私とおしゃれなカフェ
東京を巡りながら相変わらず魔女研究を続けている私であるが、あることに気が付いた。
「そういえば、今はお昼時だ」
色んな甘いものを食べていたから、気になってなかったが、今はお昼を食べる時間帯ではないか。お昼に食べるもののことを全然考えてなかった。
「なにか美味しいもの見つけないとなぁ」
今さっき買ったチェロスを食べながら呟く。
「あ、これ美味しい」
砂糖がとにかくいい。甘さ全開というか、暴力的な甘さだ。
『へっ、お前を甘さの世界に送り込んでやるぜ!』
みたいなセリフをチェロスが喋りかけてくるみたいに。
しかしあれだ。甘いものばかり食べているといくら私でも飽きが来る。あと五つくらいはいけそうだけど、それを超えたらもう限界かもしれない。頭がとろけて甘々になってしまう気がする。糖分の取り過ぎで、頭がバカになっちゃうというやつだ。
「パスタ、スパゲッティ系……そこが狙い目かな」
さっぱりしたものを食べると、再び頭が冴えわたりそうだ。そうなると、カフェが選択肢に入った。パスタを食べられる、ココアも飲める。個人的には好条件だ。よし、カフェにしよう。
「カフェ、カフェ……いいところないかな?」
食べ終わったチェロスの包み紙をゴミ箱に捨て、再びマップを開く。改めて確認すると、東京の見えていなかった部分が分かってきて嬉しくなる。自分の足で歩いた場所は何となく理解できるようになるのだ。
「もっと、こう良い位置にあったりして」
目をこしらえてじっくりと調べる。そうした作業を行っていたら、非常に気になるものを発見した。
「魔法少女、コラボ、中、の、カフェです……?」
うげぇ、また魔法少女か。今さっきの話を思い出して頭が痛くなった。
「でも、魔法少女、魔法少女ね……」
再び見つけた恐怖の文字。魔法少女。今さっき語られてきたばかりなので行くのに抵抗感を覚えてしまうが、私の興味に引っかかった。無意識のうちにそのカフェの情報をマップで確認し始めてしまうほどには。
「よく見ると、今さっき広告をやっていた映像とコラボしてる?」
アニメのコラボというやつだろうか。記憶を辿って確認する。大丈夫、間違えていない、人物が同じだ。
「これは、これは……」
行くしかない。マップを見て存在を確認した瞬間からそもそも私の足は歩き始めている。全ての感情は知識欲に負けるのだ。私なら食欲にも負けそうだけど。
「パスタ、魔法少女、そしてココア」
目的はたくさんある。全ての要求が同時に果たされれば個人的には大満足だ。
緊張もあるが、わくわくもする。溢れそうになるよだれを抑えながら、カフェに向かうことにした。
「よし、迷わずに行けた」
初めて行く場所のため、自信は無かったが、一発で到着できたのはなかなかに嬉しい。道中で甘いものを買わなかった私にも少し感動を覚えた。よく誘惑に耐えることができたなと。
「にしても、これは凄いな」
目の前にあるカフェをじっくりと確認する。装飾には魔法陣や魔術書を意識した模様が施されており、ミステリアスな魔法世界を表現している。店員の服装も魔法に関係してそうなものになっている。三角帽、黒いローブ。ほうきに鍋。魔女っぽい服の店員がいれば、煌びやかな宝石を胸元につけたフリフリのスカートを着た店員もいる。この場合、フリフリのスカートの店員が魔法少女になるのか。
雰囲気は、魔女図書館に似ている。違うのは、カフェのほうが清潔感があることと、魔女じゃなくて人間がいることだろうか。少なくとも、食べる場所をここに決めて正解だったなとは感じた。
「さてと。美味しいものを食べないとな」
魔法少女カフェを外から眺めているだけでは、食べれない。そう考えてカフェの入口の近くまで歩いてみたら、魔女コスチュームの店員に止められた。
「待て! お主……わかっておらんのぉ」
「分かってないって、なにが?」
「服装じゃよ! ここのカフェはイメージが大切なのじゃ。そんな、一般人じみた奴は入れてやれん!」
「はぁ、服装ですか」
自分の恰好を改めて確認する。確かに魔法的ではない。ただの人間か何かと思われても仕方がないだろう。納得したので掌でぽんっと頷いた。
「まぁ、もしこの店に入りたいのなら、魔女か魔法少女になることじゃな。ほれ、あそこに更衣室があるじゃろ? そこにある洋服はレンタルも出来る。せいぜい、着替えてくるんじゃな」
「ついでに、レンタルの費用は」
「五百円ぽっきりじゃ。悪くないじゃろ?」
なるほど、よく出来ているし、いい商売をしている。潔さも感じた。この店員も本格的に魔女を演じていて、見ている私も面白い気持ちになる。よし、ここは便乗しよう。
「服のレンタルはしないけど、更衣室をお借りしますね?」
「おぉ、衣装は用意していたのじゃな。それなら勝手に更衣室を使ってもよいぞ」
「ありがとうございます。……その口調、可愛らしいですね」
「そう下手に褒めるな! 照れてしまうではないか」
ちょっと無理している感じにほっこりしてしまった。店員はむすーっとした顔になっているが、特に悪い雰囲気ではない。
「更衣室は店の中にある。儂についてくるがよい」
儂? なかなかに面白い口調だ。そういう風に喋る魔女は実際にいるのかが気になるな。早速メモ帳を取り出そう。
『なのじゃとか、儂と言う魔女は実在するのか』
「何を書いておる! 置いていくぞ!」
「あ、すみません。今行きますね」
なんだかんだ言って店員も無理しているのかもしれないな。メモ帳を胸ポケットにしまいながらふと、そんなことを考えた。
更衣室は真っ白だった。強いて言うなら白いカーテンによって使うかどうか調整出来る大きな鏡が四面にあるくらいだろうか。見た目を拘るのにふさわしい、いい更衣室だ。
あの変わった口調の店員は入り口に戻るといって、帰って行った。つまり、今この部屋にいるには私だけだ。
「さて、と」
このパーカーを使った地味な服も結構好きだったんだけどな。魔女じゃないような自分を堪能できるし。でも、魔女になりきらないと入れないと言われたのなら、しょうがない。本格的に魔女らしく衣装を整えよう。本物の魔女として。
「マジカル・テレポーション!」
魔女としての能力、魔法を発動する。別に他人に見られていないから使っても問題ないだろう。万が一に見られていても、魔女狩りをやっていた地域ほど迫害されることはないだろうと思いたい。
マジカル・テレポーションの呪文の効果は転送。仕組みはわかりやすい。自分の持っているタンスの中に、今着ている服を転送する魔法だ。私は魔女図書館の一部屋に寝泊まりしているのでその部屋にあるものは自由に使える。そこにあるタンスに衣服が転送させるのが今回の呪文の目的だ。ついでにこの魔法は、魔女なら基本的に誰でも使える初歩的な魔法だ。
「一旦脱ぐのは気が引けるけど……」
マジカル・テレポーションでとりあえず衣服だけ転送した。つまり、今の私は下着姿だ。若干寒い。噂では下着をあえて着ない魔女もいるというのは聞いたことはあるが、到底考えられない。魔女というか痴女ではないか、それでは。
「考えてると冷え込むなぁ」
部屋の空気は若干冷たい。このままでいたら風邪を引きそうだ。
「どんな服で調整しようかな、セクシー系は……論外ね」
胸に手を当ててみる。大きすぎず、小さくもない。まぁ、普通位はあるだろう。しかし、どうも体を強調する路線に走るのはダメだろう。残念ながら私の身体は、俗に言うナイスバティではない。
「しかし、どうも幼い感じの服も合わない気がするし」
ゴシックロリータの服を来た自分をイメージする。かっこいいしかわいいというのは評価できるのだが、どうにも無理している感じが出てくる。
鏡に映っている自分の姿を確認して、もう一度考える。ちょっと背が高いかな。ロリータ路線は厳しいかもしれない。
「そうなるとシンプルな感じがいいかな」
自分の部屋のタンスにある服をイメージ、もう一度発動する。
「マジカル・テレポーション」
いちいち言わないといけないのは面倒だが、仕方がない。呪文は言葉にしないと力を発揮しない。呪文を通じて魔法を発動する。それが魔女の魔法なのだ。
予め指定しておいた転送先に私の魔女衣服が現れる。よし、これを着よう。
「まずはフリルのついた丸袖ブラウスを着用っと」
適度に可愛らしいくらいがちょうどいい。やりすぎると露骨さが現れてよくないが。
「次に……黒い、レースミニスカート」
上半身は白、下半身は黒。悪くはないだろう。
「そして、黒ローブを羽織る」
一気に胡散臭くなるが、この怪しさが魔女らしさに繋がると考えて。
「最後に、三角帽子で出来上がり」
若者の魔女としては、悪くないのではないだろうか。鏡に映る自分に向けて可愛らしいポーズをしてみる。
「マジカル! ミラクル! くーるくる!」
調子に乗って回転してみる。スカートが短いのも関係して捲りあがりそうになり、恥ずかしくて裾を抑えた。
「……あざとい」
鏡に映る自分の姿が無駄にかわいい。これは困った。
「もっと怪しい感じにしたかったんだけどなぁ」
可愛らしさを極力減らそうとしたのに、あまり減らしきれてなかった事実に思わず苦笑した。それと同時に、自分のことを可愛いと思うのはナルシストだと思うが、女性経験のない男性をこの見た目の力で騙すくらいのことは出来そうな気はした。少なくとも、パーカー着ていた時の自分とは大違いだ。
「まぁ、もっともそんなことする気はないけれど」
服を少し調整。なにか足りないものがあるかどうか、もう一度鏡で確認する。
「……靴下忘れてた」
どうするか。靴は別に黒いローファーでいいだろう。しかし、靴下はどうする。白いものにしようか、黒いものにしようか。長さはどうするべきか、タイツはやめとくべきか。
「うん、タイツはやめといたほうかいいかもしれないな」
恰好がつかないし、だらしがないなと直感的に感じた。
「ここはもう、大胆にニーソックスで」
黒いのがふんだんに使われているのなら、もう白いニーソックスでいいだろう。即座に転送して、早速履いてみる。
「もう一回、ポーズとって見ようかしら」
なんとなく、その場でジャンプ。自分の衣装を意識してつい可愛らしく飛びたくなる。ついでになんとなく片手でピースを作りながらキメポーズ。ぶいっ、とちょっと言ってみながら。
「う、うーん。あざとさがさらに増した」
鏡を見てみると可愛さに全力投球している私がいた。怪しさとはなんだったのだろうか。求めていたものと若干違ったがもういい。これはこれで一つのファッションとしては悪くない。
「行かないと。お腹もすいたし」
お腹に手を当ててみる。鏡に映っている私の姿がわざとらしく動作しているように見えて、ため息がでた。
「おぉ! 服装の面は解決したのじゃな」
「自前で持ってきましたよ」
「なかなかにいいスタイルじゃの。まさしく魔女っ娘というやつじゃ」
いや、実際に魔女なんだけどね、と突っ込みたくなったがあえて抑える。しかし、魔女っ娘とはなんだろうか。魔法少女のことを語り合った男性の話の時は聞き流していたけど、わりと気にはなっていた。聞いてみよう。
「魔女っ娘って、魔女とどう違うんですか?」
「可愛い魔女のことを言うんじゃないかの? 魔女見習いみたいな、そういうな」
「魔女見習い……」
なかなかに面白い言葉だ。聞き流していて損をしていた。人間が魔女を表現する言葉は一つではないのかもしれない。そう考えると、興味が湧いてくる。早速メモを取ろう。胸ポケット……ってあれ? ない。ないぞ。
「なにおもむろに左胸をわさわさしてるんじゃ?」
「そんないやらしいことしてないです」
真面目に悩んでいるのに何を言っているんだ、この店員は。少し怒りそうだ。
「にしてもおかしいなぁ」
胸ポケットはこっち側にあるはずなのだ。なのにメモ帳が見つからない。そもそも何かが物足りない。
「まさか、ポケットを探しているのなら、そのブラウスには胸ポケットはないぞ?」
「……あ」
そういえばメモ帳の場所を変えてたのだった。おしゃれにばかり気が向いててすっかり忘れていた。胸ポケットのメモ帳は自前のトートバックの中に場所を変えて入れていたのだ。気付かずに胸にあると信じ、触っていた自分に恥ずかしさを覚えた。
「天然さんじゃの~。儂は嫌いじゃないぞ?」
「そういうのじゃないと思うんだけどね……」
バックからメモ帳を取り出す。何を書こうとしたんだっけ。あぁ、思い出した。
『人間が生み出した魔女の別名称などの考察について』
「定期的にメモを出すが、好きなのかの?」
「興味を惹かれるものをメモに取ってます。好きっていうのは正解かもしれませんね」
「おぉ、儂は感が冴えておるな!」
店員は全身で喜びを表現していた。そこには演技など感じられず、素直さを覚えた。
「さて、この服装ならカフェに入っていいんですよね?」
「当然じゃ! 楽しんでいくがよいぞ!」
「そうさせてもらいます」
店員とのやりとりはすごい楽しい。しかし、食べたいとそろそろやばい、食欲がヤバイ。そう考えて奥に進むことを決意した。
さて、何を食べようか。パスタを食べる気ではいたが、いざ店に入ると悩む。可愛らしい服にふさわしいものを食べるべきなのかなとふと考えた。そうすると、スイーツを食べている自分が頭の中で浮かんできて、なんとも言えない気持ちになってしまった。