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19 腕っ節だけでは認められぬ

前回のあらすじ

 坑道の魔物討伐に挑んだ。コウモリとミミズを倒して新しいスキルを得た。依頼完了。

「あそこのギルドマスターは【鎚術】の使い手だ。【鎚術】の祖たるヴォルドン様の信奉者だからな」


坑道を帰る道すがら、エギルさんから冒険者ギルドのマスターが何故あれほど怒っていたかを教えて貰った。

自分が大好きな英雄の祭典にいい加減な態度で参加されたら、不機嫌になるのも分かる。

もうちょっと下調べしてから来れば良かったな。


「と言ってもだ、あんたらは十分に役割を果たした。胸を張って報告に行けばいい

ただ、俺らはみんな人の話を聞かねえからな。オレもついて行ってやるよ」


───────


「おい!まだ日は落ちてねえぞ。ダッハハハ!もう諦めたか?」


ふんどしの集団は冒険者ギルドの中で酒を飲んでいた。

ここはビガンの町のギルドとずいぶん違って、建物内に飲食スペースが用意されている。

相変わらず酒の臭いを漂わせて、ここだけ祭が続いているようだ。


「おい!おめえらの罰ゲームなんだぞ!なんで客人にやらせてんだ!?」

「げっ、エギルじゃねえか、めんどくせえのが来た」


髭人(ドワーフ)に面倒くさくない人がいるのかな?という素直な感想は飲み込んでおこう。

それよりもまずは討伐クエストの報告だ。

頬杖をついてふんどしの集団を睨んでいるバーラさんのいるカウンターにまっすぐ向かった。


「討伐クエストの報告に来ました」

「なんだ?おめえら何か受けてたか?」

「おい、バーラ、寝ぼけるには早えぞ、坑道を片付けてきたからその報告だ」


やっぱりエギルさんに付いてきて貰って良かったな。

ギルドマスターだけじゃなくて、バーラさんまでこの調子だと僕たちだけでは困っていたかもしれない。


「討伐証明の魔石はどこに出せば良いですか?」

「と、討伐な。これで良いんじゃ無いか?」


手元にあった小さいトレイを出してきた。

ん?これは、中間報告に来たと思われているのか。


「おい、おめえやっぱりぼけてるだろ、そいつに魔石200は入らねえぞ」

「なっ、200だと!エギルおめえふざけてんのか?」

「ふざけてんのはおめえらだろ。いつまで祭り気分のつもりだ。さっさとでけえやつ出しな」


バーラさんは渋々という顔で奥から見慣れた大型トレイを持ってきた。

そうそう、それですよ。もう一個欲しいところだ。


『森崎さん【ロックバット】の魔石を出して貰えますか?』

『承りました。【ラージラット】の魔石より大きいため、まずは150個を提出します』


大型トレイにびっちりと150個の魔石が並ぶ。

良く見ると一つ一つ個性のある魔石が小さい順に綺麗に並べられている。

流石【森崎さん】いつも頼りにしています。


「【ロックバット】の魔石ですけど、まだあるのでもう一つトレイ貰えますか?」

「お、おう。ちっと待っとくれ」


バーラさんは慌ててもう一つ大型トレイを持ってきてカウンターに載せた。

残りの【ロックバット】の魔石を出して貰う。


『森崎さん、残りをお願いします』

『承りました。残りの全部、106個の魔石になります』


全部で246匹か、結構倒したな。

経験値が沢山稼げたから良いクエストだったな。


「あとは、【ロックイーター】の魔石ですね。こっちの小さい方に載るかな?」

『承りました。【ロックイーター】の魔石が32個になります』


通常のトレイに魔石がぎゅっと並んだ。

【ロックバット】の魔石より一回り大きいサイズだ。


「それから……【ギルドカード】ですね」


ルニも手元にカードを用意していたので、一緒にカードを提出した。

一日で終わって良かったな。明日は何しようかな。


「おい!おいおい!ほんとかよ!アンタらやるじゃ無えか!」

「嘘だろ!どっから魔石持ってきたんだ」

「祭り気分の酔っ払い共は黙ってろ。オレが一緒に行ってきたが、坑道にもう魔物はいねえぞ」


バーラさんが手元のトレイを確認していく。

【ロックバット】の魔石が300万、【ロックイーター】の魔石が50万になった。

さらにクエストの報奨金が100万で、合計450万ヤーンになった。

手元にごっそり残っている魔石や素材も換金しちゃおうかな?


「次はコイツだな」


バーラさんが右手に2枚の紙をピラピラとさせていた

それは、報酬を受け取り損ねていた待機所の査定表だった。


「おめえらはなかなかの活躍だったと書いてあるぞ。報酬はそれぞれ5万ヤーンだ。ゲルズのやつ奮発したな」

「ありがとうございます」


カードに決済を済ませて、これで終わりだなと思ったが、バーラさんがカードを握りしめている。

ええと、返して欲しいな。消しちゃえば手元に帰ってくるのかな。それも怒られそうだし、どうしよう。

彼女はこちらを一瞬見ると、ギルドマスターに声をかけた。


「おい!ストゥルールさんよ!アンタは出さなきゃいけねえもんがあるはずだ!」

「認めねえ!!こいつらの腕っ節が強えのは分かった!だが認めねえ!」

「ギルマス!そいつは男らしくねえぞ!」

「おいおい、何の話だ?」

「コイツは3日以内に討伐が終われば(まぶい)振いを渡すって約束したんだ」

「本気かよ!こいつら相手にずいぶんと早まったことをしたな。こいつら半日で終わらせやがったからな」


そういえば、エギルさんには説明してなかった気がする。

鎚って言ってたけど、それそんなに大切なら武器は足りてるんで出さなくて良いです。

今日の宿も取ってないから、そろそろ帰りたいです。


「なんだあ?揉めてやがんな。俺たちは髭人(ドワーフ)だ!揉めたら酒に聞け!」


入り口からさらにややこしくなりそうな大声が聞こえた。

現れたのは一回り大きな髭人(ドワーフ)。その人はゲルダさんの旦那、この町の町長だった。


───────


「この揉め事はユーキ殿の温情により酒比べで決着とする。

ユーキ殿が勝利した場合、(まぶい)振いを正式に受け渡し、ストゥルールが勝利した場合、報酬の支払いは免除とする。

見極めはこのフグスタリが請け負う!両者共に異存は無いか?!」

「はい。ありません」

「おう。依存ねえぜ」


僕はテーブルを挟んでストゥルールさんと対峙していた。

周囲をふんどしの集団やエギルさん、野次馬の冒険者が取り囲んでいる。

テーブルの上には凄いアルコール臭を放つお酒が小樽のようなジョッキに入って2つ置かれていた。

適当な所で負ければ鎚も奪わずに済むし、丸く収まるよね。


「おい、ユーキ殿、目にやる気が感じられねえがあっさり負けてくれるなよ。

コイツは俺たちにとっちゃ神聖な勝負だ、あらゆる手段で全力を尽くさないのは礼儀に反する行為だぞ」

「はっはい」


うわー、退路が断たれてしまったな。全力か、しょうが無い。まずは【克毒】からだな。

待機所で毎晩のように飲まされて、この町のお酒にも慣れたから、意外と行けるかもしれない。

しっかり準備をしてジョッキを握る。空気がゆらゆらと揺れていた。これは目に来る勢いのアルコールだな。


「酒は髭人殺し(ドワーフごろし)とする。それでは始め!!」


ちびっと一口飲む。これは意外と美味しいな。痺れるようなアルコールだがとても熟成された味がする。

しかしアルコールが強い。【毒耐性】と【克毒】が無かったら、一口目で倒れそうだ。

正面のストゥルールさんは無言で杯を傾けている。

あれだけ酒が好きな髭人(ドワーフ)が味わってという雰囲気では無いのだから厳しいお酒であることが分かる。


ビリビリとした刺激が喉から食堂を抜け、胃を激しく叩く。

激しい刺激だが、酒の風味を全身で味わうような体験は悪く無かった。

お腹が緩くなりそうだが、まだ大丈夫だな。


ふむ。続けて、今度は少し多めにグビリと飲み込み胃の中を浸す。

ちょっとこの過剰な刺激はどうかと思うが、染みこむ風味はとても味わい深い。

この世界のスキルの力があってこそ作れるようなお酒なのかな?


【解毒】は【回復魔法】のレベル1の魔言(スペル)で、自分にかける分には消費魔力が1だ。

【魔力吸収】の効果で魔力は30秒で1回復できるから、30秒に1回【解毒】を使っても大丈夫だ。

だけど、この酒精では30秒毎では厳しいかもしれない。


幸い魔力は増えて181だ。5秒に1回ぐらい使っても大丈夫だろう。

その場合30秒に5づつ魔力が減って…ええとざっと18分ぐらい持つ。

まずはそのペースでやってみようか。


「おい!お前らそのペースで進める気か?日が暮れちまうぞ!お前ら歌え!」


急に周囲のふんどしの集団が歌い出した。周りの野次馬も歌い出す。


「「「「我ら髭人(ドワーフ)は~ヨゥホゥ」」」」

「「「「ロックバルトの、火山にヨゥホゥ」」」」

「「「「魔物を潰して、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鉱山を掘って、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鉄を溶かして、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鎚を振れ~ホゥホゥホゥ」」」」

「「「「鎚を振れ~ホゥホゥホゥ」」」」

……

「「「「鎚を振れ~ホゥホゥホゥ」」」」


この緊迫感でもこの歌か!思わず吹き出しそうになった。

飲んでいるときに笑わせようとしてはいけません。

折角味わって飲んでいたが、真剣にやるというならこの歌のペースでいけるところまで言ってみるか。


歌に合わせてゴクリ、ゴクリと飲んで、2小節に一回のペースで【解毒】を使う。

ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、プハー、【解毒】

ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、プハー、【解毒】

そんな感じだ。


僕もストゥルールさんも1杯目のジョッキが空いた。

フグスタリさんが新しいジョッキを渡してくる。

空になったジョッキについて、きちんと飲まれているか確認しているようだ。


待機所で飲んでいたときよりも魔力消費が早めだけど段々ペースが掴めてきた。このペースならいける。

揮発するアルコールが目に少し染みるけれど、【解毒】でそれも定期的に解消されるから大丈夫だ。

このペースでは魔力が尽きるのが見えているけれど、もう少しこのまま行ってみっか。


更にジョッキを変えて3杯目に入った。

ストゥルールさんはまだ2敗目を飲んでいるようだ。

このお酒はかなり美味しいから大切に飲みたい気持ちも分かる。


段々、余裕が、出てきた~ヨゥホゥ!

リズムが、馴染んで、楽しい~ヨゥホゥ!

ギルマス、余裕が、無いぞ~ヨゥホゥ!

ジョッキが、空に、なったぞ~ヨゥホゥ!

お替わり、来るのが、早すぎ~ヨゥホゥ!

お酒が、ちょっと、可愛そ~ヨゥホゥ!

水分、だけでも、多いぞ~ヨゥホゥ!

トイレに、少し、行きたい~ヨゥホゥ!


ちょっとトイレ……じゃなくて【AFK】だ!

こいつがあって良かったけれど、リズムが乱れてしまった。


ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、プハー、【解毒】

……

ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ、プハー、【解毒】

これなら、十分、いけるぞ~ヨゥホゥ!

ジョッキが、空に、なったぞ~ヨゥホゥ!


フグスタリさん!お替わりが遅いよ!!

人がノリノリで飲んでるのにリズムを崩さないで欲しい。

周りの髭人(ドワーフ)が体を揺するのに合わせて僕も左右に体を揺する。


コイツは、なかなか、愉快だ~ヨゥホゥ!

たまには、コイツだ、A・~・F・K!

あー、魔力が厳しくなってきたな。4小節に1回ぐらいにしておくか。

ゴトン!!

あれ?目の前の人が崩れ落ちている。


「この勝負!ユーキ殿の勝ちとする!」


町長から勝利のコールがされた。

あっけなく勝負がついたな。そう思った時に嵐はやってきた。


「貴様ぁ~!!!ユーキ殿が真剣に挑まれている時に!!そぉんな情けないことでどぉうするかぁ!!」


嵐はルニートという名前の旋風だった。

あれ?誰か飲ませたの?視線で確認すると、みんなが小さく首を振っている。


ズバァシィ─────ン!!

ストゥルールさんの背中に彼女の全力の張り手が飛んだ。

もんのすごく良い感じのスナップが利いた張り手だ。

数日はミミズ腫れが引かない感じの音がした。


「ぐおおおおぉぉぉ!!」


ストゥルールさんが体をよじって起きた。

明らかに顔色が悪い。これは大丈夫じゃない。


「お前らぁ~!真剣にやらんか!歌はどぉした!!」


「ひっ」

「わ、我ら髭人ドワーフは~ヨゥホゥ」

「お前らも歌わんかー!!」

「「「ロックバルトの、火山にヨゥホゥ」」」

「「「「魔物を潰して、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鉱山を掘って、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鉄を溶かして、生きる~ヨゥホゥ」」」」

「「「「鎚を振れ~ホゥホゥホゥ」」」」

「「「「鎚を振れ~ホゥホゥホゥ」」」」


僕はなんとなくジョッキを持って同じように飲み出した。

ストゥルールさんは再起する気配が無い。


「貴様がぁ!挑んだ勝負だろうが────!!」


彼女はジョッキを持って青い顔をした彼の口に無理矢理つっこんだ。

当然、みんなの歌声は止まっていた。


「貴様らぁもだー!!ユーキ殿に挑むならぁ真剣に挑まんかぁー!!!」


周囲の野次馬があっけにとられているとふんどしの男に強烈なビンタが飛んだ。

バッチーン、バッチーン、バッチーンと体の回転とスナップを利かせて周りのふんどし勢を張り飛ばした。

重そうな髭人(ドワーフ)が壁まですっ飛んでいった。見事な技のキレだ。

ふんどしの人は叩かれたほっぺたをさすってはいるが、素っ裸でぶち当たった体を気にしていない。

次々と吹っ飛ばされていたが、みんな見た目通りの頑丈さで平気そうだ。

彼女も最低限の分別を失っていなかったようで、町長や単なる野次馬は無事だったが、周囲は緊張に包まれている。


そんな町長と目が合ってしまった。

普段はとても良い子なんですよ。本当に。だけどこの子は怒らせちゃいけない子でしたね。

彼女がちょっと静かだな~と思ったら危ない。心のメモに書き留めました。

さあ、この危険な台風を止めよう。


「【解毒】!【沈静】!」

「お前らの根性を~!……」

「ルニありがとう。でもちょっとやり過ぎ」


ルニは、両手を腰に当てて仁王立ちの体制で固まっている。

よかった、効果があったようだ。

顔は真っ赤だ。酒気にやられた。そういうことにしよう。


「大丈夫?」

「す、少し酒の香りに酔ったようです」


少し?いや、今そこに突っ込むのはやめよう。

この空気は辛すぎる。退散するに限る。


「あの~、僕たち、待機所の打ち上げに呼ばれてるんで、そちらに向かいますね」

「お、おう」


みんなコクコクと首を縦に振っている。

僕たちは全てを見なかったことにして脱出した。


次話「20 待機所と新たな依頼」

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