116.そして、聖女への願いを
サブタイトル訂正:間違えて次話用のサブタイトルを付けておりました
メルンボス交易街で会ったエルフの口から出たのは聖女の名前。
……うん、予想通りにフローリアの事だった。
悪を滅する聖なる力、なんて聞けばそれはもう最高司祭とか聖女とか、そんなイメージしかないもんな。それでもって身近なその類の人物といえば、フローリアをおいて他にはいないだろう。
「……わかった、ちょっとそこで待っててくれ。ゆき、少しこちらの……すまん。まだ名前も聞いてなかった。俺はカズキ、Aランク冒険者だ」
「私はゆき。一等級冒険者で、こっちのいい方だとAランク冒険者ね」
俺達が名乗ると、エルフは少し目深にかぶっていた帽子を脱いで顔を見せる。脱いだ帽子からハラリと流れ落ちる金髪。
「挨拶が遅れ申し訳ない。私は……そうか、ヒト族にはマリナーサという名前で憶えてもらっている」
「ん? 何か名前が特殊なの?」
エルフことマリナーサの言葉にゆきが疑問を持つ。っていうか、マリナーサって女性か。ずいぶん中性的な雰囲気だからわからんかったけど、宝塚でいう男装の麗人っぽい人だな。
「私達エルフの名前は、その名前に精霊との契約が含まれている。そのため名前をそのまま口にしても、同族であるエルフ以外には正しく認識できないの。だから私達が里から出て外と交流する場合、ただ個人を認識するためだけの記号としての名前が必要なのよ。私の本名は──」
そう言って口から出たのは、言葉なのに音はなく、見えないの意味を感じる、そんな存在。マリナーサが口を開いていたほんのわずかな時間、そこだけ何か違う空気が纏わりついたような空気になった。彼女が口をとじるとそれも収まる。おそらく名前を言い終わったのだろう。
「なるほど納得。それじゃあマリナーサさんって呼ぶね」
「俺もそうさせてもらう。ではマリナーサ、少しここでゆきと待っていてくれ」
「かまわないが……いったい何をするつもりだ?」
ここで俺が席を立つ理由が見当つかないのだろう。だから素直に俺は教えてあげた。
「とりあえず一度、フローリアを呼んでくるだけだよ」
「……なるほど、そういう事ですか」
俺の話を聞いてそう言ったのは、王国の聖王女であるフローリアだ。ここはフローリアの私室で、今俺はは彼女と二人でいる。ただし、久しぶりにGM.カズキの方での訪問だ。
というのも以前こちらのログインポイントの一つを、フローリアの部屋に設定してあったからだ。先程マリナーサと別れた後、一旦屋外に出てキャラチェンジ。そしてGM.カズキでインする際、出現ポイントを以前登録したフローリアの部屋にしたわけだ。幸い部屋には彼女しかおらず、インした直後は驚かれたがすぐに笑顔になっておまけに抱き付かれた。
そんな彼女が落ち着くのをまって、先ほどの話を伝えたのだ。
「そんな訳だ。まだフローリアの方は明日以降も時間が取れないのは知っている。なので、せめてマリナーサに会って話だけでも聞いてやってくれないか?」
「……わかりました。そのエルフさんの里にある神木も気になりますし、何よりカズキのお願いです。とりあえず今から会ってお話だけでも伺いましょう」
「よかった、ありがとう」
「──ですが、一つだけ確認しておきたい事があります」
「何だ?」
少し真剣な顔でこちらを見るフローリア。何かこの件に関係するような事案でも?
「マリナーサさんは──美人ですか?」
……違った。ヘンなとこでマイペースな王女様だった。
キャラをカズキに切り替え、改めて王城へ入る。そこで中庭にまで来てもらったフローリアと合流し、先程登録したメルンボスの冒険者ギルド近くへ転移した。建物に入り受付へ行く。ゆきとマリナーサには個別ミーティング用の個室をとってもらい、既にそちらへ移動してもらっている。俺もそちらへ行くための確認をすると、連れの確認もすると言われた。それもそうだと、フローリアに身分提示をしてもらった。
途端、受付嬢がとんでもなく狼狽し、あわてて俺達を個室の方へと案内してくれた。
入室すると、既にテーブルに着いていたゆきがこっちを見て手をふる。一緒にすわっているマリナーサは、俺に続いて入ってきたフローリアを見て、口を開いて表情がかたまった。顔知ってたのか。
「はじめまして、グランティル王国の第一王女フローリア・アイネス・グランティルです。また、聖女とも呼んで頂いております」
これは初対面の相手にフローリアがよくする挨拶だ。ただ、先に軽く話をしておいたので、今回は『聖女』だという事も言っている。
「あ、ああ、すまない。驚いてしまって……。私は、マリナーサ。見ての通りハイエルフだ」
……ハイエルフだったのか。そんなマリナーサはとりあえずという感じで挨拶をしたが、まさかいきなりフローリアが来るとは、本気では思っていなかったのだろう。
「しかし、その……まさか聖女が本当に……」
「だから言ったでしょ。私もカズキもフローリア様とは親しい間柄だって」
「そうですわ。そのカズキから此度の話を伺いましたので、とりあえす本日は顔見せだけですが挨拶に参りました次第です」
「……ありがとうございます、ご配慮感謝いたします」
暫く驚いていたが、ここでようやく落ち着いて感謝の言葉を述べて頭を下げるマリナーサ。そしてやっと本題に入る。
「私達エルフの里に深淵の森と呼ばれる神聖な地があります。そこにある神木には、古来より古代エルフが宿っています」
「エルフが神木に宿っているのですか?」
「はい。エルフといいましても、古代エルフは精霊に近しい存在であり、他のエルフ族である妖精とは別であると認識して下さい」
「なるほど。エルフという名で呼ばれているが、実際はすでに意識の存在であり、神木に宿る想いそのものって感じか」
「ええ。ですが最近その神木に、少し不可解なことがありまして」
「不可解なこと、ですか?」
そういえば先程話を聞いたときもそんな事を言ってたな。そのあとすぐフローリアを呼びにいったから、どんな状況なのか全然聞いてないけど。
「はい。元々里には結界が貼ってあり、そとの世界とは空間のみならず時間の流れも切り離した領域になっています。ですが、その里の最深にある深淵の森の神木、その本体を覆う空気がどこか淀んだようになっているのです。最初は気のせいかとおもったのですが、徐々に状態が悪化してきて今は神木の一部を黒い霧のようなものが覆っております」
「黒い霧ですか……。カズキ、以前ミスフェアへ向かう道中で見たあの空間物とは違うものですか?」
「おそらく違うと思う」
「そうですか……」
あの時の異常空間は、元々LoUに作成してモデルの設計ミスによる影響だ。だが今話しているエルフの里というのは、LoUには無い。つまり俺達が用意したモデリングの不備でおきている現象ではないということだ。
「その黒い霧が目に見えてきた時と同じくして、里の外周近くの結界内で魔物の目撃例がいくつか出た。調べてみると結界の一部に、わずかだが綻びが生じている。もしあの黒い霧が原因で、今後影響が拡大していったら、里を守る結界の維持に支障がでる可能性が高い。そうなったら……」
「結界という防衛手段のないエルフの里は、魔物の襲撃で容易く崩壊する──か」
「……はい。里の者達はみなそう考えています。無論、私も……」
重い沈黙が支配する。つまりその原因不明の減少を取り除かない限り、エルフの里は崩壊へ向けて突き進む可能性が濃厚だということだ。
「マリナーサさん」
「はい、なんでしょうか」
沈痛な面持ちのマリナーサに、フローリアが優しく微笑みかける。
「行きましょう。私でどこまでお力になれるかわかりませんが」
「本当ですか! ありがとうございます……」
先程同様、いや先程よりもさらに頭をさげて感謝を述べるマリナーサ。その両目には涙が浮かんでも不思議ではない表情をしている。
「しかしマリナーサが私やカズキに会えたのはラッキーだったよね」
「そうですね。二人にも感謝している。まさか聖女と知り合いだったとは。しかもこんなにも親しい間柄だとは、思いもしなかったぞ」
「まあな。俺とフリーリアやゆきは、ちょっとした仲間なんでな」
さすがにまだ発表してない婚約どうこうという話は、たとえエルフ族とはいえ言わないほうがいいだろう。そのことは皆にも徹底しているので、とりあえず王族や親族以外には公にはしてない。
「さて、それでは早速見に行きましょうか」
「俺とゆきはいいけど、フローリアは大丈夫なのか?」
「はい。もしどうしても休みたい時は、少しだけカズキのあの力をお借りしますので」
「あー、なるほど了解だ」
「カズキ、あのって……?」
「あれだよ。こっちの世界と現実世界の話」
「ああ、なるほど」
雑談をしながら出立の準備をする。といっても、元々旅路なのでそのまますぐ準備完了だ。
フローリアはとりあえずの顔出しと様子見なので、終わったら一旦戻る予定。なので今は手ぶらでの同行だ。
「では皆さん、案内いたします」
マリナーサの声で俺達は部屋を出て、一路エルフの里へ向かう。
はてさて、どんな場所なのか楽しみだな。




