだけど、生活習慣とかはドワーフとかに近いのよ。洞窟とかそういった場所に住み、土の精霊との相性もいいし」
「そうなんですか……。すみません、色々失礼を言ったみたいで」
「ううん。わかってくれたならそれでいいわよ」
そう微笑むエルシーラを見て、それならば……ともう一つ質問を。
「それじゃあエルフとドワーフが仲が悪いっていうのは……」
「んー……それも聞いたことないわね。価値観での相違で、色々と意見が食い違ったりはするけど、それは別に嫌いだからっていがみ合ってるのとは訳が違うしね」
「そうね。ドワーフは指先が器用で、武器にさえも細かい細工を施したりするけど、私達はシンプルなのを好むから、そういう部分での意見が分かれたりとかはするわ」
そう言ってお互い顔を見合わせて笑う。まあ、言われてみれば個々に特徴はあるものの、人間から見たら『妖精』というカテゴリの存在だ。いがみ合うよりも共存したほうがいいに決まってる。
こんな感じの和やかな会話をしながら歩いているうちに、俺達は里へ戻ってきた。うーん、とりあえず報告はしたいとは思うのだが、いかんせん……。
「フローリア様、本当にお疲れよね。……あっちで栄養ドリンクでも飲ませてみようかしら」
「やめなさい。まだ14歳の子供なんだから、あーゆーのは栄養過多だ」
さすがに1本2本なら問題ないだろうけど、腰に手をあててぐいっといく聖女ってのは勇ましすぎると思う。
でもまあ、ドリンクはともかく流石に休ませないとダメだな。
俺はルーナの上ですっかり熟睡のフローリアを抱きかかえる。いわゆるお姫様だっこ状態だが、まあそこはつっこまないでくれ。
「ゆき。ルーナを還してやってくれ」
「オッケー。それじゃあルーナ、またね。今度ゆっくり遊ぼうね」
ゆきの優しく声とふれあいに、嬉しそうに目を細めたルーナは送還された。さて、それじゃあ……
「ゆきも来るか?」
「んー……ううん。今回はフローリア様の頑張りにめんじて、ふたりっきりにしてあげるよ」
「そうか。じゃあ少し休んでくるな」
「了解~」
手をひらひらさせる見送るゆきを確認し、そっとログアウトした。
現実世界での意識が戻る。
最初の頃はちょっとした時差ボケでもあじわったような感覚だったが、既に何度もやって慣れてしまった。浅いうたたねを味わった程度の感覚だ。
「……っと!」
だが、直後に両手に重みがくわわる。決して重くはないが、人を抱きかかえるということを日常してないので思わず声がでてしまった。
いつものようにPC前に座った状態なのに、その腕に人がいいるのは奇妙このうえない。窮屈そうにみえたので、あわてて後ろにさがってPC台から離れた。
おかげで少しフローリアを乱暴にあつかってしまったのか、腕の中で身じろぎする感覚を感じた。
「ここは……えっ、カ、カズキ……?」
「あ、ああ。えーっと、おはよう?」
やましいことは何もないが、どう返事していいのかわからない俺。
そんな俺を見てフローリアは。くすりと笑い微笑んでくれた。
「さあ、約束通り存分に添い寝してあげますよっ」
うーん、色々と実感するなぁ。若さってなんだ、と。




