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100.そして、全員で幸せになろう

 十兵衛さんの想いと願いを込めた言葉。それを知っては、無下に断る事などできるはずもなく、改めて途方にくれることとなった。

 気を遣ってくれたのだろう。十兵衛さんは既に退室しており、今ここには俺とゆきの二人しかいない。


「カズキ」

「どうした」

「ログアウト、一緒によろしく」

「……わかった」


 ゆきに促されてまたもや一緒にログアウトした。どうにも、こういった場面では俺よりも断然逞しいようだ。情けないけど、本当に慣れてないことには弱いな俺は。




 現実(リアル)の世界へ戻り、とりあえず俺とゆきはリビングで一息つく。

 ふとゆきがテレビのリモコンを見つけて電源を入れる。40インチの液晶テレビは、すぐに天気図を表示する。


「……なんか天気予報って久々に見た」


 それは当たり前のことなのだが、言われてみないと気付かない。向こうの世界には、天気を予報するという概念がまだ無いだろうし、こっちの天気を見ても向こうには何の意味もない。

 だが久々に見るテレビ映像に、ゆきは相貌を崩している。記憶の根底にある、望郷を覗く様な心境なのだろう。

 ちなみにこっちの世界に来た人達のうち、ゆき以外はこれがテレビというもので、映像を映す機械だということは知らない。もし知られたら好奇心旺盛な子ばかりだ、ずっと貼り付いたまま動かなくなる可能性もある。同時にハードディスクレコーダーなんかを知られたらそれこそ問題外。いつか教えてあげる日が来るかもしれないが、当分は内緒にしておくことに決めてある。

 しばらく二人でぼーっとテレビを眺める。天気予報は終わり、いつしか事件・事故のニュースへ。何気なく流れる交通事故のニュース。それを見るゆきの目が少し細められる。


「何時までたっても、事故ってのは無くならないものね」

「……そうだな」


 複雑な感情の織り交ざったその言葉に、俺は曖昧な肯定を返すしかできなかった。


「カズキはさあ……」

「……何だ」

「お姉ちゃんの事、好き?」


 ゆきのストレートな質問に、予想通り言葉が詰まる。単純に“好き”か“嫌い”かならば当然好きだ。だが今聞かれている質問の答えはそうじゃない。愛情をこめて好きだと言えるかどうか、そう聞いているのだ。

 目を閉じてじっくりと思い返す。人を好きになるのは理屈じゃない。どこが好きになったのかわからないけど、とにかく好きになったという話もよく聞く。俺もそうなのだろうか。そうだとして、やっぱり好きと言えるのか、それとも言えないのか。

 思い出すエレリナさんの姿は、いつもミレーヌと一緒だ。常に気を配り、心を許し、そして隣で寄り添い笑いあう──。



「そうだな。……うん、好きだ」



 浮かびあがる笑顔は、ミレーヌと共にいる事を本当に幸せと思っている笑顔。

 その笑顔が好きだ。隣にいるミレーヌもひっくるめて、笑顔のエレリナさんが……好きだ。


「よかった。これで、やっぱちょっと……とか言い出したらどうしようって思ったわ」

「余計な気を使わせたな、悪かった」

「いいわよ。姉の大事な大事な滑り込み婚活だもの。なんとかしないとって思っただけ」

「……容赦ないなお前。でもこれで、あとはエレリナさんの説得か。そこが一番の難関になるのか」

「んー、大丈夫なんじゃないかな」


 ゆきは妙に楽観的に言う。でも、あのエレリナさんが結婚を、しかも相手が俺という事を簡単に承諾するとは中々思えなかった。

 とりあえずすぐにミスフェアへ行き、そこで大切な話があるとエレリナさんとミレーヌに告げる。内容的に後の二人にも聞かせるべきと判断し、ミズキを連れて王城へと向かった。






「それでカズキ、大切な話とはいったいなんですか?」


 既に顔パス状態の俺は、すぐさま城の応接間に通される。待っているとフローリアがやってきて、そしてストレートに疑問をぶつけられた。


「まず最初にこれを言っておきまず。エレリナさん」

「はい」


 自身が何を言われるのかわからないものの、信頼はしてもらえているようなので素直に返事をしてくれる。さあ、ちょっとばかし気合と気持ちを込めて──



「俺と結婚して下さい」



 ──静寂。

 言葉も音も聞こえない、でも激しい奔流のようなものを感じる。

 例えるなら、とてつもなく煩く騒がしい──無音。

 周りの皆の表情が落ち着かないようにみえる。実際には気後れしてまともに視れてないので、そう感じているだけなのかもしれないが。

 今見ているのは正面のエレリナさんだけ。その彼女が視線をこちらに向ける。


「そう考えた、理由をお聞かせ下さい」


 その視線に感情を知ることはできない。本当に事務的に聞いてるだけなのか、それとも彼女が今そうありたいと思っているからなのかわからないが。


「色々な話を聞きました。エレリナさん──ゆらさんが、何を思ってミレーヌに仕えているのかも、申し訳ありませんが十兵衛さんから聞いてます」

「……そうですか」


 その言葉に一瞬瞳が揺れるも、すぐに平静さを取り戻す。強い(ひと)だ、と思った。その強さがあったから今ここにいるのだろうとも。


「でもそれは切っ掛けです。俺のエレリナさんに対しての感情を気付かせるための事であり、それだからという訳ではありません。俺は……」


 頬か熱く感じる。ここ最近、こんな感じの事が度々あるが。中でも今日は特に強烈だと思う。だが、あの日あの時決心した事に、もう背を向けるつもりはない。俺が共に居たいと思う人の中に、エレリナさんも入っているのだから。



「……貴女が好きです。──結婚、して下さい」



 俺が言いたいことは言った。

 言葉は少ないが、言うべき事は伝わったと思う。

 視線の先にいるエレリナさんは、周囲の人達をゆっくりと見る。


 フローリアを見る。その視線に頷き返す。


 ミズキを見る。その視線に頷き返す。


 ゆきを見る。その視線に頷き返す。


 ミレーヌを見る。その視線に頷いて、笑顔を見せる。


 そして、俺を見る。



「一つだけ、約束して下さい」



 エレリナさんがこちらへ歩いてくる。

 正面から俺の顔を見る。心なしか頬が赤く見えるのは、気のせいではないと思う。



「ここにいる全員を、必ず幸せにして下さい」



 そう言って抱きしめられた。強く、でも、とても優しく。

 願いは単純で、それでいて大変な事だった。ここにいる全員を幸せにする。それはあたりまえの事で、だれでも願う事。だからこそ、一番大切な事だ。


「わかった。必ず幸せにする。フローリアも、ミズキも、ゆきも、ミレーヌも。そして──」


 抱きしめる手の力を少しだけ強くする。


「エレリナさん、あなたも含めて全員を幸せにします」


 これが俺の正直な想いだ。

 そんな俺の言葉を聞いたエレリナさんが、ふっと笑って俺の胸を掌で少し押す。なんだろう、と思ってエレリナさんを見ると少し照れたような笑みを浮かべている。


「ふふっ、違いますよカズキ様」


 そう言って人差し指をそっと俺の唇に触れるように向け、



貴方(カズキ)も含めて『全員』です。『全員』で幸せになりましょう」



 そう言ったエレリナさんの表情は、俺が改めて恋するにふさわしい、優しい愛の籠った笑顔だった。





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