私の魔女らしさへの問いかけ
魔女図書館の本棚にある本を取る。一番上にあるちょっとだけ古臭い本を、私の手で。
本の中には物語がある。それは、事実としてこの世界に残り続ける。だからこそ私は本を読む。
「この本はそんなに重くないな。これなら意外とさっくり読めそうだ」
本を手に持ち、使っていた机に戻る。机の周りには私が読み終わった本がずらりと並んでいる。そこに置いてある椅子に座って本を読む準備は出来た。
「っと。すっかり忘れてた」
本を読む前にすることがある。並んでいる本を重ねて置き、遠くに行っていたココア粉の袋を懐に持ってくる。
「もう残り少ないなぁ」
空になっているカップを手で掴む。古風なデザインがなかなかいい。じっくりと鑑賞しながら、残っているココア粉を全部入れる。
「で、ちょちょいとやれば、すぐに出来上がり」
この場所で本をずっと読めるように用意は周到にしている。私用のポットからお湯を注ぎスプーンでかき混ぜる。ちょっとした工夫で熱が冷めないようにしてあるので、注がれるお湯はとても暖かい。
「これがないと、すっと頭に入らないからね」
早速飲もうとココアを口まで運ぼうとしたが、やめた。
「読んでもいないのに飲むのはちょっとな」
ココアの香りに誘われてつい、飲んでしまうところだった。このココアはそもそも本を効果的に読むために用意したのに、それをしないで飲んだのでは用意した意味がない。甘いものが目の前にあると、どうもこうなってしまう。
しかし、楽しみが近くにあるというのは心境としては悪くない。集中して読書に取り掛かれそうだ。
――Once upon a time。
「始まり方は同じ」
お決まりのワードだ。魔女図書館にある本のほとんどがこの言葉から始まる。
本の内容はどれも単純で明確だ。魔女と呼ばれる人物が現れて、世界に魔法をもたらす。その結果として良いことも悪いことも発生するが、最終的に魔女は様々な理由でいなくなる。
読んでいて楽しい、というよりも興味を惹かれる。自分のことのように考えてしてしまうのもよくある。実際、他のことをすっぽがして本の内容のみのことを考えていた日があるほどだ。
「昔々、あるところに……ね」
読む作業を一旦止めて、今日読んだ本を確認する。四、五冊ほどか。私にしては少ないほうかもしれない。どうも考えながら読むと、ペースが落ちるらしい。反省しなくては。
もう一度読み返す前に、ココアを飲む。
「この甘さ、やっぱり好きだな」
喉からすーっと全身に染み渡るかったるい甘さがちょうどよい。頭の回転を促し、固いことを考えてばかりになってしまう私の頭をリフレッシュしてくれる。
「ん、これは、またあのパターンか」
読んでいた文章の気になったところを指でなぞって確認する。デジャブを感じるのは仕方がない。ここにある魔女に関わる本は大体このような終わり方をするのだ。
今日読んだ魔女の本をもう一度思い出す。
『邪悪な魔女はかまどで煮られて死にました』
『世界を暗闇に陥れた魔女は正義によってやっつけられました』
『悪い魔女は報いを受けるのでした』
「やっぱりこれってどうなのかなぁ」
これでは脅迫ではないか。我が身のことの様に恐怖を覚える。教訓話などの意味が混じっているというのは解るが、魔女の人権とかはないのかなと疑問に思う。
ううむ、ダークな方面にばっかり思いが行くのはダメだ。もう一回ココアを飲もう。
「そうそう、こういう甘さが大切だ」
体全身に届いていくココア的な甘さがここの物語には足りないのではないかと思う。
悪いことした奴に報いを与えるという勧善懲悪ストーリーは嫌いではないし、むしろ好きなほうではある。しかし、その敵役は何故魔女が多いのだろうか? どうも物語は魔女に厳しい気がする。
複雑な気持ちになったので、もう一度ココアを飲もうとしてみた。
「ん、カラッポ?」
しかし、二口で一気に飲んでいたようで、カップの中にはもうココアは入ってなかった。袋のココア粉も残ってない。これは困った。あの甘さに頼らないで考え事をするしかない。
「はぁ……魔女は悪、そういうのが多すぎてどうにも苦い気持ちになるなぁ」
甘さが足りない。自分の座っている椅子をぐるぐる回転させて考える。やはり、甘さが足りない。今の私の味覚も、本に登場する魔女にも。少しいたずらに魔法を使っただけで正義の鉄槌を喰らう魔女もいたし、改心するといっても裁かれる魔女もいた。まぁ、大概の作品の魔女は往生際が悪いのが多いから、因果応報と言われても仕方がない側面もあるかもしれないが、それでもひっかかる。
それにしても甘くない、苦い。チョコレートか何かがほしくなる。
「善の性質を持つ魔女って本当に少ないんだなぁ」
タイトルで興味を持った話も悪の魔女の話であったし、そもそもいい人っぽく登場した魔女が実は悪だったという話も見たことがある。良い人柄をしている魔女の物語は存在するのだが、絶対数があまりにも少ない。今まで読んだ話を思い返してみても、悪い魔女の話がどうにも多いと感じる。
魔女図書館の本には全国の魔女の情報が網羅されている。古今東西、という言葉が似合うほどその情報網には隙がない。誰かが書いた魔女物語も、実在した魔女の日記、魔女のことを色々調べた論文などもある。
場所の特徴としては、人間に到達不可能な空間であるということだろうか。魔女図書館はその名前の通り、魔女が集う図書館であり、人間の住む世界とは若干異なる空間に存在する魔女のための空間だ。一定の呪文を魔力を込めながら唱えることで、この場所に通じる扉を出現させることができる。なんとなく秘密基地的である。
「にしても魔女の世間体とか、今はどうなってるんだろ」
机に突っ伏しながら考えてみる。難しいことを考えると、やたら小腹がすく。甘いドーナツでも食べれば満たされるのかもしれない。
「魔女死すべしみたいな時代もあったし怖いんだよね」
少なくとも中世ヨーロッパでは魔女という存在を完全に許さなかったらしい。それの代表とも言える魔女狩りの歴史はそれはもう酷いもので、魔女の人口のうち九割が死に、無関係の男女も死んだという。なかなか残酷だ。その文化が今現在でも続いているかは、わからない。理由としてはその情報についていくら調べてみても、出てこないからである。あの恐ろしい文化が今でも続いているとは考えがたいが、もし今でも続いたとしたら、私は恐怖で固まってしまうだろう。それほど怖いし物騒だ。
そもそも魔女狩りという文化が存在している時点で、私は魔女ですと言いながら歩く魔女はまず、いないだろう。捕まって何をされるか分かったものではない。
「魔女の性質が悪とか……そういうものなのかしら」
ちょっと考えてみて、嫌になった。魔女は悪というレッテルを貼られて、自分もそれに従うように生きるというのはどうしても我慢ならない。私はもう少し自由に、自分なりに生きてみたい。悪の物語を紡ぐのが魔女、そういう訳ではないはずである。
……では、この世に生きる、産まれてきた魔女は本当に全てが悪なのだろうか?
自分の胸に問いかける。世界の常識が魔女のことを悪だというのなら、悪になるかもしれない。しかし、それでは納得できない自分もいる。もっと、別の存在としての魔女を知りたい。どう見られているかを研究したい。
「どう思われているかを知るには、自分の体を利用するしかないか」
大きく伸びをして、椅子から立ち上がる。肩がぱきぱきしているのを感じ、よく同じ姿勢をずっと維持していたもんだと自分のことながら感心した。
「荷物については気にしなくていいか」
お気に入りの服を着ているし、バックも持っている。別にポットなどは持ってらいかないが、これは放置していても問題はないだろう。
魔女の容姿は人間とあまり変わらないため、よっぽどのことがない限り正体がばれることはない。だから、マスクなどで、正体を隠す必要はないのだ。
「うーん、どこに行こうかな」
それでもヨーロッパなどに行くのはおっくうだ。もしかしたら、魔女狩り文化が残っている可能性があるかもしれない。危険がない場所で確実に研究がしたいのだ。それに、最近の新鮮な魔女観というのが気になるから、あまり固定された魔女観が無さそうな場所に行きたい。
「だったら、日本……特に、東京かな?」
なかなか面白いグッズなどがあって楽しいため、東京には定期的に行く。しかし、魔女という立場で行ったことは実は無かった。毎回行くときは、一人の女子高生のような立場をとっている。
「新米魔女の、大冒険!」
誰に言うわけでもなく、びしっと喋る。何を言ってるんだろうと考えて、くすっと笑ってしまった。
ちょっとばかり緊張するが、この緊張が心地よい。心の中で楽しみへと昇華しているのがわかる。
「色んな人に話してみたいな」
魔女も人間も、ばれなければ対等に話せるものだと思う。自分自身、何気なく人間と話す機会は多いし、魔女とは明かしていないものの、人間と友達になったこともある。
しかし、魔女や魔法のことを喋ったことはない。怪しまれる可能性、引かれるかもしれないという感情が邪魔をして、なかなか口にすることができないのである。今日は、その気持ちから離れて、魔法のこと、魔女のことを色々聞いてみようと思っている。
「魔女の常識と人間の常識は違うのかな」
魔女のことはかなり知っていると自負しているが、人間のことについてはどうもあやふやだ。よくわからないところが多い。後々研究してみようと考えて結局調べないというのが続いている。
……いい加減、調べないといけないな。後回しを繰り返すのは良くないことだし。
「もし、ワンス・アポン・ア・タイムの物語の魔女が、その時の常識によって創られてたとしたら」
――悪になるのが必然だったのだろうか?
唇に指を当てて考える。この考えは面白いのではないだろうか。魔女は時代の写し鏡で、必要悪のような存在になりうるものが魔女であるという発想。私にしては確信に迫ってるのではないか。
しかしこの考えを肯定するとしたら、もう一つ疑問が思い浮かぶことに気が付いた。それは、私自身の問題にも繋がる疑問だ。
「じゃあ、私は何者で、どんな存在なんだろう」
何気なく生き、ただ本を読んで魔女のことを調べる私。
悪のこと、善のことを色々考える私。
甘いものが好きな私。
魔女のことを調べるという魔女である私。
そんな私は、どんな世界の常識に合わせて創られたのだろうか?
「ヨラビトケラヒ! 指定先は日本の東京!」
深呼吸して、決意。そして呪文を唱える。
ヨラビトケラヒの呪文は魔女図書館から、一定の場所に通じる扉を呼び出すものであり、扉の先の場所を指定することができる。帰る時も同様の呪文を唱えることで魔女図書館に帰れるが、今日はすぐ帰るつもりはない。決意して、ドアノブに手を伸ばした。