112.それは、遊々旅路のはじまりで
レジスト共和国。
砂漠の国とも呼ばれている国で、グランティル王国より南西の方角に位置する。
大陸のおよそ中ほどにある為、各国の交易の中継都市としての役割は非常に大きい。グランティル王国から向かう場合、まず南下することにより途中の『メルンボス交易街』へ向かう。そこから今度は西へ進路をかえて進むと、レジスト共和国へ着くことができる。
ただ、あまり王都からレジスト共和国へ向かう人は少ない。その行程の長さにくらべ、見返りが少ないからだ。多くの商人はメルンボス交易街までしか出向かず、そこでお互いの国から持ってきた品を売買して帰国するのが一般的だ。
とはいえ冒険者にとっては、折り返しで済むことばかりではない。
砂漠の国と呼ばれるこの国は、現実世界でいうところのエジプトのような文明が栄えていた設定らしい。そのため似た建造物のピラミッドなども多数あり、当然その中は冒険者にとって格好の舞台でもあった。
LoU稼働時も同様だった。メルンボス交易街についてはあまり重要視されなかったが、レジスト共和国およびその周辺の遺跡等はつねに冒険者が溢れていた。中でも大きなピラミッドや、地下洞窟の入り口前は多くの放置や休憩中のプレイヤーキャラが溢れていた。商人スキルをもったキャラなんかは、そこで回復アイテムなんかを露店販売していたりするから、それで即アイテム補充をしダンジョンへ再突入するプレイヤーも珍しくなかった。
そんなレジスト共和国へ俺は向かうことになった。目的はサンドワームの持つ『分解の魔石』だ。
お目当てのサンドワームは、レジスト共和国の西側に広がる砂漠にいる。ただし、どうやらLoUと少し生態系が違うようで、俺が知ってるサンドワームは“アースワーム”と呼ばれる雑魚モンスターらしい。お目当てのサンドワームは、それの上位種であり尚且つレアモンスターだとか。おまけに砂漠というフィールド条件も相まって、そこから入手できる分解の魔石も、浄化の魔石に負けず劣らずの貴重なアイテムとなっているという話だ。
浄化の魔石はとある事情で、えらく大量に入手可能になったが、分解の魔石はそうはいかないようだ。地道に入手するしかないか。
ぼんやりとそんなことを考えている俺に、楽しげな声で話しかけてくる人物がいた。
「ねぇねぇカズキ。レジストに跳ぶポタ屋とかじゃダメだったの?」
「いや、こっちの人達の【ワープポータル】って燃費最悪なんだよ。俺はLoU仕様でばんばん使えるけど、他の人は一回でかなりの魔力消費を起こして、連発すれば魔力欠乏症で倒れるらしいぞ」
「そうなの? じゃあポタ屋なんて出来ないじゃん」
「その通りだよ。だから王都の城前広場にもポタ屋は一人もいないぞ」
この世界で俺とLoUの話をできる唯一の人物、ゆき。
今回レジストへ行くことを全員に伝えたところ、フローリアとミレーヌは自国での会合に出席するためダメだった。エレリナさんはミレーヌ付きなので、当然却下。そしてまさかの事態はミズキも不可だったこと。ミズキが冒険者になってからめっきり遊ぶ回数が減った女友達が、集まって泊まり込みで遊ぼうと誘ってきたとか。俺の誘いを断るのをくやしがってはいたが、友達と久々に遊べることもすごく楽しみにしていたので、これはこれで良かったと思う。
「しっかしそうかぁ~。今回の旅は私とカズキの二人きりか~」
「つまんないか? ならポータル開くから彩和に帰っても……」
「なんでそういう発想になるかな。将来の約束をしてる二人がこうやって旅してるんだよ? これはもう婚前旅行といって過言じゃないでしょ」
「いや過言だろ。……っていうか、この旅行の後にもちゃんと婚前旅行も要求するだろ?」
「そりゃまあね。多分だけど二人での婚前旅行より、皆一緒の方が楽しいからね」
そう言いながらまたがっているスレイプニルをそっとなでる。今回は俺がスレイプニルを呼出し、それに二人で騎乗している。相変わらず移動速度は一般の早馬よりも上だが、光魔法の光学迷彩で周囲から認識されないようにしているので、王都から南下する道を気楽に進行中だ。
「今回の目的って、サンドワームの魔石だっけ?」
「ああ、そうだ。機能名称は『分解の魔石』だな。新領地でのゴミ問題を解消するために欲しいと思ってな」
「それいいね。こっちはゴミ回収の業者も規則もないから、可燃ごみは自分たちで燃やすし、不燃ごみはゴミ捨て場に放置するだけだからね。時々強力な魔法で無理やり焼却駆除したりしてるけど、たぶん衛生的にも問題あるよね」
「でもまあ中世ヨーロッパよりマシだろ。知ってるかもしれないけど、あの時代はひどかったから」
「……そうなの?」
「知らないならその方が幸せだ、うん」
「そっかー……じゃあその話はおしまいだけど……」
「ん? 何だ?」
ゆきが少しだけ言いよどむ。話題を変えていいのかなっていう雰囲気だ。もちろんOKだ。中世の汚物話なんてもうしたくないし。
「ヨーロッパといえば、前に言ってた元フランス人の転生者の話……」
「ああ、フローリアのお祖母さまの話か」
「そうそう。会って話したんだよね、どうだった?」
「どうって……ありきたりなんだけど“おばあちゃん”って感じだったな。先々代の聖女であり、気品のある老婦人ってのは、こういう人なんだって思った」
「そうなんだぁ……。でもすごいよね、私たちよりずっと前の時代から来たんでしょ?」
「らしいな。色々話を聞いてみたところ、俗にいうフランス革命とかのすぐ後の時代を生きてきた人らしい」
「じゃあ私みたいにLoU知識ありきの転生とはワケが違うね。大変だったろうなぁ」
しみじみとつぶやくゆきだが、たとえLoU知識があっても『転生』であれば大変なのは違いない。
俺はあくまで転移寄りだから、いままで過ごしてきた人生の世界が広がっただけ。でも、ゆきは全然違う世界の違う人になったのだから。……そういえば。
「ゆきって、転生したときって赤ん坊だったのか?」
「うんそうだよ。最初から意識ははっきりしてたけど、目はまだちゃんと見えないし、声もほとんど聞き取れない感じだった。でもずっとちかくにお姉ちゃんがいてくれたのは覚えてる」
「なるほど……つまりゆきの中の人的には、年齢は今の17歳+以前の22歳で……」
「ちょっちょっちょっ! 何女性の年齢を、しかもとんでもない加算式計算ではじきだしてるの!?」
「いや別に他意はないぞ。ただ精神的にはもうアラフォー目前だなぁと思って……」
「だあああああっ! そういうデリカシーの無い事は言わない! わかった!?」
「……わかった」
すごいにらまれた。スレイプニルの上だというのに、こっちを向いて首元をつかまれ説教です。
あんましこういったことを気にするタイプとは思わんかったけど、女性はみなそうなのかな。
とりあえず謝罪をすると、それで満足したのかお説教は終わり。ゆきのこういった部分は良い意味でドライだから助かる。
さてそれじゃあまた黙々と進むか……と思ったのだが、またすぐゆきが話しかけてきた。おしゃべり好きなんだな。
「ねえカズキ。そういえば少し気になったことがあるんだけど……カズキってトラップアイテム持ってる?」
「おう持ってるぞ。一応LoUに実装されてたヤツなら全部ストレージに入れてあるが」
「それってこの世界で使ったことある?」
「いや、無いな。トラップをつかって緻密な戦いをしたことないから」
実際俺のステータスはトップクラスだし、本当にまずいときはキャラをGMに切り替える。そうなれば何をしても負ける要素がない。なんだったらモンスターハウスの中で寝てても死なない。……ちょっと光景がおぞましいけど。
「んー……ちょっと気になることがあるから、幾つかもらえないかな?」
「全然かまわんぞ。使う予定もないのに、倉庫にカンスト近く入ってるからな。どれがいい?」
「とりあえずファイヤートラップを」
ゆきに言われたファイヤートラップを取り出す。とりあえず3個ほど。
「言えばいくらでもやるから、欲しかったら言ってくれ」
「ん。ちょっと確認してから少しもらうかも」
そう言ってトラップアイテムを受けとるゆき。早速試すとのことなので、少し道をはずれて人気のない脇の方へ。アイテムを使ってるところを通りかかられて、不審者に思われるのも面倒だからな。
スレイプニルから降りたゆきはトラップをかまえる。
「【ファイヤートラップ】」
声に出すとともに、トラップアイテムを地面にたたきつける。地面に接地する瞬間、自分の前方にぶわっと炎が絨毯のように燃え広がる。一辺が5メートルほどの正方形の炎が出現する。それを見たゆきは、そっち近づいてその炎の中へ入っていく。
これは別に危ないことではない。トラップを発動したプレイヤーは、そのトラップの影響を受けないのだ。同様にあるポイズントラップやスローロラップ、スリープトラップなど全て同様になっている。
トラップなかほどまで進んだゆきは、
「うん、やっぱりそうだ」
「何がやっぱりなんだ?」
「あのね、こっちの世界にも同じトラップアイテムは存在するんだけど、そっちはトラップ起動者の認識をしないのよ。だからこんな風にトラップの中に入れたりしないわけ」
「なるほど。つまり使用アイテムのプレイヤー判定がないわけだな。でも、俺が持ってるLoUアイテムだと、以前と同じように判定があると」
「そういうこと。この特性をうまく使えば、色々と有効かもね」
「まあLoUプレイヤーとしてはあたりまえの事なんだがな」
この後、一応他のトラップでも確認したが、やはり結果は一緒だった。なんとなくこうして検証したりしてると、LoUだけじゃなくMMOを試しながら遊んでるような感覚になる。
今回はゆきという、現代知識がある相手との旅だ。せっかくだからいつもは出来ないような話でもしながら、楽しく行こうじゃないか。




