異世界への送迎者
なんか気になって書きました。お楽しみください。
一人の男が佇んでいた。
数日前に整えたような髭、さえてるとはいえない顔、よれよれの作業着、そのどれもが彼を平凡なおっさんと印象付けた。
男は時代錯誤的な太い葉巻を咥え、いまやガラパゴスと呼ばれる携帯電話を肩と頬で挟む。
「ああ、ああ。了解。十五分後にコンビニ前」
男は素っ気なくこたえると、胸ポケットに携帯電話を突っ込み、吸い殻を携帯灰皿に落とし、そして寄りかかっていたトラックへと乗り込んでいった。
「さて、仕事だ」
男は配送業を営んでいた。
トラック、と言ったがその実大型のそれには荷物は入っていないし、これから入るわけではない。
運ぶのはものではない。
「あいつか」
約束のコンビニから二人の男女。年齢は思春期程度。女性は顔立ちの整った美人で男性は良く見積もって中の上。電話では肩出しのトップスにショートパンツと言っていたから間違いない。
それを確認すると、ハンドルを乱した。
コンビニの方へと突っ込んでいくトラック。だが、男は動じない。もともと想定済みだと冷静に、正確に乱せるようハンドルを捌く。
知っているだろうか。異世界召喚、中でも異世界転生はまずトラックに轢かれる、という逸話を。
彼は送迎者。人をあの世へ、そして異世界へと送る者。
まっすぐに女性の元へと向かっていき、轢こうという瞬間。驚きで動けない彼女を男性が押しのけ、そして。
ブレーキをかけた後、男性の行動に驚くのを隠しきれない男。轢いたことについてはなんの感情も伺えないあたり、狂っているのか。
ドアを開け、降りていくと転がされて上半身だけ起き上がらせた状態のまま呆然とする女性を確認できた。そしてこちらへと投げかけてくる。
「ねぇ、お兄ちゃんは?どこに行ったの?」
兄妹だったか。
「あんたの兄はな」
わかるだろうか。異世界『転生』、ということはつまり、
「死んだよ」
一度死ぬのだ。
「は……?」
瞳から涙があふれ出す。
「ふ、ふざけないで!返してよ!お兄ちゃんを返して!」
受け入れられず泣き狂う女性。
「もう送ったものは戻せないんでね、諦めな」
そう言ってトラックへと戻っていく。葉巻をケースから取り出す。
「それより喜べよ。新たな門出だぜ?きっと輝かしい未来が待ってるよー」
「ふざけないで……。ふざけないでよ!ふざけんな!」
あとは神様とかいうやつに任せておけば、無事完了。
正確には依頼を若干異なる形で、だが最終的に一人送れれば良い。今回は人ではなく時間が重要だったそうだ。
彼はトラックを走らせるがその時にふと、胸に気まぐれに沸いた思い出が蘇った。
かつて、トラックに轢かれて異世界へと飛んだものがいた。彼の轢かれるとき見た最愛の人は本当に悲しんでくれていただろうか。
知るかよ、そんなの。
運転しながら、火のついていない葉巻から煙を吸おうとするのだった。