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学園の契約者達  作者: ドアノブ
第一話 緋色髪の少女
4/13

緋色髪の少女

    3


 日は既に落ちきって、空には暗幕が広がる時分のことである。

 何かいる。

 ハルは寮の自室の扉を開けてすぐに何者かの気配を感じ取った。

 その日の授業を全て終えて、クラスでフェルミや斬正と適当に過ごした後のことだった。

 エテュディアン学園は全寮制のため、全ての生徒に部屋が貸し与えられている。寮室は基本的に二人一部屋の相部屋なのだが、ハルの同室の学生は一昨年卒業してしまい、以来この部屋はハルが一人で独占していた。

 その背景にはここ数年入学している生徒数が減少傾向にあることと、ハル自身が成績優秀者のため優遇されているという理由が存在するのだが、まあ今は関係ない。

 重要なのは誰もいないはずのこの部屋で自分以外の気配を感じたという、その一点である。

 ハルはすぐに自室に踏み込むことはせずに、まずはじっと暗闇に包まれている自室を見据えた。

 エテュディアン学園では物盗りのような犯罪は少ない。それは学園内の秩序を守る執行部が恐怖の代名詞として学園の生徒達の間で広く知られているからだ。しかし、それは決して犯罪件数が零であることを意味しているわけではない。

 ハルは充分に警戒しながら部屋内に侵入し、照石に明かりを灯した。

 照石とは、マナを貯蔵する性質を持つ貴石に光の精霊のマナを蓄えたもののことをいう。照石は外部からの刺激に反応して蓄えていたマナを放出し、暗闇を照らす白い光を発するのである。照石はこの世界で広く普及し、光源として扱われているのだ。

 白い光に照らされた室内をじっくりと見る。

 置いてある物の少ない殺風景な部屋だけに、不審な箇所はすぐに見つかった。

 一つ、僅かに隙間の空いた窓。

 一つ、不自然に膨らみのあるベッドの白毛布。


「………」


 ゆっくりと足音を殺しながらベッドに近づく。

 動く気配はないが、そこに何かがいるのは確実だった。

 腰の鞘から剣を抜いておくべきかどうか少し悩んだが、狭い室内ということもあってそれは止めておいた。暫く躊躇った後に、ハルは意を決して白毛布を掴み一気に捲った。

 ばさりと音を立てて、白毛布が捲り上がる。


「……はぁ!?」


 そこにあったものを見て、ハルはぎょっとした。

 少女である。

 それもかなり小柄な。

 ハルは唖然とした心持ちで、見知らぬ少女を凝視した。

 下手をしたら小等部の生徒かとも見間違うほどの背丈であったが、身に着けている制服は確かにエテュディアン学園高等部のものである。

 長い緋色の髪が何とも印象的で、まるで自らの髪に包まれるようになりながら、その小さな身体を丸めて、すぅすぅと寝息を立てている。側頭部に生えた小さな角が、この少女がヒト種では無いということを明白に証明していた。

 混乱する頭の中に、疑問が浮かぶ。

 誰だこいつは?


「……んん」


 目を丸くする誠の前で、少女が閉じていた目をうっすらと開いた。

 寝ぼけ眼の瞳は何とも無機質な光を持つ、灰色をしている。

 正体不明の少女はそのまま力込もらない動きでゆっくりと周囲を見渡し、その後、ベッドの前で硬直するハルを捉える。そうしてから小さく首を傾げた。

「あなた、誰?」


「……そりゃ、こっちの台詞だよ」


 すっとぼけた質問をする少女に、ハルは毒気を抜かれたかのように肩を落とした。

 それがこの緋色の髪と小さな角を持つ少女と、ハルトディエス=プライルードの出会いだった。


    †


 香ばしい臭いが室内に充満している。

 赤緑の野菜を纏めて油の引いた鉄板の上に放り込み、先に火を通しておいた肉と共に炒める。ジュゥゥウという油と熱で素材が焼ける音も、食欲を引き立てる一つのスパイスだ。仕上げに木の実を粉末状にした調味料で香りづけをし、経験と勘で適当に味を調える。最後に平皿に盛りつけて準備完了。

 部屋に唯一有る脚の低い丸机の真ん中にどんと置いた。

 すでに食器は用意してある。

 ハル側には箸、件の少女の前には一応箸とフォークを並べてある。


「よし、食べるか」


 少女が呆然とした表情で丸机の中心に置かれたものを見て、その後にゆっくりとハルのことを見やった。 


「……これは何?」

「肉多め野菜炒め」


 いただきますと食前の口上を述べて、ハルは早速一口、口にした。塩っ気が多少足りない気もするが、それなりに満足のいく出来だ。火の案配も良いし、香りづけも上手くいっている。

 八十点と、評価を下す。


「……ふうん」


 別に使われた材料は珍しいものでも無いだろうに、少女は得体の知れないものを見るように暫く観察してから、おずおずと箸を伸ばす。

 そして口に含んで、少し驚いた風に呟いた。


「……おいしい」

「そりゃ良かった」


 大して手間の掛かった料理ではないが、他人から美味しいと言われて悪い気はしない。ハルは上機嫌になりながら、更に箸を伸ばす。ひょいひょいと口に料理を運びながら、内心ではよく分からないことになってるなと首を傾げていた。

 見知らず少女と衝撃的な出会いをした最初、当然のようにハルは事態の説明を少女に求めようとした。その最中である。

 ぐきゅぅ、と小動物の鳴き声のような音が聞こえた。

 一体何だと寮の室内を見渡したハルだったが、音の発信源は他でもない目の前の少女からだった。そして、不法侵入の少女は事もあろうか言い放ったのである。


「お腹がすいた」


 そして今に至る。

 開き直った少女のその態度には、ハルも呆れを通り越して感心してしまうほどだった。 

 普通ならば追い出すなり、執行部に通報するなりするのが当たり前なのだろうが、この少女を見て何故だかハルはそうする気が起こらなくなっていた。悪意や敵意のようなものを一切感じなかったからかもしれない。

 ふと、少女を眺めていてハルはあることに気がついた。


「珍しいな」

「何が?」

「それだよ」


 そう言って、少女の手元を指さす。


「食器だよ。箸を使ってるのが珍しいと思ってな」

「そうなの?」


 少女は不思議そうに首を傾げたが、学園内で箸を使う人間は多くない。箸という食器は一部地域の文化に過ぎず、学園では圧倒的に少数派だ。


「でも、あなたも箸を使っている」

「知り合いに極東出身の奴がいてな、俺はそいつから教わったんだよ。初めは実家から持ってきた食器を使ってたんだが、慣れるとこっちの方が楽なんだよな」


 そう言って、箸をかちかちと開け閉めしてみせる。

 実際慣れるまでには時間が掛かったものの、この食器一つで出来ることが多く非常に便利なのだ。今となっては箸の方が遙かに親しみを持っていた。


「箸を使えるってことは、お前も極東あたりの出身なのか?」

「……驚き、なんで分かったの?」


 言葉通りに目を見開いて驚く少女に、ハルは苦笑する。

 箸なんて希有な食器は、極東を始め極一部でしか使われていない。少女がそんな食器を使っていれば自然と予測くらい出来るものだ。

 そんなことも知らないとなると、どうやらこの少女、少々世間に疎いようだった。


「……まあいいか。それよりも、いい加減事情を知りたいんだけどな」


 今更という気がしなくも無い。寧ろ何故今まで平気な顔をして夕飯を食べていたのか疑問に思うほどである。結構な量があった肉野菜炒めも既に殆ど空になっている。意外にも、少女の方が食べた量は多かった。


「まずは自己紹介からしようか。俺はハルトディエス=プライルード。戦闘技科高等部一科生でヒト種だ」

「ハ、ハルトでィエス、プラーど……?」


 少女は暫く口でもごもご言っていたが、不意に真っ直ぐにハルを見つめた。


「言い辛い、改名を要求する」

「おう、初対面の相手に改名を要求されるのは初めての経験だな」

「私が提供する。……ポチ、タマ、ジョセフィーヌ、キャベツ。さあ、選んで」

「どれも嫌に来まってんだろうが! 原型も残ってねーじゃねえか!」 


 最後のに至っては人ではなく野菜だった。


「……長いし、言い辛かったらハルでいい。友人とかはみんなそう呼んでる」

「ん、わかった、ポチ」

「絶対わかってねえだろ!?」


 少女は緋色の髪を揺らしながらしたり顔でこくりと頷いた。一体何に対する頷きなのか、ハルには見当がつかなかった。妙に自信ありげなのは何なのか。

 溜息を吐くハルを尻目に、少女が口を開く。どうやら話を続けるつもりはあるらしい。


「私の名前は雲雀ひばり。性は持って無いけど」


 性が無いと言うことは、上級市民や貴族階級ではないということだろう。国家にもよるが、この時代、一般市民に姓を名乗ることを許可しているところは少ない。

 才能さえ認められれば入学を許されるここエテュディアン学園では、性を持たない生徒も決して珍しくはなかった。恐らくこの少女もそういった者の一人なのだろう。


「種族は……、見ての通り」


 一瞬言い淀んだ後、雲雀は己の側頭部にある小さな突起をそっと撫でて見せた。


「有角種か」


 促されるようにして、ハルは雲雀の持つ小さな角を見やる。

 有角種はその角に大きなマナを持つ種族である。

 またその角の大きさや逞しさが優れているほど秘めているマナも強力なのだという。実際、才能を重視して生徒を集めたこの学園で見かける有角種達は皆、雄々しい大きな角を持つ者ばかりだった。 

 それらと比べるとこの緋色髪の少女の角は随分と小さいが、この学園に入学している以上は何かしらの優れた才能を有しているのだろう。もしかしたら特殊な性質のマナを備えているのかもしれない。


「それで、その雲雀さんは俺の部屋で一体何をしてたんですかね?」


 ハルの当然ともいえる質問に小さな角を持つ少女は不思議そうに首を傾げた。何故そんな分かりきったことを聞くのかという表情だった。


「見ていなかったの? 寝ていた」

「……いや、うん、まあそうなんだけどな」


 もしかして天然なんだろうかと、ハルは呆れる。


「そうじゃなくて、何で寝てたんだと」

「眠たかったから」

「……」

「……冗談。そんなに泣きそうな顔をしないで、ポ……ハル」

「今ポチって言おうとしたよな?」


 何だか言いしれぬ疲労を感じていると、雲雀は表情薄く言った。


「説明すると、この部屋に入ったのには特別な意図はなかった。窓の施錠が成されていなかったから入って、暖かそうなベッドがあったから寝た」

「うん、おかしいからな? 普通は理由も無く鍵の開いてる他人の部屋なんかに入らないからな? というか、理由があっても無断で入るべきじゃないからな?」

「不用心は良くない、ハル。もし不法侵入したのが私じゃなかったら、帰ってきたところを不意打ちで縛られて、強姦された後に殺されて、金品を全て奪われて最後には火を点けられて証拠隠滅されてた」

「どんな極悪凶悪犯だ! 少なくともんな奴、この学園にはいねーよ!」

「むしろ私がしてたかもしれない」

「するな! 怖いから止めろ!」


 ハルは深く息を吐き出して脱力した。

 恐らくこのまま話していても、この少女は詳しいことを語らないだろう。マイペースに話しているようだが、要するに話したくないのだろう。それくらいのことはハルにも察せられた。


「……わかった、雲雀。なんでお前がこの部屋に来たかは詮索しない。言いたくないこともあるだろうからな。その代わり、これからの話をしよう」

「これから?」


 雲雀は再度不思議そうに首を傾げてから、少しして理解したように頷いた。


「子供は二人で」

「誰がそんな話したか!」

「住む家は広い庭のある豪邸。毎日暖かなご飯を食べて、子供達といっぱい遊んで、とっても仲の良い家族。……そんな幸せな家族を寒い外から眺める、ポチという名前の犬」

「それ、俺! 犬じゃなくて俺だろ! ……じゃなくてっ!」


 ハルは大声を上げながら言った。


「そんな話じゃない! ……雲雀、お前今日はどうするつもりなのかってことだよ」


 やっと言えたハルの一言に、雲雀はよく分からないと首を傾げる。 


「……どうするとは?」

「お前、帰れる場所が無いんじゃないのか?」

「……」


 押し黙る雲雀を見て嘆息する。

 ここでの沈黙は肯定しているようなものだ。

 エテュディアン学園は全寮制。基本的に相部屋ではあるものの、全ての生徒に必ず部屋は与えられる。霞華にも自分の寮室が割り当てられているはずである。にも関わらず、この少女は自分の寮部屋に戻ることをせずに忍び込んだ他人の部屋で睡眠を取っていた。

 ハルもまさか、この緋色の髪を持つ少女が本当に理由も無く部屋に忍び込んだとは思っていない。恐らくは何か寮の自室には戻れない理由があるのだ。


「お前、新入生だろ? 今まではどうしてたんだ?」

「森の中とかで野宿してた」

「……森? 森って……、まさか未開拓部の中か!?」


 最初は言われてもぴんとこず、暫くしてその可能性に思い至ってハルは声を上げた。

 霞華がこくりと頷くのを見て、唖然とする。

 しばし人々の口から学園島などと呼ばれるこのエテュディアン学園ではあるが、実際のところ島の全域が学園として利用されているわけではない。

 いくつかの用途別に校舎が建造されていて施設の周囲はそれぞれに適した改修がなされているが、それでもせいぜい島の半分を利用しているかどうかと言ったところだ。では残り半分はどうなっているのかというと、この島に学園が出来て以来一切手を加えられていなかったりする。そういった学園島の中でも未開拓の場所を、未開拓部と学園生徒達は呼んでいた。


「お前、それはいくら何でも無茶だろ……」


 呆れを通り越して、感心すら混じった口調でハルは呟いた。

 凶暴な肉食動物が跋扈する未開拓部は戦闘技科の実習訓練に使われたり、錬金学科の素材集めに利用されるのだが、逆に言うとそれ以外で人が足を踏み入れることは滅多にない。

 基本的に学園側から出入りの制限を行ったりはしていないが、肉食の猛獣や捕食植物の群生地である。年に何人かは、この無法地帯で行方不明者が出ている。

 未開拓部の森で一夜以上を過ごすとなると、高等部の戦闘技科の人間でも複数人でパーティを結成し常に見張りをたてておくのが基本だ。まかり間違っても人が暮らしていくような環境ではない。


「よく生きてたな、お前……」


 感心と呆れの混じった視線を向けてしみじみとハルが呟くと、雲雀は嫌なことを思い出したかのように小さく身体を震わせた。


「植物が襲ってくるし、あちこちに凶暴な獣が徘徊してるし、あんな場所、命が幾つあっても足りない……。十回は死んだと思う」


 やけに実感のこもった台詞なだけに重みが増して、何も言えずにハルは頬を引きつらせる。

 どうやら余程酷い経験をしてきたらしく、よくよく見れば霞華の顔も心なしか青い。そんな思いをしてまで自室に戻れない理由とは何なのか。


「でもこれからは大丈夫、私は新たな寝場所を確保した」

「……………おい?」


 しかし不意に呟かれた不穏な言葉に、その疑問も一瞬で吹き飛んだ。ハルは半眼で睨みつける。視線の先は言うまでもなく緋色髪をした有角種の少女だった。

 雲雀はハルの視線を受け止めて鷹揚に頷いた。


「ありがとう、ポチ」

「俺は何の許可もしていない上に、全く感謝の気持ちが伝わらないんだが……? まずはその犬っころ扱いを止めてもらおうか……!」

「大丈夫、少しくらいなら性的なことも許してあげる」

「いらんわっ!」


 ハルは嫌な予感がしていた。

 このままではこの少女の良いように流されて、なし崩し的に泊めることになってしまうのではないかと。

 この学園では男子寮と女子寮は別々に存在するが、どちらも異性禁制というわけではない。しかしかといって、異性を連れ込んでいるなどと周囲に噂が立っては面倒になるのは間違いなかった。

 どうにかしてこの緋色髪の少女を追い出さなくては……!

 ハルが密かにそう決心する中で、夜は徐々に更けていく。


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