12.それは、テンプレ……じゃない?
「う~ん、いいクエストあるかな……」
思案顔で、でも楽しそうな感情を隠そうとせずミズキはクエストボードとにらめっこをする。
結局昨日はあの後、なんとなーく気まぐれですぐに“カズキ”でインしなおした。ミズキには顔を見せたのだが「どこへ行ってたの!?」と、しつこく聞かれるようになった。
別に浮気をした亭主というワケではないのだが、直前までフローリア様に会っていた事を話せないのは少々心苦しかった。とはいえ“カズキ”と“GM.カズキ”はまったくの別人。もし王女様の部屋に漂っていた香りが付着していても、なんら影響も無いので安心だ。いや、何かするつもりもないけどね。
まあ、そんなワケで今日はミズキに連れられて、再び手ごろなクエストを求めてやってきた。
先日ギルドマスターのグランツに、実力はあるので早く昇格してくれるとありがといと言われ、今まで異常に奮起しているのだ。まあ、それで浮かれてるでもなく、ちゃんと気合入れてくれてるようなので無下に止めたりする気もない。
そんなミズキを見ながら、俺は色々と考え事をしている。
ミズキの事もそうだが、昨日会ったフローリア様の事。また、それを取り巻く国の情勢にももう少し気を配らないといけないだろうし、何より俺はGMでもある。
この世界の治安は冒険者ギルドの者や、傭兵などにより守られてはいるようだが、当然その枠に収まらない存在だっていることだろう。それが本当にいるか分からないし、仮にいても俺の力で簡単に済む程度であればさほど危険視はしない。
しかし一部例外もある。昨日のフローリア様のあの魔眼。完全ではないにしろ、GM.カズキの透明化を見破る力。正直言って侮れない。この世界にインするようになって、一番驚かされたことだ。
なんせあの透明化だが、実際のプログラム挙動からすれば“透明化”ではなく“表示しない”という動作なのだから。
透明化というのは、物体に対して『透け度合いをどのくらいにする』という事で、100%で普通に見えるとするなら、50%で半透明、0%でまったく見えないとなる。ただしこの場合、『見えない物体が表示されている』という状況であり、その場所に物理的に存在はしているのだ。
だが、俺が行っている透明化の実体は『表示しない』。
プログラム処理上、その場所に存在する物体の構成データがあっても、最終的に“表示する”という命令を発信しなかけば、それは画面に反映されることはない。要するに透明化した時と違い、本当にその場所に物理データとして存在していないということになる。
でもフローリア様には見えた。それはつまり、表示されてないが、命令を発した場合は表示される物体=データが存在している、という事をプログラム内部へさかのぼって感知したという事か。
何にせよ本来こちら側の絶対的なアドバンテージである所の、LoUのプログラム把握が揺らいでしまうというのは不安要素としてはかなり大きい。
ただ、そうは言ったが実際はそこまで不安視はしていない。というのも、あの後リアル側でフローリア様の設定資料を探して一通り目を通したからだ。
フローリア様は、グランティル王国の第一王女で、聖女としての資質も備えている。年齢は14歳であり、先日誕生日を迎えたミズキが15歳なので、年代は同じ頃か。
冒険者的な経験はないが、神聖魔法の使い手としての才は非常に高いという事になっている。性格はやはり少しお茶目な感性があるが、その人柄は非常に好ましく聖女にふさわしく悪意の欠片もない人物と。
元々はLoUの運営公式イベントで登場し、プレイヤーたちへ依頼を出すNPCとして用意されていた。しかしサービス終了により、出番をなくしてお蔵入りしたキャラの一人だった。もしイベントが実装されていたら、イベントの最終バトルでボスのHPが残り50%を切ったとき、特別パーティーメンバーとして共に戦うNPCとして活躍したはずだ。
そしてボスのHPが残り20%になった時、パーティーメンバー内で戦線撤退したキャラがいれば【奇跡の祈り】で復帰させ、HPとMPを全回復させる【無償の慈愛】を発動し、、全員のパラメータを大きく底上げする【聖天の凱歌】を発動して、勝利の行方を祈りながらパーティーから外れるという最後の盛り上げにも貢献するようになっていた。
(それはそれで、見てみたかった気もするなぁ……)
やっぱり心のどこかで、そういった王道も見てみたいというのは否めない。この世界は別モノだと徐々に理解はしているが、やっぱり夢に見たシチュエーションは憧れるってもんだ。
「だから、パーティーメンバーなら間に合ってるって言ってるでしょ!」
そんな風にボーっとしていたのがいけなかったのかもしれない。俺は、少し離れたところから聞こえてくるミズキの声に、あわててそちらを見た。
そこにはミズキの他に、なにやら数人の男達がいた。さきほどの言葉から察するに、ミズキをパーティーに勧誘しようとしたが、断られた。でもなかなか引き下がらないので、声を荒げている……といった所だろうか。
「でも君、確か登録したばかりでしょ? なら俺達と一緒の方が、色々とお得だと思うよ」
「そんな事ありません。では失礼します」
……うん、なんかあれだよね。遂にテンプレイベントが来たって感じかな。
こういうギルドでの揉め事ってやっぱファンタジーのお約束じゃない? なんというか、これを機会に主人公の実力を認知させるというか。
あ、ミズキがこっちに戻ってきた。
「おかえり」
「……ただいま」
ぶすっとした顔で戻ってきたミズキ。ああ、もちろんぶすってのは表現手法で、すごく可愛いよ?
ただその心情は押して知るべしだ。ものすごくイライラしてるのが手に取るようにわかる。……あ、なんかミズキに絡んでたのがこっちにくる。これ絶対面倒くさい展開だね、お約束だけど。
「そちらにいるのが、君の仲間かい? ……ふうん、あんまり強そうに見えないね」
「ッ、あんた今何て……」
「やめろ、ミズキ」
先程までは声を荒げながらも、理性的に反論していたミズキだが、反射的に反論しそうになったのだ押さえた。理由は簡単だ、自分ではなく俺──“カズキ”をバカにしたから。
この辺りの感情は俺も理解できる。俺も自分に何か言われても馬耳東風だが、ミズキみたいな愛着あるキャラを色々言われたらどうなるかわかんないからな。
それにこの程度なら別に怒るほどでもない。まあ、諍いが大きくなってギルドに迷惑かけるようなら考え物だけど。
そういえばこいつらは、どこか外の街からやってきたのかな。一応このギルドの冒険者なら、ミズキはともかく俺を知らないってことは無いという状況設定らしいから。
案の定まわりの冒険者たちを見渡してみると、愁傷様みたいな視線を送っている気がする。
でもって受付の方を見ると、ユリナさんが「あまり揉め事おこさないでね~」とでも言いたい表情でこっちを見てた。いや、俺のせいじゃないですよ。
「どうやら君のツレは、怖くて反論もできないみたいだね」
「ははは、そんなヤツよりも俺達といたほうが絶対いいぜ」
「そうだぞ。お譲ちゃんにも色々教えてやろうか、へへっ」
あ、最後のヤツちょっとムカついた。ミズキに対して、ふざけた事言いやがったことは不愉快だ。
「ほら、君もそんなとこいないで、こっちに……グゥッ!?」
ニヤついた顔のリーダー格の男が、ミズキに手を伸ばすのを見た瞬間。俺は一瞬でそいつの胸元を捻り上げて、その腕を伸ばす。いきなり首を締め付けられた状態で、宙吊りになったそいつは驚き、続いて怒りで顔を赤くして睨んでくる。
「ぐっ、あっ、こ、この……!」
慌てて俺の手を掴んで引き剥がそうとするが、上手く力が入らないのだろう。その手からは全然抵抗する者の必死さが伝わってこない。自身が危険に陥ったときの対処すらまともに出来ないとは、やはりプレイヤーキャラとNPCの格差は大きいな。特にこういった、いわゆるモブキャラは。
「て、てえめ! 何を……!」
「離せ、おい!」
少し遅れて取り巻き連中がようやく状況を近いして騒ぎ出す。えっと、こういう感じの場合は次はどうしたらいいのかな。多分……
「わかった。じゃあ離してやるからちゃんと受け止めろ」
「ッゥ!!」
とりあえず手に持った荷物を連中に向かって放り投げる。成人男性がまともにぶつかってきた衝撃で、先頭にいた2人ほどが衝撃を受けまきぞえで後ろに転がった。
それを見た仲間は、さらに怒りを顕にしてこっちを睨んでくる。さて次はどうなるのかな。このままここで乱闘か、それとも決闘形式で白黒つけるのか。はたまた、ギルドマスターが仲裁にはいるかも。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
血気盛んな一人が、手持ちの武器に手を伸ばす。ふむ、そうきたか。でもそれは早計じゃないのか?
「いいのかお前、武器を抜いて」
「な、何がだ!」
「ここで武器を抜いたらそれはもう喧嘩じゃなくなる。そうなったらこちらも、なんの遠慮もなく切り捨てるぞ」
俺の言葉で武器を構えようとしていた数人が全員止まる。だが、どうにもおさまりがつかないのか、反省するどころか一層の憎悪をこちらに向ける。だが、腐っても冒険者なのだろう。本能で俺にかなわないことを理解しているから、どうにも出来ない状態で固まってしまったようだ。
「何を騒いでいるんだ、お前ら!」
その状況を打破すべく別の声が聞こえた。ギルマスのグランツだ。ギルマス仲裁ルートに変更しちゃったかな?
グランツの現状を報告すると、呆れたような目を俺達やからんできた一行に向ける。まあ、そんなヒマあったら近郊のモンスターでも狩ってろと言いたいのだろう。ちなみにこの連中、数日前にこの国にやってきたばかりで、この国の冒険者事情をあまりしらない、という設定のようだ。……そんな情報不足な状況で喧嘩売ってくんなよ……。
グランツがギルマスだと知ると、連中は途端に挙動不審になってしまった。余所の国の冒険者とはいえ、ギルド協会管理下において問題を起こしたとなれば色々とまずいからだろう。今回も軽い気持ちだったのかもしれないが、まさかギルマスが出てくるとは思ったなかったらしい。
結局今後はカズキとミズキに一切関わらないという約束で、今回の事は終わりにしよう……そう、グランツの提案で決まりそうだったのだが。
「いや、ダメだな」
「何?」
俺はその提案をすげなく却下。なんせ、
「だってほら。その……そういや名前なんだっけ、お前」
そういやコイツの名前知らないや。自分達で練り上げた愛着あるキャラじゃないから、知らなくて当然だし覚えたいともお思わなかった。
「俺の名前はハリス。Dランク冒険者のハリスだ!」
聞いてもいないのにランクまで教えてくれた。まあ、覚える気ないけど。
「んじゃハリスだっけ。そいつが全然納得しないで睨みつけてるんだよ。きっとこの後俺やミズキをこっそり襲うことでも考えてるってところだろ」
その俺の言葉に、一瞬目を剥いて視線を逸らす。あまりにも分かりやすい行動は、いかにも人間っぽさが感じられないとか思ったりして。
「それじゃあどうするんだ。いっそ、模擬戦でもしてお前の力を示しておくか?」
お? なんかグランツ自らルート変更の案がきたぞ。そういえば、俺ってこのLoUではまともな戦闘ってまだやったことないんじゃないか?
さっきあの男、えっと……ハリスか。なんかつり用語みたいだな。大きな釣り針がついてそうで、ある意味名前負けしてないかもな。そのハリスを捻り上げたとき、ゲームで鍛えたパラメータのおかげか息をするぐらい自然に動けたし。
よし、ちょっとばかりこの世界での戦闘ってのをやってみるか。
「どうする? お前らが希望するなら相手してやってもいいぞ。無論一度に相手してやる」
「……思い上がってるんじゃねえぞ。いいぜ、やってもらおうじゃないか」
そう言ってハリスが仲間を見ると、全員頷く。人数あつめればなんとかなると思っているのだろう。こっちとしては人数が多い=戦闘テストのバリエーションが試せるってことで歓迎だ。
「よし、いいだろう。それなら……」
「覚悟なさい! アンタたちなんか、私が叩きのめしてあげるからッ!」
俺の前に立ち、目の前の連中を指差してミズキが大きく宣言した。
……あれ。俺じゃなくてお前が戦うの?
主人公、未だにまともに戦ってない……。