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学園の契約者達  作者: ドアノブ
四話 学生達の日常
13/13

合宿


「合宿をしたいと思います」


 そうハルが高らかに宣言したのは昼下がりの午後、〈クラス=アルームノ〉の教室でのことである。

 日当たりの良い窓際に置かれたソファの上で立ち上がったハルのその横では、フェルミが膝を抱えるようにして座りながらうとうとと微睡んでいる。彼女のスカートの下からすらりと伸びた細長い尻尾は、まるで所有権を主張するかのようにハルの足首にくるりと巻き付けられていた。


 部屋の中央部のテーブル席に対面で座っているのは雲雀と斬正だ。

 二人の間に置かれているのは遊戯盤と幾つも種族の形を模した駒である。

 それぞれの種族の特性を持つ駒を活かして相手の陣地を奪い合う、この世界では最も有名であろう盤上遊戯だ。名前をファウティという。

 だがそんな世界中の子供でも知っているであろう遊びも、雲雀にとっては初めて目にするものである。事情を知らない斬正は雲雀がファウティのルールどころか存在すら知らないことに驚きつつも、少女が興味を持ってると知って最初から丁寧に教えているところだった。何だかんだと言いつつ、基本的に面倒見が良いのである、この男は。

 当然というべきか、盤面は斬正の優勢。相当なハンデを貰って開始したようだったが、その貯金は既に使い果たしてしまったらしい。斬正が一つ獣人種の駒を進めると雲雀が「うう」と呻き声を漏らし、それに満足してからソファの上に立つクラスメイトを見やった。


「……で、なんだって?」

「遅いだろ。無視されたかと思ったじゃねーか」


 鎖のように足首に巻き付いたフェルミの尻尾を解くと、ハルはソファの上から下りる。


「合宿だよ、合宿。今のこのメンバーで」

「……へえ」


 斬正は訝しむようにハルを見やった。


「それでなんで突然、そんな結論が出てきたんだ?」


 斬正が疑問に思うのも当然だろう。

 それだけ端からではハルの言葉は突拍子の無い提案に思えた。

 加えて、斬正の視線がちらりと盤面を睨みつける雲雀に寄せられる。詳しい事情は知らされていないが、雲雀は聖獣団に狙われている立場だ。そんな中で不用意に外に出て良いのだろうかという懸念を持っている。

 その事はハルも重々に承知しているつもりだったが、当然何の考えも無く合宿などと口にしたりはしない。


「まず目的。これは雲雀の基礎教育だ」

「むぃ?」


 自分の名前が呼ばれて、緋色髪の少女が盤面から顔を上げてハルを見やった。

 そのあどけなさを感じさせる姿に思わず笑いを零してから、斬正に視線を戻す。


「正直に言おう。俺はこいつの知識の無さを侮ってた。そのことをこの間の臨時選択科目ではっきりと身を以て理解した。このままで放置してると面倒事が絶対に増える、早急に対処すべき事案だ」

「……まあ、ファウティを知らないくらいだしな」


 ひとまずは納得したように斬正は頷く。

 雲雀に何かしらの理由があることは斬正も薄々と察しているが、その非常識さはちょっと……いや、かなり驚くレベルである。こうしてファウティの手解きをしているように斬正も気がつけば教えていくつもりではあるが、この教室に籠もっていてはそれも中々難しいだろう。


「次になんで今のタイミングかって話だが、これも単純だな。新年度も始まってもうそれなりに経つからな……そろそろ本格的に学園の授業が始まるだろ?」

「なるほど、確かにな」


 これにも納得したように斬正は頷く。

 ハルの言葉通り、そろそろ学園のカリキュラムも本格的に始まる頃合いだ。そうなれば今のようにクラスのメンバーが揃って行動するというのは存外難しくなる。小等部からこの学園に在籍して卒業試験を受けるのに必要な単位を取り終えているハルは例外として、斬正もフェルミも学生である以上は授業というものが存在している。


「しっかりと周りを囲んでいられるのも今のうちってことか……」


 聖獣団の襲撃の可能性がある今、出来る限り人数が揃っている間に面倒事を済ませておきたいということだ。合宿とは言うが、その実体は雲雀の教育学習会というわけだ。

 そうしてからふと、斬正は疑うようにハルを見た。


「でも、お前達はもう身体は大丈夫なのか? ちょっと引くくらいの恰好だったぞ」


 臨時選択科目から数日が経っていた。

 制服を血色の染めて二人が帰ってきた姿は、まだ斬正の記憶に新しい。 聖獣団の仕業かと焦ったのだが、レヒトマンティスに襲われたと聞いた時には愕然としたものだ。

 そんな斬正の疑念を払うかのように、ハルは軽い仕草でひらひらと手を振って見せた。


「問題無い、問題無い。見た目は派手だったけど大した傷は無かったのは、お前も確認しただろ? ちょっと血が多く出ただけで、至って健康だよ俺も雲雀も」


 ハルは別に虚勢を張っているわけではない。

 レヒトマンティスによって死の間際に追いやられたことなどは斬正やフェルミに説明していないが、今のハルは瀕死の重傷を負わされたのが嘘のように健康体なのである。流石に翌日はまだ痛みが引いてなく身体のあちこちが悲鳴を上げていたが、それも時間が経てば嘘のように消えてしまった。

 自分は間違いなく引き裂かれ、臓腑を空気に晒すほどの怪我を負ったはずなのにである。

 まるでヒト種ではない別の何かのような驚異的な回復力に、ハルも内心では驚いている。

 もちろん一体雲雀は自分に何をしたのだろうかという疑問も依然としてあったが、そのことは気にしないと決めたので脇に置いている。


「……まあ理由は分かった。で、場所とかの目当ては付いてるのか? そんな遠くに行くつもりはないんだろう?」

「時間もあんまりないしな。取りあえず南区の沿岸部にしようと思ってるんだが」

「そこら辺が無難だろうな。あそこらなら極端に危険な生物もいないし、環境も多様だし。初心者にものを教えるには丁度良いか」


 南区の沿岸部も学園の未開拓区域に分類はされているが、斬正が言ったように危険な生物の目撃情報も殆ど無く新入生達の課題にもよく使われている場所だ。仮にレヒトマンティスの様な魔銃が現れたとしても、フェルミと斬正がいれば大した問題にもならないだろう。


「——ってことで、分かったかフェルミ?」


 粗方の説明を終えて日向で目を細めているフェルミにも確認の意味も込めて声をかけると、


「んんー……? ん、にゃー………?」


 フェルミは少しだけ目を開けて反応はしたものの、透き通った琥珀色の瞳の視線をふらふらと焦点が合わないまま彷徨わせると、程なくして再び瞼を閉じてしまった。


「……完全に寝ぼけてるな、あいつ」

「まあ構わないだろ。お前の言うことにバネが反対するとも思わないしな。当日に知らせたって問題はないだろうさ」


 フェルミは基本的にハルのやることなすことは全肯定である。その盲目的なまでの信頼感は猫というよりは忠犬を思わせるが、過去にあったことを思えばそれも仕方がないかと斬正は溜息を吐く。

 ハルとフェルミという少女は強い繋がりを持っているのだ。それこそ、契約を結んだ者同士と同等か、それ以上の強固さで。


「どうした?」


 その様子を見ていたセルジュが不思議そうに首を傾げたのを見て、斬正は小さく首を振った。


「お前もいい加減誰かと契約したらどうだ?」

「……なんだよ藪から棒に?」


 不意打ちにも近い斬正の台詞にセルジュは微妙な反応を示した。

 驚いたような、嫌なことを耳にしてしまったような、それらが合わさったような、そんな顔だ。この話になるとハルが嫌がることを斬正は充分に知っていたが、構わずに話を続けた。


「実際そうだろ? 学園の小等部から在籍していて未だに未契約のやつなんてお前くらいのもんだ」


 竜の威光によって各国から種族問わずに生徒が集まる学園であるが、その大半は中等部に達する年齢になってからだ。小等部に在籍する生徒は毎年十名にも満たない、狭き門である。


「世界中から優れた素質を集めたエテュディアン学園。その中でも幼年の頃から素質を見込まれて在籍してる奴なんて数えるほど。その中でも最高と原初より生きる竜からお墨付きを貰ったヒト種。そんなお前が未だに誰とも契約を結ばずに浮いてる方がおかしいんだぜ?」


 どうやら話題が変わらないらしいと知って、ハルは言い訳を考えるように視線を彷徨わせた。


「あんまりそういう機会が無かったんだよなあ」

「はあ? 機会が無いって……馬鹿言うなよ? 契約を申し込まれたことなんて何度もあっただろ?」


 半眼で見られて、ハルは肩を竦めた。

 斬正の言うとおりハルと契約を結ぼうとする者は少なくない。

 己に相応しい優れた契約相手を見つけるのがこの学園の目的だ。それを考えれば必然である。中には本人の意思を無視して強引に結ぼうとする者も存在していたくらいで、かつては大きな騒ぎになったこともあった。


「そこで寝てるバネでも良いし、なんだったら俺としたって問題無いんだぜ?」


 剣身種である斬正も当然、ヒト種であるセルジュと契約を結ぶことが出来る。

 フェルミほどではないにしろ、この学園に来ている時点で斬正も相当な素質を秘めているのは間違いない。

 ハルは少しだけ驚いた顔をした。


「斬正は俺と契約を結びたいのか?」

「そりゃあな。俺だって契約者を探しにこの学園に来たんだ。それがお前だって言うんならなんの文句も無いさ」


 斬正は軽い口調で言うが、その中身は決して嘘ではない。

 実際斬正が〈クラス=アルームノ〉に所属しているのは性格に合っていて居心地が良いというのもあるが、歴代最高の素質と竜に太鼓判を押されるハルと契約出来る可能性があるということもあったのだ。

 とはいえ、それも殆ど可能性は無いと思っていた。

 何せ少年の横には最強の番犬ならぬ番猫が居着いているのだ。お互いに憎からず想っているのは明白であったし、何か切っ掛けがあればあっさりと契約を結んでしまうものだと想っていた。

 ハルが雲雀という明らかに訳ありの緋色髪の少女を連れてくるまでは。


「まあなんにせよ、さっさと相手は決めちまえよ。お前の親もうるさいって前に愚痴ってだろ?」

「うぐ……」


 痛いところを突かれたようにハルが顔を顰める。

 ハルは基本的に両親に顔が上げられないほどに恩を感じていて、その両親がいつまでも契約相手を見つけてこない息子にプレッシャーをかけてきているのである。特に必要単位を取得し終えていつでも卒業試験を受けられる今となっては、その度合いが増してきている。正直長期休みに実家に帰るのが憂鬱になるほどだった。

 渋面になったハルに斬正は多少の溜飲を下げて、小さく口の端を釣り上げた。

 後は、最近ハルは雲雀の面倒を見ていてフェルミを放置しがちなので、そのとばっちりがこちらに来ないようにと願うばかりである。


「よ、よおし、まあそれは置いて、ところで合宿の話だけどな」

「話の逸らし方が下手過ぎだろ……」


 もともと腹芸の得意な性格ではないが、あまりにも露骨である。逆に突っ込んでくれとアピールしているのではないかと疑ってしまうほどだった。 まあ斬正も一先ずは釘を刺したので、これ以上深く追求するつもりは無かったので良いのだが。

 そうしてからふと、妙に静かなだったなと斬正は気がついた。

 斬正とハルが会話している間、緋色髪の少女の声が一切聞こえてきていない。

 大した付き合いでもないが、何となくこの少女の性格は斬正も掴めてきている。常識知らずで変に臆病なところもあるが、基本的には構って欲しがりだ。人見知りをする歳の幼い子供のような感じである。

 その性格からして絶対に余計な口を挟んでくると思っていたのだが、そんな様子が全く無い。

 それほどまでにファウティに熱中しているのかと斬正は多少意外に思いながらも、テーブルの上に乗せられた盤面を目にして……、


「……って、おい!? なんだこの盤面!?」


 悲鳴を上げた。 

 それも当然で有り得ない状況になっていたからだ。

 殆ど優勢に進めていた斬正の駒は軒並み盤面から消去され、そこに取って置かれていたのは敵軍を示す駒。その数は明らかにゲーム開始時よりも数を増していて、一体どこからその増援を連れてきたと想うほど。築き上げていた防御陣は歯抜けで領地の大半は占拠されており、これが事実だったならば、戦の勝敗が決すどころか斬正の勢力は地図上からその名を消していることだろう。


「反則を隠す気すら感じられねえ……」

「これはこれで、逆に潔いんじゃないだろうか」


 斬正と一緒に盤面を眺めながら、雲雀が今まで口を挟んでいなかったのはこれが原因かとハルは密かに納得する。


「おい角っ子。人が見てないうちに何回動かしやがったんだ……」

「知らない。駒が勝手に動いた」


 灰色の瞳を向けたまま「むん」と胸を張る少女は何故か自信満々だった。

 未熟な肢体は張ったところで何も主張するところがないが、どことなく腹立たしい動作である。


「特別ルール発動。雲雀は気が向いたら二十回連続で動かして良い。さっき斬正がそう説明してた」

「まったく記憶に無いんだが……?」


 軽く頭痛を覚えて眉間に指をやる。

 これからこの角娘とどう接するべきなのかと考えて、斬正は小さく溜息を吐き出した。


投稿時間間違えてました!

ごめんなさい。

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