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学園の契約者達  作者: ドアノブ
第二話 忌むべき種族
7/13

貸し一つ


 この世界で最も広大な海に囲まれた島と、そこに存在する学園。

 その技法が果たしていつから行われてきたのかは定かではない。しかし世界中の各地に散らばる伝承から、遥か昔からあったのは間違いない。

 契約。

 それがこの世界で空を羽ばたく翼も、敵を切り裂く牙も、水を掻く鰭も持ちえない、最も脆弱な種族であるヒト種だけが行うことの出来る技法。

 契約とはいわばヒト種をマナの増幅器として扱い、己のマナを何倍にも高めるのである。

 契約を結んだヒト種とその相手は、増幅されたマナの恩恵により通常とは比べ物にならない力を振るう事が出来る。それ故に古来より契約者たちは戦場の力を持つものとして重宝されてきた。

 だが、契約という行為事態はヒト種ならば誰でも出来ることではあるが、その効果は一定とは言えなかった。頭の回転が速い者、身体を動かすのが得意な者、努力が出来る者。素質がある者とそうでない者は、必ず存在してしまう。

 それは契約とて例外ではない。

 個性と言えば聞こえはいいが、突き詰めてしまえばそれは優と劣を構成する要素に過ぎない。そして優は周囲から賞賛され劣は卑下されるのは、あらゆる物事に共通することだ。

 故にヒト種以外の種族は自分に見合った、素質のあるヒト種との出会いを求める。

 そうした考えの一つをわかりやすく形にしたのが、この学園だった。

 この学園のほかにも契約を目的とした施設は世界中に複数存在するが、このエテュディアン学園はその中でも取り分け知名度の高い場所だ。

 身分も種族も関係なく、入学に求められるものは契約者としての素質、ただそれ一点。

 竜種エフェメール=アンセスタという圧倒的な存在がいて初めて可能としている、国籍も家柄も一切を気にしていないこの学園には、必然様々な人間が集まる。

 故にこの学園は優れた契約者の名門輩出校として名を馳せ、世界中から優れた素質を持つ生徒が集まってくるこの学園の敷地もそれ相応に広大であった。

 なにせ島丸々一つを学園として利用してしまっているのだ。

 学園島と呼ばれるこの島には既に二百年の歴史が刻まれており、開拓改築を繰り返す内にいつしか島には多数の学区が生まれ、それぞれの特色に棲み分けられるようになっていった。

 その内の一区。

 島の比較的中心に存在するのは学園でもとりわけ古い時計塔で、学園の生徒達からはよく看守棟などと揶揄されている。その容貌は、塔と言うよりは城塞に近いものがある。

 石造りのこの時計塔の中には授業のための履修室は一切存在していない。

 ここは長い学園島の歴史の中でも一番最初に完成した建築物で、中にあるのは職員室や生徒会、執行部といった学園公認の管理組織の集まり場だ。

 特別生徒達の入場が制限されているわけではないが、用も無く好き好んで行く生徒は皆無に等しい。

 そんな無人が通例の時計塔の最上階にある竜の巣から出てきたハルは、執行部でのやり取りを思い返して大きく息を吐き出した。


「くっそ、どういうつもりなんだ……」


 執行部の役目を放棄するような内容には愕然とするしか無い。

 どのような方法を用いたのか雲雀(ひばり)は一ヶ月もの間聖獣団から逃れているそうだが、それも何時まで続くかは分からない。捕まるのは時間の問題に思えた。

 無論、このまま事態を何もしないまま眺めているつもりなどハルには毛頭無い。

 今後の事を思案していると、不意に声がかかった。


「どうしたんですか、ハルさん? そんなに渋い顔をして」

「なんだ、いたのか楠葉」


 振り返ってその少女の姿を確認して、ハルは肩を竦めた。 


「ええ、色々と聞きたいことがありまして。こうして伺いに来ました」


 そう言って、少女は何が楽しいのか微笑を浮かべる。

 彼女が身につけているのはこの学園の青い制服で、着脱可能な造りの肩袖の部分は取り外されている。視点を後ろに向けるとやはりそこの部分も外されていて、制服の背中の部分は腰上まで大胆晒けだし、少女の健康的な白い肌が惜しみなく露出されている。

 着脱可能部位を限界まで外しているのは、この学園では有翼種の基本状態である。

 窓から吹き込んできた風に気持ちよさそうに眼を細め、少女の肩口で切りそろえられた墨色の髪を揺らしている姿には、大陸出身の者にはない儚げな華があった。

 楠葉が横に並ぶと同時にふわりと薄い花のかおりがハルの鼻に届く。

 彼女は極東の出身だということだが、かの島国の種族は皆このような良い香りを纏っているのかと、ハルは不意に気になった。


「相変わらず耳が早いな」

「それはもう」


 楠葉の整った顔を視界に入れて、ハルは肩をすくめた。

 楠葉という極東出身のこの少女は学園の報道部に所属していて、何か騒ぎがあるとこうして話を聞きにあちこちへと学園島を飛び回っている。

 もっとも報道部と言っても所属員は楠葉一人の、学園非公認組織である。所詮は楠葉一人がそう名乗っているだけのことだった。

 ハルの返事ににこりと静かな笑顔を漏らして、楠葉は「では」と咳払いした。


「港での一件はある程度は把握しているのですが、やはり当事者からのお言葉が欲しいと思いまして」

「別に良いけど、そんなの聞いてどうするつもりだ? 別にそんな新しいことも無いと思うぞ」

「出来事って言うのは多角的に見て初めて価値を持つものなんですよ。主観と客観、ガセでもデマでもその視点から見れるということが重要なんです」

「……分かるような、分からないような」

「そんなに難しいことじゃありませんよ。誰かが損をすれば、誰かが得をする。とっても簡単なことです」


 そう微笑みながら言われては、ハルも言葉を返せなかった。


「それよりも、お話を聞かせてくださいよ。港の事もですけど、特に野外乱闘のことを重点的に頼みますよ。なにせ目撃が少ないもので」


 すでにある程度の情報収集はしているらしい。まああれだけの大立ち回りだ。早朝だったとはいえ、港の一件は目撃者もいるだろう。

 別に隠すことも無いので、ハルは素直に全部話した。とは言っても、ハル自身はそこまで派手に聖獣団相手と乱闘したわけではない。所詮はマナを持たぬヒト種の身。獣人達の戦闘に割って入ることは叶わないのだ。

 そう前置きした後に語ったハルの話を一通り聞き終えて、はてと楠葉は首を傾げる。


「そういえば、その当事者であるフェルミさんはどこに?」

「迎えの執行部が来た後、隙を見て逃げてったよ。俺を囮にしてな」


 加勢に駆けつけてくれたのは有り難いが、仲間を囮にするとはとんでもない奴である。しかしもうそんな事には慣れすぎて、最早怒る気にもならなかった。


「ははあ、相変わらずですねえあの方は」


 苦笑混じりの楠葉に、ハルも溜息混じりに同意する。

 あの馬鹿猫は面倒を起こすことと、その面倒事を他人に押し付けるのは得意なのである。見てくれはいいのだから、もう少しそれに見合ったまともな取り柄はなかったのだろうか。


「それでハルさんは今まで執行部で取り調べですか」

「……そういうことだ」

「ふーむ?」


 ハルの様子を面白そうに眺めていた楠葉が、不意に、すすすっと身を寄せてきた。

 淡い花の香りがより至近距離に感じられる。

 ついついその剥き出しの白い肩に目が言ってしまうのは、ハルだけと言うわけではないだろう。この少女は清楚な雰囲気のわりに、どうにも不思議な色気を感じてしまうのだ。


「それで……執行部には何を?」

「……別に大したことじゃない。乱闘で発生した時の状況説明と、被害の弁償とかそんな話だ」


 動揺しつつもハルとしては顔に出さずに平静に言ったつもりだったが、楠葉はそこまで甘くなかった。にっこりと微笑んで、まるで借金を催促するように言ってくる。


「それだけじゃないでしょう?」


 相変わらず目聡い奴だと内心で呆れながら、一応ハルは誤魔化してみる。


「なんでそう思う?」

「だってハルさん、執行部の部屋から出てきたとき露骨に不機嫌そうでしたもの。それにさっきから返事が固いですよ?」

「ぐ……」


 どうやら何もかも見透かしているらしい楠葉に、ハルは言葉を詰まらせる。

 流石と言うべきか、報道部の洞察力に隙は無いらしい。


「無理して慣れないことなんてしない方が良いですよ。ハルさんに腹芸なんてできっこないんですから」

「……そんなに向いてないか?」 

「はい」


 とても良い笑顔で頷かれて、ハルは何とも言えない表情を浮かべる。

 それから観念して、ハルは先程の執行部とのやりとりを話した。

 このような一部の生徒が一部の生徒を直接的に危害を加えている事態を黙認するのでは、今後まともな学園世活が成り立つはずも無い。これでは完全に執行部の役割を放棄している。

 ハルとしては今回の執行部の対応に疑問と苛立ちが湧き上がるのだが、報道部を自称する目の前の少女にとっては少し違ったらしい。


「そういうことですか……」


 少し首を傾げつつも、彼女なりに事態を予想したようだった。


「まあ、今回の執行部の動きは確かに不可解ですが、全く想像できないわけではありません」

「どういうことだ?」

「少しは自分で考えてみてください」


 そう試すような視線を楠葉から向けられてハルは暫し視線を彷徨わせる。この少女は昔から時々、こちらを試すようにこんな問いかけをしてくることがある。

 少し考える仕草を見せてから、ハルはすぐに降参とばかりに両手をあげてみせた。

 そんなハルを楠葉は苦笑しながら眺めて、出来の悪い生徒に説明するかのように始めた。


「いいですか? 今回のような異例の事態はそうそうありません。必然的に想定される事態も限られます。例えば、その追われている新入生が執行部にとって都合が悪い存在だということ」

「それは……」

「まあ、この場合『執行部』を『エフェメール・アンセスタ』に置き換えても良いかもしれません。どのような理由かまでは推測できませんが、ともかく何かしらがあって、このままの事態の方が得だという理由」


 そう言われて考えてみるが、いまいちしっくりとはこなかった。

 そもそもいて不都合ならば、雲雀(ひばり)を入学させなければ良かったのではないだろうか。この学園の頂点であるエフェメールならばその程度のことは造作も無いはずだ。

 そんなハルの胸中を読み取ったのか、楠葉は続けた。


「ではこういうのはどうですか? 執行部と聖獣団の間で何かしらの誓約が交わされているという想定です。今回のような大立ち回りを見逃す代わりに何かしらのメリットを提供しているのかもしれません」

「……それは俺も考えた。けどなあ、聖獣団がエフェメール・アンセスタ相手に通用するようなメリットを提供出来るとはちょっと思えないんだが」


 エフェメール・アンセスタ。二百年の歴史を持つこの学園の創設者の一人であり、現学園の実質的な支配者であり、最強種である竜の一柱でもある。

 聖獣団が学園最大派閥とは言っても、結局はこの学園に籍を置く学生の集まりである。彼らが竜を相手に譲歩を引き出せるような条件を持っているのだとは、ハルにはどうしても思えなかった。

 しかし、目の前にいる極東出身の少女は少し違ったらしい。


「確かに聖獣団がそんなものを持っているとは考えづらいですね。――ですけど」


 楠葉は僅かに言い淀んだ後、


「竜と取引しているのがシンツェルトだと考えれば、可能かもしれません」

「……!」


 そう言われてハルは不意を打たれたような表情を浮かべた。

 西大陸最大国家シンツェルト。

 広大な国土に比例する国力を持った、獣人種達が中心として形成されている世界有数の巨大国家の名である。シンツェルトの国政は十二氏族による議会制で決められており、現在の聖獣団の団長がその十二氏族の直系の血縁だということは学園内でよく知られている話だった。

 更に言うならば、聖獣団がシンツェルトの援助を受けているというのはこの学園では公然の秘密とも言える。


「それならば、今回の乱闘騒ぎの手打ちについてもある程度納得出来ますからね」

「……どういうことだ?」

「だって、乱闘ですよ? それも学園に届けも無く、挙げ句には学園外施設である港で。私闘を禁止する学園規則は明文化されているんです。普通だったら、学園を追い出されていても文句は言えないですよ」

「そういえば、そうか……」


 確かに改めて言われてみれば、今回の騒ぎのペナルティが賠償金のみというのはあまりにも軽い気がした。しかもそれもクラス予算からの間引きで済まされている。


「これはつまり学園側から聖獣団に何らかの優遇処置が施されていることでしょう。ハルさんやフェルミさんがこの学園でも有数の実力者だったから温情を施したという可能性も無い訳では無いですが……、まあ低いでしょうね」

「……だとして、シンツェルトがなんだって一人の女子生徒を追い回してんだよ」


 一体どんな理由があるというのか。

 竜種とシンツェルトの取引となれば、最早それは外交の話である。ましてや竜種に相手に譲歩を引き出す取引内容など、状況によっては他国と外交する上での切り札にすらなり得る。そんなものを使ってまでして雲雀(ひばり)を追っているのは何故なのだろうか。

 釈然としない面持ちのハルに、楠葉は剥き出しの肩を竦めて見せた。


「あんまり考えても意味はないと思います。そもそもシンツェルトが今回の件に関わっているというのも推察であって、証拠は何にもありませんし」 

「まあ、そうだよな……」


 そんな雲雀(ひばり)の態度を見てハルも頷いた。

 結局のところ圧倒的に不足しているのは情報だ。今の状態では状況からあれこれ想像は出来ても、それを確定づけるものが無い。 

 その事実を改めて確認したハルは一つ頷いて、その楠葉の肩を掴んだ。


「というわけで、楠葉、お願いだ」

「はい?」


 咄嗟に何も考えずに楠葉の剥き出しの肩を掴んでしまったが、彼女はさして気にしてはいないようだった。小さな頭を傾げてこちらを見やってくる。


「情報が欲しい」


 この学園で唯一の報道部である楠葉は、学園島でも随一の情報通である。それ以外でも、入学以来の付き合いのよしみでハルが彼女の手を借りることは多い。


「ハルさんはもうすでに加計で十個ぐらい私に貸しありますけど?」

「じゃ、これもつけといてくれ」


 返す宛てはないけどな、と心の中だけで言っておく。

 楠葉は呆れたように肩を竦めながら、まあいいですけどね、と笑った。もしかしたら彼女の中ではこの事態は予測済みだったのかもしれない。


「でもいいんですか?」

「何がだ?」

「だって今ハルさんがしてる事って、要するに執行部の判断に納得が出来ないから秘密を暴いてやるってことですよ? 場合によっては執行部に明確に敵対することになりますけど」


 執行部は学園の主たるエフェメール=アンセスタが指揮している、この学園によって運営されている公式組織だ。

 この学園の生徒である以上、執行部と事を構えて良いことなどない。この学園でも最も強権を持つ執行部と争うのは最悪、今後の学園生活を無くす結果にも繋がりかねない。

 しかし、ハルはしかたがないとばかりに苦笑いを浮かべて見せた。


「……まあ、最初は気付かないふりをしてやり過ごそうと思ったりもしたんだけどな。ただ、ここまで色々聞くと無視できないな」


 見過ごすには、ハルはあの緋色髪の少女のことを気に入りすぎた。色々と予想外の言動をする少女だったが、結局のところハルはそれも含めて嫌いでは無かった。

 それにと、ハルは付け加える。


「俺は別に執行部と喧嘩なんてするつもりはない。ただ少し、困ってる新入生がいるから様子を見てやろうっていう、先輩の優しい気遣いだよ」


 確かに新入生の面倒を先輩が見るという光景は学園でも珍しくはないし、執行部にもそれを咎める権利などは存在しない。無論、この状況ではそんなものは所詮詭弁に過ぎなかったが、執行部と争うつもりが無いというのはハルの偽りない本音だった。

 そもあの最強種エフェメール=アンセスタと向き合ったことのある人物が、そうそう執行部と敵対する決断などできるはずもない。あれと敵対しようなど、自殺志願者か自惚れた大馬鹿に違いない。


「はあ。ですけどハルさんは案外、自惚れた大馬鹿に該当する気がしますが」

「馬鹿言うな。俺はそんなことしないぞ」


 ハルは楠葉の指摘をすぐに否定した。自分自身がこの世界で最弱の種族であるヒト種だということを、ハルは常に意識している。この絶対条件を常備しているからこそ、数日前の模擬戦も勝利することが出来たのである。

 しかし楠葉は何だか呆れたように半眼を向けてくる。


「……そもそも、普通は未契約のヒト種が他種族と模擬戦なんてしないと思いますけどね」

「あれは依頼だったからだ」


 でなければ、契約者との模擬戦など誰がやるものか。


「……まあ、いいですけど」


 元々何か期待などしていたわけでもなかったのか、憮然としたハルの返事に楠葉はあっさりと追求を止めた。


「まあ他ならぬハルさんの頼みですからね。尽力してみますよ」

「ああ、頼む」


 昔からいつも頼る立場のハルとしては、若干心苦しくもある。そんな内心を見透かしたかのように楠葉は微笑みを浮かべた。


「ただじゃありませんよ? これも貸しですからね?」


 その気遣いにハルは苦笑しながら頷いた。


「分かってる。いつか纏めて返すさ」

「ええ、楽しみにしてます」


 そう言って、楠葉はもう一度薄く綻んだ。


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