107.それは、華と咲く雪の如く
別件で少しばかり現実世界へ戻ってきたのだが、せっかくだからとエレリナさんを連れ出した。いつものメイド服とは違うカジュアルな服装のエレリナさんは、只々一目を惹くだけの素敵なお姉さんになっていた。今は最寄り駅近くにあるカフェに居るのだが、ここへ来るまでにすれ違った人が皆一様にじっくり見てくるほどだ。
改めてエレリナさんを見ると、確かに物凄い美人だ。普段はメイド服と相まって地味で質素な感じに見えるけど、こうして明るく軽い服装になると目を惹かずにいられないほどに。
「美味しいですね」
「あ、うん。美味しいね」
エレリナさんの声で、ついつい見惚れたていたことに気付く。おそらくエレリナさんも俺の視線には気付いていただろうに、こうして自然に諭してくれるのは場数だろうか。
ともあれ、せっかくこうして時間を過ごせているのだ。何か有意義な話でも……とも思ったが、存外こうしてのんびりしているだけなのも悪くない。
ここ最近、あちらでは目まぐるしいことが多かった気がする。この現代日本にいるより、あっちのほうが気を遣って疲れてしまうとは。
「……カズキ様。こちらのケーキ等、皆さんにお土産に出来ないでしょうか?」
「これを? んー……どうかな。試してみる?」
「はい。可能であればお願いしたいと思います」
以前フローリアの服などを、手持ちした状態でなら持ち込めることが判明している。そのため、衣服やちょっとした小物は持ち込んだりしているが、食品はまだ未経験だな。まあ、何事も経験だ。
「それにしても、何故だかこちらの世界は落ち着きます」
「そう? いろんなことが違いすぎて、全然落ち着かないんじゃないかと思ってたけど」
「目に映るもの全てが新鮮で、常々驚かされています。ですがここの方々は、彩和の人々と同じ雰囲気を感じさせます」
「ああ、そうかもしれない。彩和の国ってのは、ここ日本を基礎として考えられた国だからね」
「そうなりますと、今見ている姿は彩和の遠い未来の姿かもしれませんね」
「……手放しにお手本にして欲しいとは、言い切れない部分もあるけど」
確かに生活水準は向上するかもしれないけど、今の彩和……如いては過去の日本において良しとされた文化や風習は、出来れば廃れずに後世へ受け継いで欲しいものだと思う。……でもまあ、
「今はあまり難しいこと考えないで、美味しいケーキを楽しもうか」
「はい。それで出来ればお土産も……ですね」
「そうそう!」
笑顔をかわして、俺とフローリアさんはもう1個ずつケーキを追加注文した。
「……それで? ついついエレリナとのデートが楽しくなってしまったと?」
エレリナさんに土産となるカップケーキを持たせ、それでログインをしてみたが結果は成功。どうやら彼女たちが触れている状態なら食べ物も問題なく持ちこめるようだ。
そんなわけでリフレッシュした後、意気揚々と戻ってきたのだが……何故かフローリアにジト目で見られている現状である。
彼女達からすれば、突然目の前いたエレリナさんが何か紙の小箱を抱えた状況だ。そして、幸か不幸か皆はその箱がどういったものなのか、以前の経験より察しがついている。要するに「あんにゃろう、向こうの世界で美味しいスイーツ食べて満喫してやがったなこんちくしょうめ」って事だろう。
じー……と視線を向けるフローリアだったが、はぁっと息を吐くと笑顔を浮かべる。
「冗談ですよ。どうやらエレリナも楽しめたようですね」
「はい、お気遣い感謝いたします。こちらお土産のカップケーキです」
「あらあら。それではまず弘忠様に召し上がっていただきましょう」
箱の中を見て一つカップケーキを取り出したフローリアは、一緒にいれてあったプラスプーンと共に弘忠の方へ持っていく。
「弘忠様、よろしければこちらをお召し上がりませんか?」
「これはなんですか? 綺麗なこれは……食べ物なんですか?」
「はい。入れ物である透明の器以外、すべて美味しい食べ物ですわ。こちらのスプーンですくってお召し上がり下さい」
手渡されたカップケーキを不思議そうに眺め、そっとスプーンですくい口へ運ぶ。そして──
「!? 美味しいです! これ、とても美味しいです!」
浮かべる満面の笑み。それは10歳という年相応の、とてもかわいらしい笑顔だった。せっかくだからと、正信さんにも食べてもらった。こちらも驚きながらも美味い美味いと食べてくれた。大人には少々甘いかもと思ったが、カップケーキという未知の食べ物については、そんな区分けは無いに等しいのだろう。
二人に渡したところで残りの俺達も食べた。こんなお城の中の、しかも純和風建築の中で食べるスイーツというのも中々面白い体験だった。
「それじゃあ、そろそろ本題へ……」
そう言いながらストレージより小型のコンパクトを取り出す。先程用意したペット召喚用の魔導器だ。
さて弘忠に話しかけようか……と思ったが、せっかくなので今度はミレーヌにお願いしてみた。同じくらいの年ごろの子の方が、気軽に話せるんじゃないかと思って。
「ミレーヌ、これを弘忠様に」
「これは……もしかして、召喚ペットの?」
「そう。お願いできるかな」
「わかりました」
すぐに事情を察してくれたミレーヌが、コンパクトを受け取り弘忠の所へ。
「弘忠様、少しよろしいでしょうか?」
「なんでしょうミレーヌ様」
「こちらのコンパクトなんですが」
「あ、はい」
そう言って差し出すコンパクト。少し離れたところで正信さんも見ているが、別段止めるようなそぶりもない。
「まず手にとって、そして蓋を開けて下さい」
「はい。では失礼します……」
「そうしたら……魔石がありますね。そこに触れながら弘忠様の光の力を、少しだけ流し込んで下さい」
「はい。それでは……」
触れた魔石がふわっと光を放つ。そして、魔石の上に光があつまって小鳥を形作る。すぐに形となり、そこに真っ白なシロブンチョウが姿を現した。
「これは……この子は……」
「この子は弘忠様のペット──愛玩動物です。光の力で召喚された子なので、食べ物も必要ありません。弘忠様からの力でこの子は動いています」
「そうなんですか? あっ、もしや先程のフローリア様の……」
「はい。この子……」
すっとアルテミスを召喚するフローリア。そのまま手の甲に乗せ、シロブンチョウの横にもっていく。
「アルテミスもそうですわ。ですので、その子も……」
「先程のように、外を自由に視れるのですね!?」
興奮抑えられぬという感じで、フローリアとミレーヌに問う弘忠。当然その為に用意したと理解した二人は、力強く頷く。
「そ、それでは早速、えっと、えっと……」
「弘忠様、その前にその子に名前を付けてあげて下さい」
「あ、そうですね。ごめんなさいね、ええっと……」
コンパクトの魔石の上から、手のひらに飛び移ったシロブンチョウに、弘忠は申し訳なさそうにする。当のシロブンチョウは、名前を付けてもらうのをじっと待っているように見つめている。
「あなたの名前は……そうですね、真っ白で綺麗ですから……」
両手ですくうようにした掌に、ちょこんと乗っているシロブンチョウ。それをじっと眺め思案したのち、ゆっくりと開いた口から、
「あなたの名前は、雪華です。『雪』の『華』で雪華ですよ」
そう名付けた瞬間、シロブンチョウを一瞬穏やかな光が包み込んだ。それはすぐにおさまると、可愛らしくピィっと一声泣いて弘忠の掌を愛おしそうにつついた。
「よろしくお願いしますね、雪華」
そういって雪華を顔の高さにもってきて、ゆっくりと頬ずりをした。




