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15 ユーキの悩み

前回のあらすじ

 ドワーフの夜食は宴会だった。酔ったルニートさんに抱きつかれた。

目が覚めた。石の壁と天井が見える。

ここは、そうだロックバルトの町の待機所だ。


「うわっ」


周囲を見回すと向かいのベッドに腰掛けたルニがこの世の終わりのような顔をしてこちらを見ていた。

そうか昨日は【洗浄】する間もなく寝てしまった。部屋が若干酒臭い。

いや気を失ったのか。手を握りしめるとちゃんと力が入る。


「ユーキさん。昨日はすいませんでした」

「うん、大丈夫です。それよりひどい顔ですよ」

「しかし、昨日の……」

「ちょっと待って!」


これ以上彼女が踏み込む前にちゃんと説明しよう。

身近にいる彼女に知ってもらっておくのが安全かも知れない。

ゲームの中だからって思ってたけど、どうにもそうは行かないようだ。


「昨日の話をする前に、ルニに伝えておきたいことがあります」

「は、はい」

「でもその前にちょっとお酒の臭いを何とかしましょうか。【解毒】【洗浄】と、念のために【快方】!」


自分も含めてお酒とそれに伴う体調不良を解消しておいた。

あまり寝てないように見えた彼女の顔色に少し紅が戻った。


「この話はあまり聞きたい話では無いと思いますが……ぜひルニに聞いて欲しいと思います」

「は、はい!」


―――――――


僕が中学生の頃の話だ。

当時、近所に住む幼なじみの女の子が大好きだった。

誕生日が2ヶ月違いの同級生で名前を木下明里(あかり)といった。

僕が彼女が好きなことは誰にも言ったことが無かった。


僕も彼女も公立の中学で、中学3年生の時に同じクラスとなった。

いつも元気な彼女は、その年の学園祭実行委員に立候補していた。

男子はみんな顔を見合わせていたが、調子者の佐竹が口火を切った。


「勇輝君がやりたいって言ってました~」

「じゃあそれで!」


学級委員の和久井が断言すると一斉に拍手が起こった。

僕もまんざらじゃ無かったので口では幾つか反論したが、結局学園祭実行委員となった。

サッカークラブ通いを続けていたので学校の部活に加えて委員会活動が増えてちゃんとやれるか少しだけ不安だった。


「勇輝の邪眼がいつも彼女を捕らえて離さないからな」

「えっ?」

「つまりバレバレってことだ。うまくやれよ」


和久井は後からそんな風に言ってきた。

佐竹も含めて気を利かせてくれたらしい。

嬉しいけれど、バレバレなの?


それから2ヶ月、学園祭に向けて彼女と一緒に過ごす時間が増えた。

学園祭実行委員会に一緒に参加し、クラスの出し物を決めるために二人で打ち合わせをした。

元々参加率の高くない部活は言い訳が出来たので欠席した。

自然と帰りも一緒に帰る日が増えた。

毎日がとても楽しかった。


学園祭は、ほどほどに成功を収めた。

来場者数も例年通りだったし、みんな楽しそうに参加していた。

僕の中ではそれよりも明里といっしょに活動するのが終わるのが悲しかった。

僕たちのクラスの担当である入退場門の片付けに二人で率先して向かった。

実行委員室から直接来たので片付けの開始時間まではまだ十分に時間があった。


「僕はずっと明里のことが好きだった。今も大好きだ」


僕は意を決して、彼女にずっと好きだったという思いを打ち明けた。

彼女は少しびっくりした顔をしていたが、顔を赤くしながらこう言った。


「ありがとう!私もずっと好きだったよ!」


僕は天にも登る気持ちだった。その時の彼女の顔を今でも忘れない。

今なら秋津のへっぽこパスでもゴールが狙えそうだ。


「おーい!勇輝!」

「お前ら早すぎ!!」


後ろから声が聞こえたので振り返るとクラスのメンバーがぞろぞろと片付けに向かって来ていた。

もっとゆっくり来ればよかったのに!


ドーン!

突然自分の背後から凄い音がした。

クラスのみんなは立ち止まって凄い顔をしている。


「「「キャ―――!!」」」


音のした背後を振り返ると、入退場門の飾りが落下していた。

明里の姿が見当たらない。飾りの下敷きになっていた。

大慌てで飾りをどけると彼女に大きな外傷は見当たらなかった。

しかし、彼女は意識を失っているようだった。


「おい!何かあったら危ない。動かすな!」

「救急車!救急車呼べ!」


周りから声が飛ぶ。

僕は彼女の前で膝を突いて固まっていて何も出来なかった。

その後のことはあまり覚えていない。


彼女は打ち所が悪かったらしく、そのまま息を引き取った。

両親に連れられて彼女の葬式にも参加した。

綺麗な彼女の顔を見て死んでいるのが信じられなかった。


―――――――


話をしているうちに両手を真っ白になるほど握りしめていた。


「そういうことがあって、誰かに好きだと打ち明けるのが怖くなってしまったんです」

「それは……大変でしたね」


頬を涙が流れ落ちた。涙も出ていたのか。

この年になっても涙が出やすいのは変わらないな。


「学園祭というのがよく分かりませんでしたが、屋根の一部が落ちてきて怪我をすることは確かにあります。不幸な事故でしたね」

「みんなにも不幸な事故だと言われたんだけどね」

「でも、私は屋根や看板ぐらいでは大丈夫ですよ」


確かにルニならそれぐらい耐えられそうな気がする。


「それだけじゃないんです。もう一つあって……」


自分の声が震えているのが分かる。勇気を振り絞って話を続けた。


―――――――


僕は傷心のままサッカーの成績もあって推薦入学で地元の進学校に入学した。

余計なことを考えないようにするために勉強にサッカーに打ち込んだ。


「勇輝君、ずっと、中学の頃から好きでした!付き合って下さい」

「え、ええと、僕は、ええと」


高校2年になり、マネージャの女子から告白された。

その人は少しおっとりした、とても気がつく3年の先輩で、名前は白石絹代(きぬよ)さんという。

部活のことでと言われて昼休みに部室に呼ばれて行ってみたらそれだった。


正直に言えば僕はとても嬉しかった。好きか嫌いかで言えば先輩のことは大好きだった。

ただ、その瞬間中学の事件を思い出して僕は恐ろしくなった。

そして気持ちが悪くなり、その場で吐いてしまった。


「ごう゛ぇ、ごめんなさい」


吐いてしまったものを慌てて片付けたりするうちに休み時間は終わり、その場はそれで終わりになった。

先輩も一緒になって片付けをしてくれてとても感謝したがそれ以上のことは考えられなかった。

告白されるだけで吐いてしまうなんて、僕にはもう恋愛は無理だと思った。


「勇輝君ごめんね、私、中学の時の事件は良く知らなかったから」

「ええ、大丈夫です。僕もあまり人には言ってないんで」


白石先輩はその後、人づてに中学の時の事件を調べたらしい。

それでこの件は終了だ。先輩には悪いことしたなと思った。


「私ね、思うんだけど、勇輝君が告白しなきゃ大丈夫なんじゃないかしら?」

「え?どういうことですか?」

「乙女にそれを言わせちゃう?私は勇輝君が好き。でもそれだけで十分」

「え?ちょっと意味が」

「だから勇輝君は返事をしなくて良いの」


そんなの、どうなんだろうか、ありなのか?

そう思ったが、白石先輩はその後、僕への好意を隠そうとしなくなった。

正直僕は女性は大好きだし。先輩は黒髪の似合う大人の雰囲気の綺麗な女性だ。

先輩目当てにサッカー部に入った奴もいるぐらいだ。

大好きだと言ってくれる先輩のことは大好きだった。


「それは勇輝君の分です。部長はそちらのドリンクをどうぞ」

「おっ、そっ、そうか」


白石先輩がおっとりしてるとは誰が言ったんだったか。

ドリンク一つとってもこんな対応だった。

先輩の愛と他の部員からの視線が痛い。


「なぁ、勇輝。おまえそろそろはっきりした方がいいんじゃねえか?」

「えっ、あははは」


笑って誤魔化すのもだいぶ辛くなってきた。

そんなある週末、試合相手の偵察に白石先輩と行くことになった。

誰かが余計な気を使ったんだろう。


「うふふ、勇輝君と二人きりなんて凄く嬉しいわ」

「僕も有能なマネージャーと一緒で嬉しいですよ」

「そうじゃなくって、っとここまでにしとくね」


最近、先輩は僕の顔色を見て踏み込む距離を決めているようだった。

今もちょっと気分が悪くなるかもしれないという不安な顔を見せたらすぐにやめてくれた。

申し訳ないと思うがどうしようもない。


対戦相手のビデオを撮影し、スコアを付けてと黙々と仕事をこなした。

試合中は無駄話をしているうちに状況が動いたりするし、ベンチの動きも何か見つかるかも知れない。

あ、あのボトル渡しているマネージャの子可愛いな。

と、いけない。心なしか先輩の視線が鋭い気がする。

先輩も試合を見て下さい!


帰りは電車に揺られながら二人で試合の感想を言い合っていたがやがて無言となった。

学校の最寄り駅で電車を降りて学校にビデオを届ける途中で先輩がこう切り出した。


「私、自分でもこんな性格だなんて思っても居なかったけれど、凄く強欲みたい」

「え、どうしてですか?」

「私が好きだって伝えられれば良かったって言ってたけど……」


先輩は泣いていた。

相手から反応が無いままなのは辛いことだ。鈍感な僕にでも分かる。

本当にこれはどうしようも無いんだろうか?

ここまでしてくれる先輩に悪いし、自分も辛い。

素直に気持ちを伝えればいいんじゃないか?

だって、僕だって先輩のことが大好きだから。


「ゴメンね、もうちょっと待ってくれれば落ち着くから」

「先輩!僕は、僕は、僕だって先輩のこと大好きですよ!」

「えっ?!」


思い切って告白すると、逆に先輩が驚いていた。

これまで半年も何も伝えてこなかったから、申し訳ないことをしたな。


「あああ!嬉しい!!勇輝君!!私も大好きよ!!」


思わず、試合でゴールを決めたときチームメイトにするように先輩にぎゅっとハグをした。

先輩もぎゅっと抱きしめてくれた。


「うっ」


ちょっと無理をしたらしい。余計なことを考えてしまった。

大丈夫。先輩は今もここに居る。


「ありがとう。今日はここまでにしておいてあげるわ。なんてね。ふふふ」

「手加減いただき幸いです」


ハグを終わらせて、二人ふざけ合った。

なんだ、こんなことなら前から受け入れておけば良かった。

とても幸せな気持ちで学校に寄って、顧問の先生にビデオを返した。

先輩は部室で少し用事があるので先に帰って欲しいと言うので、お別れして一人で帰った。


次の月曜日、会うのを楽しみにしていた先輩は部活に来なかった。

顧問の先生の話ではちょっと体調が悪いので休むとのことだった。

あくる日も先輩は部活に来なかった。何故か先生も休みだった。

その次の日、部活の開始ミーティングで先生からこう告げられた。


「白石の事だが、週末に体調を崩して、月曜日の昼頃亡くなったとご両親から連絡があった」

「「え?!!」」


知っていたのは主将と顧問の先生だけだったらしい。

チームのみんなは言葉を無くしていた。


「ご両親も急なことだったから心の整理が付かないと言われてな、葬儀は身内だけでやりたいと連絡があって、昨晩先生が代表してお別れをしてきた」

「「えぇ?!そんな!!」」

「お前らの気持ちも分かるが、ご両親のお気持ちも察してあげてくれ」


先輩の死因は僕たちには全く分からなかった。

何か持病があるとは誰も聞いて居なかった。

先輩には兄弟も居なかったから、その線から情報を得ることも出来なかった。

それらのことを後からサッカー部の仲間に聞いた。


僕は先生の話を聞いた後倒れてしまったらしい。

今でも先輩が亡くなってしまった原因は分からない。


―――――――


「そんなことがあって、僕は誰かに愛を告げることも、誰かからの告白を聞くのも怖いんです」

「そんなことがあったのですか。お悔やみ申し上げます」

「目の前の人が理由無く居なくなるぐらいなら、僕はそれを望みません」


サッカーはその後続けられなくなってしまった。

一緒に行った視察で同行した僕の発言が元で先輩が自殺したと言う噂が流れて、仲間との関係が悪くなった。

僕自身、サッカー場に近づくと先輩を思い出して拒絶反応が出てしまうため競技が続けられなかった。

顧問の先生は帰ってきた時のご機嫌だった先輩の姿を見ていたので留意してくれたが、辞退した。


そうして、僕はますます趣味のメダル集めに傾倒するようになったのだ。

ARスポーツに打ち込んだのもそんな理由からだった。


「ユーキさん。私は安心しました」

「え、どういうことですか?」

「女性に興味を示されないのかと少し心配しておりました」

「そんなことはありません。女性には大いに興味があります」

「私はユーキさんに強く惹かれております。周りくどいですね、大好きです。あ、返事は不要です!」

「あ、ありがとう」

「私は武神様とその高弟の方々を敬愛していますが、ユーキさんはその方々に届く強さを持ち、奢らず、とても身近で、いろんなことに振り回される度に目を白黒させて、かわいらしいと感じています」

「か、かわいらしい……」

「シライシ様のことは本当に残念ですが、彼女はそんな思いを告げることは隠す必要無い、大丈夫だと、命をかけて証明してくださった。そんな風に思います」


僕はもう行き先の全てが絶たれているように感じていたが、彼女の受け止めは違うようだ。

ルニは強いな。僕にはそんな考え方は出来ない。


「しかし、酒の勢いにまかせて抱きつくなど、私は軽率でした」

「もう、その話はやめましょう」

「いえ、聞いて下さい。ユーキさんはそれをいつか克服されるでしょう」

「え?……克服?」

「先ほどユーキさんは本当に辛そうではありましたか、その目には強者に挑む光がありました。私にはいつかそのお手伝いをさせてください」

「お手伝いですか……」

「知ってますか?私とっても強いんですよ」


ルニはすっと立ち上がり、腕を組むと、いらずらっ子のようににこりと笑う。

知ってます。あなたはとても強い。凜とした立ち姿から心の強さをも感じる。


でも僕は違う。克服できるのだろうか?そんなこと、長い間考えたことも無かった。

なにせ、あの程度を思い出すだけで体の自由が効かなくなるのだ。

考えないように必死で避けて生きてきたのだ。

必死に思い出して話したが、あの二人が永遠に居ないことが唯々辛い。


ルニは少し年下ではあるけれど、一流の武芸者だ。

この世界はとても厳しい。スキルの恩恵はあっても人の死が身近だった。

僕が道場に居るひと月程度の間だけでも、門弟の訃報を10件は耳にした。

そんな世界で彼女は心身共にいろんな局面を体験してきただろう。

そんな彼女から言われると、無理だと言い切れない自分が居た。


彼女の存在はゲームの中のキャラであるとは考えられない。

スキルや魔法の存在が逆にこの世界はゲームであると主張するのにそれが自然に思えて不思議だ。


ぐるぐる考えているうちに、ルニが目の前に居てそっと僕のことを抱擁してくれた。

ありがとうルニ。でもまだまだ駄目みたいだ。


「おええええええ」


酸っぱい臭いに包まれながら僕はまた意識を失った。


次話「16 待機所と謎の壁画」

次回更新は9/19(月)です。

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