私と魔女と魔法少女
「今さっきは見苦しいところを見せてしまい申し訳ございませんでした……」
ぽこぽこと争いあって疲れたのか、息を切らしたすみれがいきなり謝ってきた。隣にはリフィーもいる。
「いや、気にしてないから大丈夫」
私はというと、庭園の風景を楽しみながら椅子に座ってアイスココアを飲んでいたため、疲れてはいなかった。まぁ、はしゃげるだけの体力があるのはうらやましく思うけれども。
「にしても、本当に魔女……なんですか? 私には魔法少女のお姉さんにしか見えないんですけど」
「こんな服着たお姉さんがいるわけないと思うんだけど、どうかしら」
どっちかというとかわいい系、あざとさを感じるタイプの服装だ。まずいないだろう。
「いや、以外といますよ? それに、私より身長高いのに可愛いのが似合うなんて羨ましいですし」
「返答になってない……」
そこは否定してほしかった。思わずため息がでる。
「まー、そういうもんじゃない? そもそも、魔女っぽい服着た魔法少女なんて、結構メジャーだしさ」
「だとしても、私は魔女なんだけどなぁ」
何回も魔法少女じゃないの? と言われると、自分の立ち位置が若干不安になる。まるで、自分が魔女じゃないような感覚だ。
「でも、魔女って言うのなら悪いことしてきたんですよね。ピンポンダッシュとか、チェーンメール送信とか」
「……ぴんぽんだっしゅ? ちぇーんめーる?」
「ちょっと待って、アルちゃん着いてこれてない。これ、人間の文化での悪いことだから、おーけー?」
「う、うん」
いきなり知らない横文字が入ってきたので頭が真っ白になってしまっていた。リフィーの言葉がなければクエスチョンを飛ばしたままになっていただろう。
「よくわからないけど、悪戯行為を行っているかどうかのこと?」
「そう、そういうことです! 最近、私が見た魔法少女のアニメの中で、そういうことやってる魔女がいたんですよ! だから、本物の魔女だって悪戯してるんじゃないかなって」
「してないわよ」
「え?」
否定した瞬間、すみれの目が宙を浮いた。想定してない答えだったのだろうか、もう一回伝えよう。
「いや、だからしてませんって」
「魔女って悪いことするんじゃないんですか?」
「しない魔女もいます」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
理解できないような、理解したようなあいまいな顔ですみれが見つめてくる。そんな目で見られても事実なんだけどな。
「それだとなんだか妙です。師匠、魔女は悪い奴ばかりだと言ってたんですけど……」
「昔はそうかもしれないけど、結構変化してると思う」
「そういうものでしょうか?」
「そういうもの。まぁ、私はすみれの師匠のことが気になるんだけどね」
「師匠のこと、ですか」
私の口から師匠の言葉が出てきた瞬間、すみれの目の色が変わった。ほんわかした態度から、ちょっと真面目な雰囲気になった感じだ。
「確か、昔から悪い奴をやっつけるために戦っている正義の魔法少女……みたいな人だよね、すみれちゃん」
「そうですね。魔物、吸血鬼、魔女、妖怪など、世界を問わず害をなす悪を裁く正義の魔法少女です」
「魔女も多くの人数が裁かれたの?」
「みたいです。魔法を使って人体実験をしていた卑劣な魔女を倒したとか、そういう武勇伝を聞いたことがあります」
「うげぇ、えげつないことやってる魔女もいるものね。アルちゃん、そういう魔女の知り合いとかっていたりする?」
「いないかな。似たような話は本で読んだことがあるけど、度が過ぎた魔女は追放されるって話も聞いたことがあるから、多分どこかに隔離されてると思う」
噂でしか聞いたことがないが、世界規模の事件を起こした魔女や道徳性を欠如しているとされた魔女は、魔女図書館から追放され、どこかしらの地に封印されるというのを耳にしたことがある。きっとそういう悪い魔女と戦っている人かもしれない。すみれの師匠は。
「でもやっぱり、魔女は一人だけじゃないんですよね」
「まぁ、そうね。たくさんいると思う」
「……正直な話、悪いことする前に、倒しちゃったほうがいいんじゃないかなって、思うんです」
「どういうこと?」
「師匠の教えに従うならば、魔女を見つけたら有無を言わさず倒すべきだってことです」
すみれが静かにけれども強い意志を持った目で、私を見つめてくる。力を持った目だったので少し恐怖を覚えた。
「私を今、討伐するの?」
「いやいや、しませんよ。でも、戸惑っています。色々と」
「具体的に、どういうことが?」
「アルさんって、本当に魔女っぽくないなって」
「そうかしら」
「それ、なんとなく解るかも。アルちゃんは魔女っていうより魔法少女よりの感じがする」
リフィーの言葉に思わず首を傾げる。
「魔女っぽさとか、そもそも魔女ってなんなのかしら」
「それっぽさで言うのなら、おどろおどろしさとかじゃないの?」
「師匠が言うには、悪行をする悪い女の魔法使いのことを魔女だと」
私の問いかけには二人ともストレートに答えてくれた。これらが指しているのが、きっと一般的な魔法少女の魔女のイメージ像であることもなんとなく理解した。真面目な顔で返答しているから、なおさらそれを感じる。
でも、気になる。良い魔女もいるはずなのに、どうしてこうもマイナスイメージが付きまとうのだろう。
「私みたいな存在は、魔女に相応しくないのかしら?」
物語に登場する魔女は悪者ばかり。良い魔女の場合は庶民的な姿を見せることがない。私みたいに甘いものを食べてぶらつくだけの魔女なんて、この世界に存在するのだろうか。孤独に似た感じを覚え、少しだけ不安になってしまった。
「魔女って脇役のように、ひょこって現れて手助けするだけの少しだけ助けるもの、または完全な悪。そういうのじゃないと駄目なのかしら?」
「それは……」
すみれの顔が曇る。彼女の困惑は私にも伝わってくる。物語で登場するような魔女には、私のような存在はいない。師匠から聞かされた話の中にも登場いないだろう。
だからこそ、考えてしまう。私は魔女と名乗っていいのか。私は本当の意味で魔女であるのか。
「いやー、案外そうでもないかもよ?」
しかしリフィーは力強く言葉を発した。それだけで終わらせるのはもったいないよ、と語りかけるように。
思わず、彼女の方に振り向く。リフィーは微笑みかけてくれた。
「私だって正直なところ魔法少女っぽくないもん。だって、この魔法少女服だって、アレンジ海兵服なんだよ? そんなキチキチに魔女のことを考えなくたっていいんじゃないの? 私はペペロンチーノを食べて笑顔になって、ココアを飲んで極上だと微笑む。そんなアルちゃんのこと好きだしさ!」
「でも、私は私がどんな魔女かもわからないわよ?」
アイデンティティーなんてわからないし、魔女らしくもない。そう考える私の言葉を受けて、リフィーは続ける。
「そんな哲学的なことを考える心配なんてないんだって! ふと私は生きて魔女をやっている。これでいいじゃん! 考えすぎると疲れちゃうだけだって!」
「自由な考え方……ね」
確かに私は魔女であることに固執しているのかもしれない。魔女として、やるべきことは何か。使命は何か。そういうことばかり考えていたのかもしれない。
よく思い直してみると、私の悩みはシンプルだった。『私の存在意義はなんだ』というものだ。昔話を見てばかりだったのもそれかもしれない。過去の魔女から、私を発見したかったのだ。
見つめてみると単純で、でも難しい問題で悩んでいたんだなとちょっとばかり笑いたくなった。
「ありがとう、リフィー。すっきりしたわ」
「あれ? そんな良いこと言ったっけ。私のモットーを言っただけなんだけどな?」
「難しいことを考えるのもいいけど、リフィーの言葉を聞いて、もっとシンプルにも考えてみようかなって思ったのよ」
「そうそう。自分探しみたいなことはしてもいいって思うけど、それが心の負担になっちゃうくらいやるのは良くないってこと! そうだよね、すみれちゃん!」
「そ、そうですね! きっと、そうです!」
「すみれ、どうかしたの?」
リフィーの言葉に対して、心ここに在らずといった感じで返答するすみれを見て、聞いてみたくなった。悩みを聞いてもらった後は、悩みを聞く立場として話を聞きたかったし。
私の言葉に反応して、真剣な目をしたすみれがその口を開いた。
「私も、なんとなくアルさんと同じような気持ちだったかもしれないなって」
「私と同じ?」
「そうです。本当に魔法少女を名乗っていいのかなって考えることはしょっちゅうありました」
「師匠が近くにいるから?」
「それもあります。強くて偉大な師匠を見てると、私はこのままでいいのかなって思ってばかりで」
「いいじゃん別に。すみれちゃんはすみれちゃんになればいいんじゃないの?」
リフィーの言葉にすみれは首を振る。
「でも、口酸っぱく魔女は悪いとか、この魔法はこうするべきだって言われると、従わないといけないなって」
その言葉に、古い風習、文化に従うべきだという考え方だなという感想を持った。偉人が近くにいるのなら、それに従うべきだという発想だ。
魔法少女の世界観が培ってきた文化をすみれの師匠は大切にしているのだろう。そして、それを弟子であるすみれに教授している。そこまで考えて、ふと思いついた。もしかしたらすみれの師匠はこれかもしれない。
「想定の話だけど、きっとすみれの師匠は貴女のことを心配してると思うの」
「心配って、どういうことですか?」
きょとんとするすみれに対し、リフィーは分かったと言わんばかりに目をキラキラさせていた。
「あー! わかった! 保護対象として見ちゃうってやつでしょ? すみれちゃんのことが可愛くて危険な目に合わせたくない感情とかそんな感じの!」
「そう、そういうのだと思う」
「……どうして、そう感じたんですか?」
「古典的な魔女物語って読んだことある?」
「あんまし、ないです。魔女って言ったらアニメの活躍くらいしか」
まぁ、知名度が無いのは仕方がないだろう。魔女の本をじっくり読むのは私くらいの物好きしかいないだろうし。しかし、その知識を会話に利用できるのはうれしい。
「昔々の物語のフレーズから始まるお話って、教訓話が多いのよ」
「一人で森に行っちゃダメとか?」
「そうそう。で、魔法少女と魔女が対立していた関係だとするのであれば、森の悪い魔女とか実際に見たことがある魔法少女がいても変ではないでしょ?」
「魔法少女は、文化を受け継いでいるって師匠も言っていますね」
「悪い魔女が現代に現れないなんて保証は無い。もしかしたら、日常を壊しにやってくるかもしれない。そういう危機的状況に対してどう動くべきかなどを伝えてるんだと思う」
私の言葉を受けて、すみれが考え込んだ。心当たりがあるのかもしれない。
「難しいこと言うからどうもアルちゃんは堅いイメージ持っちゃうなぁ」
リフィーがちんぷんかんぷんだと、目で訴えかけてくる。そんなに難しいこと言ったかな。とりあえず、纏めなければ。
「私の考えだけどさ、自分の弟子であるすみれに、生きていてほしいから魔女のことも厳しく教えたんじゃないかって」
「じゃあ、師匠は自分の考えに染めさせるためにそういうことを言ってた訳じゃないってことですか?」
「何か、物事を成し遂げる前に死ぬなんてことをさせたくなかったって考えられるわね。まぁ、私は当の本人じゃないからわかんないけど、あえて危険なものを口酸っぱく言っているのは、すみれを守りたいからじゃないかしら」
「魔女のことを無理に悪いものと考えなくてもいいのでしょうか?」
う、それは私が言う言葉じゃない。取り消して貰わないと。
「それは貴女自身が考えることじゃないかな。私が言ったら魔女の告げ口よ」
ありがたいことに、リフィーもすみれも私のジョークで笑ってくれた。こういうことは自分の目や耳で感じたことから考えるべきだ。私はそう思う。
にしても、これくらいの距離感は悪くない。個人的に凄く好きだ。無理に遠く感じなくてもいい、近くに感じなくてもいい。ほどよい距離感を持って寄り添う。それでいい。
「自分らしくという気持ちを貫かせるために、あえて厳しく接する! いい師匠じゃない! すみれちゃん!」
「色々、考えていてくれてたのかなって考えると、ちょっと照れちゃいますね」
確かにすみれの顔は真っ赤だ。師匠のことを褒められて恥ずかしいのかもしれない。
「無理に師匠の真似をしなくてもいいのかな、リフィーさん」
「当然よ! 魔法少女の色なんて自分で決めちゃえばいいし、生き方ももう勝手に生きちゃえばいい!」
「改めて思うけど、そのリフィーの豪快な意見、結構好きよ」
「アルちゃん褒めてくれてありがとー! さぁ、すみれちゃんも固く生きなくていいんだよ! 体型の会話で盛り上がったように、アバウトに生きてもいいってものだからさ!」
「ちょ、リフィーさん! その話盛り返さないで!」
場に笑いがあふれる。当然私も笑っている。
ここには文化も歴史もない。あるのは、今を生きている魔法少女と魔女の存在だけだ。それがなんだか非常にロマンチックだった。私は、こういう魔女になりたかったのかもしれない。魔女として凝り固まった世界ではなく、もっと広い視野で世界を見る。悪い魔女、良い魔女であるべきだという考え方から逸脱して、もっとストレートに自分の感じるままに世界を堪能する。あったかくて素敵な魔女。これがアル・フィアータという魔女の生き方かもしれない。
「今度、もし良かったらアニメ鑑賞会しない? ほら、新しくやる魔法少女アニメのさ!」
「いいですね! アルさんはどうですか?」
「是非見てみたいな。魔法少女のこと、もっと知りたくなっちゃった」
「ほほーう? でも、魔女サイドからなにもないのは嫌だなー?」
「借りてもいい魔女の本を借りてくるわよ。個人的に好きな本があるからそれも読ませたいし」
「魔法少女が関連している話はあるんですよね?」
「きっとあるはず。探してみるわ」
「いやー楽しみですわ! あ、私ポテトチップスとか用意しとくね! どうせ私の家で見るからさ!」
「飲み食いしてもいいのね。ココアでも持っていこうかしら」
「う、うーん。よもぎ団子を持っていこうかな」
魔法少女に誘われるというのも人生で初めてだ。今日は、新しいことがいっぱいで嬉しい。自分のことも深く知ることができた。この今日の出来事はしっかり記憶しておこう。メモの中に、しっかりと書き記そう。
『魔法少女には物語があって、魔女にも物語がある。私たちは、根本は違うかもしれないけど、魔法を使う存在として共通しているところがある。昔にとらわれないで、自分らしく生きてみるっていうのも素敵かもしれないな』
今日、これ以上付け足すことはないだろう。感じたことの全てがこの文章に埋め込まれているのだから。
メモ帳を閉じて、私は二人の魔法少女に微笑んでみた。すると、微笑み返してくれて心が暖まった。
――この関係がいつまでも続きますように。
心の中でなんとなくお願いしてみた。