22 ワイバーン討伐
前回のあらすじ
スールさんが山特有の魔物を危なげなく討伐。
ルニに続いて僕とスールさんも山頂を目指す。
【気配隠蔽】はあるけれど、多分見破られるだろう。
ここに来る道すがら、大まかな戦い方は確認済みだ。
【ワイバーン】は地の利を活かすために敵の接近に気づくと飛び上がる事が多いという。
最初はそれぞれの遠距離攻撃で何とかして落とすことになっている。
遠隔攻撃として【飛剣術】を持つ僕に最初の一撃と落とす部分が期待されている。
その後は、オスの方をルニートさんとスールさんが、メスの方を僕が受け持つ予定だ。
元々ここに陣取ってたのはオスの方で、スールさんはそいつに因縁があり、とどめを刺したいらしい。
これまでの経験から、とどめに関係無く経験値がちゃんと入るので異論は無い。
町長のフグスタリさんはグリフォンと同じぐらいの強さと言っていたが、前情報で聞く限り同じとは思えなかった。
ロックバルトの町はもう何年もコイツを倒すために力を蓄えて来て、今年いよいよ討伐を行うことを決めていたらしい。
討伐を済ませ英雄ヴォルドンの男魂祭にという流れが計画されていたそうだ。
そこに、メスが1匹増えたことで駄目になったという。
討伐は決行されたが、2匹となった【ワイバーン】を前にして、撤退するのがやっとの展開だったという。
山頂までは距離があるが【ワイバーン】の羽根がもう見えてきていた。
共倒れを避けるために3人広がって慎重に進んだ。
山頂を横からくり抜いたような大きな穴が見える。
長らくここに住んでいるのだろう。その手前が広く平らになっているようだ。
そこに二匹が体を寄せ合うように眠っているが、それぞれが胴体部分だけでワンボックスカーぐらいのサイズだった。
左手の個体が若干大きいので、右側はメスだろう。
あと50メートルという所まで来た。もう少し近づきたいが、気づかれたら大変だ。
消費魔力が増えるがこの辺りから【ステータス】を確認しよう。
■■■
ワイバーン(魔物・オス)
能力値
体力 759 /759 (542+217)
魔力 282 /282 (235+47)
筋力 328 (252+76)
器用 116 (116+0)
敏捷 224 (203+21)
スキル
・身体
【体力強化】4
【魔力強化】2
【筋力強化】3
【敏捷強化】1
【切断耐性】1
【気配察知】1
【再生】6
・魔法
【風魔法】5
・魔物
【火の息吹】4
【牙術】4
【爪術】3
■■■
魔物は体力が多い。その中でもこいつは群を抜いてそれが多かった。
体力は単なる疲労でも減るけれど、外傷から身を守るものだ。
体力があるうちは怪我が軽くなる。つまりダメージの何割かを体力の消費を代償に無効化してくれるが、全く無傷とはならない。
■■■
ワイバーン(魔物・メス)
能力値
体力 548 /548 (421+127)
魔力 182 /182 (165+17)
筋力 249 (207+42)
器用 158 (158+0)
敏捷 335 (257+78)
スキル
・身体
【体力強化】3
【魔力強化】1
【筋力強化】2
【敏捷強化】3
【気配察知】1
【再生】1
・魔法
【風魔法】4
・魔物
【火の息吹】2
【牙術】2
【爪術】3
■■■
メスは単純に能力が低い……と思ったら敏捷が高かった。
攻撃手段は【牙術】 【爪術】【風魔法】に【火の息吹】か。ブレスを吐く敵は初めてだった。
ふと少し近いメスの方が首をひょっこり持ち上げてキョロキョロと回りを見回している……バレたか?
【ステータス】を他人から受けるとなんとなくゾワっとする。モンスターでもそうなのか?
一瞬緊張が走ったが、すぐ地面に首を降ろした。
敵の【気配察知】のレベルが低くて良かった。強者には身につきにくいスキルなのかもしれない。
「ふう」
『それでは、そろそろ仕掛けます』
『おう、いつでも良いぜ』
『お任せします』
女神様に貰った【ウィスパー】だが、初めて有効活用した。
少し遠いが、【視力強化】と【暗視】のおかげでなんとか位置は分かる。
さっき首を伸ばしたメスの頭部は分かるけれど、オスの頭部が良く見えない。
羽根と尻尾の位置からどうも反対側にあるようだ。
メスはまっすぐに首を伸ばしているので、オスも同様だという前提で行こう。
僕は【飛剣術】で魔槍と2本の飛剣を空中に浮かべると、まっすぐ頭が狙える位置に移動させた。
オスのほうが硬そうなので飛剣スカッドを、メスには魔槍をそれぞれ照準を合わせる。飛剣パックは守りの為に手元に残した。
【ターゲットライン】が魔槍と【ワイバーン】の頭一直線に繋いでいる。
【飛剣術】は魔力を込めると威力と速度が上がる。
これまで全力で飛ばしてみたことが無いが、今回はそれが相応しい。
武器との魔力の線を意識しながら、魔力を巡らせていく。
前方に見える魔槍の周囲に僕から供給されているよりも多くの魔素が集まっているように見える。
よし、いいだろう。
『いきます!』
『おう』
『はい』
チュイン……ドドーン!
武器が発する音がおかしい。ものすごい勢いが付いたようだ。
「グオオオオオオ!」
「ギャオオオオォォ───────ン」
僕たちは一斉に走り出す。オスの【ワイバーン】が鎌首をもたげた。
頭を狙ったつもりだったが、体に巻くように首を曲げていたので、コイツの頭は無事だった。
魔力線を辿って武器の位置が何となく分かる。
魔槍は敵の反対側まで飛んでおり、スカッドは既に近くまで戻ってきていた。
武器は両方共、敵の体を貫通していた。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【風魔法】のレベルが2になりました』
『テッテレテー!!』
『ルニートはスキル【爪術】を習得しました』
『テッテレテー!!』
『ルニートはスキル【風魔法】を習得しました』
『テッテレテー!!』
『ストゥルールはスキル【爪術】を習得しました』
『テッテレテー!!』
『ストゥルールはスキル【風魔法】を習得しました』
【マップ】から【エネミーサイン】が一つ消えた。
あれ?【グリフォン】より強いと思ってたんだけど、そうでも無いのか?
まあいい。本命のオスの方が健在だ。あの大きな体じゃ、体に短剣サイズの穴が開いてもそれほどダメージが無いかも知れない。
「ギャォオオオオオォォ────ン」
【ワイバーン】のオスは倒れたメスの方、つまりこちらに向き直ると翼のついた左右の腕を大きく広げ吠え声を振るわせた。
空気の振動で体がビリビリする。イベント会場のスピーカーの前のようだ。
それよりも、これは悲しみ?魔物にも感情があるのか?
右手前方から死体を踏み台に駆け上がる影が見えた。
僕が【ワイバーン】の様子に気を取られている間にルニが飛び込んだのだ。
いつものようにグルグルと回りながら飛び上がり、こちらから見て右手。つまりは左腕の付け根付近に飛び込んだ。
ギャギャギャリ――――――ン!!
「ギギャッツ」
回転を生かして、何度も斬りつけているようだ。
元々飛び上がったら落とす予定だったが、地上にいるならば、手数で飛ぶのを邪魔したい。
まずは、すっ飛んでいったままの魔槍を手元に戻そうか。
折角だからルニが斬ってない方の右腕の付け根を貫く軌道で戻そう。
ルニとやり合うのに両腕を振り回しているので的が大きく動いてやりにくい。
魔力を込めながら【ターゲットライン】が左腕の付け根に交差するように狙いを修正し、タイミングを計る。
『約束通りコイツは俺に譲ってもらうぜ!!』
ドゴォォォ―――――――ン!!
大きな音がするとワイバーンは右側に1メートルほどずれた。
体勢を崩して両腕を地面について踏ん張っている。
今だ!
『反対の翼を狙います!』
ゴバッ!!
破裂音と共にワイバーンの右腕が根元からはじけ飛んだ。
あ、スールさんの方に落ちた……ごめんなさい。
魔槍は既に僕の右前方に戻っていた。
これ以上やるとスールさんとの約束に差し支えそうだ。
右手を失った【ワイバーン】はルニに尻尾を叩きつけると、右手方向に居るスールさんに矛先を移した。
ルニは着地のタイミングをなぎ払われていて、少し離れたところまで飛ばされていた。
これは良くない。僕が牽制役を買って出ることにしよう。
『森崎さん!盾を下さい!』
『承りました』
ダーズ師匠に鍛えられた盾を取り出した。
ただ装備を身につけただけなのにあの訓練を思い出すと心が熱くなる。
「うぉおおおおお!!」
雄叫びを上げて【ワイバーン】に走って行く。
道場での最初の頃は大声を上げるのにものすごく抵抗感があったが、今では声を出した方が気合いが入って良い感じだ。
奴はちらりとこちらを確認するとまたスールさんに向き合った。
相手にされないならそれでいい。今のうちにもう一撃入れてやろう。
寝ているときはワンボックスカー程度だと思っていた体は立ち上がるとさらに大きく感じる。
そびえる様に立つ姿は外国のバイヤーを接待で連れて行った巨大仏像を彷彿とさせる。
近づくと左腕が振り下ろされ翼が上から叩きつけられた。
左手に持った盾打ち合わせて、その勢いを借りて前に突っ込んでいく。
2本の飛剣の力も使って隙間をこじ開けた。
腕がビリビリとしびれる。筋力で見れば僕の倍以上あるのは伊達じゃなかった。
ダーズさんやバイヤードさんの打ち落としにもこの程度の威力は込められていたが、その質量が大きく違った。
盾ごと押しつぶされるように前方に転がされたが、うまいこと懐に入れた。
目の前には恐ろしい大きさの足があった。指の一本一本が、僕の足よりも太い。
ただ、鬼人族の足より太いかというとそうでもない。
【ワイバーン】は右腕が切り離されたせいでバランスが悪くなっていた。
左足を懸命に踏みしめて踏ん張っている。
ここまで状況が整えば僕にだって出来るはずだ。
『左足をもらいます』
「魔の力借りて刃に秘めたる力を示せ!天と地を分かつ!【二の閃】!」
ザンッ。
バイヤードさんに教えてもらった武技を全力で繰り出した。
ちなみに【一の閃】が縦切りで、【二の閃】が横切り、【三の閃】は斜め切りだ。
鬼人族に伝わるという力任せの技はこの場に相応しい。
魔力と旋回力で構築されたその攻撃は【ワイバーン】の左足を目線の高さで断ち切った。
ぐらりとその巨体が揺れる。
ドスン。
断ち切ったその切断面で体を支えようとしているようだ。
だけどうまく行ってない。目の前にある壁のような巨体がこちらに倒れてきた。
「うわあああ!」
ズシ────ン!
必死に左前方に駆け抜けようとしたが、最後少し間に合わずに倒れてきた体に打ち付けられて吹っ飛ばされた。
『おう!良い仕事してくれたぜ!あとは任せてくれ!』
ダーン!
僕は決着となるその音を広場からはじき出されて斜面をヘッドスライディングしながら聞いた。
山頂付近の岩はやけにゴツゴツしていて痛かった。
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【再生】のレベルが3に上がった』
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【再生】のレベルが4に上がった』
『テッテレテー!!』
『ユーキはスキル【風魔法】のレベルが3に上がった』
『テッテレテー!!』
『ルニートはスキル【再生】のレベルが4に上がった』
ひりひりしている鼻の頭は【再生】スキルが勝手に直してくれそうだ。
───────
【飛剣術】は恐ろしく強力だが、それを運用する僕はまだまだ未熟だった。
ボロボロになった胴着を【修繕】で必死に直している僕と違って、ルニもスールさんも大きな外傷は見当たらなかった。
スキルのレベルだけで言えば十分な戦力だが、その力を使いこなせていない。
「こいつの解体はちと待ってくれ。町に運び込んで皆にも見せてやりてえ」
「分かりました」
「私に異論はありません」
スールさんはバックパックから板のような魔道具を取り出すと耳元に当てた。
そのスマホのような魔道具はギルドマスターがギルドを離れる時に連絡をとるためのものだった。
電話口からは歓声が聞こえてきていた。死体を運ぶ人員を町から派遣するらしい。
「それじゃ、コイツに奪われた町の宝を返して貰おうか」
町への連絡を終わらせたスールさんは広場脇の洞穴にずんずんと進んでいく。
僕はルニと顔を見合わせてその後に続いた。
次話「23 古き英雄との出会い」