108.そして、なんとなくご対面を
追記:11/30(金)~12/2(日)の更新は仕事の都合によりお休みします。もし作業進捗具合により時間が取れましたら更新するかもしれません。
君主である松平広忠との面会は、少しばかり当初の予想と違う方面へ転がったが、結果として予想以上に意義のあるものになったと思う。
特にミレーヌとフローリアは、彩和と貿易をしている公国の領主令嬢と、その隣国である王国の王女ということで、ここの君主と良い関係を築くことは大変良い傾向だと思う。
当初予定していた面会時間を大幅に超えても、なお別れを惜しむ姿は遊び足りない女の子達が、寂しそうにしている様にも見えて、逆に微笑ましくさえ思えてしまった。
ともあれ、これで彩和に最初にきた一番の理由は解決だ。
「それじゃあ、もう用事は全て完了かな。ではミスフェアに戻ろ……」
「待ってくださいカズキ」
戻ろうとの俺の言葉を止めたのはフローリアだ。何か最近、フローリアにちょいちょい咎められてる感があるような気がするけど、自意識過剰か?
「まだ一つ、大切な用事を忘れていませんか?」
「大切な用事?」
思い浮かばず聞き返す俺を見て、フローリアはむーっと膨れる。あら、かわいい。
そんなフローリアが今度は十兵衛さんを見る。
「十兵衛様、お願いしておりました件はどうなりましたでしょうか?」
「はい。最高品質の物をご用意してあります」
お願いしてた件? 最高品質の物? …………あっ!
「もしかして、畳……?」
「ようやく思い出していただけましたか。私にとってはついぞ念願叶う、という事ですのに」
言われてみれば頻繁に、畳がどうこう言ってたな。十兵衛さんに高品質の物をお願いしたとか、そんな話も以前聞いた覚えがある。
そんな訳で、城を出た足でそのまま狩野の屋敷へ向かった。どうやら既に品は確保してあり、狩野にて保管してあるとの事。
道中妙に浮き足立って足早なフローリアを見て、俺だけじゃなくミズキ達も笑みが浮かんでしまった。
「こちらが私どもおすすめの畳です」
「これが……」
狩野の屋敷の一室にて、丁寧に置かれた真新しい畳。まだ新しいいぐさを使っているようで、畳表が緑の色合いを残している。フローリアは置かれている畳にそっとふれ、顔を近づけて香りを確かめる。
「この感触と香りは、新しい故の特徴ですか」
「そうです。畳は使っていき年月を重ねると別の味わいが増していきます。その状態になったものも、また味わい深い燻しとでも申しましょうか」
「しかし、この畳は確かにいい感触ですね」
俺も少し畳表を撫でてみるが、その感触は安いマンション畳とは全然違う。肌に合うというか、吸い付くと行くか、こう馴染む畳というのは初めて触れた気がする。
「この畳のいぐさは、ここより南の温暖な地方でとれたもので、その性質は彩和でも最高級品と言われてるほどです」
なるほど。現実でいうところの九州地方かな。あのあたりは良質ないぐさの産地だったはずだけど。
「しかし、ぱっと見ずいぶん数がありますね。ざっと……20枚ほど?」
「はい。フローリア様より20枚ほど調達をお願いされていましたので」
「そんなに敷くの? フローリアの部屋、埋まらない?」
「大丈夫ですよ。私の部屋には10畳だけです。その内6畳を小上がりにして、残りは1畳サイズの畳ベンチにします。無論並べれば10畳の広さの小上がりにできます」
「……何時の間にそんな計画を」
「ふふ、少しばかりゆきやエレリナに相談して決めました」
なるほど。確かに狩野姉妹ならば畳について詳しい。特にゆきは俺と同じように現代知識があるから、畳をつかった収納付きベンチとか色々知ってるだろう。
結果この20畳もの畳は、フローリアが自分のストレージに格納した。渡した指輪に付与したストレージは、俺のストレージのようなほぼ無限に近い容量とはいわないが、この世界で認知されてる収納魔法よりはるかに大きい容量らしい。何より同じアイテムなら収納時にデジタルデータ化されて、「畳×20」となるだけだからな。ぶっちゃけこれが100枚だろうが1000枚だろうが、何の問題もないってもんだ。
とりあえず、これで本当に今回の彩和の訪問は終了だ。
かねてよりの目的もおおよそ終わり、今後は俺が定期的に顔を出すくらいか。
まあ彩和は四季があり、季節を楽しむのには最適な国ではあると思う。時々皆で遊びにくるようにはしたいとは思っている。
何はともあれ、こうして俺達の彩和旅路は幕を閉じた。
──数日後。
二日ほど前の彩和への顔見せで、ゆきにケーキをせがまれ少しだけ現実に逆拉致(?)された事以外、特筆するような事はなかった。
だが、今日はフローリアに王城へ呼び出された。ミズキが言うには、自室の窓にアルテミスがやってきて、足についた筒に手紙があり、そこにフローリアからの呼出しが書かれていたとか。ミズキがそれを読んでアルテミスへ了承の意を見せると、アルテミスはその場で消えたとか。おそらくフローリアが送還したのだろう。遠く離れていても送還は可能だ。
失礼のない程度には着替えて王城へ。既に何度も来ているため、門の守衛たちも「こんにちは」と気軽に挨拶をしてくれる。こういう人って融通が利かなそうなイメージがあるけど、そんな応用力のない人は門の警備とかに採用されないだろう。
「お待ちしてましたわ、カズキ、ミズキ」
守衛同様に顔見知りのメイドさんに案内されフローリアの私室へ。中へ入ると、そこには……うん、予想通り畳の小上がりができてた。その横には、畳ベンチも幾つか。ベンチの上にはいくつかクッションが置いてあったり、既に色々とコーディネートを楽しんでいるようだ。
「さっそく畳の部屋になってるな。これだけの洋間がこうなってると、違和感半端ないぞ」
「えっと……私たちは、ここに座っていいのかな?」
「ええ、どうぞ。お好きな畳に腰掛けて下さいな」
畳ベンチとして加工されているので、すっと座ることができる。良く見ると箱収納になっている下側にキャスターがあり、ロック装置もあるので場所固定もできそうだ。この辺りの機器とか仕組みって、ゆきあたりが教えたっぽいな。
「それにしても畳があると、それだけでかなり和風な……彩和の色がつくな」
「そうでしょう! あの国は、ここやミスフェアと違う素材本来の味わいを大切にする傾向にあります。それは食べ物だけじゃなく、衣住においてもそうです。無駄に着飾るのではなく、元になる物そのものを大切にするというのでしょうか」
そう言いながら、畳をなでなでとさわるフローリア。どうにもこのさわり心地が、琴線に触れたのだろう。その姿を既に何度も見ているような気がする。
「でもこの部屋には畳は10畳しかないのか。他はどうしたんだ? しまってあるのか」
「いいえ。残りの10畳も全て使用しています」
「そうなの? この部屋にはもうなさそうだけど……」
フローリアの言葉にミズキがきょろきょろと周囲を見る。ステータス的に俺よりはるかに視力の良いミズキが、見つけられないのならこの部屋にはないのだろう。
「それじゃあ一体どこにやったんだ?」
「残りの10畳の場所はですね……」
フローリアが笑顔でその答えを述べようとしたとき、ふいにドアをノックする音が。
「はい、どうぞ」
ノック音のクセでもあったのか、誰が来たのか察したようでフローリアが入室の許可をだす。……って、俺とミズキがいるんだけど、いいのかよ。
そんな戸惑いが起きるかどうかという間に、ドアがあいて一組の男女が入ってくる。立派な服装をした二人で、その後ろに執事やメイドも何人か入室してくる。
入室したところで立ち止まりこちらを見る二人。まあ、その服装やらここがどこかで大体わかるんだけどね。
二人の元にフローリアが行き、こちらを向きながら改めて紹介をする。
「こちらは私のお父様とお母様。つまり、グランティル王国の国王と王妃です」
……うん。まあ分かってたけど。
でも王様と面会するんなら、もうちょっと気持ちを整理してからにしたかったかな。




