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10.それは、もう一つの自分

「………………」


 ここはグランティル冒険者ギルドの中。そして目の前で、テーブルに突っ伏して屍のようになっているのは妹のミズキ。

 ちょっとばかり普通じゃない剣の名前を、公衆の面前で口にするというイベントを経て、今はもう精根尽きたようになってしまった。


「あーその、なんだ。ランク昇格おめでとう」

「…………ありがと」


 顔をテーブルにふせたまま、もごもごと返事をされた。

 あの衝撃の発言からそこそこ時間も経過して、普段の喧騒をとりもどしたギルド内だが、まだ少しばかりミズキを見ているような視線を感じる。

 だが、そこに馬鹿にするような視線は感じず、どちらかというと何か微笑ましく見ているような雰囲気を感じてしまう。なんというか、優しい世界だなここは。


「でも昇格は2つあがってDランクか。内容からして、もっと上がりそうなのに」

「あー、その事に関してなんだが……」


 俺の何気ない呟きに、まさかの返事がきた。驚いて声の方を見るとギルドマスターのグランツが。


「どうしたんですかグランツさん」

「へ? あ、グランツさん……」


 俺の声で、あわてて顔をあげるミズキ。さすがにギルドマスターが側にいるのに、いつまでも突っ伏しているわけにもいかないようだ。


「一応冒険者ギルド協会の規定で、ギルドマスターが認めた場合のみ2段階の昇格が認められている。つまり、1クエストにおいてどれだけ成果を誇示しても、Fランクからの昇格はDランク止まりなんだ」

「なるほど……」


 それでもなんとかならないか? と思わなくもないが、この世界での色々な規則とかあるのだろう。むしろそういう規則があるなら、単純に解決できるってものだ。


「それならば一度同じくらいの成果を示せば、また同様に昇格できるんですか?」


 俺の疑問をそのままミズキが問い返した。まあ、普通はそう思うよな。


「今回ミズキがこなしてきた内容なら、ギルドマスター権限でBランクまでなら可能だ。それ以上の場合は、さすがにスキップ昇格はできないがな」

「ちなみに、今回のミズキを規約制限なしで評価した場合、どのランク相当ですか?」


 俺の質問に、少し目をつむり考え込むグランツ。なにやら独り言のようにもらしているのは、頭の中で評価加算をしているのだろう。ほんの十数秒の時間が経過して、


「少なくともBランク評価は超える。Aランク未満のBランク以上だ」

「本当ですかっ!?」


 グランツの評価に、思わずテーブルに乗り出すようにするミズキ。まあ、妥当と言えば妥当なのだが、登録したてのペーペーが、いきなりそんな評価をされるのであれば浮かれても仕方ない。


「分かりました! では、次もよろしくお願いします!」


 そう言って、礼儀正しく頭をさげるミズキ。先程までの憂鬱そうな雰囲気はどこへやら、既に次へ向けての意欲に押し上げられている。まあ、こっちの方が俺も安心できるな。

 ミズキの前向きな態度と向上心に、グランツも満足そうな顔をして席を立った。とりあえず、これで今回のクエストは全部完了だな。




「お兄ちゃん、これからどうする?」


 一応ギルドのクエストボードをざっと見てきたが、丁度いいくらいのクエスト募集は見当たらなかった。何より、そうそう連続でクエストを受けるものでもないんだけどな。

 なので今日はもう冒険者家業はお休みだ。となると……


「今日はのんびりするか」

「じゃあ、このまま遊びに行こうよ。クエストで収入もあったし」

「別に無茶な贅沢するんじゃなければ俺が……」

「いいのっ。これは私の初クエストの報告とお礼なんだからっ」


 そう言って笑顔を向けるミズキを見ると、どうやっても断れない自分を実感。俺は妹属性とかはないんだけど、これはやっぱり親の心境だよなぁ。

 あれだよな。初月給で親に何かを買って……みたいな。俺、結婚もしてないのに親心を学んでる……。


「それじゃあ、ミズキに甘えるかな」

「うんっ!」




 俺はミズキと二人で、のんびりと散歩した。商業エリアの方へ出向き、何か面白いものでも売ってないかな~と散策。いわゆるウィンドウショッピングだが、こっちの世界にはある言葉なのかな?

 なにより元のLoUではこの辺りは、それっぽい屋台とその場に立っているだけのNPCが配置してあるだけで、何か意味のある場所ではほとんどなかった。一部の屋台が、回復アイテムとかを売ってるNPC店で、それ以外は本当の意味での賑やかしでしかなかった。

 でも、今この世界では皆意思をもって動いている。働いて生活しているんだ。そう思うとなんかすごいなって思うと同時に、自分たちがしてきた事の意味をちょっと考えたりもする。


「……どうかした?」


 黙り込んでしまった俺を気にして、ミズキが聞いてきた。いけない。せっかくのんびりと過ごそうと思ってたのに、へんな気を遣わせてしまったようだ。

 NPCだとか、そういうのは今は考えるのはよそう。この世界に来るようになって、何度目かのゲームとの差異に関する自問をしてきたが、それも今はお休みだ。

 隣で心配した目でこっちを見るミズキ。……うん、今は楽しもう。


「いや、なんでもないよ。うちの妹はかわいいなって思ってね」

「なっ……何を言ってるのかなっ」


 何故か慌てる妹を見ながら、改めて思った。

 きっかけはどうあれ、今はこの世界に来れた事、感謝だな。




 その後、俺達は色々見ながら歩いた。

 こっちの貨幣が全部硬貨だったりして、こっそり驚きながら感動したりもした。俺の持ち物として、かなりの額のお金を持っているのだが、あまり使用タイミングがなくて一度も出し入れしてなかった。

 もし取り出したりしたら、目の前に山のような金貨でも出てくるのかな。アイテムと同じように簡単に出し入れできるのなら、一度積み上げてみたいものだ。


 そう考えていた時、俺はあることを思い出した。それは……


「お兄ちゃん!」

「ぅお!?」


 ふいの呼びかけに思わず、不本意な声をあげてしまう。それがおかしかったのか、怒っていたはずのミズキが笑いながら俺を嗜める。


「も、もうっ、また何か考えてる。しかも、変な声だして」

「あー……そうだな、すまん」


 よし。本当によそ事を考えるのはヤメよう。今はせっかくの時間を楽しむべきだ。

 そう考えて、ようやく俺はミズキとのんびりした時間を過ごした。






 存分に楽しんで、十分に気分転換もしたところで、俺は一度リアルに戻ってきた。

 自前の無停電電源装置が、短くても10時間ほどの保障があるのは確認したので、基本的に8時間ほど経過したら必ず様子見で戻るように決めた。

 定期バックアップの動作確認をし、各種配線や余所からのメールなどの確認も完了。

 今日はもう少しだけLoUの方へ行きたいので、もう一度PCの前に座る。

 だが……ここからが、今日は違う。

 マウスを握りカーソルを動かし、ログインするキャラの上で止める。そこには──



  『GM.カズキ』



 いつもと違い、特別な白い鎧をまとったキャラ。

 そう、会社がまだ倒産してなくサービス期間中にやっていた仕事の一つ、“ゲームマスター”だ。

 “ゲームマスター”……通称GMは、いわばオンラインゲーム世界の警察だ。

 警察なんて言うと、悪い人を捕まえてるイメージが先行するけど、要するにプレイヤーのサポートをするためのキャラだ。

 たとえばオンラインゲームで、本来入れないはずの場所にフィールドの不具合などで入り込んで、身動きがとれなくなった場合とか対処したり、禁止されている不正行為をしているのを取り締まったり。

 時には運営公式イベントなんかでは、プレイヤー達とともにイベントを盛り上げたり。

 あと、基本的にパトロール中は姿を消していることが多いけど、気まぐれに姿を見せたりするので突然フィールドで出会ったときは驚かれたりもする。

 そんな時は、一緒にスクリーンショット撮りたい等言われて、記念に写ったりもしたことも。


 またGMは、その役割からステータス的にも特別な処置が施されている。

 まず、シャレにならないぐらいの強さを誇る。これは取り締まる相手プレイヤーが不正行為をしている場合、どういう事が必要になるのかわからないので、ゲーム上のキャラもおそろしく強化されているのだ。

 その強化の具合だが、実のところほぼ無敵。GMにしか無い機能として、各種障害物などの当たり判定をなくして自由に行動できるとか、各種パラメータがプレイヤーキャラでは上げられない数値になっているとか、指定したキャラを特別な部屋に呼び出すことも可能だ。


 ただ、あまりにも強いので、GMの仕事で動かす以外には使用することはなかった。というか、使用するわけにもいかないのだけれど。

 それでもこれでLoUの世界へ行ったら、どうなるのか興味はある。もしリアルのLoUと同じように、異常なほどの能力が発揮できるならそれはとんでもない事だ。チートとか言うレベルじゃない。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。行ってみようか──






「な、何者ですか!?」

「え?」


 もはや大分慣れたLoU世界へのログインだが、視界に見知らぬ室内が入ってくると同時に、女の子の声も飛び込んできた。

 どこかの知らない部屋へ出てしまったようだ。しかも置いてある家具などを見るに、とても高貴な人の所だとうかがえる。

 あわてて振り向くと、そこには白いドレスを着て、頭に上品なティアラをつけた女の子がいた。

 だが……見覚えがある。プレイヤーとして遊んだ時の記憶ではなく、LoUを設計している段階での記憶であり、もっと言えばサービス終了の為、ついぞ実装されなかったキャラに酷似している。

 そのキャラクターの名前、それは。


「フローリア王女……?」


 そうだ。彼女はこのグランティル王国の第一王女フローリア。王女であり聖女である彼女は、聖王女とよばれ親しまれている……たしかそんな設定だ。

 驚いて王女を見ていると、少し恐怖に寄った表情が何かに気付いたような顔になる。そして、


「もしや、GM(ジーエム)様……ですか?」


 どうしようと悩む俺に、王女からGMだと当てられた。

 ……というか、“GM”ってゲームマスターじゃなくそのまま英字読みするのか。


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