残酷童話 「靴が赤い理由」
むかしむかし、病気の母親と二人で暮らす、一人の貧しい少女おりました。
少女は献身的に母親を支え続けましたが、看病も虚しく、母親は亡くなってしまいます。
お葬式の日。少女が悲しみに暮れていると、お金持ちの老婦人が通りかかりました。
少女の境遇に同情した老婦人は、少女を養子とすることを決め、この日から、少女の新たな人生がスタートします。
お勉強、お裁縫、お買い物。貧乏だったことが嘘のような、素敵な毎日が続きました。
それから数年が経ち、少女は、町一番の美少女へと成長しました。
大人へとなりかけているお年頃。少女の興味は、おしゃれへと向いていきます。
ある日のこと、少女はある靴屋の店先で、とても美しい赤い靴を見つけました。
「何て美しい靴なの」
少女は一目で心を奪われました。
「お嬢さん、この靴が気に入ったのかい?」
真剣な眼差しで赤い靴を見つめる少女の姿が気になったでしょうか? 店主の男性が声をかけてきました。
「ええ、とても美しい色をしていたから」
「じゃあ、少し安くしてあげるよ」
「いいの?」
「お嬢さんにはこの靴がとても似合いそうだ。きっとこの靴だって、お嬢さんに履いてもらえたら嬉しいはずさ」
店主は、穏やかな笑顔と口調でそう言いました。
「買うわ」
店主の厚意と『似合いそうだ』という一言によって、少女は心を決めました。
幸い、値引きしてくれたおかげで、少女のお小遣いでも買える金額です。
「買ってくれてありがとう。大切に履いてあげるんだよ」
「もちろんよ。大事にするわ」
赤い靴を買って上機嫌の少女は、鼻歌交じりに自宅へと帰っていきました。
「見ておばあさま、とても可愛らしい靴でしょう」
帰るなり少女は、買ってきたばかりの赤い靴を老婦人に見せました。
「おやおや、とても綺麗な靴だね」
「明日は、これを履いて教会へ行こうかしら」
少女のその言葉を聞いて、老婦人は眉をしかめます。
「教会へは黒い靴を履いていくものです。その赤い靴で行ってはいけません」
「……はい」
少女は不満気に頷きました。
それからしばらくして、老婦人は重い病に倒れ、寝込んでしまいました。
老婦人に注意されないのをいいことに、少女はその日から、赤い靴を履いて教会へと出かけるようになりました。
――みんな、私を見てくれてる。
教会にいる大勢の人の視線が自分に向けられ、少女は高揚感を感じていました。
ですがそれは、羨望の眼差しでなどでは無く、場に相応しく無い靴を履いた少女に対する奇異の目でしかありません。
そのことに、少女が気付くことはありませんでした。
ある日、少女は舞踏会へと招かれました。
老婦人の体調は思わしくなく、看病が必要な状況でしたが、少女はそれでも舞踏会へと出かけることを選択しました。
するとどうでしょう。出かけようとした瞬間、不思議なことが起こったのです。
「何? 何なのこれ?」
赤い靴がひとりでに動き出し、ダンスを踊り出しました。
「どうして止まらないの?」
どんなに止めようとしても、赤い靴はダンスを止めず、靴を脱ぐことすら出来ません。
そのまま少女は、赤い靴に操られるまま、夜の闇へと踊り出していきました。
少女は何日間も、昼も夜も踊り続けました。
少女が看病できなかったために、老婦人は亡くなってしまいました。ですが、踊り続ける少女は、老婦人の葬式に出席することすらできません。
「どうかお願い、私の足首を断ち切ってください……」
心身共に疲弊した少女は、一人の首切り役人にそう懇願しました。
「いいのかい?」
「もう、こうするしかないんです……」
「分かった」
少女の願いを聞き入れ、首切り役人は少女の両足首を切断しました。
すると、切り離された両足と赤い靴は、少女の体をその場に残したまま、踊りながら遠くへと消えていきました。
少女のダンスは、こうして終わりを迎えました。
もっとも、彼女の足と赤い靴だけは、今もどこかで踊り続けているかもしれませんが――
数日後、とある倉庫の中に、二人の男の姿があった。
「今回もご苦労だったな」
黒いローブに身を包んだ男が、労うように連れの男の肩を叩いた。男の正体は、少女に赤い靴を売った靴屋の店主だ。
「今回も楽しかったぜ」
大ぶりな刃物を背負った男が笑顔で答えた。男は、少女の両足を切断した首切り役人だ。
「例の靴は、もう回収したのか?」
「ああ、ついさっきな。あれは私の魔術により作り上げたものだ。念じるだけで私の元へ戻って来るよ」
靴屋の店主には魔術の心得があった。
世界に一つだけの美しい靴を作りたいという彼の願いが、事の始まりでもある。
「しかし、あんたもなかなか狂ったことを考えるな」
「若い娘の足を切断することに、快感を覚えているお前にだけ言われたくないがな」
「違いない」
流れはこうだ。
始めに、魔術で作り出した赤い靴を、靴屋が客に売りつける。
次に、靴が踊り続ける呪いを発動させる。売って直ぐ呪いを発動させてしまったら、店に悪評が立ちかねない。しばらく経ってから発動させることがポイントだ。
最後に、着用者から足を切断してほしいと懇願された共犯者の首切り役人が、その願いを叶えてやる。
赤い靴は、製作者である靴屋が回収し呪いを解除。足首を処分し、残った赤い靴を再び商品として売り出し、同じことを繰り返す。
これまでに足を落としたのは、今回の少女で7人目になる。
「靴はさらに美しさを増した。もうじき、私の理想とする赤色に染まり切ることだろう」
「確かにあの赤は見事だ。元は純白の靴だったなんて、誰も思わないだろうさ」
あの靴は本来は真っ白だった。それが、切断された女性の足首から滴る血を纏い、赤色へと染まっていったのだ。
回数を重ねるごとに赤は深みを増し、靴屋の店主の理想とする美しい色へと近づきつつあった。
血で染めあげた美しい赤い靴を作りたい靴屋の店主と、若い女性の足を切断することに快感を覚える首切り役人。
赤い靴とは、二人の狂った男の利害が一致したことで誕生した、一つの芸術作品なのである。
了
ダークな童話の三作目です。
原作であるアンデルセン童話の赤い靴では、カーレンという名の少女が主人公ですが、大幅に内容を変更していることもあり、その名は使わず、単純に「少女」という呼び方にしました。
今回はこれまでの童話系作品よりも、昔話風の口調を多めにしてみました。
最後の男達の会話もそうするべきか悩んだのですが、語り口調にしてしまうのは違和感があったので、あの辺りからは、普段通りの書き方にしています。
話しの流れが変わった感じが出て、有りかなと思っています。