21 髭の武人と転がる魔物
前回のあらすじ
【ワイバーン】討伐の依頼を受けた。
冒険者ギルドに着いてみれば、ギルドマスターが装備を整えて待っており、僕らに同行すると言い出した。
「頼む!俺を討伐に連れて行ってくれ」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「[旋回姫]の言う通り、俺には見る目が無かった。
すぐに根を上げると煽ってみた討伐依頼だが、蓋を開けてみりゃ、その日のうちに討伐完了だ。
引くに引けなくなって挑んだ酒比べでは髭人殺しを次々飲み干すおめえ様を見ているうちに意識を失う始末だ。
このままじゃ、俺は自分が情けなくてギルドマスターが続けられねえ。
山の主討伐は大きな戦いだ。そこで少しでも身を立てさせて欲しい。
こんな事を言えた義理じゃねえのも分かってるが頼む!」
「ユーキさん、彼もまた武人です。挽回の機会が必要でしょう」
「分かりました。一緒に行きましょう」
僕は余りの必死さに気圧された。
表面上は威厳を持って了承を伝えてみたが、僕はこれだけ必死な人を断る勇気を持たなかった。
「ユーキです。よろしくお願いします」
「ルニートです。よろしくお願いします」
「ストゥルールだ。よろしく頼む。呼ぶときゃスールで良い」
「わかりました。スールさん【パーティ】に誘いますので申請を承認して下さい」
「おう、承知した」
ギルドマスターは事前情報通り鎚の使い手で、【冒険者カード】のレベルが6もあった。
髭人は見た目から年齢が全く分からなかったが結構な長寿種で、なんと158歳だ。
そんな彼も、英雄ヴォルドンは900歳ぐらいまで生きたのでまだまだだと言う。
この世界の時間感覚には未だに慣れない。
ともあれ、こうして僕たちは前衛ばかりの3人パーティとなった。
───────
ロックバルト山の峠と説明を受けたが、町のすぐ近くの山頂ではなく、山の尾根を歩いて行ったもう一つの山頂付近を住処としているらしい。
【ワイバーン】は日が高くなってから行動する魔物であるため夕刻より行動を開始して既に日は落ちている。
僕たちはゴツゴツとした岩が転がる道を歩いている。
スールさんも高レベル冒険者であるため、警戒しつつも平地を急ぎ歩くような移動速度が出ていた。
山頂は星の明かりもあったが、三人とも【暗視】スキルを持つため苦労せずに進むことが出来た。
岩ぐらいしか見えないが【エネミーサイン】が魔物の存在を知らせている。
「この先のあの岩の辺りに魔物の気配がします」
「おう!俺の【気配察知】にもさっきから魔物の気配がしてやがるぜ」
「こんな山頂に居る魔物と言うことは鳥ですか?」
「いや、夜こんな所には【リビングロック】しか居ねえ。コイツは岩の魔物よ」
岩の魔物?魔法生物か!ゲームらしい魔物が出てきた!
これまで動物型や人型の魔物しか見ていなかったがゲームであれば定番の魔物だ。
でも、岩か、魔剣とは言え切れるのかな?
「コイツは俺に任せてくれ」
「よろしくお願いします」
近づくと少し輪郭が見えてくるが、普通に岩だった。
ゴーレムのような手足も特に見えないので、放っておいても良いんじゃ無いかな?
■■■
リビングロック(魔物・─)
能力値
体力 305 /305
魔力 92 /92 (80+12)
筋力 31
器用 25
敏捷 15
スキル
・身体
【魔力強化】2
【打撃耐性】1
【切断耐性】1
【刺突耐性】1
【気配察知】1
【瞑想】3
・魔法
【土魔法】3
・魔物
【吸血】2
■■■
【ステータス】では体力が高い。筋力、器用、敏捷が低いので動くことは無さそうだ。
見た目はそこそこ硬そうな岩石だが、スキルとしては耐性はそれほど高く無い。
魔物スキルに【吸血】なんてスキルが見えているが、どう使うのかイメージが沸かない。
「オオオオオオオ!!」
バキーン!ガッキーン!バキーン!
確認もままならないうちにスールさんが殴り掛かった。
ものすごい音だ。耳が痛い!そうだ!【ミュート】!
スールさんはこまめに位置を変えながら岩を殴りつけている。
岩の脆い位置を探って殴りつけているのかと思ったが、元居た場所の地面から針が突き出ていた。
どうやら【土魔法】の攻撃を避けながら戦っているようだ。
「コイツで仕舞いだ───!!」
バキャ
最後は大きくひび割れて終わりとなった。
身動きしなくなったので近くに近寄った。
「まぁ、こんなもんだな」
「お見事です」
「こいつぁ、近くに獲物が通ると【土魔法】を使って針を刺して襲うのよ」
「遠巻きに迂回すればいいんですか?」
「それがそうもいかねえ。【土魔法】を器用に使ってゴロゴロと転がって、踏んづけられたらそのまま血を吸われて終わりだ」
結構おっかない魔物だ。やっぱり討伐したほうがいい。
【エネミーサイン】が周囲に無い事を確認すると明かりを付けた。
「【発光】!」
「こりゃいいわい、さっき音が急に小さくなったのもユーキ殿か?」
「ええ、そうです」
「なかなか多才だな」
【暗視】スキルは暗視ゴーグルなどと違って自動調整されるので目が焼けるようなことはない。素直に感心された。
その死体を確認すると、表面は周囲と同じ石が張り付いていたが、その内部は、ストーンショップに展示されているアメジストのような形状だった。
ただし、その内部は緑と紫色の混ざった毒々しい色をしていた。こいつは絶対討伐しないと駄目だ。
「コイツは見た目はこんなだが魔法金属を多く含んどってな、どれ【金属分解】!」
スールさんがゴーンゴーンと叩くと樹液のように金属が染み出してきていくつかの玉になってポロっと落ちた。
なかなか大ぶりの金属塊で重そうだが、彼はひょいっと持ち上げると手元の鞄にしまった。
「報酬は帰ってから精算で良いな?」
「はい。問題ありません」
「【解体】で分解しないのは何でですか?」
「俺の持ってるスキルのレベルが【金属分解】の方が高いのと、専門のスキルの方が効果が高いからだ。そんで取るもんとってからこうよ。【解体】!」
最後に解体を行うと魔石だけとなって姿を消した。
毒々しい体から毒が取得できるようなことは無いようだ。
「時間が無いときゃ全部【解体】で済ますんだが、暗くなったばかりだからちょっとぐらいの寄り道は問題ねえはずだ」
「そうですね」
───────
目的地に付くまでに行方を塞いでいる個体が点々と転がっており、全部で5体を相手にする羽目となったが、全部スールさんが相手してくれた。
敵の繰り出すトゲは地面から生えたり、敵の体から生えたりと変則的だったが、彼は危なげなくそれに対応した。
左手の盾もうまく使ってその軌道から体を外して次の一撃を打ち込んでいた。
「来る前に土の臭いが濃くなるのよ!あとは風だな」
「参考になります」
なるほど。言われてみれば発動前に少し土の臭いが強くなる。【嗅覚強化】が無ければ分からなかっただろう。
それより風か。土が生まれるときに周りの空気を押しのけて風になると彼は言うのだがそっちは良く分からなかった。
何となく叩いているだけに見えたその攻撃も明らかに特定の場所を見極めて打ち込んでいた。
同じ場所を攻撃するだけなら僕にも出来ると思うけれど、あの前か後ろか分からない物体の攻撃を読みながら、適切に弱点を狙っていくのはかなりの技だ。
何となくこの辺が凹んでて薄そうだな?程度しか分からなかったが、聞いたら石の目を読んでいるらしい。
「髭人なら普通のことよ」
スールさんはそう言ってダハハと笑っていた。
ギルドマスターはやはりみんなを納得させる腕が必要なのだろう。
まともに対峙してみれば彼がそういう器の一人であることに異論は無かった。
僕は酒に潰れて気持ち悪そうな彼を見て低く見積もっていた人物評を上方修正した。
見る目が無いのは僕も同じ事だった。
後ろでちゃっかり経験値を貰いながら、あの岩を砕く手段をいろいろ考えていたのだが、あまり有効な手を思いつかなかった。
【盾術】で殴るか、久しぶりに【金玉飛ばし】で鉄球を飛ばすか、真っ正面から魔剣で斬りに行くのだったらどれが良いだろうか。
そういえば達人が二人もパーティに居るのだから素直に聞けば良いことに気がついた。
「【リビングロック】はルニなら切り裂くことができますか?」
「うーむ。やれないことは無いと思いますが……スール殿はご存じですか?」
「あいつは魔法金属を含んでるから半端な魔剣だと刃がやられて苦労するだろうな。
俺もこの魂振いが無きゃ武器の何本かは潰してるはずよ」
さっきからスールさんが使っているのが噂の魂振いだった。
そこそこの武器であれば良いのか、ちょっと見て貰うことにした。
「この剣と、槍と、盾と、あと…よっと、この2本の短剣があるんですけど、これで戦えますか?」
「ちっと暗くて、少し待ってくれ」
「【発光】!」
取り出したのはカナミさん達に貰った血食いの剣と、バイヤードさんに貰った鬼の串刺しという銘の槍と、ダーズさんの盾と、2本の飛剣だ。
初期装備の導入の剣は多分駄目だろうと思ったので自重した。
「ふむ。おお!これはすげえ剣だな、これならあの岩程度には負けねえだろう。こっちの槍も恐ろしいもんだ、こいつは【リビングロック】をやるにはもってこいだな。こっちの盾はすげえもんだが、得手不得手があるから【リビングロック】を砕くにはあまり向かねえな。それから、こんなちまい剣じゃ……なんだコイツは!おめえこいつらをどこで手に入れた?」
「それですか?それは、店で売ってた普通の短剣がちょっとあって魔剣になったんですよね」
「コイツはホイホイと人に預けちゃいけねえ。ヴォルドン様の鎚に迫る業物だ。こいつにかかりゃ、【リビングロック】程度は紙みてえなもんだ」
そういって武器を返してくれたので2本の飛剣を鞘に戻し、剣と盾を森崎さんに収納して貰った。
【ワイバーン】は硬い鱗を持つと言う。バイヤードさんに託された魔槍で戦うことにしたのだ。
槍の説明にある、竜の鱗も突き通すというテキストが決め手だ。
■■■
鬼の串刺し
鬼人族に伝わる魔槍の一つ。竜の鱗も貫き通すと言われる。
【筋力強化】の力を備え、力強い突きを繰り出すことが出来る。
■■■
「おい!ユーキ殿よ!話を聞いてたか?その背中の短剣をそんな風に持ち歩いて不用心じゃねえか?」
「え~と、多分これは何故か僕と繋がっていて奪えないので大丈夫ですよ」
飛剣パックと飛剣スカッドは少し特殊な性質を持つようになっていた。
飛剣術で操作する武器は人の手の中に納められるとうまく魔力線が繋げられず操作の対象から外れてしまう。
ところが、この2本の魔剣だけは他の人が握っている状態でも、物で囲っても僕と魔力線が繋がっており、いつでも操作することが出来た。
これを奪うのはなかなか骨だと思う。
「ほう、そういう性質の武器なのか、それぐらいの業物はそうそうお目にかかるもんでも無いんでな。こいつは、余計な気を回したな」
「いえ、丁寧にありがとうございました」
このやり取りをしている間もルニは山頂をじっと見つめていた。
僕の武器も準備出来た。スールさんもきっと武器はそのままだろう。
「この上に【ワイバーン】が居るんですね」
「風が巻いとるからどっちから行っても見つけられちまうだろうな」
「それは丁度良い!堂々と正面から行くとしましょう!」
「おうよ!わくわくしてきやがったぜ!」
ルニがそんな風に言って歩き出す。彼女はいつも格好いいよね。
スールさんが腕を組んでニカッと笑う。太い腕に引き締まった体。彼もまた絵になる男だった。
二人は立派な武人だ。戦いに赴く様が格好いい。
僕は武人じゃないのでそういうのは似合わない。
大人しく二人の後を追うとしますか。
次話「22 ワイバーン討伐」
2019/04/18 方向いただいた誤字を修正(言っても⇒行っても)