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学園の契約者達  作者: ドアノブ
第二話 忌むべき種族
6/13

竜種


    1


 ぺらりと、目の前に立つ少女が手元の報告書を捲り上げて目を通す。


「露天商店の店棚破損多数、酒場の大窓一枚全壊、食器等にも多数の損害、港での乱闘及び破壊行為、また道中の公共施設にも一部の欠損。今回の騒ぎが原因で発生した港の船の一時出航見合わせ……更に言うならば、個人、組織に関わらず、執行部に届け出無き学園島での決闘行為は学園規則によって禁止されており、そのことは生徒手帳にも明記されています」


 被害報告を羅列した少女はそこで一旦言葉を切ると、下げていた視線を持ち上げた。淡い髪色をした、容姿の整った少女だ。


「以上が、今回の乱闘騒ぎの被害になります。……他にも朝に現場付近にいた人達から生活圏を滅茶苦茶にされたことに対する苦情が複数発生していますが」


 そう言って、少女は柳眉を釣り上げて目の前にいる人物を睨みつけた。


「なにか訂正はありますか、ハルトディエス=プライルード?」


 お世辞にも友好的とはいえない視線を向けられて、ハルは肩を竦めた。


「とりあえず、そのフルネームで呼ぶのは止めてほしいんだが。落ち着かない」


 ハルの提案に、しかしその少女は見向きもしなかった。双眸を細めて無言で睨みつけてくる少女に、ひっそりとハルは溜息をつく。

 石造りの広い部屋だった。

 装飾性の少ない灰色の部屋は無機質で、そのせいか、あるいは室内に満ちた剣呑な雰囲気がそうさせているのか、部屋内の気温は若干低く感じる。 

 ハルの他に、部屋内には二つの影が存在した。

 一つは先程まで罪状を突きつけるように報告書を読み上げていた淡い髪を持った少女。

 身につけているのは学園指定の制服だが、服袖は無く肩まで露出していて、更に背中も大胆にも剥き出しである。これは別に制服を改造しているのでは無く、もともとこの学園の制服は服袖や背中部分を着脱可能なように設計されているのだ。

 背中に翼を持つ種族などは基本的に全て外しているのが基本で、自由度の高い制服の設計も、多種多様な種族が集まるエテュディアン学園ならではのものといえる。

 もう一人の少女も同じく軽装化された制服を着た露出が多い格好で、威圧感を放つもう一人の少女とは対照的に、二人からはやや離れた位置の席に座ってのんびりと様子を眺めている。

 執行部。

 それが、ハル以外でこの場にいる二人の肩書きだった。

 有翼種が主力となって構成されている学園の風紀と秩序を守る一大勢力。

 聖獣団と並んで、あまりお付き合いしたくない連中である。

 ある種のコミュニティという点ではどちらも似たようなものだが、聖獣団と決定的には違うのは、彼らがこの学園によって運営される学園公認の管理組織だということだ。

 彼らと事を構えるということは、即ち今後の学園生活を火の中で過ごすのと同意義であり、学内で最も怖れられる組織だった。

 にも関わらず、ハルは怯んだ様子も無く憮然と言い返した。


「そもそも因縁を付けてきたのは聖獣団側だ。更に言うなら、事の当事者は聖獣団とフェルミであって、俺は巻き込まれただけという自負があるんだけどな」

「戦闘状態の場にあなたと斬正が乱入したという報告も上がっていますけど?」

「そりゃ、友人が襲われてたら助太刀ぐらいするさ」

「……じゃあ聞きますけど」


 淡い髪の少女は胡乱げに問いかけてくる。


「その当事者である、フェルミ=マルケニカはどこに行ったのですか?」


 その問いに、思わずハルも拗ねた子供のようになって愚痴った。何もこの状況に不満があるのは目の前の少女だけではない。


「知らねーよ! あのバネ、お前らが介入しに来た途端に逃走しやがったんだから! それどころか斬正までいなくなってるし! おかげで俺は一人、こんなおっかない目に遭ってるんだろうが! あいつらがどういう奴かぐらい、お前だって知ってるだろうが!」

「よりにもよって逆ギレ!? こっちこそいい迷惑よ! ハルトディエス、あんた何回騒ぎ起こせば気が済むわけ!? 毎回説教するこっちの身にもなりなさいよ!」

「だから俺じゃ無くてフェルミだって言ってるだろ!」

「あんな獣人なんて関係ないわよ! 小等部の頃からあんたは毎回のように騒ぎを起こして……、いったいどれだけ私が苦労してると思ってるのよ!?」

「小等部!? 今更そんな昔のことを持ち出すのか!? 大体あの頃はお前だって一緒になって騒ぎに参加してただろうが!」

「ふざけないでよ!? あれは騒ぎを起こすあんた達を止めようとして私も巻き込まれてたんじゃない! そうよ、昔からあんたは……!」


 火に油を注ぐと言わんばかりにハルと淡い髪を持つ少女が声を荒げて不毛な言い合いをしていると、それを制するように声が掛かった。


「シスネ、言葉遣いが乱れているよ」


 それは決して大きな声では無かったが、自分の名前を呼ばれた少女はびくりと肩を震わせて反応した。

 それから誤魔化すように咳払いを一つして見せる。


「し、失礼しました、部長」


 そんなシスネの姿に、部長と称されたもう一人の執行部が口の端を釣り上げる。


「いいや、君のそういうところ、ボクは気に入ってるからね。時間が許すなら君たちの痴話喧嘩はずっと見ていたいくらいなんだけどね」

「ち、痴話喧嘩じゃ、ありません!」


 立場も忘れてシスネが怒鳴ると、執行部部長は「そうかい?」と肩を竦めて苦笑した。そうしてから、愛おしそうにハルを見やる。


「やあ、ハル。こうして顔を合わせるのは意外と久しぶりじゃないかな」

「……かもしれませんね」


 あまり相手によって態度を変えることのしないハルだったが、流石にこの人物を相手にしてはそうはいかなかった。手の平に嫌な汗をかいていることに気がつき、自分が俄に緊張していることを自覚する。

 エフェメール=アンセスタ。

 この場に置いては執行部部長という肩書きでいるが、そんなものはこの人物を指し示す一面にしか過ぎない。

 その実態は、世界の原初と共に双子神によって生み出されたという百八の竜の一人。

 二百年前に創設されたこの学園の初期メンバーであり、事実上のエテュディアン学園の統治者である。

 戦火の火種が燻るこの時勢において、国境を越え世界中から優秀な資質を持った人員がこの学園に集まるのも、偏にこの竜の威光があってこそ。

 そんな人物が生徒としてこの学園に在籍しているのも、質の悪い冗談のような話である。


「以前にこうして君を呼び出したのはもう前年度の話だから、少なくとも二ヶ月ぶりか。新年度そうそう、君が変わらず元気そうで安心したよ」 


 そうやって微笑む彼女は見惚れそうなほどに可憐であったが、ハルは全く別の印象を受けた。細められた金色の瞳に見据えられると、まるで睨まれたような心境に陥るのだ。

 実際、それは大した違いでは無いのかもしれないとも思う。

 微笑んでいようが、睨まれようが、いずれにせよ超越的な存在である彼女に込められた視線の意味など、ヒト種であるハルには理解出来はしないのだ。


「ああ、そうだ。今朝の模擬戦は御苦労だったね」


 そんなハルの心境に気付いているのか気付いていないのか、エフェメールはふと思い出したように労いの言葉を贈ってきた。


「契約者を相手に見事勝利したらしいじゃないか。君のような優秀な契約者候補がいるのは学園としてもとても嬉しいことだよ」

「別に俺は何もしてないですけどね……」


 最強種が送ってくる賞賛に対して、ハルは釈然としない言葉を漏らした。

 あの模擬戦でハルがしたことは殆ど無い。逃げ回りながらフェルミが来るのを待っていただけだ。賛辞ならば、あの獣人の少女にこそ送られるべきものだろう。

 そんなハルの思いを読み取ったのか、エフェメールは肩を竦めた。


「フェルミ=マルケニカか。彼女も素晴らしい力の持ち主だ。未契約でありながら契約者を圧倒する実力。過去を思い返してみても、彼女ほどの才能を持った者はいないと言ってもいい」


 その言葉は、この世界の始まりより生きる竜種だからこそ説得力のあるものだった。

 続けて、エフェメールは口の端を僅かに上げて意味ありげに視線を送ってくる。


「まあ彼女は別格としても、この学園に限らず今世は優秀な者達が特に多い。その中には君も含まれているんだがね、ハル?」

「買いかぶりですよ……」

「そうかい?」


 竜から送られてくる視線を躱すように、ハルは居心地悪そうに身動ぎした。

 照れや恥ではない。ハルが感じるのは疑問だった。

 今のように、エフェメールは昔からハルを気に入っている素振りを見せることがある。それこそ自分が小等部の頃から思い当たる節はあった。この世界で最強種とも呼称される、竜種。そんな人知を超えた存在が何故、一介のヒト種に過ぎないハルに注目しているのだろうか。


「……前から気になっていたんですけど」

「うん? なんだい?」

「なんでそんなに俺を気に掛けてるんです?」


 ハルの質問にエフェメールは珍しくも少し驚いたように目を丸くした後、不敵に口の端を釣り上げて息を零した。


「ふふん? 双子神によって世界と共に生を受け、最強種として今の世に存在するボクがただのヒト種でしかない君に注目していると? 随分と大きく出たね、ハル。それは自信過剰とも受け取れる言葉だよ」


 そう言われては立つ瀬が無い。

 横に立つシスネからも呆れたような半眼が向けられているの感じて、ハルは発言を失敗したかと後悔した。しかし、


「まあボクが君を気に入っているのは事実だけれども」

「やっぱそうじゃねーか!」

「部長!?」


 ハルとシスネが立場も忘れて叫び声を上げるのを見て、最強の竜であるエフェメールは心底愉快そうに目を細めて笑った。どうやら期待通りの反応だったらしい。続けてこんなことを言う。


「ボクはね、君のことが好きなんだよ」

「何言ってるんだ、あんた!?」

「ははは、何ならボクと契約するかい?」


 陽気にとんでもないことを言ってくるエフェメールに、ハルは勘弁してくれと首を振った。


「結構ですから……」

「そう、残念。竜からの契約の申し込みを断った者なんて、きっと君が史上初だろうね」


 全く残念じゃなさそうに、エフェメールは言った。

 見た目だけならばただの美しい少女だったが、その実態は最強種とも呼ばれる竜種。世界と共に生きてきたというこの常識外の存在が一体何を考えているのか、ハルにはまるで分からなかった。

 世界の成り立ちを示してあるという神記によれば、百八の竜達は同じく世界の原初に生まれた天使達を戦争の末に滅ぼすと、この世界に大地を生み出したという。

 嘘か真かはハルの知るところでは無いが、いずれにせよただのヒト種でしかないハルにとって竜種という存在は理解の範疇外の存在である。万年以上の時を生きる存在の心境など、ハルには想像すら難しい。


「――さてと、ボクもフラれちゃったことだし、そろそろ話を戻すんだけど、今回の騒ぎの被害等はハルのところのクラス予算と聖獣団から半々で徴収して、それでお開きということにしておくよ。いいね?」


 ハルは若干の間を置いて頷いた。

 すぐに首を振れなかったのは、先に挑発めいた言動を振る舞い、因縁を付けてきたのは聖獣団だという認識がハルにあったからだ。しかし、理由はともあれ先に手を出したのはフェルミである。そう考えれば、この結果は無難なものだとも思えた。

 ハルが頷いたのを確認して、横のシスネも一つ頷く。


「それでは、今回の話はこれでお終わりに」

「待ってくれ」


 解散の合図を送ろうとしたシスネの言葉を遮って、ハルが声を差し込んだ。

 まだ何かあるのかと、水を注されたシスネが剣呑な光を含んだ瞳を向けてくるが、ハルは気付かないふりをした。反感を買うのは分かっていたが、どうしても聞いておきたいことがあったのだ。

 ハルの脳裏に有角種の少女の姿が浮かび上がる。

 眩しさすら感じさせる美しい緋色の髪に無機質な灰色の瞳。

 今回の騒動のそもそもの原因。


「……聖獣団は新入生の一人を集団で追い回している可能性がある。その事に対する対応はどうするつもりだ?」

「……それは」


 シスネは何か言おうと口を開いてから、途中で言葉を止めた。

 果たして自分の権限でどこまで言って良いのかどうか、逡巡したためだった。

 俄に困惑の表情を浮かべてシスネが執行部部長に視線をやる。釣られるようにしてハルもエフェメールを見た。

 二人に視線を向けられて、太古より生きる竜種は大息を吐いた。


「ああ、その話ね」


 エフェメールはさもつまらなそうに肩を竦めてみせる。


「もちろんその件は知っているよ。その新入生が入学してから……、いや、この学園島に到着してからその鬼ごっこはずっと行われているようだからね」

「そんな……それだけの期間があってなんで止めない!」


 世界中から様々な種族が集まるこの学園では大から小まで細かな諍いが絶えることは無いが、それを放っておいているわけでは無い。

 この学園には一般的な街などに存在する憲兵はいないが、その代わりとなるのが執行部である。最強種であるエフェメールを頂点に据え、有翼種達が主力となって構成されている学園の風紀と秩序を守る学園の最強派閥だ。 


「その事についてですが」


 目の前に居る人物が一体誰なのか自分の立場も忘れて声を荒げるハルに、シスネの硬質な声音が言葉を差し込んだ。


「執行部はその件に関しては一切の介入を行いません」

「……ッ!」


 ハルは今度こそ言葉を失った。

 学園内で堂々と行われている問題行為を、秩序を守る役目にある執行部が無視すると言っているのだ。それでは、執行部の存在意義が無くなってしまう。


「待てよ、そんな馬鹿な話が……!」

「ボクは言ったよ、ハルトディエス=プライルード? 知っていると」


 最後まで言う必要も無いとばかりに、エフェメールの言葉が被さった。まるでその言葉が呪詛か何かであるかのように、ハルの動きを封じ込める。


「さあ、話は終わりだよ。出て行きたまえ」


 そう言い放って、エフェメールは目を細めた。

 最強種たる竜の瞳に見据えられて、ハルは喉が枯れたかのように何も言えなくなってしまう。

 その金色の眼差しに込もっているのは怒りでもなければ威圧でも無い。そこにあるのは、ただ生まれたときから超越者たる者の、超然的な存在感だった。


「……ッ」


 ハルは無言のままに拳を握りしめて部屋を後にした。

 今この時ほど、ヒト種でしか無い己の身を恨めしく感じたことは無い。

 しかし、このままあっさりと引き下がるほど、ハルトディエス=プライルードというヒト種の少年の聞き分けは良くは無かった。


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