115.そして、出会いたるは森の妖精
とりあえずひと眠りしてからログインをした。現実世界では丁度夜になったタイミングで、異世界とほぼ同じ時刻だ。
さてこれから夜──というわけだが、ひと眠りしたので目はすっかり冴えている。元々俺もゆきもステータスが高いせいか、こちらの世界なら一日二日寝てなくても問題はないくらいだけど。
戻って早々だがすぐに移動開始。最初の目的地であるメルンボス交易街までは、何の捻りも無い直線道なので、進めれるときはどんどん進むに限る。
「これまでの速度なら明け方には着くけど……どうする? 速度をあげれば丁度日付が変わるあたりには、到着できるけど」
「じゃあさっさと到着しちゃおうか。でも深夜でも大丈夫なの? 街へ入ることや宿とか」
「大丈夫だと思うぞ。深夜だからって監視がいないってのはおかしいだろ。それに交易街なんだから、無休で受け入れ可能になってないと、商売人もチャンスを逃しちまうからな」
「そっか。それじゃあよろしくー」
そう言うと、スレイプニルにまたがったまま後ろの俺にもたれてきた。といってもまた寝るつもりとかではなく、頭上に浮かぶ星空を眺めているようだ。気付けばすっかり星が見えるほどになっている。
「この世界の星空って、現実と同じなのかな……」
ぽつりとつぶやくゆきの声。それはそのまますっと夜空に消え、その後はただ風をきって駆け抜ける蹄の音だけがしばらく鳴り響いていた。
「ほら、もうすぐ交易街につくぞ。起きろ」
「……ほむ?」
いつしかゆきは俺にもたれたまま眠っていた。とはいえ、別に苦にならなかったのでそのまま走り続けていた。そして当初の予定通り、日付がかわるかなという時間の頃に、前方に街の灯りが見えてきた。
「あれ、私寝てたんだ」
「しっかりとな。安心しろ、女の子が見せちゃいけないような顔はしてなかったぞ」
「って、寝てる女子の顔を見てたの? 恥ずかしいなぁ」
「なら寝るなよ。というか、ログインする前に十分寝てきただろ」
「この子の走るときの揺れが心地よかったんだもん」
そういって起き上がると、今度は体を前に倒してスレイプニルの背中にしがみつく。自由だなコヤツ。
「はぁ~……こうしてるとまた眠くなる……」
「寝るなよ。本当にもう目の前なんだから」
俺達がバカっぽいやりとりをしている間も、健気な召喚獣は進み続け、もう街入口で深夜警備にあたっている兵士が遠目で確認できるほどに近づいていた。
さすがに8本脚の馬が猛スピードでやってきたら警戒するので降りて送還した。ここからは歩いて街の入り口まで行こう。
「どうもこんばんは~」
「こんばんは。身分証明書の提示をお願いします」
街の正門脇で警備をしていた兵士に言われ、俺とゆきはギルドカードを取り出す。
「はい、ギルドカードです」
「あ、私も」
「拝見します。カズキ殿Aランク冒険者に、ゆき殿一等級……Aランク相当冒険者ですね。確認しました、ようこそメルンボス交易街へ」
カードを返してもらい街に入る。さすがに交易の為の街、深夜であっても結構な明るさがあるし、窓から光がもれている建物も多くみられる。
まずはどうしようかという話になったが、別段お腹は減ってないのでまずは宿だと。そんな訳で宿へ向かっている時だった、前方に見える建物のドアが開いてなにやら言い争う声が聞こえてきた。
なんだろうとドア口より建物の中を見ると、どうやら冒険者ギルドのようだ。夜中だが、この街でもミスフェアのように臨時の護衛依頼が多いのか、すぐに出立できるように準備を整えた冒険者が何人かいるのがわかる。
そんな中、争うような声が聞こえる方に目を向ける。冒険者が一人対複数人で、互いを睨み相対していた。何だろうなぁと見ていると、ゆきがこっそりと耳打ちしてきた。
「あっちの一人でいる冒険者、エルフよ」
「えっ!?」
驚いて言われた方の人物を見る。ぱっと見ではよくわからないが、確かに耳が長い。エルフの耳が長いというのは、本来は少しばかりとがっているのをとある絵師が誇張表現したのがきっかけと聞いた。だが日本ではそれがまかり通っているので、LoUの世界でもエルフ=耳が長いという事をシンボルとして取り入れてある。ただし、
「エルフも企画段階レベルで、結果的には未実装だったからなぁ。あのエルフはもう、根底ではLoUとの繋がりは無いのと等しいかな」
「そうだよね。LoUで他種族の実装なんて聞いたことなかったもん」
そんな事を話している俺達の視線の先では、何度か言い争いをした後エルフ以外の冒険者が苦い顔をして外へ出ていってしまった。残されたエルフは溜息を一つついたのち、ギルドの奥のテーブルへ向かいそこに座る。視線は窓の外へ向けられており、もう室内の事に興味がなさそうだ。
「…………」
ゆきが暫しエルフを見続けている。
「気になる?」
「まあ、ね。エルフを見たのは初めてだし、なんというか……いかにもイベントって感じしない?」
「イベントとか言うんじゃありません」
俺もイベント気味な感じ方をしたけど、この世界の人にとっては死活問題かもしれないんだ。できるだけ茶化したような物言いはやめよう。
そんな事を話してると、近くにいた冒険者が話しかけてきた。
「兄ちゃん達、あのエルフと話すつもりかい?」
「え? まあ、もしかしたら……ですけど。何かあるんですか?」
俺がそう聞くと、ちらりとエルフを見たあとその冒険者は少し声を抑えて言った。
「悪い事はいわねえ。アイツとは、あんまり関わり合いにならねえほうがいいぜ」
その声が聞こえたのか、件のエルフがじろりとこちらを見る。それに気付いた冒険者は、そそくさと席を立って出て行ってしまった。ふと見ればエルフはまた視線を戻して外を見ている。
俺とゆきは無言で肯くと、立ち上がってエルフの傍まで寄る。明らかに近づいたことには気付いているのだろうが、こちらを見ることもなくずっと外を眺めている。
「えっと、ちょっといいかな?」
「………………何?」
とりあえず話しかけると、言葉少なに返事が返ってきた。一瞬チラリと視線をこちらに向けるも、すぐにまた窓の方へ向いてしまう。
さてどう話しかけたら……と思っていると、ゆきが「私にまかせて」と前に出る。ここはおとなしくお願いしたほうがいいかも。
「さっき言い争ってる声がちょっと聞こえてね。どうしたのかなーって思って」
「……それを貴女たちに言う必要はあるのかしら」
今度はゆきを見ながらポツリと呟く。声は起こっているというより、面倒臭いので適当に相手してる感がする。
「そうね、必要があるかないかなら、無いと思うわ」
「だったら……」
「でも私は聞きたいなって思ったの。そんな自分勝手な人間に興味もたれちゃって、運が無かったと思って話してくれるとありがたいんだけどな」
「……無茶苦茶な言い分ね、屁理屈だわ」
「屁理屈だけど理屈よ。私は聞きたいと思った、ただそれだけ」
それを聞いてエルフはもう一度溜息をつく。そしてやれやれといった様子で、
「さっきの人間達が魔物を倒すのに、周囲の草木をまったく気にかけずに暴れてたから、もう少しやりようがあるでしょって言ったらそこから口論になったよ」
「あー……よくある話だね。草や木って人間にはただの植物だけど、エルフにとっては大切な仲間と同意だからね。カズキもそう思うでしょ?」
「ん? ああ、そうだな。妖精であるエルフにとって、植物ってのは一番身近な他人みたいなもんだ」
そう俺達が口にすると、いままで気だるそうにしていた目が意思をもってこちらを見た。向けられた表情には少し驚いた様子が浮かんでいる。
「……人間にも、そういう事を理解してくれる者がいるのね。皆が貴方たちみたいに考えてくれるといいのだけれど」
「どうだろうね。私と私のツレはちょっと──いや、かなり特殊なんで。あ、でも私達の仲間は多分大丈夫かな」
まあ、ミズキ達も無闇やたらに周囲を荒らすような事はしない性格だからな。ミレーヌとかは屋敷の庭に花を植えてるし、植物とか結構好きかもしれん。
「にしてもエルフって普段は森にずっと篭ってるイメージがあるんだけど。どうしてわざわざこんな所に出てきたの? ひょっとして普段から出入りしてる?」
ゆきの質問に、すこし逡巡した後エルフは口を開く。
「実は少し探している人間がいるのよ。私達エルフの里で起きてる異変を解決できるかもしれないと思って」
「異変?」
ここでまた逡巡するも、一度話しはじめたのだからと観念したように言葉をつづけた。
「里にある深淵の森の一番奥にある神木、そこに宿る古代エルフの様子が少しおかしくてね。原因はわからないけど、おそらくは悪なる存在じゃないと里の皆は考えてるわ」
「それを取り除くことはエルフには出来ないの?」
「エルフは自然の精霊の力を借りることは出来るが、他なる存在を除する力を持ち合わせてはいない。だが、人間には神の力を借りて奇跡の力を行使する者がいると聞いた」
ここまで聞いて俺は『この後の展開が読めたー!』と思わず心中でつぶやく。さっきゆきに「イベントとか言うんじゃありません」と言ったのに、すごいイベント臭を感じてるぞ。
「──その人間って……誰?」
ゆきが少し溜めをつくって聞く。あ、コイツも気付いてるな。
俺達の目を強い意志と決意を込めた目で見ながら、エルフは言った。
「神の奇跡の代行者……聖女フローリアだ」




