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私の名前と出逢いたい何か

 カフェ内に入ったのはいい。椅子に座ってメニューを配られたところもいい。しかし、その後、私にとって厄介な問題がやってきた。


「名前を書いてください……?」


 メニューと同時に配られた紙にこのようなことが書かれていた。それを見て思わず両腕で腕組みをした。


ーー私、名前なんて無いんだけど。


 困った。すごい困った。私は本当に最近誕生した魔女なのだ。名前なんて大層なものを持っているわけがない。

 本を読んで見聞を広げたり、色んな場所に行くことは定期的に行っているが、名前を求められるのは初めてだ。もっとも、名前を求められる場所を知らなかっただけかもしれないが。

 魔女は、あまり名前を重要なものだと考えない。基本的におとぎ話の魔女のネーミングのパターンは『白雪姫の魔女』を代表とする『おとぎ話の名前+魔女』や、『お菓子の魔女』などの『方角やもの+魔女』といったものが非常に多い。つまり、名前がない魔女がいるというのは変なことではないのだ。


「名前かぁ」


 あまり考えたことがなかった。適当に付けるとしても、私には日本語の名前は合わないだろう。ここは思い浮かんだ名前を直感的に決めていくスタンスでいこう。


「コンフェイタル・リ・テイリア」


 思いついた言葉を発してみる。これでは名前ではなく呪文だ。


「アから始まるのとか、どうだろう。アル……アジフ?」


 私がその魔導書の名前を借りるのは流石に格が違いすぎる。却下。


「でも、アルって響きは悪くないかも」


 しかしながら、不思議としっくりと来たフレーズの『アル』は採用。


「あと、もう少しでいい感じになりそうだ。アル、アルフォード、アルフィード」


 何かおやつのようなワードが出てきた気がする。しかし、なんか近い。なにかしら自分のイメージに近づいてる気がする。


「アルフィ、アルフィアタ、アル・フィアータ」


 いい感じ! なんかしっくりきた。


「アル・フィアータ・コンフェイト!」


 コンフェイトは要らないかもしれない。でも、なかなかにこれはいい。


「アル・フィアータの魔法は、コンフェイト!」


 こう言ってピースサインを取ってみたらなかなか心地が良かった。周囲の人から変な目で見られたが特に気にしない。アル・フィアータ、今度からそう名乗るようにしてみよう。

 名前は決まった。これで安心して食事に取り掛かれそうだ。注文を頼む前に、配られた紙に私の名前、アル・フィアータを書く。さぁ、準備はできたぞ。ようやく食事タイムに移れる。




 私は頼んだメニューはパスタとアイスココアだ。パスタの種類は具体的に言えばペペロンチーノ。辛い味わいがたまらないパスタだ。食べ物に好き嫌いはない。どれもおいしく頂くのが私なりの食べ方だ。

 楽しみにしながら待っていたら、水兵服をフリフリにしたような服を着た店員が私のところにペペロンチーノを置いてきてくれた。あれも、魔法少女とカウントして良いのだろうか。


「もし、食べ終わったら感想教えてね?」

「私以外にもお客さんがいるのでは?」

「ううん、一人に一人ずつ店員が対応してるからいいの、今の時間は」

「そうなんだ……」


 それでいいのかとも少し思ったが、なんだかんだで大きいカフェだ。店員の数も余裕もあるのかもしれない。忙しそうな店員は見た感じ、いなかった。目の前の店員も自分のペースで仕事をしているのだろう。


「じゃあ、一旦どいてるから」


 私の心を察したのか、店員は私の近くから離れていった。ありがたい。食べるときは可能な限りじっくり味わいたいのだ。


「さて、と」


――ついに、食べる。


 喋っていた自分を封印、そして心の中で静かに覚悟を決める。おいしいものを食べるときに重要なこと。それは、一点集中して味わうことだ。甘いスイーツを食べる時も、それを味わうと決意した後に食べると美味しさが変化する。五感と精神を研ぎ澄ましてこそ、食べるという行為は輝くのだ。食事は対話だ。対話が食事だ。さぁ、味わい尽くそうではないか。


「頂きます」


 魔法少女が、魔女が作ったパスタだ。今回はペペロンチーノ。本当に魔法少女や魔女が作ってないにしても、じっくり味わおう。こうしたものは、イメージが重要だ。フォークを手にし、ぐるぐると巻く。巻き損ねることのないよう、集中して巻く。そして、巻いたパスタはこぼさないように静かに、そして大胆に口の中に入れる。


「……!」


 声にならない叫びが出た。これは、研究された味だ。口の中にすっきりとした辛さを感じる。


「もう一口」


 先ほどと同じ動作を繰り返す。


「…………!」


 たまらない。おいしい。その声が言葉にならないほどの衝撃を、全身で感じた。

 まず、スープとパスタの絡み具合が素晴らしい。スープが存在することによって、パスタが生きる。パスタが触感を与えることによってスープがうま味を引き出す。素晴らしい共生関係だ。


「つ、次は」


 ペペロンチーノに盛り付けられている魚介類に注目する。イカ、エビ、ほたて。一つ一つが輝きを発している。魔性の魅力というやつだ。

 静かに、口にしてみる。しっとりと、それでいてこってりと口の中で咀嚼するほど味を引き出す魚介類のすべてが、私の頭の働きを冴えさせる。


――あったかい、されど、くどくもない。さっぱりとした、味わい。


 スイーツを食べている時とは違う世界を、私は、今、感じ取っている。これは、このパスタは、このペペロンチーノは長い歴史の中で精錬された熟練の料理だ。辛さという味覚を最大限までに研究して、魚介類という海の幸そのものの性質を理解して、ようやく辿り着ける極地。そこに私は立っている。歴史の立会人と化している。その感動が、私の全身を『美味しい』という世界を持って表現している。


「嘘、偽りなく、このペペロンチーノには伝統がある」


 誰が、この伝統を文化として昇華させたのか。私は『美味の世界』の中で静かに考えることにした。





「満足した?」

「あ……はいっ! すごいおいしかったです!」


 私が正気に戻ったのはペペロンチーノを持ち運んでくれた店員に声をかけられてからだった。ある種トランス状態に近い状態だったらしく、血走るような目つきでペペロンチーノを食べていたらしい。


「そ、その美味しすぎて……頭空っぽになっちゃいました」

「いやー、あんなに真剣に食べたお客さん、始めてみたよ!」

「食べ物には目がなくて、どうにも自分が止められないんですよ」


 声を掛けられるまで、意識が飛んでいた自分を思い出し、恥ずかしく感じた。


「随分グルメな魔女ね!」


 その一言に一瞬びくっとしたが、彼女が魔女といったのは服装からだろう。しかし、私がグルメか。案外間違いではないのかもしれない。


「でも嬉しいね! 私の実力で美味しいって言われるのは感激だ!」


 店員は小躍りするように私の前ではねていた。そんなに嬉しいのだろうか。


「貴女がこのペペロンチーノを作ったの?」

「そうそう! 具材の魚介類とか、私が獲ったし、パスタ自体も私が作ったのさ!」

「それはすごいなぁ」


 一から作るという精神は尊敬する。正直かっこいい。


「……ん?」


 でも、よく考えると変だ。魚介類を獲るとさらっと言っていたがこれはどういうことなのだろうか。日本の東京は一応海に面しているらしいが、獲って作るとしたら時間が掛かるのではないか?


「ちょっと待って。魚介類はどこで獲ったの?」


 気になったら質問だ。


「綺麗な海でだよ?」

「具体的には?」

「うーん、わからない!」

「わからないって……」


 海で獲ったというのは事実らしく、自信満々に言っている。しかし、何処で獲ったかはわからないらしい。いったいどういうことだろうか。


「でも、獲ったんですよね?」

「当然!」

「どうやって?」

「魔法でだよ?」


 ……ん? 変なワードが聞こえた。


「魔法? 魔法って言った?」

「当たり前でしょ? 魔法少女が魔法を使うのは当然でしょ」

「魔法少女?」

「うん」


 これは、カフェのサービス業の一環で魔法少女と言ってるのだろうか? 自信満々に返答してくる店員を見て不安に感じる。


「魔女じゃなくて、魔法少女?」

「当然でしょ?」

「コスチュームじゃなくて?」

「もちろん、本当」

「ほかに魔法少女は結構いるの?」

「ここには多いかもね?」

「……ちょっと待って、理解が追い付かない」

「あれ、ひょっとしてアル・フィアータちゃんって」


 いきなり名前で呼ばれて驚いた。訂正してもらわないと。


「アルでお願いしていいですか?」

「あ、ごめん。アルちゃんって、もしかしてただの魔法少女オタクだったり?」


 ただのとはちょっと研究している人がかわいそうではないかと思ったが、返答しなくては。


「違いますよ」

「じゃあ、コスプレイヤー?」

「それも違うかな」

「変人?」

「違うって」

「魔法少女じゃないの?」

「厳密には違うけど、魔法を使う存在だというのは間違ってませんよ」

「魔法使いなんだね!」

「魔女です」

「なんだ魔女かぁ……って、え? 魔女さん!?」


 なんで店員に驚かれないといけないのだろうか。私だって魔法少女が実在したという事実を受け止めきれていないというのに。あぁ、頭が痛くなってくる。


「すみません、話はするけどココアを下さい」

「ごめんごめん、今持ってくる」


 店員がそそくさとココアの用意をしに走っていった。その動作にはどうにも落ち着きがない。


「魔法少女かぁ」


 本当に存在していたとは。空想上の存在じゃないかもしれないとは考えていたが、こんなタイミングで会うとは。運がいいのかもしれない。ついそう思いたくなった。





「魔法少女リフィー・シュアーよ。リフィーって呼んでほしいな」


 ココアを持って来た瞬間、今さっきの店員が自己紹介してきた。話したくてうずうずしていたのか、目が輝いている。

 改めて、容姿を確認してみる。水兵服なのはさっき確認した通りだが、青髪のショートヘアが、さわやかな性格をより引き出しているのかもしれないな、と考えた。よく見ると服だって、水兵服というよりセーラー服というべきだったかもしれない。海の世界に生きる学生みたいな雰囲気だ。


「人の体じろじろ見て、なにかあったの?」

「いや、なんでもないです」


 リフィーが訝しげに私を見つめてくる。深い意味はないのだけれども、この行動に不信感を持たれるのは仕方ないのかもしれない。集中すると周りが見えなくなりがちなのは悪い癖だ。修正しないといけないな。


「とりあえず、よろしくお願いします、リフィー」


 今さっきのことが無かったかのように挨拶する。


「おお、アルちゃんは人のことを呼び捨てにするんだね!」

「リフィーさんでもいいですけど……」

「いや、軽いほうが好きだから、全然おっけーよ! あと、敬語使わなくっても問題なし!」

「あ、敬語にしなくていいのは、少しありがたいかも」

「そうだよね! ちょっと、ガチガチ感あったし!」


 リフィーはなかなかにテンションが高い子みたいだ。一つ一つの動作がいちいち大げさとも言う。言葉をしゃべるときにボディランゲージもやっている。


「にしてもアルちゃんって魔女なんだよねー。私ビビっちゃったよ。見た目で魔女ーって言っただけなのにまさか正解だったなんて」


 やはり、最初のは見た目だったか。ちょっと安心だ。


「私も驚いたわ。まさか、魔法少女が本当に存在するなんて」


 リフィーが私の言葉を聞いて苦笑した。


「魔法少女カフェだからね。コラボ中とはいえ」

「アニメとは関係なしに魔法少女カフェ?」

「そうそう。魔法少女をモチーフにしたカフェ」


 そういう所だったのか。今までまったくマークしてなかった。結構東京に行ってたのに今日まで気が付かなかった自分にびっくりだ。


「普段からリフィーはいるの?」

「あたぼう! 伊達に料理は作ってないし、そこそこキャリア長いのさ」

「すごいなぁ」

「ふっ、そうでしょ? ドヤ顔でピースしてあげてもいいよ?」

「遠慮しとくね」

「えー、そんなぁ」


 テンションが高いだけではなく、話を広げる力もある。リフィーは、そういう意味で話し上手な魔法少女なのかもしれないな。


「にしても、魔法少女カフェ……魔法少女ってこのお店に来たりするの?」

「そりゃそうでしょ。魔法少女の憩いの場になってるんだから」

「魔法少女の日常的空間でもあるのね」

「それに今の期間は、いつもにまして魔法少女の客が増えてるね。多分これはアニメ補正」

「増えるものなんだ……」


 普通、一般人みたいな人が増えるんじゃないか、と考えたがその疑問についてはすぐに答えてくれた。


「当然じゃない? 大体の魔法少女はアニメ化を望んでるって噂だし、こういう場所で顔を売りたい子がいても変ではないでしょ?」

「ずいぶん社会的なのね」

「いやぁ、知名度がほしいのよ、皆。『アニメは魔法少女のロマン!』というやつもいるくらいにね」


 魔法少女は目立ちたがりなのだろうか、興味深い。色んな魔法少女に会いたくなる。


「じゃあリフィーはアニメ化されたいの?」

「うーん、恥ずかしいからされなくてもいいかな! されたらされたで面白いアニメが出来るよう頑張っちゃうけど!」


 ロマン、というより夢でもあるなと感じた。リフィーのにやけ顔がアニメ化されたいと、囁いている感じがして思わず苦笑した。

 そういえば、話に夢中でアイスココアに手を伸ばしていなかった。話がいい感じに区切られたし、アイスココア、飲んでみようではないか。


「おいしいっ!」

「おじさんみたいにぷはぁーってするね!」

「仕方ないでしょ、事実なんだから」


 いつも私が飲んでいるアイスココアよりさっぱり感がある。すっきりとした甘さが体中を包み込む。その感覚をじっくり堪能する。これはなかなかよろしい味だ。特に、氷の冷たさがうまくココアの甘さと調和して素敵なハーモニーを口の中で奏でている。これはぐびぐびいける一品かもしれない。


「にしてもアルちゃんってほんとに食べるの好きだね」

「おいしいものを食べると頭が活性化するからね」

「あー、たしかに納得できる意見だわ」


 頭がすっきりした。バックからメモを取り出して、聞き取りモードに変えていこう。


「で、魔法少女の話に戻してもいい?」

「全然おっけーよ」

「まず、魔法少女のことについて聞きたいの」

「具体的にはどういう?」

「どうやって産まれたのか……とかかな」

「私は普通の人間から魔法少女になったよ」

「ん、変化したってこと?」

「変化というよりは変身って言ってほしいけどね」

「変身」


 元々の人間の姿と魔法少女の姿を使い分けているのか。重要そうだ、メモする。


「そうそう、変身。人間の姿から魔法少女の姿になるの」

「自分の使い分け?」

「うーんちょっと違うかも」

「魔法の力のコントロールとかそういう問題かしら」

「そう、それ! 普段の暮らしの中で、下手に魔法を使うと危険だからね」


 なるほど、魔法少女の魔法だって万能ではないのか。これもメモしておこう。


『人間としての文化と、魔法少女としての文化。その二つをうまく調和させる手段としての変身』

「なんだか、難しいこと書いてるんだね?」

「気になったことをメモしてるだけだから、結構書いてあることはシンプルよ?」


 今日取ったメモを見せてみる。リフィーが感嘆の声をあげていて、少し私が照れそうだ。


「ネットゲームさ、なんで平仮名で書いてあるの?」


 その中で、リフィーが、気になった言葉を発見していた。私がちんぷんかんぷんだった言葉だ。


「カタカナの言葉なの?」

「アルちゃん、機械類詳しくないの?」

「地元にそういうのないから……」

「まぁ、魔女が機械に詳しいっていうのもなんか妙だし、そういうもんだよね」


 さりげなく酷いことを言われた気がしたが、まぁ事実だなと思ったので頷く。

 東京にあるテレビみたいな映像を映す機械などは魔女図書館には存在しない。だから詳しくないどころか知らないのだ。


「今度調べてみるといいかも。結構面白いよ」

「今、教えてくれるわけではないの?」

「話すのはいいんだけど、魔法少女の話からものすごい脱線するから、教えるのはアウト」


 リフィーが話を遠ざけようとしているあたり、これもなかなか歴史ある文化なのかもしれない。

 ネットゲーム。これもなかなか奥深い。調べるときには相当な気力が必要そうだ。


「魔法少女の話に戻していいよね?」


 メモしようとしていた私の行動が気になって言ったセリフなのかもしれない。いかんな、情報の取捨選択は大切だ。ネットゲームのことを、今は忘れよう。


「私も話したいと思ってたわ。脱線させて申し訳ないね」

「いやぁ、つい気になっちゃう私も私だけどね」


 アイスココアを一飲みして、ネットゲームのことは一旦忘れることにしよう。


「甘い、好き!」

「ココア飲んでる時、すごいキャラ変わるね、アルちゃん」

「……気になるの?」

「可愛いなって」


 ストレートに可愛いと言われるとどう反応すればいいか困る。恥ずかしいのでリフィーの方から顔を背ける。

 そもそも、私が言葉にして再確認するのには意味がある。可愛いと言われるためではないのだ。ココアの味を認識すると、より甘さを感じ取れるのだ。それによって、頭のリフレッシュも同時にできる。つまり、魔法少女のことに集中する頭へと瞬時に切り替えられるのだ。


「魔法少女って、じゃあどうやって変身できるの? 条件は?」


 現に、恥ずかしいと思っていた心もココアパワーですぐ元通りになった。気を取り直して魔法少女のことを聞く。


「変身できるって教えてもらえばなれるよ。割と簡単に」

「魔女でも?」

「あーごめん。それはわかんないかも」


 そりゃそうだ。魔女の魔法少女というのもなんだかよくわからないしチンプンカンプンな感じがする。


「リフィーの場合はどうだったの?」

「夢の中で貴女は魔法少女になる力があるって言われて、次の日、気が付いたら変身できたみたいな感じ」

「あ、結構アバウトなのね」

「どんな女の子でも魔法少女になれる可能性はあるらしいけど、みんなが私みたいな体験によって変身できるようになるのかどうかは、ちょっとわかんないかな」

「客の魔法少女には聞けないの?」

「聞いた話だと、マスコットキャラクターの契約によって能力が身についたとか、生まれつきとか色々あるらしいんだけど、あまりにもパターンが多すぎて把握できないのよね」

「本当に色んな魔法少女がいるのね……」

「そういうこと」


 生み出された役割などではなく、自由に増えていく存在、魔法少女。面白いけど不思議な存在だなと感じた。


「変身と言ったけど、姿や形は変わるの?」

「当然、自分の望む姿になれるわ。もっとも、普段生活している姿もそれに準じる変化が発生するけどね」

「スリーサイズも?」

「当然。って、女の子に変なこと聞くのね、アルちゃん」

「興味があるから」

「女の子の体の?」

「なんでそうなる」

「当たり前! セクハラよセクハラ!」


 リフィーがジト目で見てきたから、両腕で違うとアクションする。

 女の子の体がではなく、魔法少女の生態に興味があるのだ。自分で勘違いしないように付け加える。


「まぁ、細かいことはいっか。魔法少女になった女の子は固有の魔法が使えるの」

「リフィーの場合は釣りの魔法?」

「残念、ちょっと違うの。世界中の綺麗な海の中から自分の知っている魚介類を釣り上げる能力よ」

「なんというか、すごいニッチな魔法……?」


 てっきりどこでも釣りができるとかそういう魔法とばかり思っていた。あまりにも指定が細かすぎて驚く。


「いやー便利なんだよね、これが。鮮度完璧の魚類をそのまま食卓に用意ができるし」

「呪文とかはいらないの?」

「いらないよ? 必要なの? それって」


 う。魔女のアイデンティティーにダメージが。詠唱しなくていい魔法とは羨ましい。それに、必要なのと言われたのも傷ついたが、あえてスルーする。


「条件はどんなものなの?」

「水か汲めるものさえあればいつでも使えるわ。やろうと思えばコップを媒体に釣りすることだって出来る。まぁその場合だと、魚とかが傷みやすいからあんましやりたくないけどさ」

「なるほど……具体的にどういう風に魔法を発動しているか、口で説明できる?」

「私の魔法で釣竿を作って、頭に魚介類を思い浮かべる。そして、水が汲んである場所に釣り堀を垂らすとあっという間に釣れるの」


 喋ったあと、「やっぱり普通に見せたほうが早いわ」とリフィーは釣竿を魔法で生成した。シンプルな見た目で釣りをするのにふさわしい見た目だ。ファンタジー要素より、実用性が強いといったところか。しかし、ある一点がないことに気が付いた。


「そういえばリールがないね?」

「必要ないから。魔法の釣竿からは逃げられないの。それに、原始的なのって素敵だよね?」

「なんとも魚からしたらおっかないものを」

「ま、見てなって。この釣竿をコップに垂らしてフィッシングするからさ!」

「そういえば、客の目とかは大丈夫なの?」

「客の前で魔法を使う人多いから、多少は問題ないっしょ」

「それでいいのかなぁ」


 魔法少女のカフェといっても、それはアバウトすぎるのではないだろうか。そんな私の杞憂を尻目に、リフィーは細かいことを気にせず釣竿を手にしていた。


「良いってもんよ! んでもって、今取りたい魚は、シラス!」


 シラスと宣言した瞬間、釣竿の大きさが変化した。小さい魚が取りやすい、指でつまめるサイズだ。


 ……魚の釣竿じゃなくて、ザリガニの釣竿かなにかじゃないの、これ。


「あ、別に強度はサイズ変えても一緒よ? やろうと思えばクジラもこれで釣れるし」

「それに捕まったらクジラも驚愕しそうね」

「まー、そうでしょ。びっくりパワーだもん」


 リフィーがコップの中に小さくなった釣竿を向けて、釣り堀を垂らす。


「んで、少し放置してみると」


 一分もしないで、小サイズの釣竿はぐいぐい引っ張られていた。


「よし、かかった!」

「早くない?」

「魔法の釣竿は伊達じゃないってこと!」


 特に駆け引きなどを楽しむ間もなく、シラスはひょいっと釣り上げられてしまった。この魔法は下手すれば漁猟人泣かせになるのではないか、と思わず考えてしまった。


「はい、シラスが釣れた。でも、今回は食べるわけじゃないから、元の海に戻すね」

「どうやって戻すの?」

「一回釣れた魚は、釣竿にくっつけたまま、水に触れさせれば……ほら」


 コップの水に釣竿とシラスが触れた瞬間、あっという間にシラスの姿が消えた。おそらく元の海に転送されたのだろう。


「っと、こんなもんかしら。感想とかある?」

「魔法が便利な道具みたいになってるなーって」


 用意が楽で魚が簡単に釣れる。なんというかうらやましい魔法だ。ちょっとほしくなる。

 そんな、いいなぁと感じる私の姿を見て、何故かリフィーは首を傾げていた。


「どうしたの、不思議そうな顔して」

「魔法って便利なものじゃないの?」

「いや、そんな便利なものじゃないと思うんだけど」

「そういえば、アルちゃんも魔女なら魔法が使えるんだよね。よかったら見せてくれない?」

「見せるのはいいんだけど、屋内じゃできないわよ。私の魔法は便利じゃないもので」

「そうなんだ! 便利じゃない魔女の魔法なんだからきっと派手なんでしょ?」

「いや、そんな期待されても困るけど……」

「屋外になら私が案内するし、一回くらい見せてほしいんだけどなぁ」


 リフィーのわくわくしている顔を見ると申し訳なくなる。そもそも変に期待されて、個人的にはかなり気まずい。少なくとも、リフィーの魔法に比べれば私の魔法はしょっぱ……いや、甘いと思う。いろんな意味で。


「そんなに見たいの?」

「魔女の魔法とか、見たことないし」

「すごい魔法じゃないかもしれないわよ?」

「でも、屋外限定の魔法なんでしょ? それなら、私じゃ到底できない魔法じゃないの?」

「……魔女に夢を持ちすぎ」

「見たことないからいいじゃん」

「そうかなぁ」


 口ではあいまいに返答してしまったが、そうかもしれないなと考え直した。初めて見るものというのはどんな分野であっても面白いものなのだ。少なくとも私はそう感じる。きっとリフィーも同じ気持ちなのかもしれない。


 ……悪くないかもしれない。魔法少女に自分の魔法を見せるという行為は。


 ココアをもう一度飲む。すっきりした甘さが頭をすっきりさせてくれる。一回づつ割とガッツリ飲んでしまっていたのでもうカラッポになってしまったが逆にちょうどいい。案内してもらうなら、後腐れは無いほうがいい。


「見たいなら、外まで連れてってほしいな。さっきも言った通り、空が見える所ならどこでも大丈夫」

「オーケーオーケー! じゃあ行きましょうか!」

「ひゃあ!?」


 私の手を掴んでリフィーは外へ走り出す。急だったのでびっくりしてしまった。


「時は有限だからね! ぐいぐい案内するわよー!」

「あっ、ちょっと引っ張んないで!」


 激しく動くとはしたない、と言おうとしたが、リフィーの引っ張る腕の強さに引きずられて言えなかった。


「握力強いって!」


 強引にずるずる引っ張られる。まるで私は子供のおもちゃのようにぐいぐい持ってかれる。女の子の握力ではないし、魔女の握力とも言い難い、魔法少女独自の握力に私はついてこれない。ものすごい、力が強い。


「しょうがない! 魔法少女だから!」


 なるほど、魔法少女になると身体能力が高くなるのか。これは一つ、勉強になった。……のはいいんだけど、やはり強引だ。


「腕千切れちゃうから! 痛いから!」

「魔法を使う魔女なら大丈夫じゃないの?」

「買い被りすぎ! そんなに体強くないって!」

「嘘だー。そんなことないでしょ? 私はまだまだスピード上げられるし」

「魔女は魔女なんだって! これ以上スピードは上げないで!」


 強引に目的地まで連行するリフィーには降参の旗を揚げたくなる。もっとも、そうしようにも腕が持ってかれているので、今できたのは、魔女図書館に帰ったらもっと運動をしようと考えることだけだった。


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